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十一話 小さな命
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国境の街ペルディーダから、港町パルミナまでの中間にあるカペラの街まで、もう少しの場所で休憩を取っていた。
パチパチと爆ぜる音が聞こえてくる。
途中で狩った鹿の魔物の肉を、串に刺して焚き火で炙る。味付けは塩だけだ。ボーナム男爵家から脱出してから、ずっとこんな感じだったから慣れてはいるけど、一度人の住む街で、普通の食事にありついた後だからか、余計に料理ができる仲間が欲しい。自分で料理を覚えるっていう選択肢もあるけどね。
「はぁ、切実に料理が出来る仲間が欲しい」
「クックックッ、情け無い顔をするな。その内料理の得意な仲間も出来るやもしれんぞ」
「他人事だと思って」
「仕方あるまい。我等は骨だからのぅ」
アグニとそんなたわいのない話をしながらお昼ご飯を食べた僕は、手早く片付けると馬車に乗り込み次の街へと向かう。
途中、小さな村には立ち寄らないと決めていた。アグニ達を見せられない以上、馬車を使っての一人旅なんて、怪し過ぎるから。
再び走り始めて少し経った時だった。街道に壊れた馬車が横転しているのを見つけた。血の匂いが漂っている。
「シグ様、どうやら魔物に襲われたみたいです」
馬車を止めて調べると、馭者の喰い荒らされた死体が散乱していた。
「坊、どうやら奴隷商だったみたいだぜ」
「生き残りはなしか……」
鉄格子付きの馬車の荷台には、同じく内臓を喰い散らかされた数人の死体が折り重なっていた。
「魔物は、俺達の放つ龍の気配で逃げたみたいだな」
「確かに、遠ざかる魔物の気配を感じます」
僕達は、要らぬトラブルを避ける為、馬が怯えぬ程度に気配を抑えずに進んでいた。それだけで気配に聡い魔物は寄って来ない。
僕は、種族や性別、年齢層も様々な奴隷達の死体を丁寧に埋葬する事にした。
「これも縁と言えば縁だからね」
埋葬用の穴を土蜘蛛の神印の土属性魔法で掘り、アグニとインドラに手伝ってもらい、死体を埋葬していた時、今にも消えてしまいそうな小さな気配を感じた。
「うん? ……魔物じゃないな」
気配を探して街道を外れ、気配のする方へと近付いて行くと、草むらに血だらけの小さな塊を見つけた。最初、それが何か分からなかったが、よく見ると弱々しく上下に揺れ、それは呼吸しているのが分かった。
「不味い!」
僕は慌てて走り寄り、ウロボロスの聖属性の力、回復魔法を何度も発動する。
「喰われながらも、よく生きていたな。さすが獣人族だ」
「坊、直ぐにウロボロスで身体を再生した方が良いんじゃないか」
何事かと僕の後を追い近付いて来たアグニとインドラに言われ、この小さな塊が獣人族の子供で、魔物に食べられて、手脚だけじゃ無く色々と無くなっているのに気が付いた。
小さな身体には再生の魔法は負担が大きいが、今は迷っている暇はない。僕は回復魔法と併用して再生の力を発動する。
無くなった身体がムクムクと再生していく様子を注意深く観察する。
「序でに浄化っと、って、この子、兎人族だったのか」
あちこちにドス黒い血がこびり付いていたので、浄化魔法で汚れを落とすと、僕に似た濃いシルバーの髪の毛から、白色の長い兎耳が確認出来た。
「シグ様、女の子ですよ。幼いと言っても裸は可哀想です」
「ちょっと待って、直ぐに創造するから」
ヴァルナから指摘され、助けた小さな兎人族の子供は女の子だと分かった。もともと粗末な貫頭衣みたいな物を着ていたのだろうが、魔物に襲われズタズタになり、服としての用を足していなかった。
僕は龍の墓場で作ってストックしてあった布地を収納から取りだすと、創造魔法を発動する。
「まだまだ簡単な服しか創れないな。ヴァルナ、これを着せてあげて」
女の子の服や下着なんて僕に分かる訳ないので、本当に簡単なワンピースと下着を創った。
ヴァルナが下着とワンピースを着せている間に改めて見ると、小さな女の子が酷く痩せているのが分かった。母さまが死んだ後の自分を思い出す。
「まだ5歳にもなってないんじゃないか?」
「そうですね。痩せていて分かりにくいのですが、3歳から5歳の間位ですかね」
「主人、埋葬した者の中に、その子の親兄弟らしい者は居なかったぞ」
アグニが言うには、少なくともこの子は単独で奴隷として売られていく途中だろうと。
「こんな小さな子供を奴隷にして売れるのか?」
労働に耐えられない、まだ小さく幼い子供を奴隷とする意味が分からない。
「うーん、確かにまだ幼過ぎるが、あと何年かすれば、そんなのが好きな変態貴族や豪商が居るらしいぜ」
「糞だな。……この隷属の首輪は粗悪品だな。外すのは後にしてっと、えっと、神印は……お、珍しいな、この子獣人なのに風の属性神印だよ」
僕がかける回復魔法の魔力を受けて、小さな子供の右手に神印が浮かび上がる。
通常、自身の種族の特徴を示す神印を授かる事が多い獣人族に、属性の神印とは珍しい。それとこの子を縛っている首輪もそうだけど、世の中に出回っている隷属の首輪は、希少な闇属性の神印を持つ者が造った魔道具だ。その需要は高く、闇属性の神印を持つ者は、それだけで食べていける程だという。
僕ならそんなのゴメンだけどね。
「ならこの子は親に売られたのかもしれないな」
「えっ? どうして?」
インドラがこの子が奴隷に堕ちたのは、親に売られたからかもしれないと言う。
「坊、俺も元は龍だから獣人族の事はそこまで詳しくないが、確か獣人の奴等の中には属性神印を授かった者を忌避するって聞いた憶えがある。所謂忌子ってやつだな」
「某も聞いた事がある。おそらく親も捨てたくて捨てた訳じゃないだろうが、獣人族の集落で生きていくには、仕方がなかったのであろう」
「シグ様、そんな事もあると割り切った方がいいですよ。それが獣人族の価値観なのですから」
インドラとアグニの話を聞いて、僕が怒っている事に気付いたヴァルナが、今の僕にはどうしようもない事だと諭してくれた。
そうだよな。今の僕には何の力もないんだから。
獣人族の種族特性として、高い身体能力を持つが、魔力の保有量が少ない傾向があるらしい。その所為で、獣人族の中で属性神印を授かった者を忌避するようになったんじゃないかと言う事らしい。
ただ、差別や理不尽な風習はあらゆる所にあるのが現状だ。人族では、双子は畜生腹と呼ばれ忌避されている。どちらか片方の子供を棄てるという。当然、獣人族には双子を忌避する風習はない。双子どころか三つ子や四つ子が生まれる事も珍しくないからだ。
神印や生まれで、人の価値を図るなんて馬鹿げた価値観だ。
「先ずは隷属の首輪か……取り敢えず解呪しておくか」
「解呪の魔法ですか?」
兎人族の小さな女の子の首にある隷属の首輪を解呪すると言うと、ヴァルナが聖属性のディスペルの魔法を使うのか聞いてきた。
「ディスペルでも良いんだけど、ディスペルは呪いをかけた術者に跳ね返るから。呪詛返しってヤツだね。僕のウロボロスならもっと簡単に解呪出来るんだよ。奴隷紋も隷属の首輪も闇属性魔法、隷属の呪いなんだけど、呪いも結局は魔力を使って術式が構築されている事に違いはないんだ。なら、その呪いに使われている魔力や術式をウロボロスで喰えばいいだけだ」
そう説明しながら女の子の首の隷属の首輪に手を当て、隷属の呪いに使われた魔力をウロボロスが術式ごと喰う。すると隷属の術式が破壊され、隷属の首輪があっさりと外れて機能しなくなる。
僕は女の子を慎重に抱き上げ、馬車の荷台に毛皮を取り出し敷きその上に寝かせる。
「ゆっくりと行こうか」
未だ眠り続ける女の子の負担にならないよう、振動に気を付けながら馬車の旅を再開する。
日が暮れるまでには、カペラの街に着くだろう。
パチパチと爆ぜる音が聞こえてくる。
途中で狩った鹿の魔物の肉を、串に刺して焚き火で炙る。味付けは塩だけだ。ボーナム男爵家から脱出してから、ずっとこんな感じだったから慣れてはいるけど、一度人の住む街で、普通の食事にありついた後だからか、余計に料理ができる仲間が欲しい。自分で料理を覚えるっていう選択肢もあるけどね。
「はぁ、切実に料理が出来る仲間が欲しい」
「クックックッ、情け無い顔をするな。その内料理の得意な仲間も出来るやもしれんぞ」
「他人事だと思って」
「仕方あるまい。我等は骨だからのぅ」
アグニとそんなたわいのない話をしながらお昼ご飯を食べた僕は、手早く片付けると馬車に乗り込み次の街へと向かう。
途中、小さな村には立ち寄らないと決めていた。アグニ達を見せられない以上、馬車を使っての一人旅なんて、怪し過ぎるから。
再び走り始めて少し経った時だった。街道に壊れた馬車が横転しているのを見つけた。血の匂いが漂っている。
「シグ様、どうやら魔物に襲われたみたいです」
馬車を止めて調べると、馭者の喰い荒らされた死体が散乱していた。
「坊、どうやら奴隷商だったみたいだぜ」
「生き残りはなしか……」
鉄格子付きの馬車の荷台には、同じく内臓を喰い散らかされた数人の死体が折り重なっていた。
「魔物は、俺達の放つ龍の気配で逃げたみたいだな」
「確かに、遠ざかる魔物の気配を感じます」
僕達は、要らぬトラブルを避ける為、馬が怯えぬ程度に気配を抑えずに進んでいた。それだけで気配に聡い魔物は寄って来ない。
僕は、種族や性別、年齢層も様々な奴隷達の死体を丁寧に埋葬する事にした。
「これも縁と言えば縁だからね」
埋葬用の穴を土蜘蛛の神印の土属性魔法で掘り、アグニとインドラに手伝ってもらい、死体を埋葬していた時、今にも消えてしまいそうな小さな気配を感じた。
「うん? ……魔物じゃないな」
気配を探して街道を外れ、気配のする方へと近付いて行くと、草むらに血だらけの小さな塊を見つけた。最初、それが何か分からなかったが、よく見ると弱々しく上下に揺れ、それは呼吸しているのが分かった。
「不味い!」
僕は慌てて走り寄り、ウロボロスの聖属性の力、回復魔法を何度も発動する。
「喰われながらも、よく生きていたな。さすが獣人族だ」
「坊、直ぐにウロボロスで身体を再生した方が良いんじゃないか」
何事かと僕の後を追い近付いて来たアグニとインドラに言われ、この小さな塊が獣人族の子供で、魔物に食べられて、手脚だけじゃ無く色々と無くなっているのに気が付いた。
小さな身体には再生の魔法は負担が大きいが、今は迷っている暇はない。僕は回復魔法と併用して再生の力を発動する。
無くなった身体がムクムクと再生していく様子を注意深く観察する。
「序でに浄化っと、って、この子、兎人族だったのか」
あちこちにドス黒い血がこびり付いていたので、浄化魔法で汚れを落とすと、僕に似た濃いシルバーの髪の毛から、白色の長い兎耳が確認出来た。
「シグ様、女の子ですよ。幼いと言っても裸は可哀想です」
「ちょっと待って、直ぐに創造するから」
ヴァルナから指摘され、助けた小さな兎人族の子供は女の子だと分かった。もともと粗末な貫頭衣みたいな物を着ていたのだろうが、魔物に襲われズタズタになり、服としての用を足していなかった。
僕は龍の墓場で作ってストックしてあった布地を収納から取りだすと、創造魔法を発動する。
「まだまだ簡単な服しか創れないな。ヴァルナ、これを着せてあげて」
女の子の服や下着なんて僕に分かる訳ないので、本当に簡単なワンピースと下着を創った。
ヴァルナが下着とワンピースを着せている間に改めて見ると、小さな女の子が酷く痩せているのが分かった。母さまが死んだ後の自分を思い出す。
「まだ5歳にもなってないんじゃないか?」
「そうですね。痩せていて分かりにくいのですが、3歳から5歳の間位ですかね」
「主人、埋葬した者の中に、その子の親兄弟らしい者は居なかったぞ」
アグニが言うには、少なくともこの子は単独で奴隷として売られていく途中だろうと。
「こんな小さな子供を奴隷にして売れるのか?」
労働に耐えられない、まだ小さく幼い子供を奴隷とする意味が分からない。
「うーん、確かにまだ幼過ぎるが、あと何年かすれば、そんなのが好きな変態貴族や豪商が居るらしいぜ」
「糞だな。……この隷属の首輪は粗悪品だな。外すのは後にしてっと、えっと、神印は……お、珍しいな、この子獣人なのに風の属性神印だよ」
僕がかける回復魔法の魔力を受けて、小さな子供の右手に神印が浮かび上がる。
通常、自身の種族の特徴を示す神印を授かる事が多い獣人族に、属性の神印とは珍しい。それとこの子を縛っている首輪もそうだけど、世の中に出回っている隷属の首輪は、希少な闇属性の神印を持つ者が造った魔道具だ。その需要は高く、闇属性の神印を持つ者は、それだけで食べていける程だという。
僕ならそんなのゴメンだけどね。
「ならこの子は親に売られたのかもしれないな」
「えっ? どうして?」
インドラがこの子が奴隷に堕ちたのは、親に売られたからかもしれないと言う。
「坊、俺も元は龍だから獣人族の事はそこまで詳しくないが、確か獣人の奴等の中には属性神印を授かった者を忌避するって聞いた憶えがある。所謂忌子ってやつだな」
「某も聞いた事がある。おそらく親も捨てたくて捨てた訳じゃないだろうが、獣人族の集落で生きていくには、仕方がなかったのであろう」
「シグ様、そんな事もあると割り切った方がいいですよ。それが獣人族の価値観なのですから」
インドラとアグニの話を聞いて、僕が怒っている事に気付いたヴァルナが、今の僕にはどうしようもない事だと諭してくれた。
そうだよな。今の僕には何の力もないんだから。
獣人族の種族特性として、高い身体能力を持つが、魔力の保有量が少ない傾向があるらしい。その所為で、獣人族の中で属性神印を授かった者を忌避するようになったんじゃないかと言う事らしい。
ただ、差別や理不尽な風習はあらゆる所にあるのが現状だ。人族では、双子は畜生腹と呼ばれ忌避されている。どちらか片方の子供を棄てるという。当然、獣人族には双子を忌避する風習はない。双子どころか三つ子や四つ子が生まれる事も珍しくないからだ。
神印や生まれで、人の価値を図るなんて馬鹿げた価値観だ。
「先ずは隷属の首輪か……取り敢えず解呪しておくか」
「解呪の魔法ですか?」
兎人族の小さな女の子の首にある隷属の首輪を解呪すると言うと、ヴァルナが聖属性のディスペルの魔法を使うのか聞いてきた。
「ディスペルでも良いんだけど、ディスペルは呪いをかけた術者に跳ね返るから。呪詛返しってヤツだね。僕のウロボロスならもっと簡単に解呪出来るんだよ。奴隷紋も隷属の首輪も闇属性魔法、隷属の呪いなんだけど、呪いも結局は魔力を使って術式が構築されている事に違いはないんだ。なら、その呪いに使われている魔力や術式をウロボロスで喰えばいいだけだ」
そう説明しながら女の子の首の隷属の首輪に手を当て、隷属の呪いに使われた魔力をウロボロスが術式ごと喰う。すると隷属の術式が破壊され、隷属の首輪があっさりと外れて機能しなくなる。
僕は女の子を慎重に抱き上げ、馬車の荷台に毛皮を取り出し敷きその上に寝かせる。
「ゆっくりと行こうか」
未だ眠り続ける女の子の負担にならないよう、振動に気を付けながら馬車の旅を再開する。
日が暮れるまでには、カペラの街に着くだろう。
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