円環の蛇 破壊と再生の神印(ギフト)

小狐丸

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三十六話 集落を強化して旅立とう

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 蛮族を殲滅してから二日経った。
 ベルグは、セレネ用の防具とショートソードを造っている。当然、龍の素材を渡してある。既に、僕にとってセレネは単なる同行者じゃなくなっている。セレネの安全の為なら、出来る事はしておくべきだろう。セレネのショートソードの次は、ヴァルナのグレイブを造るらしい。

 セレネは腕利きのハンターだけど、戦闘特化のハンターではないので、僕やアグニ達と比べると弓はまだしも近接戦闘では活躍出来ない。ルカを護る為にも少しでも戦力の強化は必要だとセレネも思ったみたい。


 僕はと言うと、甘えるルカを片手に抱いて、集落を出ると丘の麓まで来ていた。
 傍らにはセレネとヴァルナが護衛代わりに着いて来ている。
 蛮族達の死体をバルスタン氏族の人達に任せ、僕が何をしているかと言うと、丘の麓をグルリと囲む防壁を築いていた。規模は最初に造った城壁並みで、空堀と跳ね橋を備えた堅固な防壁にするつもりだ。

 跳ね橋は、ベルグとポーラが受け持ち、橋の上げ下げには魔道具が使われている。

 丘の麓の城壁から、最初の城壁まで直線距離で500メートル。そこには段々畑と水路をを造って食料自給の助けにしようと思っている。

 ローグさんは、友好的な部族を纏める事を考えているようだ。確かにこれだけ堅牢な二重の城壁で囲まれれば、蛮族の襲撃も跳ね返すだろう。更に、ローグさんが言うには、先日襲って来た蛮族が、空白地帯最大の勢力だったそうで、当分蛮族の襲撃を怖れる事もなさそうだと喜んでいた。

 さあ、あと二、三日で一周出来そうだな。頑張ろう。







 その頃、バルスタン氏族の主だった者達が集まって集会を開いていた。
 そこでバルスタン氏族の族長ローグの妹レイラが、シグの従者として旅に同行したいと言い出した。

「ローグ兄さん、私、シグ様に着いて行こうと思うの」
「……うむ、ちょっと待て。此度の蛮族の撃退……いや、殲滅と言ってもいいだろう。我等はシグ殿に大きな恩を受けた。氏族を挙げて恩に報いるべきではあるが……」

 ローグの妹レイラが、シグに着いて行きたいと願い出て、ローグも何とかシグへの恩を返す術はないかと考えていた。

「あなた、シグ様は私の部族の仇を討って下さいました。この御恩に報いるのは、レイラさん一人では足りないのでは?」
「義姉さん、シグ様が私達バルスタン氏族の力が必要になった時の為に、私達は力を貯えるべきじゃない? 私はシグ様のお側で氏族との繋ぎになればいいのよ」

 ローグの妻で、蛮族に壊滅に追い込まれた部族の出身のマーサが、返し切れない恩にもっと報いるべにだと言う。それにはローグも同じ意見だった。
 蛮族をシグとアグニ達で殲滅したので、他の蛮族が攻めて来るにも、暫くは平和な日々が続くだろう。それに加え、シグが二重の城壁を築いている。堀と跳ね橋とを合わせると、攻城兵器や魔法をほぼ持たない蛮族では、攻略するのは難しいだろう。
 さらに、ベルグがバルスタン氏族の戦士達の為に装備を造ってくれている。今なら自分達だけで撃退する事も可能かもしれない。

「そこで幾つか考えがある」

 ローグがそう言うと、その場に集まったバルスタン氏族の主だった者達の視線が集まる。

「シグ殿のお陰で、我等は安全に作物を育てる事も、牛や山羊を安全に育てる事も出来るようになった。井戸も幾つも掘って下さった。更に、ベルグ殿とポーラ嬢が水を汲み出す魔道具を設置してくれたお陰で、子供でも楽に水汲みが出来る。集落の広さも内地の街と変わらぬ程にまで大きくなった」
「うん、だからその恩を返す為に、私がシグ様の従者として支えたいって言ってるのよ」
「まあ、待てレイラ」

 ローグが示した方針は、自分達と友好的な部族を取り込んで、空白地帯に一大勢力を築く事だった。
 ただ、一所で定住すると、内地の国からも狙われるリスクは増える。だが、空白地帯に斥候をだす国はないだろう。内地の国に気付かれる前に、潰せない程大きく強くなればいい。

「シグ殿のお陰で、内地の軍隊でもそうそう負ける事はない。ベルグ殿とポーラ嬢の助力で装備も充実したしな」
「あとは人という訳ね」

 シグからは、ある程度の話は聞いていた。
 母親が実の父親と腹違いの兄によって毒殺されたこと。母親の仇を討つ為に力が必要だが、相手は大陸に覇を唱える北の大国ガーランド帝国の男爵で、今の段階で迂闊に手を出せないこと。

「シグ殿は強い。眷属のアグニ殿達も、更に龍までも従えている。だが、帝国の貴族を相手取るには、違う力が必要になってくるだろう」

 ローグの言う事は、半分は正解で半分は間違いだ。シグやアグニ達が強いのは今更だが、ファニールは従えている訳ではなく兄弟に近い。それに仇を討つだけなら、いつでも実行できるとシグは思っていた。ただルカやセレネという護るべき対象が出来てしまった。シグとは違いルカやセレネは龍の墓場では暮らせないだろう。

 ローグはシグに希望を見ていた。
 エルフやドワーフ、獣人と差別意識を持たず分け隔てなくつき合える稀有な人族。ローグ達バルスタン氏族は、肌の色が違う為、空白地帯で暮らすしかなかった。だが、シグの元になら自分達以外の氏族も集えるのではないか。
 空白地帯は、大陸の国々が諦めた地と言われている。蛮族の度重なる襲撃以外にも、この土地には定住する民や国がない為、魔物の駆除も行われず、生きて行くには過酷な環境だった。

「ローグ兄さん、シグ様の元に国でも創る積もり?」

 レイラが冗談交じりに言ったのだが、ローグの顔は至って真剣だった。

「……本気なの?」
「俺にシグ殿に王気を見た。少数を率いる程度で終わる器ではない。きっとシグ殿なら、この糞みたいな大陸を変えてくれる」

 バルスタン氏族は、幸運にもシグとアグニ達によって蛮族の脅威を跳ね返し、この先も防衛するすべを得た。更に、ベルグとポーラのお陰で、鋼鉄製の良質な武具を大量に提供して貰った。

「俺達バルスタン氏族は、ここから空白地帯を統一する。やがてシグ殿の旗のもとに大陸を席巻する第一歩となる為に」
「なら尚更のこと、私はシグ様の従者となって、バルスタン氏族との繋ぎになるわ」

 遊牧民族として空白地帯を、時には蛮族と戦い、時には友好部族と交流してきたローグ達バルスタン氏族。先代がこの地に定住を決めてから、今回は初めての蛮族との戦争だった。そしてローグ達は、籠城戦の難しさを痛感する。助けの来ない状態での籠城戦は地獄だ。
 だが、それもシグとベルグ達が解決してくれた。
 二重に造られた城壁は、空白地帯の蛮族から自分達を守る為には過剰だ。城壁の上から一方的に矢の雨を降らせる事で、簡単に撃退する事が出来そうだ。
 更に、ベルグとポーラから贈られた武器と防具は、優れた武具を生み出すドワーフの中で、神匠と呼ばれるベルグの作だ。

「蛮族を怖れながら生きる時代は終わった。シグ殿の元、俺達は新たな秩序を創って行くんだ」

 その肌の色故、空白地帯で暮らすしかなかったバルスタン氏族にとって、シグは神が使わした救世主だった。
 種族を差別せず、神印(ギフト)を差別せず、龍を友に龍牙兵を使役するシグフリートは、この瞬間バルスタン氏族の盟主なった。


 シグ自身がその事を知るのは、少し後になるのだが。



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