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しおりを挟む『……手前から個室を1つづつ確認するようにドアが開く音がした……』
怪談を思い出してしまい、人知れずゾッとしていると、流風と目が合った。
「……君は、妖、いえお化けや幽霊が怖いのですか?」
直球だった。
いつもだったら、そんな訳ねー!ふざけたこと言ってんな! と馬鹿にされる隙を与える間も無く言い返す龍之介だが、流風がそんな考えで自分に聞いてくる人間ではない事は、もうわかっていた。
(悪気なく失礼な事を言う奴だけど、なんていうか裏がないんだ、コイツは)
取り繕うのも馬鹿らしくなった龍之介は、深く息を吐くと観念したように話し始める。
「……そーだよ。昔から、苦手っつーか、なんかよくわかんねーけど、ダメなんだ。……笑えるだろ、こんなデケー図体で、不良だヤンキーだ言われてる俺が、か弱い女子みてーな事言ってよー……」
言いながら地面を見つめる。馬鹿にされないとわかっていても、なんとなく流風の顔が見れなかった。
「……君の中で怖い、という感情はそんなにダメな事なのですか?」
「え?」
予想外の言葉に顔をあげると、流風はいつになく真剣な表情をしていた。
「恐怖や不安は、自分を守るための自己防衛機能です。その対象は人それぞれ勿論違います。が、そこに優劣はありません……君は何かを怖がる人を認められないのですか?」
「……別に、か弱かったり、なんかこう可愛い奴が色々怖がるのは良いだろーよ。でも、俺みたいな如何にもなヤツが怖がるのって、何か情けねーし、それに……」
「それに?」
「……期待外れだろ……」
『龍君は、しっかりしてて頼りになる、強い子よ』
いつからそうやって言われたのか、もしくは自分からそう自負したのか、もう覚えてはいない。
でも、覚えてる記憶がある。
父親が出稼ぎだが何だかで家におらず、母と弟の悠と3人で狭いアパートに住んでいた、真夜中の事だった。
その日、悠は夏風邪を拗らせていた。
朝から夜になっても熱が一向に下がらず、夜中にぐずり出した悠を、母が救急に連れて行こうとしていた時だ。
『龍君、1人でお留守番出来るよね? ママ、すぐ戻ってくるから』
『いやだ、俺も一緒に行く! だって、ココ、お化け出て怖いんだよ……!』
『お化けなんている訳ないよ。大丈夫、気のせいよ。それに、龍君は強くて頼りになるお兄ちゃんでしょ?』
違う。
本当はそう言いたかった。
でも言えなかった。
言ったら何か大切な物を無くしてしまいそうな気がして。
母の眼がお願いだから、そんな事を言わないで、と切々と言ってるようで凄く痛かったから。
今にして思えば母も心細かったんだと思う。
でもその眼と言葉は俺の心に深く刺さって……。
『……わかった……いってらっしゃい……』
震える言葉を絞り出す。
『ありがとう! すぐ帰ってくるからね!』
ギュッと抱きしめた母の顔は安心したようだった。
これで良かったんだ。
これが正解だったんだ。
怖がって頼りにならない俺は、俺じゃない。
その時、そう強く思った。
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