魔女とネズミの冒険譚 ~魔法使いの少女と最強最弱のネズミが世界を滅ぼすまで~

ころべえ

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第1章

第24話 平穏と不穏

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リアがバルザックたちと別れて、三日が過ぎた。
あの日以来、魔物に襲われることもなく順調に旅を続けている。
特に目的のない二人の歩みは遅く、通常徒歩で旅する者の三割程の速さで進んでいた。

相変わらず道なき道を進むので、リアの身体には生傷が絶えなかった。
リアは初めのうちはそのことを気にしてネンコにぼやいていが、諦めたのかそのうち何も言わなくなった。
後に残るような傷ではないので、気にしても仕方がないという考えに至ったのだろう。

今の旅の問題は暑さだった。
ミスタリアには四季があり、今は夏の初めといったところだ。
日に日に上がっていく気温が二人を苦しめる。
ほんの数日前までは昼間でも時折涼しい風が吹いていて心地よかったのだが、それも生温く不快なものに変わってしまった。
そのため、移動は朝と夕方の比較的涼しい時間帯に行い、日中は木陰などを探して身体を休めるようにしていた。


「あちいなあ」

ネンコの言葉にリアが頷く。
二人は昼食を終えて、木陰に避難していた。
今日はいつにも増して暑い一日のようだった。
ネンコがぼやくのも無理もない。
特にネンコは毛に覆われているせいか暑さに弱いようだ。
うつ伏せに転がり、今にも溶けてしまいそうになっている。
リアはそんなネンコを心配して、手にした魔導書を振って扇いでやる。
ネンコは悪いなと呟くと、すぐに寝息を立て始めた。
夜は見張りで寝ていない上に、この暑さで体力を消耗していたのだろう。


リアはネンコが完全に寝付いたのを確認すると、扇ぐのを止めて道具袋と触媒袋から所持品を取り出し始めた。
そして、ひとつひとつ地面に並べていく。

装飾の付いた短剣
有翼の獅子の胸章
ヴァン・ランカースの魔法書
モチグサ 四束
ミムラサキ 三輪
オオカミの牙 八本
小石 三つ
干し肉 二食分
果実水 一瓶
訓練用の木の枝 一本
金貨 四十八枚

リアはそれぞれの状態を確認しながら、道具袋に詰め直していく。
特に触媒については念入りに確認する。
腐っていたり、破損していると使えなくなるからだ。
いざという時に、魔法が発動しなかったでは話にならない。
そのこともあって、所持品の確認はリアの日課になりつつあった。

ひとしきり見終えると、今度は魔法書を開く。
そして、一つの魔法に目を留めた。

第五位の防護術『守護』

この魔法を掛けられた者は一回だけ第四位までの魔法の影響を無効化することができる。
効果は『魔法破り』などの魔法で解除されない限り持続するため、かけ直しの必要はない。
この他にも魔法に対する抵抗力を上げるものはあるのだが、どれもが対象の持つ魔力を活性化させることで効果を発揮するものばかりだった。
そもそも魔力を持たないネンコには効果がない。
そのため、『守護』はうってつけの魔法と言えた。

「でも、触媒がなあ」

リアは小さく呟くと、魔法書に頭を預けるようにして項垂れる。
『守護』を唱えるのに必要な触媒は水晶の欠片と竜の鱗。
野草などと違って、そう簡単に手に入るものではない。
大きな街には触媒を専門に取り扱っている店もあるという。
そのような所ならば買い付けることもできるだろうが、そこまでの道のりはまだまだ遠いように思えた。

(でも早く何とかしたいな)

すやすやと寝息を立てて眠っているネンコを見て、リアは目を細める。
その後、再び魔法書に目を向けて、役に立つ魔法はないかとページをめくるのだった。


ネンコが起きると二人は移動を再開した。
相変わらず足場の悪い岩場を歩く必要があったが、初めに比べるとリアはだいぶ慣れてきたようだった。
安定した岩を見つけて、足を乗せる。
そして、次の足場を探す。
たまにふらつくことはあるが、その都度バランスを取って体勢を立て直す。
それを一日に四、五時間ほど繰り返す。
リアはそんな大人でも音を上げるような作業を文句も言わず黙々と行った。
そんなリアの後ろ姿を見ながら、ネンコはのんびりと移動する。
ネンコにとってはこの程度の悪路はどうということはないようだ。
時折リアに声を掛けながら、岩から岩へと軽やかに飛び移る。
二人はこの日も可能な限り移動を続けた。


「今日はこの辺で休むか」

ネンコがリアに声を掛ける。
リアは立ち止まると、振り返って頷く。
すでに薄暗くなっており、足元も見えづらくなっていた。
少し外れにある森の中は真っ暗で何も見えない。
また、梟の鳴き声や獣の遠吠えも聞こえてくる。

二人はできるだけ森から離れた場所で野営の準備を始めた。
準備と言ってもテントや調理器具など持たない二人なので、周囲から木々を集めて火を起こす程度のものだ。
そのため、準備はほどなく完了したが、その頃には辺りは夜の闇に包まれていた。
野営の準備が出来ると、リアは短剣を、ネンコは木の枝を手に取り訓練を始めた。

ネンコの素早い連撃を、リアは短剣を上手く使って捌いていく。
毎日朝夜、訓練してきたためかリアが攻撃を捌き続けることができる時間は長くなっていた。
朝だけでなく暗い夜にも訓練を行うのは、夜襲に備えてのことだ。
視界の悪い暗がりでも日中と同様の動きができるように、視覚以外の感覚を鍛える。
リアが生き延びるためには必須の訓練だった。

短剣と木の枝の剣戟の音が周囲に響く。
すでに打ち合い始めて、二分以上が経過している。
その間、ネンコは百を超える攻撃を繰り出していた。
流石にリアの息が切れ始め、反応が鈍くなってくる。

「はい、休憩」

打ち合いのさなかにネンコはそう言うと攻撃を止めた。
リアは尻もちを着くようにしてへたり込む。

「だいぶ続くようになったな」

「うん」

肩で息をしながらリアは答える。
確かに初めに比べれば、随分と上手く対応できるようになった。
ネンコの攻撃はフェイントを交えない単調なものだが、その速度は熟練の戦士のそれだ。
また、武器は木の枝だが、ネンコが扱えばその辺の鉄製の剣以上の威力を持つ。
以前、ネンコがその枝で細い木々を一閃して切り倒したときには、リアはこんなものを受け止めていたのかと寒気を覚えたものだ。
今の訓練が実践でどれ程の役に立つのかは分からないが、リアの護身の技術は確実に成長していると言っていいだろう。
その後も休憩を挟みながら二人は一時間ほど訓練を続けた。


訓練後、焚き火を囲んで食事を取る。
バルザックに譲ってもらった食料も、今食べている分で最後になってしまった。
二人は最後の干し肉を味わいながらゆっくりと食べる。
特にネンコはこの干し肉を痛く気に入ったようで、少しかじってはよく噛んでを繰り返している。
普段の食事であればあっという間に平らげてしまうため、リアにとってこの光景は新鮮だった。
かく言うリアも食後の楽しみにと果実水を残している。
毎日ちびちびとしか飲んでいないが、その味は旅の疲れを癒やしてくれる。
長持ちはしないようなので腐らせるまでに飲んでしまわなくてはという想いと飲み干してしまうのは勿体無いという想いで、リアは毎晩のように葛藤していた。


食事が終わるとしばらく談話して就寝というのがいつもの流れだ。
この日も例に漏れず、食後の会話を楽しむ。
ここ最近の二人の主な話題は「街に着いたら買いたいもの」だ。
交互に欲しいものを挙げていく。

「えーと、靴」

「お前には必要だな。じゃあ、干し肉」

「まあ、いる……かな? 服」

「着てるじゃないか。後回しだな。酒」

「いらないよ! ネンコさん干し肉食べながらお酒呑みたいだけじゃない! それより服!」

「あれ食ってると酒が欲しくなるんだよ」

「じゃあ、食べなきゃいいじゃない!」

「なにを!?」

夜の静けさを掻き消すように二人の声がこだまする。
この暗闇の中で二人のいる場所だけがまるで違う世界のように明るく輝いているようだった。


結局、その後も話は平行線を辿り、ほとんど何も決まらないままリアの就寝時間となった。

「じゃあ、ネンコさん。おやすみなさい」

「おう」

リアは道具袋の端っこを手頃な岩に被せて簡単な枕を作ると、頭を乗せて横になる。
細く美しい黒髪がその端正な顔にかかるが、構わず眠りにつく。
そのうち規則正しい寝息をたてはじめた。
この時期の夜は多少冷えるが、ネンコが番をして焚き火を絶やさないようにしているため辺りはほんのりと温かい。
旅を始めてからというものネンコはずっと夜の見張りをしている。
リアはそのことを気にして何度か交代するよう提案したのだが、尽く断られてしまった。
逆に心配で眠れないとのことだ。
夜は昼間に比べて、危険の度合いが格段に高い。
基本的に魔物は夜行性である。
人の寝静まった後に活動することが多いため、昼間は見かけないような強力な魔物に遭遇することも珍しくない。
それがこのような人里離れた場所であれば尚更だ。
町や村などの集落であれば騎士や自衛団、冒険者のような魔物を狩ることを生業にしている者たちが常駐していることが多い。
いくら強力な魔物といえど自分が倒される可能性がある場所にあえて近づこうとはしないため、その近辺の魔物の数は少なくなる。
しかし、リアたちがいるのはそのような場所からは程遠い辺境の地だ。
人外の者が多く闊歩する魔境と言っても過言ではない。
ネンコがリアの見張りを不安に思うのも無理なからぬことだろう。
その魔境で一匹のネズミが焚き火を見つめる。
火が消えそうになると枝を手に取り焚き火に放り込むが、それ以外は微動だにしない。
しかし、その大きな耳は微かに動いており周囲を警戒しているようだった。
その後も特に変わったことなく、ゆっくりとした時間が流れる。
月が輝き、星が広がるいつもと変わらぬ夜の景色だった。


リアが寝付いて二時間程経った時、ネンコの耳が大きく動いた。
ネンコはゆっくりと森の方に目を向ける。
丸い瞳が森を見つめる。
その視線の先には暗闇しかなかったが、ネンコには何かが見えているようだった。
ネンコはそのまましばらく動かなかったが、思い立ったように枝を二、三本まとめて焚べると、凄まじい勢いで森に向かって駆け出したのだった。


時を同じくして、その森に三つの動く影があった。
彼らは暗闇をものともせず進んでいく。
先頭を歩くのは長身の男。
真っ黒な革鎧を身に付けて、灰色のフードを目深に被っている。
腰のベルトにはいくつかの小さな袋をぶら下げており、更に投擲用と思われるの小さめの短刀が数本挿している。
一見すると盗賊のような出で立ちの男は周囲を抜け目なさそうに警戒しながら、この草木で覆われた森を軽やかに歩いていく。
その後ろに付き従うのは二体の大柄な半裸の生き物。
背丈はゆうに二メートルを超えており、がっしりとした体つきをしている。
異常に発達した長い腕を持つため、さながら大猿のようにも見える。
しかし、体毛はほとんどなく、吹き出物だらけの汚れた緑の皮膚が露出していた。
口は大きく裂けており、中には鋭い牙が並んでいる。
鼻は長く歪に曲がっており、それがこの生き物を一層醜く見せていた。
男はそんな化物達を横目で見ながらほくそ笑む。

(急がねばな)

男は少し歩く速度を早める。
後ろの二体もその体に似合わない軽快な動きで男の後を追う。
もうしばらく行けば、森を抜けて川に出る。
そして、そこに男の求めるものがあるはずだった。
彼らは暗い森にさらに暗い影を落としながら、静かにその歩みを進めるのだった。
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