魔女とネズミの冒険譚 ~魔法使いの少女と最強最弱のネズミが世界を滅ぼすまで~

ころべえ

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第1章

第31話 解放の呪文

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「スケちゃん、ちょっと待って」

リアが先導するスケルトンを呼び止める。
スケちゃんというのは先程リアが付けたスケルトンの名前だ。
しばらくは行動を共にすることになるので、名前があった方が何かと便利だというネンコの提案によるものだった。
本人に生前の名前を聞いても答えることはできないため、リアが考えたのだ。
しかし、リアに名付けの才能はなかった。

リアは触媒袋からオオカミの牙を取り出すと、右手に握りしめる。
そして、握りしめた拳を額に当てながら目を閉じて、ブツブツと呪文を唱え始めた。
リアが目を開くと瞳が一瞬だけ青く輝いたが、すぐに元の漆黒に戻る。
リアは周囲に意識を向けて、魔法が正常に機能したことを確認する。
唱えたのは『追う者』という魔法だ。
術者の知覚の一部である聴覚、嗅覚を野生動物並に鋭くする。
今のリアは五、六キロ先の音を聞き取ることができるし、人間には認識できない微かな匂いも嗅ぎ取ることができる。
また、暗闇を見通すことのできる瞳を与えられる。
今は昼なので外は明るいが、建物の中などの薄暗い場所では大いに役立つだろう。


「なんで呪文がどこかに書かれてるって分かったんだ? というか、わざわざ解放するための呪文を村の中に書き残したりするか?」

ネンコは身体を鷲掴みにされたままの格好で、リアに尋ねた。
リアはネンコに顔だけ向けて答える。

「人が呪いをかけるのって、どういう時だと思う?」

質問を質問で返されたネンコは少し考えた後、自分の答えを口にする。

「……強い恨みを持っている時か?」

「そうだね。でも、ザムート達がこの村に恨みを持ってたとは思えないよね」

不死王にとってこの村は、王都に進行する途中にたまたま見つけた障害物でしかなかったはずだ。
そんな不死王がこの村に呪いをかけた理由は……。

「暇つぶし、あるいは力の誇示か」

ネンコの答えにリアは頷く。

「ネンコさんが村の広場で『呪塊』を見つけたって言ったときに思ったの。本当に呪いを解かせたくないなら広場なんて目立つところに置かないよね。できるだけ見つからないように隠そうとするはずだもん」

そこまで話すとリアは、端正な顔に哀しみの色を浮かべた。
ネンコもリアの言いたいことが分かったようだった。

「だから、ザムートにとってこれはただの遊びだったと思うの。わざと解呪できる機会を与えて、人間の力を試してたんじゃないかな。誰も成功できなかったみたいだけど……」

「なるほどな」

リアは、ネンコの短い返事の中に怒りが込められているのを感じた。
そして、旅をしているのがこのネズミで良かったと改めて思う。

その後、リアたちは子供のスケルトンの案内を受けながら、慎重に歩を進めた。
村人に遭遇しないよう、常に耳を澄ませて、目を凝らす。
幸い、二人の索敵範囲はスケルトンたちのそれよりも勝っていたようだ。
スケルトンが近づくと、まずはじめにネンコが気配に気づき、次いで魔法の加護を受けたリアが気づく。
敵を察知するとリアたちは姿勢を低くして、物音を立てないよう注意しながら、敵との距離を取るように移動した。
リアたちが張り詰めた時間を三十分ほど過ごしたところで、先頭を歩いていたスケちゃんが突然立ち止まった。

「ここ?」

リアの問いかけにスケちゃんはカタと頷いて、十メートルほど先にある木造の建屋を指差した。
リアとネンコもそちらに視線を向ける。
正面の扉は閉じられており、中を見ることはできない。
外側にはクワやカマがぶら下がっている。
農作業用の設備や機材を収納しているのだろうか。

「いるな」

「いるね」

リアは魔法で強化された感覚を使って中の様子を探る。

「二体、ん? 三体かな?」

「四体だな」

ネンコの索敵能力が今のリアよりも優れているのは間違いない。
リアは素直にネンコの言葉に頷いた。

「さて、あそこに入らないといけなくなったわけだが、どうしようか。あいつらすぐ復活するから、戦いながら呪文を探すのは面倒だな」

出来ないことはないが心底面倒だという口ぶりでネンコは言う。
確かにネンコの力があれば、リアが呪文を探している間、スケルトンたちの攻撃を防ぎ切ることは可能だろう。
しかし、リアは罪もない村人たちを傷つけることは出来る限り避けたかった。
とりわけ、この小さなスケルトンの前では。

「魔法でなんとかしてみる。ネンコさん手伝って」

リアはそう言うと、腰のベルトに下げている触媒袋から小石を三つ取り出した。
そして、ひとつひとつに魔法をかけていく。
魔法がかけられた小石は青白い光を放ちだす。
リアはネンコに指示して、その三つを建屋から離れた場所に置いてきてもらった。
それぞれの位置もばらばらに離してもらう。
準備が整ったところで、リアはネンコとスケちゃんに自分の計画を説明する。
その後、三人は建屋から少し離れたところにある小屋の影に隠れた。
スケちゃんは別に隠れる必要はなかったのだが、リアに習って身体を縮こませている。

「いくよ?」

「おう」

リアは二人に確認すると、短い言葉を呟いた。
すると、ネンコが小石を置いた辺りから、何かが弾けたような音がひとつ鳴り響いた。
音はかなり大きく、遠く離れたリアたちのところまではっきりと聞こえた。
リアが使ったのは『発破』という下位の魔法で、予め魔法をかけておいた小石を任意のタイミングで爆破させるものだ。
爆破と言ってもかなり小さいもので、殺傷力はないに等しく、よほど近距離で発動させないと手傷を与えるのは難しい。
今回、リアの考えた作戦は、音で中のスケルトンをおびき出すという単純なものだった。
器官を持たないはずの彼らだが、どういうわけか聴覚と視覚は存在するようだ。

しばらくすると、大きな扉が荒々しく開いた。
次いで、四体のスケルトンが飛び出してきて、音のした方に駆けていく。

「今だよ!」

三人はスケルトンが充分に離れたのを確認して、中に滑り込んだ。
陽動のために準備した小石はあと二つあるが、急がなければならない。

「スケちゃん、呪文はどこ!?」

リアは左右に素早く視線を走らせながら、問いかける。
ネンコは建屋の梁に飛び乗り、上方から内部を見渡す。
しかし、スケルトンは困ったように首を振った。
どうやら、どこに書かれているかまでは知らないようだ。

「そんな……」

リアは絶句する。
外からは分からなかったが、建屋の中は思った以上に広い。
ここから呪文探すとなると、相当の時間がかかるように思える。
リアはスケちゃんとの意志疎通を充分に行わなかったことを後悔した。

「来るぞ」

(戻ってくる!)

ネンコが声を上げるのとほぼ同時に、リアの強化された感覚が警鐘を鳴らす。
再びリアが魔法を唱えると、先ほどとは別の場所の小石が爆ぜた。
音を追っていたスケルトンたちは、開きっぱなしの扉の前を横切り、走り去る。
まだ三人には気づいていないようだ。
残る石はあとひとつ、いよいよ時間がない。

(呪いをかけた術者にとって、これは遊びなんだ。ということは、わざと手がかりを残しているはず……)

リアはそう考え、辺りを見渡す。
室内には様々な農具が並んでいて、奥には新鮮な干し草が積み上げられている。
木製の壁や柱は完全に腐っており、いつ崩壊してもおかしくない状態だ。
地面は外と同じく濡れてもいないのにぬかるんだようになっており、妙に柔らかい。
腐ることのない土すらも腐っているように見えた。

と、リアはその様子にどこか違和感を覚えた。
そして、何かに気づいたのか突然走り出す。
彼女は建屋の奥まで全力で走りきると、素手で干し草をかき分け始めた。
干し草は見たとおり保存状態がよく、すぐにでも家畜の餌にできそうだった。
この村でこの干し草だけが腐っていなかったのだ。
リアは顔や髪に草が張り付くのにも構わず、一心不乱にかき分ける。
そして、しばらく掘り進めたところで手を止める。

「あった!」

リアは思わず声を上げる。
大量の干し草を取り除いた先の地面に、見慣れた魔法語が書かれていた。
魔法語は薄ぼんやりした光を放っている。
リアには『伝えし者の守り』の魔法がかけれていることが分かった。
記述された文字の消去や改ざんを防ぐもので、書物や石碑などの文字に用いられることが多い。
リアはこれこそが探していた呪文であることを確信して、その内容を頭に叩き込む。
そして、今度は入り口に向かって駆け出した。
その際、魔法で小石を破裂させておくことも忘れない。

「あったのか?」

頭上からネンコが声をかける。

「うん! ネンコさん呪塊まで案内して! このまま向かう!」

「任せろー」

そう言うとネンコはリアの前に姿を現し、先頭を走り始める。
走りながらリアは振り返り、スケちゃんに指示を出す。

「スケちゃんはここにいて! 必ず成功させるから!」

これから先は、村人との交戦を避けられないだろう。
すでに侵入者への警戒を強めているはずだ。
村人たちを傷つけたくはないが、何事もなく広場の呪塊までたどり着けるとは思えなかった。
ならば、せめてスケちゃんには凄惨な戦いを見せたくない。
それが、リアの出した答えだ。

スケちゃんは何か考えている様子だったが、歩みを止めてリアに手を振る。
リアも笑顔で手を振り返した。
そして、表情を引き締め自分の向かう先を見据える。
その先には、ネンコが小さな手足を動かしながら走っているのが見えた。
それだけで、リアは安心する。
勇気が湧いてくる。

(必ず成功させる!)

リアは小さなスケルトンに伝えた言葉をもう一度心の中で繰り返した。
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