魔女とネズミの冒険譚 ~魔法使いの少女と最強最弱のネズミが世界を滅ぼすまで~

ころべえ

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第2章

第5話 課題

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翌日、エミリーは朝食の支度を済ませると、リアとネンコを起こすべく二人の部屋がある塔の三層に転移した。
この巨大な石造りの塔は八層構造になっている。
各層は直径およそ三十メートルの円形であり、複数の小部屋が備え付けてあった。
階段は存在せず、各層への移動は転移魔法陣を利用する。
転移する際は、層毎に定められた『合言葉』を魔法陣上で唱える必要がある。
ラテリアはリアとネンコに、出入り口となる一層、二人に貸し与えた部屋がある三層、そして、ラテリアの私室がある八層へ転移するための『合言葉』を伝えていた。
エミリーはそれに加えて、自分の部屋と厨房がある二層と物置となっている五、六層に転移することができる。
逆に言えば、彼女は四層と七層については立ち入ることはできなかったが、特に気にしたこともなかった。
エミリーは二人の部屋の前に立つと、軽くノックをして中の様子を確かめる。

「はい」

すぐに返事がきたため、エミリーは扉を開けて中に入った。

「おはようございます。リア様、ネンコ様」

「おはようございます」

挨拶を返すリアの手には美しい装飾の施された短剣が握られている。
ネンコは木の枝を振ってエミリーを迎えた。
朝から剣の稽古を行っていたようだ。
二人に与えられた部屋はかなり広く、ベッドやテーブルなどの家具を設置してもなお軽い運動が出来るほどのスペースがある。

「朝から精が出ますね」

「実は……なんだか落ち着かなくて」

リアが素直に胸中を述べる。
突然、見ず知らずの人間と生活を共にすることになったのだ。
落ち着かないのも当然と言える。

「すぐに慣れますよ」

エミリーはリアの不安を取り除くように微笑む。
そんな彼女は三角巾とエプロンを身に着けて、家政婦のような格好をしている。
リアはエプロンにどこかで見たようなネズミの顔が刺繍されていることに気付いたが、あえて触れなかった。
ネンコを見るとエミリーから距離を取って震えている。

「とりあえず朝食にしましょう。二層の食堂に準備していますので、行きましょう」

リアはエミリーの誘いに返事をすると身支度を始めた。
身支度と言っても特に何かをするわけでなく、髪を手で撫で付ける程度のものなのだが。
整えるたびに輝きを増していくリアの黒髪をエミリーはどこか羨ましそうに眺めながらひとり呟く。

「服も買わないと。今日、買いに行った方がいいでしょうか」

塔にはリアに合うサイズの服がなかったため、リアは今もマイから貰った白いワンピースを着ていた。
エミリーの呟きからマイとルークのことを想い出してリアの胸が痛む。
あの日以来、二人の最期の姿が目に焼き付いて離れず、リアは苦しんでいた。
最近、ようやく気持ちを切り替えるようになったと思ったが、まだ難しいようだ。
俯き、動かしていた手が自然と止まる。
エミリーはリアの様子に気付くと、ゆっくりと彼女の背後に回って代わりに髪を撫でてやる。

「申し訳ありません。悪気はなかったのです。しかし、リア様。過去を振り返ることは大切ですが、それに囚われてはなりません。この世界は貴女にとっては生き辛い。これからも様々な苦しみや悲しみを背負うことになるでしょう。そのたびに、立ち止まっていては生きてはいけません」

その言葉は預言のように響いたが、その中にはエミリー自身の実感も込められているように感じられた。
リアは素直に頷くと顔を上げる。

「大丈夫。リア様にはネンコ様が付いておりますし、今後は私どももお力になりますわ。戦力だけで言えば、王国の騎士など千人集めても物の数ではありません」

エミリーは冗談なのか本気なのか判らない話をして、ころころと笑う。
彼女はリアの髪を落ち着かせるとリアの両肩に手を置き軽く前に押し出した。

「さ、参りましょうか。朝食が冷めてしまいますわ」

リアはエミリーに押し出されるようにして部屋を出ながら、先程の彼女の話を頭の中で繰り返す。

(立ち止まってはいけない……か)

リアはぼんやりとではあるが、その言葉を実践することの難しさを理解していた。
それが真実であるということも。
笑顔で肩を押してくるエミリーを見ながら、リアは少し困ったような表情を作るのだった。


リアとネンコの二人は朝食を終えるとエミリーの指示でラテリアの私室に向かった。
エミリーは後片付けのため食堂に残っている。
ラテリアは食堂に顔を出さなかったが、聞けば食事はいつも私室で摂っているらしい。
二人がラテリアのもとを訪ねると、昨日と同様に快く迎えてくれた。

「よく眠れたかね?」

「はい。おかげさまで。あんな素敵なお部屋を貸していただいてありがとうございます。エミリーさんの朝食もとても美味しかったです」

「そうじゃろ。あやつは魔法や剣術だけでなく家事も得意じゃからな」

エミリーの準備した朝食はお世辞でもなく素晴らしかった。
焼きたての小麦のパンに、ネギと豆の入ったポタージュ、それに白身魚のソテー。
どれも香辛料などでしっかりとした味付けがされているが、濃くもなく薄くもない絶妙なバランスだった。
ルークの作る料理も美味しかったが、彼女の料理はその上をいく。
ネンコなどどれだけの量をおかわりしたか分からない。
そのたびにエミリーは幸せそうな表情を浮かべていた。
……目付きが少し怪しかったが。

「さて、それでは修行を始めるとしようか」

「はい!」

「任せろ!」

リアと……なぜかネンコも元気よく返事をすると、ラテリアは笑いながら椅子から立ち上がった。

「付いてきなさい」

ラテリアはそう言うと、リアの脇を通り抜けて転移魔法陣へと向かった。
リアとネンコも後に続く。
賢者が魔法の言葉で魔法陣を起動すると、三人は別の場所へと転移した。


転移した先には荒涼とした風景が広がっていた。
草木は生えておらず、大地は乾いている。
全く緑のない褐色の世界。
建築物も三人が立っている転移魔法陣が描かれた祭壇以外には見当たらない。
空は厚い雲に覆われており、時折雷光を疾走らせている。

「ここは……?」

死に絶えた大地を前にして、呆然とした様子でリアが声を絞り出す。
そんなリアに賢者は物語を語るような口調で答えた。

「ここは街から遙か彼方。ミスタリア国はおろか他のどの国にも属さぬ見捨てられた地。我らは『楽園』と呼んでおる」

「『楽園』……」

目にしている光景とあまりにかけ離れた皮肉めいた名前にリアは苦笑いを浮かべる。

「そうじゃ。我らのような力を持つ魔術師にとってはな」

ラテリアの言葉の意味が分からず、リアは軽く首を傾げる。
しかし、ネンコには理解できたようだった。

「あー、なるほど。ここなら気兼ねなく大きな魔法をぶっ放せるもんな。確かに力を持つ奴ににとっては『楽園』だな」

リアもようやく合点がいったという様子で「あっ」と小さな声を上げる。

「左様。ネンコ殿の言うとおりじゃ。儂やエミリーは日々魔法の研究に勤しんでおる。もちろん時には数日の儀式を要する程の大規模破壊魔法を扱うこともある。そんなものを人の住まう地で唱えるわけにはいくまい?」

リアは頷く。
第七位以上の魔術となるとその威力はさることながら効果範囲も凄まじいと聞く。
また魔術の効果は魔力や詠唱時間、触媒によって変化する。
ラテリアやエミリーほどの力の持ち主が数日の詠唱を行い行使した魔術は数キロに渡って影響を与える場合もあるだろう。
実際、リアが村を氷漬けにした第七位の魔術『氷嵐』は本来、直径十メートルほどの範囲に吹雪を発生させる魔法なのだが、赤目の力が暴走した状態で放った魔術の範囲は百メートルをゆうに超えている。
そもそも普段のリアの力では使うことすらできない代物だ。

「さて、ではまずお主の力を見せてもらおうかな。自分の知りうる最高の魔法を、最大の魔力を注いで唱えてみなさい」

ラテリアの訓練開始とも取れる発言に対してリアはやや緊張気味に返事をすると、いそいそと準備を始める。

(いよいよ始まるんだ!)

魔術をまともに教えてもらうのは初めてということもあり、リアの胸は高鳴った。
リアは触媒袋を開くと念のためにとエミリーから譲ってもらった食塩を一摘みして、自分の前に振り撒いた。
そして、小さな声で短い言葉を紡ぐ。
すると突然、塩を撒いた場所から桶一杯分ほどの水が湧き出し、乾いた大地を潤した。

「少し離れていてください」

リアはラテリアとネンコに断りを入れ、魔術の詠唱に集中する。
詠唱中に一瞬だけ騎士団を壊滅させた自分の姿が脳裏を過ぎったが、無理やり押さえ込んで意識を乱さないようにする。
魔法は順調に編み出され、効果を現した。
先程作った水溜りから氷の柱がパキパキという音を立てながら突き出したのだ。
『氷棺』という魔術で、水と土を触媒として空間を凍結させるものだ。
リアが扱える唯一の第五位魔術で、ゴブリンを倒して手に入れた『ヴァン・ランカースの魔法書』に記述されていたものだった。
その後、氷柱は膨張し続けていたが、リアの背丈の倍ほどの大きさになったところで停止した。
リアは荒い息を吐きながら、魔術が成功したことにほっと胸を撫で下ろす。
彼女は自分の生まれ育ったレナスの村を炎で焼き尽くされた際に受けた心的外傷により、火術が使えない。
更に今回の一件で水術まで使用できなくなったらと内心不安だったのだが、この調子なら特に問題ないようだった。

「ホッホッ、その歳で第四位を扱うとは。やるのう」

ラテリアはリアに賞賛の拍手を送る。

「しかし、魔術師としてはまだまだじゃ」

言うが早いか、リアが作り上げた氷柱の隣にその倍はあろうかという巨大な氷の塊が出現した。

「……え?」

「すげー」

突然のことに照れ笑いを浮かべていたリアの表情が引きつる。
ネンコは驚きの声を上げた。
ラテリアもまた『氷棺』を唱えていた。
リアもネンコも気付かぬほどの速さで。
そして、氷柱の大きさの差が彼とリアの力の差を物語っていた。
リアは魔力、技術、全てにおいて足元にも及ばないことを痛感し、多少の悔しさを覚える。

「ふむ、落ち込ませるつもりはなかったが。だがリアよ。魔術師に必要なのは何事に対しても分析し、学習することだ。まずお主はこの効果の差をどのように見る」

ラテリアの言葉を受け、リアは気を取り直す。
そして、改めて二つの柱を眺める。

「注いだ魔力量の差……でしょうか?」

リアは自分の考えを口に出すが、賢者は静かに首を横に振った。

「それは違う。今回、儂はお主と同程度の魔力と触媒を使って魔術を放っておる。それでもこれだけの差が生まれた。この差はのう、お主が魔力を効率よく使用できていない証拠なのじゃ」

ラテリアの話では魔術は触媒の持つ魔力に自分の持つ魔力を干渉させて効果を引き出すのだという。
そのことはリアも理解していた。
魔術ごとに存在する特定の法則に従って魔力同士を糸のように絡み合わせるのだ。
そのため、魔術がよく編み物に例えられる。
高位の魔術になるほど編み合わせが複雑になり、必要な魔力も増えていく。

「お主の場合、編み合わせに無駄が多い。逆に言えば、無駄を失くすことができればもっと少ない魔力で今以上の効果を発揮できるはずじゃ。ということで、ほれ」

ラテリアは懐から青い球状の石を取り出して、リアに渡した。
手のひらに収まるほどの大きさの石は綺麗に磨かれており神秘的な光沢を放っている。
リアが顔を近づけるとその整った美しい顔が写り込んだ。

「これは『練魔の石』と呼ばれるものじゃ」

しげしげと石を眺めるリアにラテリアが答えを与える。
ネンコもいつの間にかリアの頭に腰掛けており、物珍しげな視線を石に送っていた。

「魔力の感知や制御を訓練するための道具じゃ。ミスタリアの魔術学校では入学した者全員に配られておる。まあ、すでに魔術が使えるお主にはその石の魔力を感じるじゃろ?」

「感じます」

「感じないな」

ネンコには分からないようだがリアには石の中に魔力が細い糸のように渦巻いているのを感じ取ることができた。
そして、一定の周期でその渦は形を変えていることに気づいた。
見慣れた水や火のような魔力を形どったかと思えば、次の瞬間には全く知らない形状に変化する。
リアは試しに自分の魔力を編み合わせてみる。
見たことのない複雑な構造だったが、可能な限り魔力を干渉させる。
ある程度、時間が経過したところで、石の生み出す魔力の形状が変化し、編み込んだリアの魔力は霧散した。
その際、練磨の石は一瞬だけ鈍い光を放つ。

「魔力の干渉が充分であればあるほど、石は強く輝く。そして、そのためには素早く正確に魔力を操る技術が必要となる。この石はそれを磨くためのものじゃ」

「なるほど。分かりました」

「では、これから課題を言い渡す。心して聞くように」

ラテリアはわざとらしく咳払いをして幾分かしこまってそう告げると、先ほどリアが創り出した氷の塊を指差した。

「練磨の石により魔力操作の修練に励み、『氷棺』の魔術にて今の倍の効果を上げてみせよ。期間は設けぬ。精進するのじゃ」

「はい!」

リアは元気よく返事する。
表情も明るく、美しい澄んだ黒い瞳を輝かせている。
明確な目標を与えられたことで、更にやる気が出たようだ。

「それで、じいさん、オレは? オレは何の魔術を練習すればいい?」

そんな二人のやり取りを見ていたネンコが我慢できなくなったのか口を挟んだ。
リアとラテリアの肩がびくりと震える。

「そ、そうじゃなあ、ネンコ殿には……その、あれじゃ。あれをやってもらう」

言い淀む賢者に期待の眼差しを向けるネンコをリアは少しかわいそうに感じた。
本当に魔法を使いたくて仕方がないといった様子だ。
しかし、素質のない者がいくら努力しても魔術を習得することはできない。
ましてやネンコはその辺にある草木や石が持つ程度の魔力すらも持ち合わせていないのだ。
そして、そのような存在をリアは知らない。

(ネンコさんって……何者なんだろう)

ネンコと出会った当初に考えていた疑問が再びリアの脳裏に浮かぶ。
旅をしているうちに、いつの間にか気にも留めなくなっていた疑問だ。
そもそもネンコが記憶を失っているため、簡単に答えが出る訳でもない。
しかし、一度考え出すと彼女の頭のなかで様々な推測が渦巻き止まらなかった。
それと同時に得体の知れない不安がリアの心にゆっくりと湧き上がる。
リアは、激しくなる動悸と息苦しさを堪えながら、未だ答えを出せないでいるラテリアのローブにしがみついて早く教えろとせがむネンコをただ見つめていた。
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