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第2章
第6話 これからのこと
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リアはその後、自室に戻り練磨の石による訓練を行った。
今まで魔法の効果の差は魔力量と触媒の質だけで決まると信じていたリアにとって、ラテリアの「魔力を無駄なく編む」という教えは衝撃的だった。
そして、世の魔術師たちは皆この訓練を行っているという事実に、少なからず焦りを感じていた。
他の魔術師に遅れを取っている気がしたのだ。
別に誰かと張り合っているわけではないのだが、元来の負けず嫌いな性格が顔を出したのかもしれない。
そのような理由で、訓練に熱が入り、ふと気がつけば昼を過ぎる時間になっていた。
部屋の壁にある古めかしい掛け時計を確認すると、エミリーから事前に伝えられていた昼食の時間を過ぎていた。
「ごめん。ネンコさん、お昼ごはん食べに行こう?」
リアはベッドの隅で石化でもしたかのようにピクリともせずに書物を眺めているネンコに声を掛ける。
顔は相変わらずの間抜けな無表情で、どのような感情を抱いているのかを伺い知ることはできない。
しかし、眉間のあたりに小さなシワができていることから少なくとも真剣に課題に取り組んでいるようには見えた。
結局、ラテリアは困り果てた挙句、ネンコが文字が読めないことを指摘し、まずは一般的に使用されている共用語を学ぶことを課題として与えたのだった。
魔術とはあまり関係ない課題であるため、駄々をこねるかと思ったが意外にも素直に了承した。
その後、彼は借り与えられた部屋と同じ層にある書庫から言語の学習に使えそうな本を数冊、リアに選ばせると、一言も発すること無く黙々と読みふけっていた。
「ネンコさん?」
しばらく待ったが返事がないため、もう一度声を掛ける。
「おお、もうそんな時間か」
ネンコが本から目を離す。
ネンコが読んでいたのはひとつのページに単語とその単語の表す絵が描かれている本だった。
子供が文字を覚えるための絵本だ。
「順調?」
「まあな、だいたい分かった」
リアにはたかだか半日ほど勉強したところで、文字が読めるようになるとは思えなかったが、ネンコの機嫌が良さそうなので黙って頷いておいた。
「疑ってるな?」
「そんなことないよ?」
ネンコの察しの良さに、心の中で舌打ちしながらリアは笑顔を返す。
信じてもらえなかったことが気に食わなかったのかネズミは一冊の本を手に取るとリアに渡した。
『エルドルと七本の剣』
エルドル・オベリアンという実在した英雄の活躍を描いた物語だ。
地獄から召喚された様々な力を持つ七体の悪魔を倒すため、勇者エルドルがそれぞれの悪魔の弱点となり得る力を秘めた七本の聖剣を探す過程が描かれている。
子供向けの物語として大変有名なもので、リアも幼い頃に読んだ記憶がある。
ネンコはごほんと咳払いすると、本の内容を語り始めた。
「……かくして、七体の悪魔を滅ぼすための準備は整い、勇者エルドルは悪魔たちの住む『恐ろし山』へと旅立つのでしたー。つづく」
ネンコの語りが終わる。
リアは絶句する。
細かい間違いはあったが、話の内容はほぼ合っている。
子供向けの本なのでところどころに挿絵が入っているが、それだけで話の内容をここまで言い当てることは不可能だ。
となると、やはりネンコの言うとおり、この短時間で今まで知らなかった文字を『だいたい分かった』ことになる。
ただ、賢いと言うだけでは到底難しいように思えた。
呆然とするリアを見ることができてネンコは満足したのか、ベッドから飛び降りてさっさと部屋を出て行く。
リアはしばらく本を手にしたまま立ち尽くしていたが、ネンコに置いて行かれたことに気づいて慌てて部屋を飛び出した。
食堂にはラテリアがいた。
部屋の中央に設置された長テーブルの端の席に座り、くつろいでいる。
彼はリアたちの姿を認めると、手招きして自分の席の向かいに座るよう指示した。
リアは指示に従い、賢者の正面の席に腰を下ろす。
ネンコはその隣席のテーブルの上に移動した。
「お二人ともいらっしゃいましたか」
厨房から料理の盛られた皿を手にしたエミリーが姿を現す。
相変わらず間の抜けたネズミの顔が大きく刺繍されたエプロンを着けている。
「あ、手伝います」
席を立とうとしたリアを大丈夫ですよと笑顔で制して、リアとネンコの前に料理を並べる。
昼食はミートソースのパスタだった。
濃厚な肉の香りが嗅覚をくすぐる。
エミリーは二人分の料理を準備すると、ネンコの隣に腰掛ける。
ラテリアとエミリーは食べないようだ。
ラテリアは二人に食べるよう促すと、エミリーに視線を向ける。
「……エミリーよ。お主いつまでその姿でいるつもりじゃ?」
「あら。お気に召しませんか? このエプロン」
「いや、儂が言いたいのはそういうことではなくて……いや、まあ、よい」
ラテリアは言葉の途中で口をつぐむ。
笑顔のエミリーから一瞬だけだが強力な圧力が発せられたようだ。
「さて、リアよ。食べながらでいいので聞くのじゃ」
リアはパスタを頬張りながら頷く。
行儀が悪いとは思ったが、エミリーの作ったパスタは絶品で、手を止めることはできなかった。
そんな彼女の態度を気にも留めず、ラテリアは話を続ける。
「朝に話した通り、しばらくの間は練磨の石を使った魔力操作の修練を続けてもらう。自信が付いたら儂に声を掛けて、成果を見せるが良い。しかし、毎日その修業だけを延々と繰り返すのは辛かろうし、効率も良くない。そこでじゃ」
ラテリアは一旦そこで言葉を切ると、リアをじっと見る。
リアも流石に食べる手を止めて、師の言葉を待つ。
「この街で触媒師として働いてもらう」
「触媒師ですか?」
ラテリアの突拍子もない提案にリアはうわずった声を上げる。
「左様。道具屋や魔術師組合から依頼を受けて、触媒を仕入れてくる仕事じゃ。周りに古代の遺跡や洞窟が多いせいか、この街を訪れる冒険者や探検家といった輩はごまんとおる。そのような者たちの中には魔術を扱う者も少なくない。そのため、この街では触媒を扱っている者は重宝される。普通の魔術師からすると触媒は買うものであり、自分で探すものではないのじゃからのう」
賢者の目が細められる。
「やることは単純じゃが、非常に難しい仕事じゃ。お主も知っての通り、危険な場所に赴き、凶暴な野獣や魔物と戦うことでしか得られぬものもある」
ラテリアの話を聞きながら、リアは旅の途中で手に入れた触媒のことを考えていた。
モチグサやミムラサキといった野草は確かに生息地さえ特定できれば比較的容易に手に入れることはできそうだが、オオカミの牙や干からびた指を自分の力で獲得することは今のリアでは難しいだろう。
オオカミ相手ならば上手く立ち回ればなんとかなるかもしれない。
しかし、ネンコが何処からか持ってきた干からびた指は死の世界に棲むと言われる魔物―――ホロウのものだ。
この魔物は時折、こちらの世界に姿を現しては人間を死の世界に誘う。
からからに乾燥した死者のような見た目をしており、その指に触れた者の生気を吸い取るのだ。
また、通常の武器では傷つけることができず、倒すには銀製、もしくは強力な魔法のかかった武器が必要になる。
更に高い魔法抵抗力を持つため、高位の魔法でなければ効果はない。
熟練の剣士や魔術師でも苦戦する強力な魔物だ。
リアはそのような化物を討伐して触媒を集めてくる自信が持てなかった。
そんな彼女の不安を見透かしたようにラテリアは声を掛けてくる。
「気持ちはわかる。じゃが、お主は他の魔術師と違って、魔術を学問として学ぶだけではいかんのじゃ。自らに害をなすものを退けながら、生きていかねばならん。そのための力を磨くには、実戦を積むことが最も大切なのじゃ。なに、初めから得難い触媒に手を出す必要はない。出来ることからコツコツと進めていけばよい」
リアは頷く。
もとより師の言葉に背くつもりなど毛頭なかったし、実戦が自分を成長させる最適な方法であることはこれまでの旅で分かっていた。
それに、どちらにせよ魔術を学ぶためには大量の触媒とそれに対する知識が必要となる。
そういった意味ではリアにうってつけの仕事と言えた。
「では昼食を終えたら、エミリーとともに街へ赴き準備を整えるが良い。エミリー、仕事を一から教えてやってくれんか」
「かしこまりました」
「エミリーさんも触媒師なんですか?」
「そうですね。気が向いた時に簡単な依頼をこなす程度ですが」
エミリーは答えながら空になったネンコの皿を片付け始めた。
リアはまだ料理が残っていたことに気づき、食事を再開する。
「よってしばらくはエミリーについて依頼をこなしていくがよい。そのうち、一人でやってもらうことになるがの。それと、ネンコ殿」
ラテリアはパスタを平らげて満足そうに転がっているネンコに話しかけた。
ネンコは上半身を起こし、短い前足を挙げてそれに応える。
「リアが仕事をする際には付き添ってもらいたいが、余程危険な状況でない限り、極力手を出さないようにして欲しいのじゃ。成長を妨げになってしまうゆえ」
「大丈夫だぞ。オレは過保護じゃないからな。こいつが死なない程度にしか面倒見るつもりはないぞ」
以前ネンコに訓練と称して大狼と戦わされた過去を思い出してリアは苦笑する。
そして、ふと疑問が湧いた。
「あ、でも、ラテリア様。あたしは今、国から追われています。そんなあたしが街に出てもいいのでしょうか?」
リアは意見を述べながら、手配書のおかげで外出することすら許されない自分の境遇を思い、泣きたい気持ちになった。
しかし、偉大な魔術師はそんなリアの感情を吹き飛ばすように、にやりと笑うと自信満々に言い放った。
「大丈夫じゃ。儂がなんとかしよう」
その日の午後、人通りの多い街の大通りを歩く二人の美しい女性の姿があった。
ひとりはエミリーだ。
自慢の長い銀髪が陽の光を受けて輝いている。
スタイルの良い身体に生地の薄い紫のローブを纏い、道行く人々を魅了していた。
もうひとりは白いワンピースの女。
青い髪を襟首あたりで切りそろえている。
目鼻立ちがはっきりしており、エミリーに勝るとも劣らない美貌の持ち主だ。
エミリーほど魅惑的な体つきではないものの立派に成長した大人の女性である。
しかし、彼女はなぜか背の丈に合わない子供用のワンピースを身に着けており、白く美しい太ももが過度に露出してしまっていた。
本人はそのことを気にしてか、ワンピースの裾をしきりに引っ張っている。
髪と同じ色をした瞳が潤んで見えた。
「うー、恥ずかしいです……」
先ほどから自分に、と言うより露出した脚に注がれる視線に、耐えきれないといった感じで彼女はエミリーに声を掛ける。
「大丈夫です。リア様。あ、この街ではレナ様でしたね。この視線は彼らの目に貴女が魅力的な女性に映っているという証拠ですよ。堂々となさっていれば良いのです」
「そ、そうですかぁ?」
どうにもそう思えなかったリアは思わず聞き返す。
受ける視線は憧れや羨望などではなく、どちらかと言えばいやらしさを感じるものが多い気がしていたからだ。
「ネンコさんはどう思う?」
リアは頭の上で物珍しそうに町並みを眺めているネンコに尋ねる。
「いや、やらしい目で見てるだけだろ」
「ちょっと! ネンコ様!?」
ネンコの歯に衣着せぬ物の言いように、エミリーが慌てて静止の声を上げる。
「やっぱり! エミリーさんの嘘つき!」
リアはネンコを掴んで後方に放り投げた後、泣きそうな顔でエミリーを睨む。
流石に本気で怒らせたかと心配になったエミリーは宥めるようにリアの肩に手を置く。
「わ、分かりました。一旦、ひと目のない路地に入りましょう。そこで元の年齢に戻して差し上げますから。ね?」
「えー、面白いからそのままでいいんじゃ……」
いつの間にか戻ってきていたネンコを今度はエミリーが掴んで放り投げる。
リアはエミリーの提案に頷くと、早足で歩き出した。
ラテリアが出した案はリアの姿を魔術で変えるという単純なものだった。
初めは髪と瞳の色を『形態変化』の魔術でこの国では目立ちすぎる黒から青に変えるだけという話だったのだが、その後にエミリーが調子に乗って髪を短くし、挙げ句の果てには死霊術である『老化』を掛けて十歳ほど年齢を上げてしまった。
そして、リアが魔術の効果に驚いている隙に、さっさと外へと連れ出したのだ。
今回の非のほとんどはエミリーにあると言ってもよい。
(少し調子に乗りすぎましたわね)
路地を探しながら、前を行くリアを見ながらエミリーは思う。
反省はしているようだが、彼女の表情はどこか幸せそうだ。
(妹がいたらこういう感じなのでしょうか)
こちらを振り返って路地を指差して怒ったように手招きするリアに苦笑いを浮かべて駆け寄りながら、エミリーはそんなことを考えていた。
今まで魔法の効果の差は魔力量と触媒の質だけで決まると信じていたリアにとって、ラテリアの「魔力を無駄なく編む」という教えは衝撃的だった。
そして、世の魔術師たちは皆この訓練を行っているという事実に、少なからず焦りを感じていた。
他の魔術師に遅れを取っている気がしたのだ。
別に誰かと張り合っているわけではないのだが、元来の負けず嫌いな性格が顔を出したのかもしれない。
そのような理由で、訓練に熱が入り、ふと気がつけば昼を過ぎる時間になっていた。
部屋の壁にある古めかしい掛け時計を確認すると、エミリーから事前に伝えられていた昼食の時間を過ぎていた。
「ごめん。ネンコさん、お昼ごはん食べに行こう?」
リアはベッドの隅で石化でもしたかのようにピクリともせずに書物を眺めているネンコに声を掛ける。
顔は相変わらずの間抜けな無表情で、どのような感情を抱いているのかを伺い知ることはできない。
しかし、眉間のあたりに小さなシワができていることから少なくとも真剣に課題に取り組んでいるようには見えた。
結局、ラテリアは困り果てた挙句、ネンコが文字が読めないことを指摘し、まずは一般的に使用されている共用語を学ぶことを課題として与えたのだった。
魔術とはあまり関係ない課題であるため、駄々をこねるかと思ったが意外にも素直に了承した。
その後、彼は借り与えられた部屋と同じ層にある書庫から言語の学習に使えそうな本を数冊、リアに選ばせると、一言も発すること無く黙々と読みふけっていた。
「ネンコさん?」
しばらく待ったが返事がないため、もう一度声を掛ける。
「おお、もうそんな時間か」
ネンコが本から目を離す。
ネンコが読んでいたのはひとつのページに単語とその単語の表す絵が描かれている本だった。
子供が文字を覚えるための絵本だ。
「順調?」
「まあな、だいたい分かった」
リアにはたかだか半日ほど勉強したところで、文字が読めるようになるとは思えなかったが、ネンコの機嫌が良さそうなので黙って頷いておいた。
「疑ってるな?」
「そんなことないよ?」
ネンコの察しの良さに、心の中で舌打ちしながらリアは笑顔を返す。
信じてもらえなかったことが気に食わなかったのかネズミは一冊の本を手に取るとリアに渡した。
『エルドルと七本の剣』
エルドル・オベリアンという実在した英雄の活躍を描いた物語だ。
地獄から召喚された様々な力を持つ七体の悪魔を倒すため、勇者エルドルがそれぞれの悪魔の弱点となり得る力を秘めた七本の聖剣を探す過程が描かれている。
子供向けの物語として大変有名なもので、リアも幼い頃に読んだ記憶がある。
ネンコはごほんと咳払いすると、本の内容を語り始めた。
「……かくして、七体の悪魔を滅ぼすための準備は整い、勇者エルドルは悪魔たちの住む『恐ろし山』へと旅立つのでしたー。つづく」
ネンコの語りが終わる。
リアは絶句する。
細かい間違いはあったが、話の内容はほぼ合っている。
子供向けの本なのでところどころに挿絵が入っているが、それだけで話の内容をここまで言い当てることは不可能だ。
となると、やはりネンコの言うとおり、この短時間で今まで知らなかった文字を『だいたい分かった』ことになる。
ただ、賢いと言うだけでは到底難しいように思えた。
呆然とするリアを見ることができてネンコは満足したのか、ベッドから飛び降りてさっさと部屋を出て行く。
リアはしばらく本を手にしたまま立ち尽くしていたが、ネンコに置いて行かれたことに気づいて慌てて部屋を飛び出した。
食堂にはラテリアがいた。
部屋の中央に設置された長テーブルの端の席に座り、くつろいでいる。
彼はリアたちの姿を認めると、手招きして自分の席の向かいに座るよう指示した。
リアは指示に従い、賢者の正面の席に腰を下ろす。
ネンコはその隣席のテーブルの上に移動した。
「お二人ともいらっしゃいましたか」
厨房から料理の盛られた皿を手にしたエミリーが姿を現す。
相変わらず間の抜けたネズミの顔が大きく刺繍されたエプロンを着けている。
「あ、手伝います」
席を立とうとしたリアを大丈夫ですよと笑顔で制して、リアとネンコの前に料理を並べる。
昼食はミートソースのパスタだった。
濃厚な肉の香りが嗅覚をくすぐる。
エミリーは二人分の料理を準備すると、ネンコの隣に腰掛ける。
ラテリアとエミリーは食べないようだ。
ラテリアは二人に食べるよう促すと、エミリーに視線を向ける。
「……エミリーよ。お主いつまでその姿でいるつもりじゃ?」
「あら。お気に召しませんか? このエプロン」
「いや、儂が言いたいのはそういうことではなくて……いや、まあ、よい」
ラテリアは言葉の途中で口をつぐむ。
笑顔のエミリーから一瞬だけだが強力な圧力が発せられたようだ。
「さて、リアよ。食べながらでいいので聞くのじゃ」
リアはパスタを頬張りながら頷く。
行儀が悪いとは思ったが、エミリーの作ったパスタは絶品で、手を止めることはできなかった。
そんな彼女の態度を気にも留めず、ラテリアは話を続ける。
「朝に話した通り、しばらくの間は練磨の石を使った魔力操作の修練を続けてもらう。自信が付いたら儂に声を掛けて、成果を見せるが良い。しかし、毎日その修業だけを延々と繰り返すのは辛かろうし、効率も良くない。そこでじゃ」
ラテリアは一旦そこで言葉を切ると、リアをじっと見る。
リアも流石に食べる手を止めて、師の言葉を待つ。
「この街で触媒師として働いてもらう」
「触媒師ですか?」
ラテリアの突拍子もない提案にリアはうわずった声を上げる。
「左様。道具屋や魔術師組合から依頼を受けて、触媒を仕入れてくる仕事じゃ。周りに古代の遺跡や洞窟が多いせいか、この街を訪れる冒険者や探検家といった輩はごまんとおる。そのような者たちの中には魔術を扱う者も少なくない。そのため、この街では触媒を扱っている者は重宝される。普通の魔術師からすると触媒は買うものであり、自分で探すものではないのじゃからのう」
賢者の目が細められる。
「やることは単純じゃが、非常に難しい仕事じゃ。お主も知っての通り、危険な場所に赴き、凶暴な野獣や魔物と戦うことでしか得られぬものもある」
ラテリアの話を聞きながら、リアは旅の途中で手に入れた触媒のことを考えていた。
モチグサやミムラサキといった野草は確かに生息地さえ特定できれば比較的容易に手に入れることはできそうだが、オオカミの牙や干からびた指を自分の力で獲得することは今のリアでは難しいだろう。
オオカミ相手ならば上手く立ち回ればなんとかなるかもしれない。
しかし、ネンコが何処からか持ってきた干からびた指は死の世界に棲むと言われる魔物―――ホロウのものだ。
この魔物は時折、こちらの世界に姿を現しては人間を死の世界に誘う。
からからに乾燥した死者のような見た目をしており、その指に触れた者の生気を吸い取るのだ。
また、通常の武器では傷つけることができず、倒すには銀製、もしくは強力な魔法のかかった武器が必要になる。
更に高い魔法抵抗力を持つため、高位の魔法でなければ効果はない。
熟練の剣士や魔術師でも苦戦する強力な魔物だ。
リアはそのような化物を討伐して触媒を集めてくる自信が持てなかった。
そんな彼女の不安を見透かしたようにラテリアは声を掛けてくる。
「気持ちはわかる。じゃが、お主は他の魔術師と違って、魔術を学問として学ぶだけではいかんのじゃ。自らに害をなすものを退けながら、生きていかねばならん。そのための力を磨くには、実戦を積むことが最も大切なのじゃ。なに、初めから得難い触媒に手を出す必要はない。出来ることからコツコツと進めていけばよい」
リアは頷く。
もとより師の言葉に背くつもりなど毛頭なかったし、実戦が自分を成長させる最適な方法であることはこれまでの旅で分かっていた。
それに、どちらにせよ魔術を学ぶためには大量の触媒とそれに対する知識が必要となる。
そういった意味ではリアにうってつけの仕事と言えた。
「では昼食を終えたら、エミリーとともに街へ赴き準備を整えるが良い。エミリー、仕事を一から教えてやってくれんか」
「かしこまりました」
「エミリーさんも触媒師なんですか?」
「そうですね。気が向いた時に簡単な依頼をこなす程度ですが」
エミリーは答えながら空になったネンコの皿を片付け始めた。
リアはまだ料理が残っていたことに気づき、食事を再開する。
「よってしばらくはエミリーについて依頼をこなしていくがよい。そのうち、一人でやってもらうことになるがの。それと、ネンコ殿」
ラテリアはパスタを平らげて満足そうに転がっているネンコに話しかけた。
ネンコは上半身を起こし、短い前足を挙げてそれに応える。
「リアが仕事をする際には付き添ってもらいたいが、余程危険な状況でない限り、極力手を出さないようにして欲しいのじゃ。成長を妨げになってしまうゆえ」
「大丈夫だぞ。オレは過保護じゃないからな。こいつが死なない程度にしか面倒見るつもりはないぞ」
以前ネンコに訓練と称して大狼と戦わされた過去を思い出してリアは苦笑する。
そして、ふと疑問が湧いた。
「あ、でも、ラテリア様。あたしは今、国から追われています。そんなあたしが街に出てもいいのでしょうか?」
リアは意見を述べながら、手配書のおかげで外出することすら許されない自分の境遇を思い、泣きたい気持ちになった。
しかし、偉大な魔術師はそんなリアの感情を吹き飛ばすように、にやりと笑うと自信満々に言い放った。
「大丈夫じゃ。儂がなんとかしよう」
その日の午後、人通りの多い街の大通りを歩く二人の美しい女性の姿があった。
ひとりはエミリーだ。
自慢の長い銀髪が陽の光を受けて輝いている。
スタイルの良い身体に生地の薄い紫のローブを纏い、道行く人々を魅了していた。
もうひとりは白いワンピースの女。
青い髪を襟首あたりで切りそろえている。
目鼻立ちがはっきりしており、エミリーに勝るとも劣らない美貌の持ち主だ。
エミリーほど魅惑的な体つきではないものの立派に成長した大人の女性である。
しかし、彼女はなぜか背の丈に合わない子供用のワンピースを身に着けており、白く美しい太ももが過度に露出してしまっていた。
本人はそのことを気にしてか、ワンピースの裾をしきりに引っ張っている。
髪と同じ色をした瞳が潤んで見えた。
「うー、恥ずかしいです……」
先ほどから自分に、と言うより露出した脚に注がれる視線に、耐えきれないといった感じで彼女はエミリーに声を掛ける。
「大丈夫です。リア様。あ、この街ではレナ様でしたね。この視線は彼らの目に貴女が魅力的な女性に映っているという証拠ですよ。堂々となさっていれば良いのです」
「そ、そうですかぁ?」
どうにもそう思えなかったリアは思わず聞き返す。
受ける視線は憧れや羨望などではなく、どちらかと言えばいやらしさを感じるものが多い気がしていたからだ。
「ネンコさんはどう思う?」
リアは頭の上で物珍しそうに町並みを眺めているネンコに尋ねる。
「いや、やらしい目で見てるだけだろ」
「ちょっと! ネンコ様!?」
ネンコの歯に衣着せぬ物の言いように、エミリーが慌てて静止の声を上げる。
「やっぱり! エミリーさんの嘘つき!」
リアはネンコを掴んで後方に放り投げた後、泣きそうな顔でエミリーを睨む。
流石に本気で怒らせたかと心配になったエミリーは宥めるようにリアの肩に手を置く。
「わ、分かりました。一旦、ひと目のない路地に入りましょう。そこで元の年齢に戻して差し上げますから。ね?」
「えー、面白いからそのままでいいんじゃ……」
いつの間にか戻ってきていたネンコを今度はエミリーが掴んで放り投げる。
リアはエミリーの提案に頷くと、早足で歩き出した。
ラテリアが出した案はリアの姿を魔術で変えるという単純なものだった。
初めは髪と瞳の色を『形態変化』の魔術でこの国では目立ちすぎる黒から青に変えるだけという話だったのだが、その後にエミリーが調子に乗って髪を短くし、挙げ句の果てには死霊術である『老化』を掛けて十歳ほど年齢を上げてしまった。
そして、リアが魔術の効果に驚いている隙に、さっさと外へと連れ出したのだ。
今回の非のほとんどはエミリーにあると言ってもよい。
(少し調子に乗りすぎましたわね)
路地を探しながら、前を行くリアを見ながらエミリーは思う。
反省はしているようだが、彼女の表情はどこか幸せそうだ。
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こちらを振り返って路地を指差して怒ったように手招きするリアに苦笑いを浮かべて駆け寄りながら、エミリーはそんなことを考えていた。
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ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
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そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
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