岐れ路

nejimakiusagi

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1 正確に記すには時間が経ちすぎている

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いまはこの物語を書き上げることは出来ない。

なぜなら僕はそれの途中なのだ。なぜそのような状態でそれを始めようとしたのか?

それは最近になって彼女がよく現れるからだ。

僕はアタマの中を整理しなければならない。

小学生のころに先生からもらった、「あゆみ」だか「けやき」だか名のついた通知表に“整理整頓をもう少し頑張りましょう“と書いてあったのを今でも覚えている。
人間の本質なんて、そうそう変わるものでもないのだろう。もし自分探しをするのであれば、旅に出たりするのではなく、小学生のころの通知表を読み返して見るべきなのだ。

これは日記ではない。

起きた事象を正確に記すには時間が経ちすぎている。

人生にターニングポイントのようなものがあるとするならば、僕の場合はおそらくそれは、6月10日だ。
もしくは、彼女と初めて出会ったあの日。あるいは未来の何処かにそのような日が待ち受けているのかもしれない。

今でも覚えているのは、彼女についての最初の記憶は後ろ姿だということだ。

小花柄のワンピース。

その模様と自動車の運転教本を僕は交互に見比べていた。

下らない理由で、僕は18歳のときに取得した運転免許を失い、人生で二度目の普通自動車免許の取得に挑んでいた。

仕事の合間に通ってたこともあり、僕はこのとき試験に落ちるわけにはいかなかった。
それにもかかわらず、僕は縦列駐車の手順よりも彼女の背中に目を奪われていた。

そして、あろうことか僕の性器は勃起していた。

なぜだかは僕にもよく分からない。とにかくこれが僕と彼女の最初の出会いだ。

これは教習所の勉強スペースでのことだが、結果的にいうと僕らは同じ教習車で最終試験を受けて二人とも合格した。

あとから判ったことだが、彼女にはあまり運動神経がない。彼女からしてみれば、一発で試験に合格したことは奇跡に近かったのだろう。その場で母親に嬉しそうに電話で報告をしていた。

僕はそのときすでに、試験の合否よりも彼女に連絡先を聞くことが出来るかどうかの方が重要になっていた。

親密な関係になったのは、そのときからかなりの月日が経った後だった。

覚えているのは、友人のエミと「悪の教典」を観に行った次の日だったということだ。

サイコパスの高校教師が生徒を猟銃で皆殺しにする話だ。
女友達を誘うのに映画のチョイスを誤ったと思っていたのだが、エミは大興奮だった。
彼女は最近、女の子を出産した。

何も上手に口説けたということはない。

彼女は僕のベッドで泣いていた。

何か僕にしてあげられることはないかと考えた末に、彼氏になるという選択をしただけだ。

運命というものがあったとしても、いつもそれが美しいとは限らない。

僕はあのとき、試験の日程を一週間遅らせたのだ。
ハルっていう名前の女の子と食事に行きたいがために。あわよくば僕は彼女と寝たいと思っていた。それは叶わなかったが。

その結果として僕は小花柄のワンピースを着た彼女に出会ったわけだ。出会って、勃起して、二度目の普通免許を取得した。

きっと恋人がほしいときは、素敵なレストランを予約したり、スリルたっぷりの映画を観に行くよりも、自動車免許を失効させるべきなのだ。おそらく。


















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