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14 ねえ、シャブリと生牡蠣があるのよ・・・
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僕はおそらくはツーサイズは大きいであろう優実の恋人のTシャツを着て、彼女のベッドに身体を横たえていた。
さて、一体どうしたものか・・・。
ほんの数分前、僕らは鈍く霧がかかった月が照らす夜道を二人で歩いていた。
仕事を終える時間が重なったとき、僕らは大体ニンジンの向かいにあるカフェでビールを飲み、そして僕は彼女のフラットまで徒歩で送っていっていた。
それは僕のささやかな楽しみで、幸せな時間だった。
そして、それ以上のことを望んだりはしていなかった・・・と思う。
その夜だって、僕はとくに大胆なことをするつもりはなかった。
「ねえ。お腹が痛いんだけど、トイレを貸してくれないかな」
彼女のフラットの前に着いたとき、もしも女性を口説こうとしているのであったなら、驚くほど陳腐で滑稽なセリフで僕は彼女の部屋に入れてもらった。
ただ、一つだけ純然たる事実を告げるなら、本当に僕はそのときお腹が痛かったのだ。
トイレを借りたらすぐに帰るつもりだった。
しかし、おそらくは心の何処かでは賽を転がしていたのかもしれない。どんな目が出るのだろうと期待をしながら。
トイレから出た僕に彼女は、「なぁ、少し飲んでく?梅酒とカップヌードルがあんねん」と、嬉しそうに、その奇妙なコンビネーションをすすめた。まるでそれらが抜群の相性を誇るワインとアペタイザーかのように。
それは、僕に「ねえ、シャブリと生牡蠣があるのよ・・・」みたいな感じに響いた。
僕はいうまでもなく嬉しかった。
バレンタインデーに好きな女の子から電話がかかってきて、公園に誘われたみたいに嬉しかった。
小学一年生のときに、そんなことがあった。
そして僕は浮かれていたのか、緊張してたのか、もらったチョコレートを公園のベンチに置き忘れて帰宅し、母親にこっぴどく叱られた記憶がある。
僕らは梅酒で軽く酔っぱらい、カップヌードルを豪快に音をたてて啜った。
そして僕はその晩、彼女のフラットに泊まることにした。
彼女の誘いに甘い淫靡な響きはなかったように思う。
しかし、彼女は一緒にベッドで寝ようといい、シャワーを浴びている。僕は彼女の恋人のTシャツを着て、ベッドに身体を横たえている。
さて、一体どうしたものか・・・。
彼女を抱くのか?しかし、それはあんまりじゃあないか?恋人の男には少しばかり残酷な気がするし、僕にはとても早急な気がする。
うーむ、と軽く唸り、身体の向きを変えたとき、視界の端でフワフワしたそれが動いた。
始めは巨大なテディ・ベアでも倒れてきたのだと思った。しかし、それは着ぐるみのあの男だった。
「なんだ君か・・・。ところで、いきなり質問なんだけど、それは一体なんの動物なんだい?」
「ポッサムだよ。一昨日、公園で会ったじゃないか」
ああ、ポッサム。
ポッサムというのは、オーストラリアやニュージーランドで広く生息している狸のような動物で、僕もつい先日、仕事帰りに間近でお目にかかることができた。
野性動物としては警戒心が足りていないような、もたついた動きと愛らしい表情に好感がもてた。
「それで、どうかしたのかい?なぜここに?」
「君が迷っているからさ。好きな女の子の部屋に二人っきりでいるってのに、とんだ腰ぬけだね、君は」
「草食動物のくせに随分と肉食なことをいうもんだね」
僕は皮肉のつもりでそう言ってやった。僕には僕のやり方や生き方があるのだ。彼にそんなことを言われる覚えはない。
すると、ポッサムは小馬鹿にしたように笑った。
「僕らは雑食さ。山猫のように獲物を追いかけ回すことはなくても、もし栗鼠が片足を引き摺って現れたら、躊躇せず襲いかかるよ。
君はいつも良い子ぶってるよ。そして恵まれていて余裕があるんだね。僕らの毛皮ってね、高値で売れるんだよ。僕らは捕まったら皮を剥がれる。だから君が想像するより、必死で戦い、生きているのさ。
それだけを言いにきたんだよ。そろそろ帰るよ。彼女がドライヤーで髪をとかし終わる頃だ。どうか手遅れになりませんように。気づいた頃にはもう遅い。捕まって皮を生きたまま剥がされる。そして激痛が永遠に続くのさ」
ポッサムが窓から出ていくのと、彼女がバスルームのドアを開けるのは、ほぼ同時だった。
「どうかしたん?梅酒、飲み過ぎたん?」
窓を睨みながら、凍ったような・・・あるいは解凍されかけているような僕の表情を見て彼女が訊いた。
「ねえ・・・」
「セックスしようか」
気がつくと僕は彼女にそう言っていた。
もしかしたら、僕はその後に、「シャブリと生牡蠣があるからさ・・・」と続けるべきだったのかもしれない。
さて、一体どうしたものか・・・。
ほんの数分前、僕らは鈍く霧がかかった月が照らす夜道を二人で歩いていた。
仕事を終える時間が重なったとき、僕らは大体ニンジンの向かいにあるカフェでビールを飲み、そして僕は彼女のフラットまで徒歩で送っていっていた。
それは僕のささやかな楽しみで、幸せな時間だった。
そして、それ以上のことを望んだりはしていなかった・・・と思う。
その夜だって、僕はとくに大胆なことをするつもりはなかった。
「ねえ。お腹が痛いんだけど、トイレを貸してくれないかな」
彼女のフラットの前に着いたとき、もしも女性を口説こうとしているのであったなら、驚くほど陳腐で滑稽なセリフで僕は彼女の部屋に入れてもらった。
ただ、一つだけ純然たる事実を告げるなら、本当に僕はそのときお腹が痛かったのだ。
トイレを借りたらすぐに帰るつもりだった。
しかし、おそらくは心の何処かでは賽を転がしていたのかもしれない。どんな目が出るのだろうと期待をしながら。
トイレから出た僕に彼女は、「なぁ、少し飲んでく?梅酒とカップヌードルがあんねん」と、嬉しそうに、その奇妙なコンビネーションをすすめた。まるでそれらが抜群の相性を誇るワインとアペタイザーかのように。
それは、僕に「ねえ、シャブリと生牡蠣があるのよ・・・」みたいな感じに響いた。
僕はいうまでもなく嬉しかった。
バレンタインデーに好きな女の子から電話がかかってきて、公園に誘われたみたいに嬉しかった。
小学一年生のときに、そんなことがあった。
そして僕は浮かれていたのか、緊張してたのか、もらったチョコレートを公園のベンチに置き忘れて帰宅し、母親にこっぴどく叱られた記憶がある。
僕らは梅酒で軽く酔っぱらい、カップヌードルを豪快に音をたてて啜った。
そして僕はその晩、彼女のフラットに泊まることにした。
彼女の誘いに甘い淫靡な響きはなかったように思う。
しかし、彼女は一緒にベッドで寝ようといい、シャワーを浴びている。僕は彼女の恋人のTシャツを着て、ベッドに身体を横たえている。
さて、一体どうしたものか・・・。
彼女を抱くのか?しかし、それはあんまりじゃあないか?恋人の男には少しばかり残酷な気がするし、僕にはとても早急な気がする。
うーむ、と軽く唸り、身体の向きを変えたとき、視界の端でフワフワしたそれが動いた。
始めは巨大なテディ・ベアでも倒れてきたのだと思った。しかし、それは着ぐるみのあの男だった。
「なんだ君か・・・。ところで、いきなり質問なんだけど、それは一体なんの動物なんだい?」
「ポッサムだよ。一昨日、公園で会ったじゃないか」
ああ、ポッサム。
ポッサムというのは、オーストラリアやニュージーランドで広く生息している狸のような動物で、僕もつい先日、仕事帰りに間近でお目にかかることができた。
野性動物としては警戒心が足りていないような、もたついた動きと愛らしい表情に好感がもてた。
「それで、どうかしたのかい?なぜここに?」
「君が迷っているからさ。好きな女の子の部屋に二人っきりでいるってのに、とんだ腰ぬけだね、君は」
「草食動物のくせに随分と肉食なことをいうもんだね」
僕は皮肉のつもりでそう言ってやった。僕には僕のやり方や生き方があるのだ。彼にそんなことを言われる覚えはない。
すると、ポッサムは小馬鹿にしたように笑った。
「僕らは雑食さ。山猫のように獲物を追いかけ回すことはなくても、もし栗鼠が片足を引き摺って現れたら、躊躇せず襲いかかるよ。
君はいつも良い子ぶってるよ。そして恵まれていて余裕があるんだね。僕らの毛皮ってね、高値で売れるんだよ。僕らは捕まったら皮を剥がれる。だから君が想像するより、必死で戦い、生きているのさ。
それだけを言いにきたんだよ。そろそろ帰るよ。彼女がドライヤーで髪をとかし終わる頃だ。どうか手遅れになりませんように。気づいた頃にはもう遅い。捕まって皮を生きたまま剥がされる。そして激痛が永遠に続くのさ」
ポッサムが窓から出ていくのと、彼女がバスルームのドアを開けるのは、ほぼ同時だった。
「どうかしたん?梅酒、飲み過ぎたん?」
窓を睨みながら、凍ったような・・・あるいは解凍されかけているような僕の表情を見て彼女が訊いた。
「ねえ・・・」
「セックスしようか」
気がつくと僕は彼女にそう言っていた。
もしかしたら、僕はその後に、「シャブリと生牡蠣があるからさ・・・」と続けるべきだったのかもしれない。
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