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16 低気圧が勢力を少しずつ増して台風に成長するかのように
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そんなことがあった一週間ぐらい後だったと思う。
レストランで些細な事件が起こった。
レセプションのノエルという女の子が出勤前に階段から落っこちて、腕と足に打撲を負い、しばらく休みを取ることになったのだ。
僕はその日が休みだったので、直接は見ていないがちょっとした騒ぎだったとアシスタント・マネージャーをしているルナから電話があった。
骨折はしていないものの、暫くは一人で何をするのも大変だろうということだ。
休みだったこともあり、僕は彼女の夕食を買って見舞いに行くことにした。
女性スタッフと働いた経験が多いとそういう気遣いが大切なことを身をもって知っているのだ。
僕はケンタッキー・フライドチキンのバスケットとついでに他のスタッフへのお土産に買ったダンキン・ドーナッツの箱を腕に下げて、向かいの部屋のドアをノックした。(以前にも書いたように僕らは同じビル内で暮らしている)
彼女は痛々しく巻かれた包帯を撫でながら、笑顔で迎えてくれた。取り合えず元気そうなので僕は安心した。
事故が起きた状況や医者の診断を聞いたあとは、しばらく下らない冗談を言い合って笑った。
彼女は話し相手がほしそうだったし、僕も退屈していたのだ。しかし、僕はあまり長居するべきでなかったと少し後悔することになる。
「ねえ、知ってた?レイナって幽霊が視えるのよ」
ノエルがそんな風に切り出した。
レイナというのはもう5年も僕らのレストランで働いている、ウェイトレスの中ではおつぼね的な存在のスタッフだ。
仕事も的確にこなす、しっかりした女性だが、確かにそういったオカルト的なことを好む趣味があった。
「レイナが私の落ちた階段のところでも女の幽霊を見たことがあるって言ってたわ。私、もしかしたら突き落とされたのかしら」
まったく、勘弁してほしい。僕はその手の話が大の苦手なのだ。まさかお見舞いにきて、怖がらせられるとは思わなかった。
取り合えず、冷静を装い会話を続ける。
「お化けがもし仮にそこにいたとしても、彼女のせいにするのは良くないよ。君はさっき携帯電話をイジりながら階段を下りてて、足を滑らしたって言っていたじゃあないか」
「まあ、それはそうだけどね」
悪戯好きの彼女は僕が怖がっているのを見抜いたのか、しばらくニヤニヤしながらその話を続けて、最後には「もしかしたら、私たちのビルにきてるかもしれないわよ」などと、最悪の発言をして僕と別れた。
本当にまったくなんて娘だ、と僕はため息をついて部屋に戻った。
彼女のせいで少しの時間、ビクビクと神経が高ぶっていたが、読みかけだった小説に集中し出すと、すぐにそのことは忘れてしまった。
しかしそれから、さらに僕を震えあがらせることが起きる。それは徐々に姿を露にしていくように起こった。まるで小さな低気圧が勢力を少しずつ増して台風に成長するかのように。
僕らのレストランには、休みの翌日は午後出勤のシフトだという良心的な決まりがある。
しかし、僕はその休みの翌日、朝から出勤をしていた。手掛けている日本からの食材の輸入の仕事が遅れていたので、接客はウェイトレスたちに任せて、個室で事務仕事をさせてもらうためだ。
快調に仕事を終わらせて、ディナーからレストランでの接客に参加しようと、表に出ると、夕方から出勤してきたウエイターの一人が変な顔をして僕を見た。
「サー、いつここに来たんだい?バスでは見掛けなかったけど」
僕が今日は朝から出勤して働いているというと彼はさらに変な顔をした。
昼頃にあなたの部屋から人の気配がしたし、そのあとにバスルームで唄を口ずさんでいるのを聞いたというのだ。
僕は本当に勘弁してくれ、と思った。ノエルに怖がらされて、それを忘れられたと思ったら今度は君か。きっとただの勘違いだろうが、タイミングが良くない。
僕は確かに、たまに誰もいないのを見計らって、部屋でラップを口ずさんだりしているが、午後出勤のスタッフがいる時間帯の昼間にはやらないし、誰かが帰ってきても気づけないバスルームで唄ったりはしていない。
だって迷惑になるかもしれないし、人に聞かれたら恥ずかしいではないか。
僕はまた怖がらされたことで、少し苛ついたが、怒るのも大人げないし、第一彼は怒られたところで意味が分からない。「きっとなにかの間違いだろう」と優しく言い仕事にもどった。
勘違いで済まされない事態が起こるまで、僕はそう考えていた。
レストランで些細な事件が起こった。
レセプションのノエルという女の子が出勤前に階段から落っこちて、腕と足に打撲を負い、しばらく休みを取ることになったのだ。
僕はその日が休みだったので、直接は見ていないがちょっとした騒ぎだったとアシスタント・マネージャーをしているルナから電話があった。
骨折はしていないものの、暫くは一人で何をするのも大変だろうということだ。
休みだったこともあり、僕は彼女の夕食を買って見舞いに行くことにした。
女性スタッフと働いた経験が多いとそういう気遣いが大切なことを身をもって知っているのだ。
僕はケンタッキー・フライドチキンのバスケットとついでに他のスタッフへのお土産に買ったダンキン・ドーナッツの箱を腕に下げて、向かいの部屋のドアをノックした。(以前にも書いたように僕らは同じビル内で暮らしている)
彼女は痛々しく巻かれた包帯を撫でながら、笑顔で迎えてくれた。取り合えず元気そうなので僕は安心した。
事故が起きた状況や医者の診断を聞いたあとは、しばらく下らない冗談を言い合って笑った。
彼女は話し相手がほしそうだったし、僕も退屈していたのだ。しかし、僕はあまり長居するべきでなかったと少し後悔することになる。
「ねえ、知ってた?レイナって幽霊が視えるのよ」
ノエルがそんな風に切り出した。
レイナというのはもう5年も僕らのレストランで働いている、ウェイトレスの中ではおつぼね的な存在のスタッフだ。
仕事も的確にこなす、しっかりした女性だが、確かにそういったオカルト的なことを好む趣味があった。
「レイナが私の落ちた階段のところでも女の幽霊を見たことがあるって言ってたわ。私、もしかしたら突き落とされたのかしら」
まったく、勘弁してほしい。僕はその手の話が大の苦手なのだ。まさかお見舞いにきて、怖がらせられるとは思わなかった。
取り合えず、冷静を装い会話を続ける。
「お化けがもし仮にそこにいたとしても、彼女のせいにするのは良くないよ。君はさっき携帯電話をイジりながら階段を下りてて、足を滑らしたって言っていたじゃあないか」
「まあ、それはそうだけどね」
悪戯好きの彼女は僕が怖がっているのを見抜いたのか、しばらくニヤニヤしながらその話を続けて、最後には「もしかしたら、私たちのビルにきてるかもしれないわよ」などと、最悪の発言をして僕と別れた。
本当にまったくなんて娘だ、と僕はため息をついて部屋に戻った。
彼女のせいで少しの時間、ビクビクと神経が高ぶっていたが、読みかけだった小説に集中し出すと、すぐにそのことは忘れてしまった。
しかしそれから、さらに僕を震えあがらせることが起きる。それは徐々に姿を露にしていくように起こった。まるで小さな低気圧が勢力を少しずつ増して台風に成長するかのように。
僕らのレストランには、休みの翌日は午後出勤のシフトだという良心的な決まりがある。
しかし、僕はその休みの翌日、朝から出勤をしていた。手掛けている日本からの食材の輸入の仕事が遅れていたので、接客はウェイトレスたちに任せて、個室で事務仕事をさせてもらうためだ。
快調に仕事を終わらせて、ディナーからレストランでの接客に参加しようと、表に出ると、夕方から出勤してきたウエイターの一人が変な顔をして僕を見た。
「サー、いつここに来たんだい?バスでは見掛けなかったけど」
僕が今日は朝から出勤して働いているというと彼はさらに変な顔をした。
昼頃にあなたの部屋から人の気配がしたし、そのあとにバスルームで唄を口ずさんでいるのを聞いたというのだ。
僕は本当に勘弁してくれ、と思った。ノエルに怖がらされて、それを忘れられたと思ったら今度は君か。きっとただの勘違いだろうが、タイミングが良くない。
僕は確かに、たまに誰もいないのを見計らって、部屋でラップを口ずさんだりしているが、午後出勤のスタッフがいる時間帯の昼間にはやらないし、誰かが帰ってきても気づけないバスルームで唄ったりはしていない。
だって迷惑になるかもしれないし、人に聞かれたら恥ずかしいではないか。
僕はまた怖がらされたことで、少し苛ついたが、怒るのも大人げないし、第一彼は怒られたところで意味が分からない。「きっとなにかの間違いだろう」と優しく言い仕事にもどった。
勘違いで済まされない事態が起こるまで、僕はそう考えていた。
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