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17 お兄ちゃん、僕らと一緒なんだね
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勘違いでは済まされない・・・いや、言ってみれば僕はある意味勘違いをしていたのだ。
それに気づいたのは、休日にカリブ・コーヒーでミント・チョコレートのフラペチーノを啜りながら、午前中に買った小説のページを捲っていたときだった。
ちなみに僕のドバイでの休日は大体つぎの二択のどちらかだ。
レセプションで働いている"郁絵さん"とどこかにディナーを食べに行くか、夕方からカフェでクロワッサンとコーヒーを頼み、数時間それと共に本を読み耽るか・・・。ついでに言っておくと、どちらのパターンであっても午前中に必ず同じモール内の紀伊国屋書店に行き、一冊なにか小説を買う。
僕は重度の活字中毒なのだ。仕事とはいえ横書きの英文だけを読んでいたら、きっと頭がおかしくなってしまうだろう。
郁絵さんに関しては、またそのうち話そう。きっとどこかで彼女について綴る日が来ることだろう。
話しを続けよう。
僕が小説を読むことに夢中になっていると、座っているソファーにパフッと軽い衝撃を感じた。
横に目をやるとオレンジ色の髪の綺麗な顔をした少年が隣に座り、悪戯っぽく笑みを浮かべ、こっちを見ている。
人懐っこい子供だなと思ったが、まあ、それ以上に感想があるわけもなく、本に視線を戻そうとしたところで、今度は正面にも人の気配を感じた。
なるほど、四人用のソファー席を僕一人で使っていたから、相席で座りたい親子でも来たのだな、と正面に目をやったところで、僕は思わず声を上げてしまった。
正面にいたのは、隣にいるのとまったく同じ顔とファッションをした少年だったのだ。髪はオレンジ色で澄んだ茶色の瞳をして、ネイビーブルーのパーカーを着ている。正面の少年も同じようにニコニコしながら僕を見ている。
驚いたが、別に幻覚を見ているわけではなさそうだ。よく観察するとパーカーの下に着ているTシャツのデザインである数字が、「91」、「92」となっており、微妙にちがう。つまり彼らは双子なのだ。
しばらく様子をみていたが、二人が僕の読んでいる本を覗き込んだり、フラペチーノを突っついてみたりと、構ってほしそうにしているので、僕は「なんだい?」と愛想良く話しかけてみた。
すると双子は顔を見合せ、一瞬変な顔をしたが、少し考えた素振りのあとに、なにかを閃いたように「ハハン」と二人して笑顔になった。
「僕らのママは日本人なんだ。パパはエジプト人だよ」と「91」の方が言った。
なるほど、それで日本人の僕を見て、珍しくて話しかけに来たというわけか。それを聞いて僕もこの双子に興味を持ち始めた。
すると今度は「92」の方が「お兄ちゃんもやっぱり本を読んだり、コーヒーを飲んだりするのが好きなんだね」と言った。
お兄ちゃんも?やっぱり?
一瞬意味が分からなかったが、ネイティブの子供の発音を聞きとるのは難しい。おそらく聞き間違いだろう・・・。もしくは日本人はコーヒーを飲みながら、読書をするのが好きな人種だという固定観念でもあるのかもしれない。
聞けば、彼らはモール内に用事があるエジプト人の父親が迎えに来てくれるのを、このカリブ・コーヒーで待っているとのことだった。
最初は奇妙に思ったが、事情を把握した上で話してみれば、二人ともハンサムでとても可愛らしい。日本語はまったく解らないようで、僕らはしばらく英語で会話を楽しんだ。
しかし、エジプト人と日本人のハーフと話すのは始めてのことだ。
第一、エジプト人って一体どんな顔をしているんだっけ?目の前の双子がもし、「僕らはフランス人です」と嘘をついたとしても僕に見分ける術はないように思える。
「ん?」
そこで一つの疑問が僕の頭に浮かんだ。
それとほぼ同時だった。
双子が立ちあがり、遠くに向かって手を振った。そこには彼らの髪と同じオレンジ色の髭をたくわえた男性が笑顔で手を振っていた。彼が双子の父親に間違いないが、やはりエジプト人と言われてもピンとこない。
「僕らのパパがきた。お兄ちゃん、お話しできて楽しかった。ありがとうね」
「お兄ちゃん、ありがとうね。またね。」
「91」と「92」が交互に別れを告げて、走り出そうとしたので、僕は慌てて、別れのあいさつと、ついでに気になっていた疑問を彼らに告げた。
「ねえ、どうして君たちは僕が日本人だってすぐに判ったの?この国にはフィリピン人や中国人の方がよっぽど多いし、アジア人同士でもよく間違えるんだ。君たちは日本語は解らないし、見分けるのはとても難しいはずだけど・・・」
すると、「92」が得意気に言った。まるで手品の種明かしでもするかのように。
「僕ら、パパにカフェで待ってろって言われて、最初にこの上のスターバックス・コーヒーに行ってしまったんだよ。そこでお兄ちゃんに会って少しお話しをしたんだ」
「91」もそれに続ける。まったく同じ得意気な顔で。
「お兄ちゃん、僕らと一緒なんだね。最初はお兄ちゃんが下に降りてきたのかと思ったよ。上のお兄ちゃんもコーヒー飲みながら、本を読んでたから。でも僕らも兄弟で同じことが好きだから、すぐに分かったよ」
そう言うと、双子は満足そうに父親のもとへ帰っていった。
彼らが去ったあと、僕はしばらくストローを指でクルクルと回しながら、放心状態になる。
僕らと一緒・・・?彼らは一体何を言っているのだ?
晴れてはいけない霧が少しずつ薄くなる。
「サー、いつここへ来たんだい?」
「・・・」
「あなたの部屋から人の気配がしたし・・・」
「・・・」
「バスルームで唄を口ずさんでいたのを聞いたよ」
・・・僕はお化けの類いは大の苦手だ。できるなら彼らのことなんて想像もしたくない・・・しかし、仮に、もし仮にだ。
ノエルが僕を脅かしたとおり、もし女の幽霊がレストランから僕らの寮に来たとして、僕の部屋に用があるか?バスルームで唄を口ずさんだりするか?
そして、スターバックスでコーヒーを啜りながら読書をする可能性はあるか?
あるわけがない。
それをするのは、女の幽霊なんかじゃあない。
すべて・・・。すべて「僕」だ。
僕はあの晩・・・深夜から朝方にかけて・・竜太郎に背中を擦ってもらいながら・・・一体なにを吐き出したのだ?
もう、甘ったるいミント・チョコレートのフラペチーノを飲む気にはなれなくなってしまった。
それに気づいたのは、休日にカリブ・コーヒーでミント・チョコレートのフラペチーノを啜りながら、午前中に買った小説のページを捲っていたときだった。
ちなみに僕のドバイでの休日は大体つぎの二択のどちらかだ。
レセプションで働いている"郁絵さん"とどこかにディナーを食べに行くか、夕方からカフェでクロワッサンとコーヒーを頼み、数時間それと共に本を読み耽るか・・・。ついでに言っておくと、どちらのパターンであっても午前中に必ず同じモール内の紀伊国屋書店に行き、一冊なにか小説を買う。
僕は重度の活字中毒なのだ。仕事とはいえ横書きの英文だけを読んでいたら、きっと頭がおかしくなってしまうだろう。
郁絵さんに関しては、またそのうち話そう。きっとどこかで彼女について綴る日が来ることだろう。
話しを続けよう。
僕が小説を読むことに夢中になっていると、座っているソファーにパフッと軽い衝撃を感じた。
横に目をやるとオレンジ色の髪の綺麗な顔をした少年が隣に座り、悪戯っぽく笑みを浮かべ、こっちを見ている。
人懐っこい子供だなと思ったが、まあ、それ以上に感想があるわけもなく、本に視線を戻そうとしたところで、今度は正面にも人の気配を感じた。
なるほど、四人用のソファー席を僕一人で使っていたから、相席で座りたい親子でも来たのだな、と正面に目をやったところで、僕は思わず声を上げてしまった。
正面にいたのは、隣にいるのとまったく同じ顔とファッションをした少年だったのだ。髪はオレンジ色で澄んだ茶色の瞳をして、ネイビーブルーのパーカーを着ている。正面の少年も同じようにニコニコしながら僕を見ている。
驚いたが、別に幻覚を見ているわけではなさそうだ。よく観察するとパーカーの下に着ているTシャツのデザインである数字が、「91」、「92」となっており、微妙にちがう。つまり彼らは双子なのだ。
しばらく様子をみていたが、二人が僕の読んでいる本を覗き込んだり、フラペチーノを突っついてみたりと、構ってほしそうにしているので、僕は「なんだい?」と愛想良く話しかけてみた。
すると双子は顔を見合せ、一瞬変な顔をしたが、少し考えた素振りのあとに、なにかを閃いたように「ハハン」と二人して笑顔になった。
「僕らのママは日本人なんだ。パパはエジプト人だよ」と「91」の方が言った。
なるほど、それで日本人の僕を見て、珍しくて話しかけに来たというわけか。それを聞いて僕もこの双子に興味を持ち始めた。
すると今度は「92」の方が「お兄ちゃんもやっぱり本を読んだり、コーヒーを飲んだりするのが好きなんだね」と言った。
お兄ちゃんも?やっぱり?
一瞬意味が分からなかったが、ネイティブの子供の発音を聞きとるのは難しい。おそらく聞き間違いだろう・・・。もしくは日本人はコーヒーを飲みながら、読書をするのが好きな人種だという固定観念でもあるのかもしれない。
聞けば、彼らはモール内に用事があるエジプト人の父親が迎えに来てくれるのを、このカリブ・コーヒーで待っているとのことだった。
最初は奇妙に思ったが、事情を把握した上で話してみれば、二人ともハンサムでとても可愛らしい。日本語はまったく解らないようで、僕らはしばらく英語で会話を楽しんだ。
しかし、エジプト人と日本人のハーフと話すのは始めてのことだ。
第一、エジプト人って一体どんな顔をしているんだっけ?目の前の双子がもし、「僕らはフランス人です」と嘘をついたとしても僕に見分ける術はないように思える。
「ん?」
そこで一つの疑問が僕の頭に浮かんだ。
それとほぼ同時だった。
双子が立ちあがり、遠くに向かって手を振った。そこには彼らの髪と同じオレンジ色の髭をたくわえた男性が笑顔で手を振っていた。彼が双子の父親に間違いないが、やはりエジプト人と言われてもピンとこない。
「僕らのパパがきた。お兄ちゃん、お話しできて楽しかった。ありがとうね」
「お兄ちゃん、ありがとうね。またね。」
「91」と「92」が交互に別れを告げて、走り出そうとしたので、僕は慌てて、別れのあいさつと、ついでに気になっていた疑問を彼らに告げた。
「ねえ、どうして君たちは僕が日本人だってすぐに判ったの?この国にはフィリピン人や中国人の方がよっぽど多いし、アジア人同士でもよく間違えるんだ。君たちは日本語は解らないし、見分けるのはとても難しいはずだけど・・・」
すると、「92」が得意気に言った。まるで手品の種明かしでもするかのように。
「僕ら、パパにカフェで待ってろって言われて、最初にこの上のスターバックス・コーヒーに行ってしまったんだよ。そこでお兄ちゃんに会って少しお話しをしたんだ」
「91」もそれに続ける。まったく同じ得意気な顔で。
「お兄ちゃん、僕らと一緒なんだね。最初はお兄ちゃんが下に降りてきたのかと思ったよ。上のお兄ちゃんもコーヒー飲みながら、本を読んでたから。でも僕らも兄弟で同じことが好きだから、すぐに分かったよ」
そう言うと、双子は満足そうに父親のもとへ帰っていった。
彼らが去ったあと、僕はしばらくストローを指でクルクルと回しながら、放心状態になる。
僕らと一緒・・・?彼らは一体何を言っているのだ?
晴れてはいけない霧が少しずつ薄くなる。
「サー、いつここへ来たんだい?」
「・・・」
「あなたの部屋から人の気配がしたし・・・」
「・・・」
「バスルームで唄を口ずさんでいたのを聞いたよ」
・・・僕はお化けの類いは大の苦手だ。できるなら彼らのことなんて想像もしたくない・・・しかし、仮に、もし仮にだ。
ノエルが僕を脅かしたとおり、もし女の幽霊がレストランから僕らの寮に来たとして、僕の部屋に用があるか?バスルームで唄を口ずさんだりするか?
そして、スターバックスでコーヒーを啜りながら読書をする可能性はあるか?
あるわけがない。
それをするのは、女の幽霊なんかじゃあない。
すべて・・・。すべて「僕」だ。
僕はあの晩・・・深夜から朝方にかけて・・竜太郎に背中を擦ってもらいながら・・・一体なにを吐き出したのだ?
もう、甘ったるいミント・チョコレートのフラペチーノを飲む気にはなれなくなってしまった。
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