岐れ路

nejimakiusagi

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22 死神だとでも思ったの?

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それから、彼はしばらく僕の前に現れることはなく、僕はいつもと変わらない日々を過ごしていた。

いつもと変わらない日々というのは、周囲の人間から映る僕の日常のことであり、決して「彼」が現れる前と僕の内面に何も変化がないという意味ではない。

季節は11月になるところで、17階にある僕らのレストランから続く、最上階のアラビック・クラブのエントランスではハロウィーンの準備が派手に進められていた。

特に目立つのは、入口の階段からぶら下がっている死神のオブジェだ。

海外のハロウィーンへの情熱には何かしら尋常でないものを感じてしまう。
朽ちた頭蓋骨、錆びついた巨大な鎌、纏っているボロボロの黒い布切れと細部に至るまで、クオリティの高さが狂気じみている。

そして、僕はこのオブジェを見るたびに憂鬱になる。

死神・・・死の象徴。

数日の間に、ドッペル・ゲンガーというものについて自分なりに調べてみた。

そこで分かったのはそれは「死の象徴」という概念が極めて高いということだ。

芥川龍之介が自害の直前にそれに会ったような文章を残しているし、リンカーンも暗殺される前日に夢の中でそれと会っていたということだった。

僕は死ぬのか・・・?

彼自身は僕に危害を加えるつもりはないと言ってはいたが、どこまで信用してよいのか判断のしようがない。

憂鬱の原因はもう一つある。

やはりというべきなのかもしれないが、あの日以来、アシスタント・マネージャーのルナが僕を避けているような雰囲気を度々感じるのだ。

僕はドバイで誰にも恋などしていないと書いたが、彼女のことをもっと知りたいと思っていた。

基本的にはクールで微笑んだりすることは少ない。弱音や文句を吐くこともあまりない。
昔の男との息子が母国にいて、女手一つで彼を育てているということだ。

僕はそんな彼女の疲れた横顔に美しさを感じる。

そして、もっと心を許して笑ってくれたり、感じていることを話してくれたらいいのにな、と時々思う。

僕自身、それがどういう種類の感情なのかよく解らないが、彼女が僕ではない誰かに微笑んだりしているのを見ると、心が乱され、とても不安な気持ちになる。

そしてあれ以来、彼女は僕に微笑んでくれなくなってしまった。仕事上の会話をするときでさえなんだか不自然さを感じる。元々クールだから自分の気の迷いだと思えば、それまでではあるのだが・・・。

かつて、そうしていたように混乱した僕は「彼」と対話をしたくなった・・・しかし、もう上手くイメージができない・・・それはそうだろう。彼は現実の世界に存在するようになってしまったのだから。


その日は閉店のシフトだった。数人のスタッフのみが、暗く、寂しい、深夜のレストランに残る。

僕は吊るされている死神を見上げる。

僕は死ぬのか?・・・自分、あるいはその死神に問い掛け、そして急に恐ろしくなる。

孤独。

独りのまま、なにもないまま、死を迎えるのか?

寒い。とても寒い。

僕は思い出す。最近、僕は誰にも抱きしめられていないことを。

寒い。誰でもいい。抱きしめてほしい。

照明がゆっくり落とされるように、視野が闇に侵食されていく・・・そのとき。

背後から、僕の肩にだらん、と垂らされた冷たい手首が触れた。

「うわっ!!!」

思わず、叫びながらのけ反る。

そこには受付のリオナが悪戯っぽい笑みを浮かべ立っていた。

「死神だとでも思ったの?なんかボーっとしてるから、からかってみたのよ」

彼女は美しい英語でそう言った。

僕はそのとき・・・理由はよく分からない。安心したのか、それとも本当に恐かったのか。情けないことに僕の頬を涙が伝っていた。

「ねえ、ちょっと待って。冗談でしょう?ちょっと脅かしただけじゃない。日本人の男は皆そんなに弱虫なの?」

彼女は、笑いながら僕をぎゅっと抱きしめた。

特別な意味はないのだろう。彼女たちにしてみれば、ハグはただのスキンシップ、文化の一つなのだ。

しかし、僕の涙腺はそれで制御を完全に失ってしまった。

彼女はさすがにそれで何かを感じたのかもしれない。
幼い子供を慰めるように、僕のそれが終わるまで、ずっとその体制でいてくれた。

いまにして思えば、他のスタッフに見られたら大騒ぎになっていたに違いない。しかし幸いなことに、そのシーンは誰の目にも止まることなく静かに終わり、そして何事もなかったかのように僕らは仕事にもどった。

深夜のレストランは、やはり暗いし寂しい場所だ。

しかし、それでももう、寒さは感じなかった。





























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