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文学部密室告白事件
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五月二十四日、金曜日、午後十六時三十分。舞挿高校北校舎三階、文学部部室前廊下。
顔面蒼白。その言葉を貼り付けたような部長が、部室から出てきた。廊下にいた僕は、隣にいた同学年の栗生と顔を合わせた。
「どうしたでやんすか」と栗生が会長に聞いた。
「姫が……」
姫? 文学部の紅一点、姫がどうしたのだろう。
「姫が? どうしたんでやんす?」
「姫が、部室で頭を抱えて」
「頭を抱えて?」
部長が生唾を飲む音が聞こえた。
「告白されたって」
「告白!?」
自分の声が廊下に反響した。
「告白って、姫がそう言ったでやんすか?」
栗生の問いに、部長は顔色が戻らないまま頷いた。
「誰に告白されたんですか?」
「……わからない。聞いても反応がないんだ」
初心な姫のことだ。告白されたことに、恐怖に近い何かを感じたのかもしれない。
「あっし、姫のところへ行くでやんす」
「待て!」
部長は手を広げ、栗生を制止した。
「ひとつ、気になる点があるんだ」
「な、なんでやんすか?」
「俺が来たとき、部室に鍵がかかっていたんだ」
「そんなの普通でやんすよ。姫が中から鍵をかけたに違いないでやんす」
「問題はそこじゃない」部長はポケットから鍵を出した。「部室の鍵は俺が持っている。昨日の放課後、鍵をかけたのも俺だ。……姫はどうやって部室に入ったんだ?」
外から運動部の掛け声が聞こえてきた。
「きっと部長が鍵をかけたと勘違いしたでやんすよ」
「そもそも姫が告白されたのと何の関係が?」
「姫は部室の中にいた。しかし、鍵がかかっていた。つまり、姫は密室で告白されたに違いない」
ミステリ好きの部長の顔に血の気が戻っていた。
「考えるに」と部長は続けた。「姫は鍵をかけられない。あのショック状態では無理だ。つまり、鍵を開けて、さらに鍵をかけたやつが告白したに違いない」
「じゃあ、告白者の最有力は部長なわけですね?」と僕は言った。
「俺が? 馬鹿言うなよ。俺じゃない」
「昨日、鍵をかけたのは部長。今日、鍵を開けたのは部長。鍵を持っているのも部長」と僕は事実を羅列した。
「でも告白したのは俺じゃない。だいたい姫が入部してきたときのルールは、俺が提案しただろ。部の継続のためにも、何があっても姫との恋愛は禁止。それに対して、青春の放棄だの、機会の喪失だの、人権侵害だの、反発したのはお前たちだったろ。だから、妥協案として自分から姫には告白はしない。姫からの告白はセーフ。そういうルールだったよな?」
「そう、です」
「先輩たちが卒業して、部員は俺一人。そこに入ってきた後輩三人。これを壊すわけにはいかない。そのルールを俺が破るはずがない」
「でも、鍵を持ってるのは部長です」
「そうだ。でも告白はしていない。……ところで香西」と部長は僕を指差した。「俺はお前を疑っている」
「僕を?」
「お前、俺が部室に来る前に、ここにいたよな? 俺がここに来たとき、お前が廊下の角に消えるのを見たぞ」
「本当でやんすか?」
僕は疑われるのは嫌だなと思いつつ、しかし、事実だと頷いた。
「何してたんだ?」
「何してたって、普通に部室に来ただけです。そうしたら、まだ鍵がかかっていて。だから、先にトイレに行ったんです」
「そこで、あっしとばったり会ったでやんす」
「栗生は何してたんだ?」
「あっしですか? 教室で普通に宿題を終わらせてたでやんす。それから、トイレに寄ってから来ただけでやんすよ。アリバイなら、クラスメイトが証明してくれるでやんす」
「謎だな」と部長は息を吐いた。
「部外者の告白もありえるでやんすよ?」
「外部の犯行か」と部長は顎を触った。
「犯行って……。でも、まあ、ありえないとも言えませんよね。鍵の件は置いといて、外で告白されてから、部室に入ったのかも。ショック状態で鍵はかけられないって言いましたけど、無意識に姫がかけた可能性もありますよね」
「あっ!」と部長が何かに気付いたのか声を出した。「鍵を持っている人がもう一人いた」
「誰でやんす?」
「顧問の武者先生だよ」
「武者先生?」
「そう。これはスペアキーで、本物の鍵は武者先生が持ってる」
「でも、武者先生って六十歳のおじいちゃんでやんすよ。告白が成功するとは思えないでやんす」
「定年後の退職金を捨ててまで未成年の生徒に告白するとも思えないし」
「そもそも、そういう先生じゃない……。というか、俺が言いたいのはそういうことじゃない。誰かが先生に鍵を借りたんじゃないかってことだ」
「僕じゃない」
「あっしも違うでやんす」
「じゃあ……」と会長は顎を指で支えた。「姫か?」
「何のために?」
「さあ……」
三人寄れば文殊の知恵というが、そこに聞こえてきたのは、また、運動部の掛け声だった。
「こういう推理はどうだろう?」と部長が人差し指を立てた。
「どういう推理でやんす?」
「姫に思いを寄せている男が、『二人きりで話したいことがある。できれば、誰にも見られないところで』と言う。そこで姫は武者先生に鍵を借りる。部室で二人きりになり、告白される。姫はショックを受ける。告白した犯人はその姿に驚いて出ていく。驚いたせいで何を考えたか鍵をかける」
「あまりにも都合のいい推理だと思いますけど」
「やっぱり?」
「そもそも男慣れしてない姫が、密室で男と二人きりになるでやんすか?」
「……それもそうだな。俺たちにもまだ慣れてないもんな」
「部室で待ち伏せっていう可能性もありますね」
「じゃあ、香西が犯人の可能性が高いな」
「違いますって。というか、告白に失敗したやつを犯人って言うのやめません?」
「なんで告白が失敗したってわかるでやんす?」
「あ、やっぱりお前が犯人だな!」
「違います! 部長は告白が成功したって思います?」
「思うわけないだろ。茫然自失だったぞ」
「嬉しすぎて、心ここに在らずとは考えられないでやんすか?」
「ないな。頭抱えてたんだから。……ま、とりあえず、武者先生に鍵を借りにきた人がいないか聞くか。それが解決への近道だな」
「そうでやんすね。いってらっしゃいでやんす」
「いってらっしゃい」と僕はも続けた。
「何で部長の俺が行くんだよ。こういうのは助手的な立場の後輩が行くべきだろ」
「部長は安楽椅子探偵っぽくはないですよ」
「じゃあ、どんな感じだ」
「探偵気取りで先にやられる感じでやんす」
「むしろ部長こそ、探偵の助手っぽいです」
「何でだよ。嫌だよ」
「ぶっちゃけ本校舎に戻るの面倒なんですよ……。あと、僕たち現場をまだ見てないですよ?」
「現場?」
「部室です。それに被害者である姫の様子も部長しか見てないし」
「被害者ってなんでやんすか」
「ああ、ごめん、つい」
「じゃあ、入るか。そろそろ姫も落ち着いてるかも」
部長はそう言って、部室のドアに手をかけた。
その瞬間、ドアが勢いよくスライドされた。同時に姫が出てきて、僕ら三人を一瞥した。そして、頭を下げた。
「ごめんなさい! 私、許婚がいるんです!」
そう言うと、スカートを翻し、廊下の角に消えた。
僕らの空間に、運動部の声が三度聞こえてきた。
「どういうことだ?」
部長は唖然とした顔で、僕たちを見た。
「許婚って言ったでやんす」
「いや、それよりも」と僕は唾を飲んだ。「『ごめんなさい』って言いましたよ」
「つまり?」
「つまり……、いや、部長にあげます」
部長はにやりと笑って、それから一呼吸いれてから口を開いた。
「犯人は、この中にいる!」
部長は目を輝かせ、そして、満足気に頷いた。
僕は拍手をして、栗生もそれに続いた。
「よ、よかったでやんすね。夢が叶ったみたいで」
「ああ、人生で一度は言いたかった台詞だ」
「でも、あっしはアリバイがあるでやんす。だから、犯人じゃないでやんす」
「僕も告白なんかしてないですよ。一番怪しいのは、やっぱり鍵を持ってる部長ですよ」
「まあ、まあ」と部長は、僕たちに落ち着くようにジェスチャーした。
「探偵気取りだな」と僕は栗生に小さく言った。
「香西っちのせいでやんす」
「残念ながら被害者は消えた。しかし、現場に証拠が残っているだろう。犯人は直に炙り出される」
部長はそう言って部室に入った。それから栗生、僕と続いた。
「見た目は変わってないですね」
僕は部室内にある本棚とテーブル、そして、窓を見て言った。
部長はその窓を確認していた。
「窓に鍵はかかっている。完全な密室だったわけだ」
「ここ三階ですよ。そこから出入りするやつなんていないですよ」
「テーブルの上にも何もないでやんすね」
「ん?」と部長がゴキブリのように動いて、テーブルの下に屈んだ。「これは何だ!」
部長が立ち上がると、手には封筒があった。
「何です?」
「わからん。ただ、俺の物ではない」
「僕のものでもないです」
「あっしのものでもないでやんす」
「じゃあ、中身を確かめよう」
「え? いいんですか? プライバシーは?」
「ひ、姫のものだったら大変でやんす」
「ここは文学部の部室だ。じゃあ、文学部のものだ」と部長はよくわからない理論を繰り出して、封筒から折られた一枚の紙を取り出した。「ん? 手紙?」
「何て書いてるんです?」
「読むぞ」と部長は言った。
手紙を受け取ってくれてありがとう。
そして、誰もいないところ読んでくれていると思う。
いきなり手紙を受け取って驚いたよね。ごめん。
単刀直入に言う。
付き合ってほしい。
返事は直接でも、手紙でも構わない。
待っています。
P.S. このことは誰にも言わないでね。
部長は読み上げると、僕らと目を合わせた。
「それだけなんですか?」
「これだけだ」
「名前は? 最後に名前とか書いてないです?」
「ない」
「じゃあ、誰からのものかわからないでやんすね」
「そうだな……」
「僕にも見せてください」
僕は手紙と封筒を部長から受け取って、表、裏、中見と見ていった。
封筒は白い紙を折られて作られた、手作り感のあるものだった。手紙はA4のコピー用紙を切ったようなもの。文字は直筆で、ボールペンで書かれているようだった。きれいな字だ。書いた人物の名前らしきものや、宛名はなかった。
「変なところはないだろ?」と部長が両肩をあげた。
「ない……。いや、ありますよ。ラブレターなのにラブレターとわからない地味な感じ。そして、宛名がない。宛名がないってことは、少なくとも家に送られたものではないってことですよね」
「恋文を家に送るほうが変だろ」
「まあ、確かに。つまり手紙は机とか、ロッカーに入れられたか、直接渡されたかですよね」
「どれかだろうな」
「で、僕が気になるのはラブレターの二行目です」
「二行目でやんすか?」
「そう。『誰もいないところ読んでくれていると思う』というところ」
「何が変なんだ? 普通、恋文は誰もいないところで読むだろ」
「部長はこれがロッカーや机に入っていて、ラブレターだと思います?」
「お、も、わないな。ラブレターかもとは期待するかもしれんが」
「でしょう? そして、何で犯人は『誰もいないところ読んでくれていると思う』と書いたんです?」
部長も栗生も腕を組んだ。
「僕はこう思います。ラブレターかどうかもわからない手紙。これが置き手紙だったら、周りに人がいる状態で読まれるかもしれない。だったら、『誰もいないところ読んでくれていると思う』とは書かない。つまり、これは直接渡したもので、そのときに、『誰もいないところで読んでくれ』って頼んだ。だから『誰もいないところ読んでくれていると思う』と書いてあるんです」
「なるほど。一理あるかもな。でも、わからないな。もっと恋文だとわかるような装飾にすればいいのに。なんでこんな簡素なんだ?」
「それは、わかりません。直接渡すから、ラブレターだとわからなくてもいいと思ったのかも」
「うーん」
「探偵役が入れ替わってるでやんすよ? で、結局、誰がそのラブレターを渡したでやんすかね」
「お前たちのどっちかだろ」
「僕は違います。姫とはクラスが違うし、今日、会ったのはさっきが初めてです」
「あっしもクラス違うし、会ってないでやんす」
「じゃあ、やっぱり部長だ。そのラブレターも本当に落ちてたやつです? 見つけたふりしたんじゃ?」
「違うわ! もし俺のなら証拠隠滅するわ。お前たちのどっちかが嘘吐いてるんだろ」
ふーむ。僕たち三人の中、いや、部長と栗生のどちらかが姫に告白したはずだが、もう一歩届かない。
「……やっぱりさ、武者先生に話を聞きにいかないか? 俺も行くからさ」
「え? 何聞くんです?」
「鍵の謎があるだろ」
「鍵を借りたのは姫だと思うでやんす」
「そうそう。手紙の内容から見て、姫ですよ」
「でも、まあ、何か聞けるかもしれないだろ。地道な調査が肝要だよ」
そう言うなら、と僕らは部室を出て、本校舎に続く、北校舎の二階にある渡り廊下へ向かった。
渡り廊下には、同学年の女子が二人いた。名前は知らないが、ギャル系の二人で、よく騒いでいるのを見かける。顔は悪くない。ただ、うるさい。
「マジで! きもー」とショートヘアーの一人が言った。
「ありえなくね?」とロングヘアーのもう一人が返した。
ほら、うるさい。
そんな僕の視線に気付いたのか、二人はちらりとこちらを見て、それから眉間に皺を寄せた。
「うわっ! いるじゃん」
そう言って、僕らの中の誰かを見た。
彼女たちの後ろを通るときも、僕らを、いや、僕らの中の一人を見ていた。
「ちょっと待ってよ。これ、やばすぎだから」
ショートヘアーがそう言うと、何かが投げられた。
僕は立ち止まり、その二つを拾った。
「これ」僕は封筒を見て言った。「これ、部室にあったやつと同じだ」
「マジでキモい」
「これなに?」と僕は聞いた。
「それ? きもきもラブレター」とロングヘアーが笑いながら答えた。
「ラブレター?」
「そう、きみのお友達が渡してるんだけど。みんなに」
「みんなに? どういうことだ?」と部長の声が後ろからした。
「クラスの何人かの女子が、そのラブレター貰ってるんだけど。キモすぎでしょ」
僕は後ろを振り返った。一緒にいたもう一人は……。立ち止まらずに、渡り廊下の先に消えた。
「おい、香西。俺、わかってしまったぞ」と部長が額を片手で撫でた。
「犯人がですか?」と俺は恥ずかさと呆れを堪えて言った。
「それはそうだが、違う」
「じゃあ、なんです?」
「これは、密室告白事件じゃなかった。これは……連続無差別告白事件だったんだ! 栗生の野郎、手当たり次第、無差別に女子に恋文を渡してやがったんだ! とんだ雑食だ!」
「違うでやんす! 相手くらい選ぶでやんす!」と犯人が戻ってきて言った。
その後、部室で取り調べを行った。栗生は、とりあえず彼女が欲しかったから数打ち当たれでラブレターを渡しまくった、と単純明快な動機を明らかにした。ラブレターが簡素なのは、ただただ金がないから。ラブレターに名前を残さなかったのは、もしラブレターが見つかっても自分とはバレないようにしたかったらしい。確かにそうだったが、そうじゃないだろと思う。現に貰って黙っていないやつがいた。
栗生は文学部のルール違反についても咎められた。しかし、ルールは破るものでやんす、と軽口を叩いて部長の逆鱗に触れた。
部活のルールを破ったとして、栗生には一か月間の部室掃除が言い渡された。極刑も考えられたが、栗生の悪事は事件当日には広まっており、学校内での嘲笑に同情の余地ありとして、避けられた。栗生がいなくなれば、部員数が減り、部としての存続が危うくなってしまうのも理由だった。
後日、姫にも話を聞いた。姫曰く、そんな目で見られていたのがショックだったとのこと。許婚にもすでに報告しており、束縛の強い彼より退部を勧告されたという。しかし、それは困るとして部長が在部を懇願し、かつ僕と部長に非はないため、幽霊部員として名前だけは置いてくれることとなった。ちなみに束縛の強い許婚が、入部を許してくれたのは、部員はどうせ陰キャだろうし、そんなやつらが告白とかしてくるわけないだろうし、告白してきたとしても姫の心が動くわけないから、という理由らしかった。興味本位で許婚の写真を見せてもらった。どの口が陰キャというのか。同属嫌悪ではないのか。この男のどこがいいのか。という感想を持った。僅かにあった恋心も不思議なくらいにあっさりと消えた。
部活の顧問である武者先生にも話を聞いた。驚いたのは、姫は先生の娘の子ども。つまり姫にとって先生は、母方の祖父だったということ。事件の日、先生は姫に頼まれて鍵を貸したらしい。本当にそれだけで、先生は事件に関わりはない。ちなみに許婚のことも少し知っているようだった。しかし、姫が言っていることとは違い、ただの幼馴染の彼氏程度のことで、家が決めている相手でもなんでもないと笑っていた。若いから、そういう特別な状況や環境を作るのが楽しいのかも。コスプレみたいなもんだよね。と客観的で、ある意味で辛辣な意見だった。事件についても知っていて、馬鹿だねー、と笑っていた。
この事件をきっかけに、自分の人生に何かが起こったわけでも、変化が起こったわけではない。ただ、多種多様な人間がいるとわかったのは、いい経験だったと思う。
さて、次の事件の犯人も栗生だ。被害者も栗生かもしれない。
パシリ男ナンパ拒否事件である。
顔面蒼白。その言葉を貼り付けたような部長が、部室から出てきた。廊下にいた僕は、隣にいた同学年の栗生と顔を合わせた。
「どうしたでやんすか」と栗生が会長に聞いた。
「姫が……」
姫? 文学部の紅一点、姫がどうしたのだろう。
「姫が? どうしたんでやんす?」
「姫が、部室で頭を抱えて」
「頭を抱えて?」
部長が生唾を飲む音が聞こえた。
「告白されたって」
「告白!?」
自分の声が廊下に反響した。
「告白って、姫がそう言ったでやんすか?」
栗生の問いに、部長は顔色が戻らないまま頷いた。
「誰に告白されたんですか?」
「……わからない。聞いても反応がないんだ」
初心な姫のことだ。告白されたことに、恐怖に近い何かを感じたのかもしれない。
「あっし、姫のところへ行くでやんす」
「待て!」
部長は手を広げ、栗生を制止した。
「ひとつ、気になる点があるんだ」
「な、なんでやんすか?」
「俺が来たとき、部室に鍵がかかっていたんだ」
「そんなの普通でやんすよ。姫が中から鍵をかけたに違いないでやんす」
「問題はそこじゃない」部長はポケットから鍵を出した。「部室の鍵は俺が持っている。昨日の放課後、鍵をかけたのも俺だ。……姫はどうやって部室に入ったんだ?」
外から運動部の掛け声が聞こえてきた。
「きっと部長が鍵をかけたと勘違いしたでやんすよ」
「そもそも姫が告白されたのと何の関係が?」
「姫は部室の中にいた。しかし、鍵がかかっていた。つまり、姫は密室で告白されたに違いない」
ミステリ好きの部長の顔に血の気が戻っていた。
「考えるに」と部長は続けた。「姫は鍵をかけられない。あのショック状態では無理だ。つまり、鍵を開けて、さらに鍵をかけたやつが告白したに違いない」
「じゃあ、告白者の最有力は部長なわけですね?」と僕は言った。
「俺が? 馬鹿言うなよ。俺じゃない」
「昨日、鍵をかけたのは部長。今日、鍵を開けたのは部長。鍵を持っているのも部長」と僕は事実を羅列した。
「でも告白したのは俺じゃない。だいたい姫が入部してきたときのルールは、俺が提案しただろ。部の継続のためにも、何があっても姫との恋愛は禁止。それに対して、青春の放棄だの、機会の喪失だの、人権侵害だの、反発したのはお前たちだったろ。だから、妥協案として自分から姫には告白はしない。姫からの告白はセーフ。そういうルールだったよな?」
「そう、です」
「先輩たちが卒業して、部員は俺一人。そこに入ってきた後輩三人。これを壊すわけにはいかない。そのルールを俺が破るはずがない」
「でも、鍵を持ってるのは部長です」
「そうだ。でも告白はしていない。……ところで香西」と部長は僕を指差した。「俺はお前を疑っている」
「僕を?」
「お前、俺が部室に来る前に、ここにいたよな? 俺がここに来たとき、お前が廊下の角に消えるのを見たぞ」
「本当でやんすか?」
僕は疑われるのは嫌だなと思いつつ、しかし、事実だと頷いた。
「何してたんだ?」
「何してたって、普通に部室に来ただけです。そうしたら、まだ鍵がかかっていて。だから、先にトイレに行ったんです」
「そこで、あっしとばったり会ったでやんす」
「栗生は何してたんだ?」
「あっしですか? 教室で普通に宿題を終わらせてたでやんす。それから、トイレに寄ってから来ただけでやんすよ。アリバイなら、クラスメイトが証明してくれるでやんす」
「謎だな」と部長は息を吐いた。
「部外者の告白もありえるでやんすよ?」
「外部の犯行か」と部長は顎を触った。
「犯行って……。でも、まあ、ありえないとも言えませんよね。鍵の件は置いといて、外で告白されてから、部室に入ったのかも。ショック状態で鍵はかけられないって言いましたけど、無意識に姫がかけた可能性もありますよね」
「あっ!」と部長が何かに気付いたのか声を出した。「鍵を持っている人がもう一人いた」
「誰でやんす?」
「顧問の武者先生だよ」
「武者先生?」
「そう。これはスペアキーで、本物の鍵は武者先生が持ってる」
「でも、武者先生って六十歳のおじいちゃんでやんすよ。告白が成功するとは思えないでやんす」
「定年後の退職金を捨ててまで未成年の生徒に告白するとも思えないし」
「そもそも、そういう先生じゃない……。というか、俺が言いたいのはそういうことじゃない。誰かが先生に鍵を借りたんじゃないかってことだ」
「僕じゃない」
「あっしも違うでやんす」
「じゃあ……」と会長は顎を指で支えた。「姫か?」
「何のために?」
「さあ……」
三人寄れば文殊の知恵というが、そこに聞こえてきたのは、また、運動部の掛け声だった。
「こういう推理はどうだろう?」と部長が人差し指を立てた。
「どういう推理でやんす?」
「姫に思いを寄せている男が、『二人きりで話したいことがある。できれば、誰にも見られないところで』と言う。そこで姫は武者先生に鍵を借りる。部室で二人きりになり、告白される。姫はショックを受ける。告白した犯人はその姿に驚いて出ていく。驚いたせいで何を考えたか鍵をかける」
「あまりにも都合のいい推理だと思いますけど」
「やっぱり?」
「そもそも男慣れしてない姫が、密室で男と二人きりになるでやんすか?」
「……それもそうだな。俺たちにもまだ慣れてないもんな」
「部室で待ち伏せっていう可能性もありますね」
「じゃあ、香西が犯人の可能性が高いな」
「違いますって。というか、告白に失敗したやつを犯人って言うのやめません?」
「なんで告白が失敗したってわかるでやんす?」
「あ、やっぱりお前が犯人だな!」
「違います! 部長は告白が成功したって思います?」
「思うわけないだろ。茫然自失だったぞ」
「嬉しすぎて、心ここに在らずとは考えられないでやんすか?」
「ないな。頭抱えてたんだから。……ま、とりあえず、武者先生に鍵を借りにきた人がいないか聞くか。それが解決への近道だな」
「そうでやんすね。いってらっしゃいでやんす」
「いってらっしゃい」と僕はも続けた。
「何で部長の俺が行くんだよ。こういうのは助手的な立場の後輩が行くべきだろ」
「部長は安楽椅子探偵っぽくはないですよ」
「じゃあ、どんな感じだ」
「探偵気取りで先にやられる感じでやんす」
「むしろ部長こそ、探偵の助手っぽいです」
「何でだよ。嫌だよ」
「ぶっちゃけ本校舎に戻るの面倒なんですよ……。あと、僕たち現場をまだ見てないですよ?」
「現場?」
「部室です。それに被害者である姫の様子も部長しか見てないし」
「被害者ってなんでやんすか」
「ああ、ごめん、つい」
「じゃあ、入るか。そろそろ姫も落ち着いてるかも」
部長はそう言って、部室のドアに手をかけた。
その瞬間、ドアが勢いよくスライドされた。同時に姫が出てきて、僕ら三人を一瞥した。そして、頭を下げた。
「ごめんなさい! 私、許婚がいるんです!」
そう言うと、スカートを翻し、廊下の角に消えた。
僕らの空間に、運動部の声が三度聞こえてきた。
「どういうことだ?」
部長は唖然とした顔で、僕たちを見た。
「許婚って言ったでやんす」
「いや、それよりも」と僕は唾を飲んだ。「『ごめんなさい』って言いましたよ」
「つまり?」
「つまり……、いや、部長にあげます」
部長はにやりと笑って、それから一呼吸いれてから口を開いた。
「犯人は、この中にいる!」
部長は目を輝かせ、そして、満足気に頷いた。
僕は拍手をして、栗生もそれに続いた。
「よ、よかったでやんすね。夢が叶ったみたいで」
「ああ、人生で一度は言いたかった台詞だ」
「でも、あっしはアリバイがあるでやんす。だから、犯人じゃないでやんす」
「僕も告白なんかしてないですよ。一番怪しいのは、やっぱり鍵を持ってる部長ですよ」
「まあ、まあ」と部長は、僕たちに落ち着くようにジェスチャーした。
「探偵気取りだな」と僕は栗生に小さく言った。
「香西っちのせいでやんす」
「残念ながら被害者は消えた。しかし、現場に証拠が残っているだろう。犯人は直に炙り出される」
部長はそう言って部室に入った。それから栗生、僕と続いた。
「見た目は変わってないですね」
僕は部室内にある本棚とテーブル、そして、窓を見て言った。
部長はその窓を確認していた。
「窓に鍵はかかっている。完全な密室だったわけだ」
「ここ三階ですよ。そこから出入りするやつなんていないですよ」
「テーブルの上にも何もないでやんすね」
「ん?」と部長がゴキブリのように動いて、テーブルの下に屈んだ。「これは何だ!」
部長が立ち上がると、手には封筒があった。
「何です?」
「わからん。ただ、俺の物ではない」
「僕のものでもないです」
「あっしのものでもないでやんす」
「じゃあ、中身を確かめよう」
「え? いいんですか? プライバシーは?」
「ひ、姫のものだったら大変でやんす」
「ここは文学部の部室だ。じゃあ、文学部のものだ」と部長はよくわからない理論を繰り出して、封筒から折られた一枚の紙を取り出した。「ん? 手紙?」
「何て書いてるんです?」
「読むぞ」と部長は言った。
手紙を受け取ってくれてありがとう。
そして、誰もいないところ読んでくれていると思う。
いきなり手紙を受け取って驚いたよね。ごめん。
単刀直入に言う。
付き合ってほしい。
返事は直接でも、手紙でも構わない。
待っています。
P.S. このことは誰にも言わないでね。
部長は読み上げると、僕らと目を合わせた。
「それだけなんですか?」
「これだけだ」
「名前は? 最後に名前とか書いてないです?」
「ない」
「じゃあ、誰からのものかわからないでやんすね」
「そうだな……」
「僕にも見せてください」
僕は手紙と封筒を部長から受け取って、表、裏、中見と見ていった。
封筒は白い紙を折られて作られた、手作り感のあるものだった。手紙はA4のコピー用紙を切ったようなもの。文字は直筆で、ボールペンで書かれているようだった。きれいな字だ。書いた人物の名前らしきものや、宛名はなかった。
「変なところはないだろ?」と部長が両肩をあげた。
「ない……。いや、ありますよ。ラブレターなのにラブレターとわからない地味な感じ。そして、宛名がない。宛名がないってことは、少なくとも家に送られたものではないってことですよね」
「恋文を家に送るほうが変だろ」
「まあ、確かに。つまり手紙は机とか、ロッカーに入れられたか、直接渡されたかですよね」
「どれかだろうな」
「で、僕が気になるのはラブレターの二行目です」
「二行目でやんすか?」
「そう。『誰もいないところ読んでくれていると思う』というところ」
「何が変なんだ? 普通、恋文は誰もいないところで読むだろ」
「部長はこれがロッカーや机に入っていて、ラブレターだと思います?」
「お、も、わないな。ラブレターかもとは期待するかもしれんが」
「でしょう? そして、何で犯人は『誰もいないところ読んでくれていると思う』と書いたんです?」
部長も栗生も腕を組んだ。
「僕はこう思います。ラブレターかどうかもわからない手紙。これが置き手紙だったら、周りに人がいる状態で読まれるかもしれない。だったら、『誰もいないところ読んでくれていると思う』とは書かない。つまり、これは直接渡したもので、そのときに、『誰もいないところで読んでくれ』って頼んだ。だから『誰もいないところ読んでくれていると思う』と書いてあるんです」
「なるほど。一理あるかもな。でも、わからないな。もっと恋文だとわかるような装飾にすればいいのに。なんでこんな簡素なんだ?」
「それは、わかりません。直接渡すから、ラブレターだとわからなくてもいいと思ったのかも」
「うーん」
「探偵役が入れ替わってるでやんすよ? で、結局、誰がそのラブレターを渡したでやんすかね」
「お前たちのどっちかだろ」
「僕は違います。姫とはクラスが違うし、今日、会ったのはさっきが初めてです」
「あっしもクラス違うし、会ってないでやんす」
「じゃあ、やっぱり部長だ。そのラブレターも本当に落ちてたやつです? 見つけたふりしたんじゃ?」
「違うわ! もし俺のなら証拠隠滅するわ。お前たちのどっちかが嘘吐いてるんだろ」
ふーむ。僕たち三人の中、いや、部長と栗生のどちらかが姫に告白したはずだが、もう一歩届かない。
「……やっぱりさ、武者先生に話を聞きにいかないか? 俺も行くからさ」
「え? 何聞くんです?」
「鍵の謎があるだろ」
「鍵を借りたのは姫だと思うでやんす」
「そうそう。手紙の内容から見て、姫ですよ」
「でも、まあ、何か聞けるかもしれないだろ。地道な調査が肝要だよ」
そう言うなら、と僕らは部室を出て、本校舎に続く、北校舎の二階にある渡り廊下へ向かった。
渡り廊下には、同学年の女子が二人いた。名前は知らないが、ギャル系の二人で、よく騒いでいるのを見かける。顔は悪くない。ただ、うるさい。
「マジで! きもー」とショートヘアーの一人が言った。
「ありえなくね?」とロングヘアーのもう一人が返した。
ほら、うるさい。
そんな僕の視線に気付いたのか、二人はちらりとこちらを見て、それから眉間に皺を寄せた。
「うわっ! いるじゃん」
そう言って、僕らの中の誰かを見た。
彼女たちの後ろを通るときも、僕らを、いや、僕らの中の一人を見ていた。
「ちょっと待ってよ。これ、やばすぎだから」
ショートヘアーがそう言うと、何かが投げられた。
僕は立ち止まり、その二つを拾った。
「これ」僕は封筒を見て言った。「これ、部室にあったやつと同じだ」
「マジでキモい」
「これなに?」と僕は聞いた。
「それ? きもきもラブレター」とロングヘアーが笑いながら答えた。
「ラブレター?」
「そう、きみのお友達が渡してるんだけど。みんなに」
「みんなに? どういうことだ?」と部長の声が後ろからした。
「クラスの何人かの女子が、そのラブレター貰ってるんだけど。キモすぎでしょ」
僕は後ろを振り返った。一緒にいたもう一人は……。立ち止まらずに、渡り廊下の先に消えた。
「おい、香西。俺、わかってしまったぞ」と部長が額を片手で撫でた。
「犯人がですか?」と俺は恥ずかさと呆れを堪えて言った。
「それはそうだが、違う」
「じゃあ、なんです?」
「これは、密室告白事件じゃなかった。これは……連続無差別告白事件だったんだ! 栗生の野郎、手当たり次第、無差別に女子に恋文を渡してやがったんだ! とんだ雑食だ!」
「違うでやんす! 相手くらい選ぶでやんす!」と犯人が戻ってきて言った。
その後、部室で取り調べを行った。栗生は、とりあえず彼女が欲しかったから数打ち当たれでラブレターを渡しまくった、と単純明快な動機を明らかにした。ラブレターが簡素なのは、ただただ金がないから。ラブレターに名前を残さなかったのは、もしラブレターが見つかっても自分とはバレないようにしたかったらしい。確かにそうだったが、そうじゃないだろと思う。現に貰って黙っていないやつがいた。
栗生は文学部のルール違反についても咎められた。しかし、ルールは破るものでやんす、と軽口を叩いて部長の逆鱗に触れた。
部活のルールを破ったとして、栗生には一か月間の部室掃除が言い渡された。極刑も考えられたが、栗生の悪事は事件当日には広まっており、学校内での嘲笑に同情の余地ありとして、避けられた。栗生がいなくなれば、部員数が減り、部としての存続が危うくなってしまうのも理由だった。
後日、姫にも話を聞いた。姫曰く、そんな目で見られていたのがショックだったとのこと。許婚にもすでに報告しており、束縛の強い彼より退部を勧告されたという。しかし、それは困るとして部長が在部を懇願し、かつ僕と部長に非はないため、幽霊部員として名前だけは置いてくれることとなった。ちなみに束縛の強い許婚が、入部を許してくれたのは、部員はどうせ陰キャだろうし、そんなやつらが告白とかしてくるわけないだろうし、告白してきたとしても姫の心が動くわけないから、という理由らしかった。興味本位で許婚の写真を見せてもらった。どの口が陰キャというのか。同属嫌悪ではないのか。この男のどこがいいのか。という感想を持った。僅かにあった恋心も不思議なくらいにあっさりと消えた。
部活の顧問である武者先生にも話を聞いた。驚いたのは、姫は先生の娘の子ども。つまり姫にとって先生は、母方の祖父だったということ。事件の日、先生は姫に頼まれて鍵を貸したらしい。本当にそれだけで、先生は事件に関わりはない。ちなみに許婚のことも少し知っているようだった。しかし、姫が言っていることとは違い、ただの幼馴染の彼氏程度のことで、家が決めている相手でもなんでもないと笑っていた。若いから、そういう特別な状況や環境を作るのが楽しいのかも。コスプレみたいなもんだよね。と客観的で、ある意味で辛辣な意見だった。事件についても知っていて、馬鹿だねー、と笑っていた。
この事件をきっかけに、自分の人生に何かが起こったわけでも、変化が起こったわけではない。ただ、多種多様な人間がいるとわかったのは、いい経験だったと思う。
さて、次の事件の犯人も栗生だ。被害者も栗生かもしれない。
パシリ男ナンパ拒否事件である。
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