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カローナ

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 それが村の名前だと、僕はわからなかった。なぜなら、日本の行ったことのある町の話を、彼としていたからだ。
 ベッドの中で、彼はその村への行き方について話してくれた。徒歩でバス停に行き、三つ先のバス停で私鉄の駅へと向かい、各駅停車の電車で東へ三つ、快速電車で西へ五つ戻り、そこから長距離バスに乗って、一つ目のサービスエリアで降りて、山の方へ歩いて向かうと、途中で村人が車に乗せてくれて、寝ている間にカローナに行き着く。
「嘘みたいだけど、そうなんだ」
 彼は声を出さずに笑い、そろそろ切りたくなっていた僕の髪を撫でた。
「変なの」
「そうだろ。だから一度しか行ったことがない」
「どんなところだった?」
「朝顔が咲き乱れていた」
「変なの」
 彼はそれから煙草を吸い、僕も半分もらった。
 吸い終わる頃には、彼は筋肉を纏うように服を着ていて、リュックを背負っていた。
「また来る?」
 僕はまだベッドに入ったまま、彼の体を眺めて言った。
「来るかもしれない」
「じゃあ僕の名前、教えようか?」
「なんて名前?」
「カローナ」
「いい名前だな」
「誰かに話す?」
「話すかもしれない」
「じゃあ、行き方はカローナと一緒にしといて」
「わかった」
「じゃあ、また」
「またな」
 そうやって彼は礼儀正しくドアから出て行き、二度とやってくることはなかった。
 僕がカローナに行き着くことがないように。
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