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小学校高学年のスター系名誉娘
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昭和から平成に変わったばかりの、まだどこか牧歌的な空気が漂う1993年の夏。地方都市、星ノ宮市は、今年も「名誉娘」を戴く季節を迎えていた。
星ノ宮市は、日本のスター産業の中心地。この街の子供たちは、幼い頃から光と色彩に囲まれて育つ。中でも「名誉娘」に選ばれた少女は、一年間、街の顔として様々な行事に駆り出される。今年の「名誉娘」は、小学6年生の神楽坂(かぐらざか)ひかりだった。
彼女は、その名のとおり、星のように輝いていた。太陽の光を浴びて煌めくような絹糸の髪、ぱっちりとした瞳。何より目を引くのは、彼女が身につけている衣装だった。それは、星ノ宮市のスター繊維で織られた、フリルとリボンを贅沢にあしらったクリーム色のドレス。滑らかな生地は光を乱反射させ、まるでひかり自身が発光しているかのようだ。リボンの結び目ひとつ、フリルの段数ひとつまで計算され尽くした、街の技術の粋を集めた一着。それは、写真に撮られることを前提に作られた、完璧な舞台衣装だった。
その日、ひかりは市役所の一室で、国民性調査員と名乗る男性と向き合っていた。男は、くたびれたスーツを着て、分厚いファイルを抱えている。彼は、ひかりの煌びやかさとは対照的な、地味で影の薄い存在だった。
「神楽坂さん。本日はよろしくお願いします」
男の声は、抑揚がなく、まるで録音されたテープのようだった。彼はファイルを開き、質問を読み上げる。
「ええと……、あなたは、この街をどう思いますか?」
「大好きです!」
ひかりは、満面の笑みで答えた。彼女の笑顔は、街が求める「名誉娘」そのもの。明るく、淀みがなく、完璧だ。男は、その答えにペンを走らせる。
「では、日課を教えてください」
「朝起きて、お母さんとお父さんに挨拶をして、朝ごはんを食べたら、お花にお水をあげて…」
ひかりは、よどみなく、理想的な少女の日常を語っていく。しかし、男はふとペンを止めた。
「あの…、フリルの影が……」
男は、ひかりのドレスの胸元を指さした。完璧なフリルが重なり合うその下には、わずかな影が落ちている。
ひかりは、一瞬、笑顔を凍らせた。だが、すぐに元の明るい表情に戻す。
「ああ、ここは、光の角度で変わるんです。まるで、魔法みたいでしょう?」
男は、何も言わずにその影をじっと見つめていた。まるで、その影こそが、彼の探している「何か」であるかのように。
「あの…、あなたは、何を調べているんですか?」
ひかりが尋ねた。男は、顔を上げ、初めてひかりの瞳を真っ直ぐに見た。その眼差しは、写真の写りを計算する大人たちのそれとは違っていた。
「私はね、光が当たらない場所の、影の色を調べているんです」
男は、そう言って、ひかりのドレスの影をもう一度見つめた。そこにあるのは、完璧なフリルの陰に隠された、ほんの小さな、誰も気に留めない、くすんだ菫色だった。
「この色を、人は見過ごしてしまう。でも、本当は、こういう色に、その人の「らしさ」が一番よく表れるんですよ」
ひかりは、何も言えなかった。彼女の人生は、ずっと光の当たる場所にあった。フリルやリボン、そして満点の笑顔で完璧に飾り立てられた世界。でも、その完璧さの裏側には、こんなにも地味で、誰も知らない「色」があったなんて。
男は、満足そうに頷き、再び質問を読み始めた。
「次に、街のお祭りについて…」
男の声が、遠くに聞こえる。ひかりは、ドレスのフリルの影に隠れた、ほんのわずかな菫色を見つめていた。その色は、誰にも見せることのない、彼女だけの秘密の色。ひかりは、その日、初めて自分の色を見つけたような気がした。
星ノ宮市は、日本のスター産業の中心地。この街の子供たちは、幼い頃から光と色彩に囲まれて育つ。中でも「名誉娘」に選ばれた少女は、一年間、街の顔として様々な行事に駆り出される。今年の「名誉娘」は、小学6年生の神楽坂(かぐらざか)ひかりだった。
彼女は、その名のとおり、星のように輝いていた。太陽の光を浴びて煌めくような絹糸の髪、ぱっちりとした瞳。何より目を引くのは、彼女が身につけている衣装だった。それは、星ノ宮市のスター繊維で織られた、フリルとリボンを贅沢にあしらったクリーム色のドレス。滑らかな生地は光を乱反射させ、まるでひかり自身が発光しているかのようだ。リボンの結び目ひとつ、フリルの段数ひとつまで計算され尽くした、街の技術の粋を集めた一着。それは、写真に撮られることを前提に作られた、完璧な舞台衣装だった。
その日、ひかりは市役所の一室で、国民性調査員と名乗る男性と向き合っていた。男は、くたびれたスーツを着て、分厚いファイルを抱えている。彼は、ひかりの煌びやかさとは対照的な、地味で影の薄い存在だった。
「神楽坂さん。本日はよろしくお願いします」
男の声は、抑揚がなく、まるで録音されたテープのようだった。彼はファイルを開き、質問を読み上げる。
「ええと……、あなたは、この街をどう思いますか?」
「大好きです!」
ひかりは、満面の笑みで答えた。彼女の笑顔は、街が求める「名誉娘」そのもの。明るく、淀みがなく、完璧だ。男は、その答えにペンを走らせる。
「では、日課を教えてください」
「朝起きて、お母さんとお父さんに挨拶をして、朝ごはんを食べたら、お花にお水をあげて…」
ひかりは、よどみなく、理想的な少女の日常を語っていく。しかし、男はふとペンを止めた。
「あの…、フリルの影が……」
男は、ひかりのドレスの胸元を指さした。完璧なフリルが重なり合うその下には、わずかな影が落ちている。
ひかりは、一瞬、笑顔を凍らせた。だが、すぐに元の明るい表情に戻す。
「ああ、ここは、光の角度で変わるんです。まるで、魔法みたいでしょう?」
男は、何も言わずにその影をじっと見つめていた。まるで、その影こそが、彼の探している「何か」であるかのように。
「あの…、あなたは、何を調べているんですか?」
ひかりが尋ねた。男は、顔を上げ、初めてひかりの瞳を真っ直ぐに見た。その眼差しは、写真の写りを計算する大人たちのそれとは違っていた。
「私はね、光が当たらない場所の、影の色を調べているんです」
男は、そう言って、ひかりのドレスの影をもう一度見つめた。そこにあるのは、完璧なフリルの陰に隠された、ほんの小さな、誰も気に留めない、くすんだ菫色だった。
「この色を、人は見過ごしてしまう。でも、本当は、こういう色に、その人の「らしさ」が一番よく表れるんですよ」
ひかりは、何も言えなかった。彼女の人生は、ずっと光の当たる場所にあった。フリルやリボン、そして満点の笑顔で完璧に飾り立てられた世界。でも、その完璧さの裏側には、こんなにも地味で、誰も知らない「色」があったなんて。
男は、満足そうに頷き、再び質問を読み始めた。
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