・グレー・クレイ

くれいん

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第10話 帰還

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 ──薄暗くなった山中を、僕とシノさんは歩いていた。山と言ってもそこまで高くは無いが、杉や檜が植林されて以降ほったらかしされてできた山林は深く、そこを歩く自分達はどうしようもなく異物であるように感じられた。
 死霊術師の『工房』を訪ね、刺客を倒した後、僕達は二手に分かれてそれぞれの「用事」を済ませることとした。
 僕が任せられたのは、死霊術師お嬢様……ジュリエッタさんによる口寄せ。あの森林公園内で人狼に喰い殺されていた魔術師の魂に直接話を聞くためだ。こちらは無事成功し、土から再現された「死者」は僕に『地下街』についてを語った。

『……表の世界では忘れられ、存在しないこととされたが、戦中、空襲に備えて作られた巨大な防空壕。そして、武器弾薬を秘密裏に運ぶために作られた特別地下鉄。さらには下水施設やら地下遺跡やら、全部繋げて作られた地下街というものがある。俺はそこで銀を買った』
『入口は一部の奴らしか知らない。……祓除院? 奴らも地下街のことは知ってはいるが、表立っての捜査が入ったことは無いな。まぁ、奴らも地下街のということだ』
『俺に銀を売った奴か。……奴らはと呼ばれている。一人じゃない、組織だ。商人と用心棒魔術師のな。全ての銀はそこが出処だ。祓除院の役人どもは手が出せねぇよ。うっかり売人を捕まえてみろ。派閥からも暗殺者どもからも、どんな報復を受けるか分からない。奴らも自分の身が一番大事ってことだな』

 死者は嘘がつけない。ただ、彼女ジュリエッタ曰く、その死者が生前に知っていた情報を基にデータは会話を行うため、その魂に入力されている情報や知識が間違ったものであったり、主観によって歪められたものや時代的に古いものだと、当然「聞いていた情報と違う」ということがあるのだと。
 
 つまり、
「情報と事実が違うことを問われても、ワタクシには責任がありませんわぁ~!」
 ということだ。

「なるほど。しかし、いよいよ『祓除院』には頼り難くなってきたな。『地下街』との黒い繋がり。まぁ、奴らが黒いのはずっと変わらない事実だが、今回はそれに加えて、『明星私達』も巻き込まれている。わざわざ刺客を送り込んで情報を断とうとする辺り、随分と目をつけられてるようだからな」

 シノさんはそう言って、刺客の男から聞き出した情報を僕に語った。

「まず、奴がここに来たのは……驚くことでも無いが、『地下街』での依頼のためだ。廉価銀を『銀売人』から買うにあたって、特別価格での提供の代わりに死霊術師を始末するよう頼まれたらしい」
「その依頼人は、何故ジュリエッタさんと僕達の繋がりに気づいたんでしょう?」
「あの狐面も、どちらかと言えば裏の方の存在だからな。荷と情報が組織を経由する中で、秘匿情報を気づかれずに抜き出せる達人でもいたんだろう。何せ、魔術師だからな」
「そう言ってしまえば、何でもそれで片付いちゃう気がするんですけど……」
「実際そうだからな。魔術でできないことの方が少ないんだ。あまり考えても脳に毒だぞ」
 彼女は話をそこで区切って、服のポケットから赤い液の入ったゼリー飲料のようなものを取り出し、ゴクゴクと飲み始めた。どことなく酸っぱいような、鉄のような香りがするそれは、シノさんが稀に飲んでいるものだ。実際に飲んでいるのを見るのは、これで2度目。
「……結局、分かったのは『銀売人』と『地下街』、『祓除院』のことだけかな」
「そうですね……これ以上情報を得るのは、難しそうです……」
「いや、まだだ。一番事情を知っている奴に心当たりがある」
 それを聞いて、僕は困惑した。
 そんな人間が果たしているのだろうか?今回のジュリエッタさんのように、情報を提供してくれる人に心当たりがあるのだろうか?そう考えていると、彼女は悪戯を思いついた子供のような顔をして言った。

「勿論、『銀売人』にだ。どうやら、『地下街』で商売してるようだからな。直接『銀を買いつけたい』と接触を図ればいい」
 シノさんは手にしたゼリー飲料のパックを力強く握ると、その口角を上げて鋭い歯をギラリと覗かせた。
「今回は『祓除院』も役に立ちそうにない。なら、ここで動くのが『明星』だ。黒い繋がりで縛られ、動けない役人に変わって、私達でこの事件を解決してやろう」

 勇むようにして笑う彼女を見て、僕は頼もしさ や やる気と同時に、大きな不安も感じていた。
 果たして、これからの戦いで、今回のように犠牲になる人間を出すことなく解決することはできるのだろうか?そういった不安だ。
 そして……、

「 あなた……本当に魔術師人間ですの……? 」

 その言葉が、思ったよりも心に重くのしかかった。
 自分では正常だと思っていた。しかし、戦っている間、僕の身体は人狼の変化のように変わっていて、声も人の言葉ではなく獣の叫びのようになっていたと聞かされた時は、自分自身に恐怖を感じた。
 さらに、ジュリエッタさんの「僕の顔を見たことがある」という話も、正直なところ自分の過去や記憶の手掛かりを得られるという喜びよりも、その内容に対する奇特さへの困惑が勝った。


 ジュリエッタさんが言うには、僕を見たことがあるのは、今から15年ほど前。
 まだ彼女が幼い時分の時、この館で出会ったのだという。


 この時点で、彼女が見た僕は「僕」ではない。僕の年齢がどれほどなのか?それも忘れてしまったが、肉体や見た目から考えると、16~7くらいだ。15年前となると、その時の僕はまだ生まれて間もないはず……。
 そう考えた時に、シノさんのことが頭に浮かんだ。
 
 彼女はどうなんだ?
 彼女は天才的な「子供」なのか?
 それとも、何らかの魔術的要素で子供の見た目を保っているだけなのか?

 気になったので、館の中で聞いてみると、
「私は少し、血に混ざりものがあってな。人と蝙蝠のハーフみたいなもので、成長が人よりも遅い」
 と、言われた。

 そのことから推察すると、「人」の血に「何か」が混ざり合うと、若い姿を保てる。あるいは、成長をしなくなる。そういうことなのだろうか。

(仮にジュリエッタさんが見た15年前の「僕」が今の僕と同一人物だとして、浮かぶ疑問は……何故彼女の館にいた? 僕は魔術師と関りがあったのか? 僕は血に何かを混ぜられたのか? それで年若い姿のまま……あの廃墟で目を覚ました?)

 疑問は尽きない。ようやく答えに近づける気がしたのに、一歩踏み出してみれば、その分答えが遠ざかる気がした。謎ばかりが増えて、一向に前に進んでいる感じがしない。そういう意味では、『廉価銀』まわりの事件も似たようなものだ。目に見える部分だけ、それ以外は全て闇の中にあるかのような暗中模索。

 謎が闇となって僕の周囲を包んでいる。
 果たして、その暗がりの中で答えを見つけられるだろうか……。

「おい、転ぶぞ」
「っ!」
 足先が何かに躓き、姿勢を崩しそうになる。僕は急いで重心をコントロールして転倒を防いだ。見れば、土から顔を出した木の根に引っかかりそうになったようだ。
「考え事か。……自分が何者なのか、という問いは普遍的なものだが、お前は事情が違うからな。新しく情報を得るたびに、お前の苦悩、煩悶、疑問は続くだろう」
 シノさんは僕の考えを読み取ったように、そう告げた。
「真実を探る。大いに結構だが、この世界において、それほど難しいことも無い。魔術に関わらずな。だから、取り敢えずの答えを設定して、自分を納得させることも重要だ。でなければ狂う」
 彼女は僕にしゃがむように、手招きした。
 僕は意志通り、山中の土に膝をつき、背の低い彼女と目線を合わせた。

「私がお前に答えをくれてやる。……お前は人間だ。魔術師だの血がどうこう以前に、私はお前を人と認める。闇の中でを目指す者を、私は人間と信じる。……今は、それでいいだろう。人狼っぽくなっても、正気でいられているんだ。次はそうならないよう、気を付ければいい。記憶に関しては重く考えすぎるな。失くした小説のページを探しに行く程度であればいい」
 幼い顔とは不釣り合いなほどに、強い意思の宿った瞳。
 それを目にしていると、心を圧迫する様な思考が消え、すぅっと一気に楽になった気がした。
「……さぁ、帰るぞ。日が出ても雨が降っても私は嫌だ。さぁ、キビキビ歩け」
「……あっ、はい! ……その……」
「何だ?」
「……ありがとうございます」
 それにシノさんは鼻で笑った。

「ただのメンタルケアだ。礼は、働くことで返せ」


 山の麓につき、『明星』へと帰る頃には夜となっていた。 
 幸いなことに雨に降られることも無く、僕達は無事に帰ることができた。
 道中、何故刺客は複数ではなく一人で来たのか?実は複数いて、待ち伏せされているんじゃ?とシノさんに聞いてみると、
「『明星』の名前を出して、依頼を蹴らなかったのがアイツだけだったらしいからな。これもネームバリューのお陰と考えるべきかね」
 と言っていた。

 シノさんは報告のためにトップの元へ向かい、僕は体の洗浄と補給を済ませて、自室に戻っていた。ベッドと本棚と机と……あまり物は無いがそれなりに広く、不便はない部屋。そのベッドに横になり、少し眠ろうかと思っていたところで、コンコンと扉がノックされた。
 誰だろうか。僕は立ち上がって、扉を開けた。

「やっほ! クレイン君!」
「ハトさん……! どうしたんですか?」
 そこには、寝間着に身を包んだハトさんが何故かで立っていた。結んだ銀の髪も、薄紫の宝石のような瞳も、その一切に濁りが無い。人狼と格闘を繰り広げてまだ数日しか経っていないのに、もうその表情にも立ち姿にも疲労が見られない。
「ふふん! 君と話をしたくて来ちゃった! 今日はずっと安静にしてて、暇だったから、どんな感じだったか話を聞きたいなって。部屋に入ってもいいかな?」
「あー、はい、どうぞ」
 僕はハトさんを部屋に招き入れ、とりあえず僕は椅子に、ハトさんにはベッドに座ってもらった。
 女性を自分の部屋に上げる、という行為の持つ意味に関しては知識で分かってはいるが、正直なところ、ハトさんに対してはそういうことを期待していない。これは失礼に当たるのだろうが、当然、ハトさんにもその気が無いことはよく分かっている。
 ので、シンプルに話を聞きに来たのだろう。
 僕は今回で得られた『地下街』や『銀売人』についてを話そうとしたが、ハトさんは「ちがうちがう!」と言って遮った。
「君が、今日、何に対してどんなことを感じて、思ったのか。それを聞きたいな、私は!」
 そういうことか。
 彼女は「報告」ではなく、僕個人の「感想」、「今日一日の総括」を聞きたいらしい。
「分かりました。じゃあ、最初にシノさんと登山をしたところから……」


「……それで、何とか情報とか貰えて、帰って来たんですね。報告に関してはシノさんがやってくれています」
 そう話終えると、ハトさんは満足いったのか、ほぅと息を吐いた。
「いやぁ、今日も大冒険だったね! 死霊術師と『工房』の中で戦うなんて、大抵の魔術師は経験したことがないよ! 今日もまた成長できたんじゃない?」
「いや……僕は未熟なままです。一度の説教では到底足りないようで、また無茶しちゃいました。多分、近いうちに、また」
「でも、それが最適解だったのはきっと、テス君も分かってくれるよ! 人には色々適性があるし、君はきっと、人のために無茶ができる人! 周囲の人に心配は掛けちゃうけど、それでも皆を守れる人だよ!」
「……ハトさんはいつも、僕のことを肯定的に見てくれますね」
 その言葉の陰に、「僕には勿体ないこと」というニュアンスを含めてしまったのには、罪悪感を覚えた。これは、「過去の自分」や「魔術師の自分」といった迷いによるものではなく、現状の、自分の不甲斐なさに対する自罰的な感情の吐露だった。
 しかし、それを吹き飛ばすかのように、ハトさんは大きく明るい声音で、

「そりゃそうだよ! 君、頑張ってるんだもの!」
 
 と僕に言ってのけた。
 その瞳には、シノさんのそれとは違う、太陽のような明るさと力強さが宿っている。
 それを見て、つい、勘違いしそうになった。
 彼女のこのスタンスは他の人に対しても同じなのに、つい自分は特別なのではと、己惚れそうになる。

「うん、結構長い時間貰っちゃった! じゃあね、また明日!」
 ハトさんはそう言うと、颯爽と僕の部屋から出ていった。
 相変わらず、話に勢いがあって、見た目の無機物的な美しさからは考えられないパワフルぶりに脳を焼かれるような気分だ。
 こうしてハトさんを相手に今日のことを色々と話したせいか、日記を書く気分にはならなかった。
 相変わらず、迷いが多い日ではあるが、取り敢えず、ハトさんのスタンスに倣って今日を締めくくるとしたら、

「今日はよく働いた!」

 これに尽きると思った。
 後は、トップの判断待ちではあるが、近いうちに『地下街』へと乗り込んで、『銀売人』の尻尾を掴むことができればいい。
 しかし、魔術師になってまだ日も浅いのに、いきなり『祓除院』という秩序側に立つべき組織が、密輸入や非合法的な武装の売買に関わっている、そういった疑惑がある事件に関わるとは……。
 これからどうなるのかな……テスさんが帰ってきたら、謝らないとな……。

 そんなことを考えている内に、夜は巡り、僕はシノさんの指導の下、僕の身に起きた人狼のような変化についてをレポートに纏めた後、眠りについた。

 テスさんが帰ってきたのは、まだ朝日が昇ってこない深夜帯になってから。


 その右足は喪われていた。
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