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閉ざされた街
5 女盗賊ミシャ
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「こっちだ」
唯一の財産である背負い袋を担ぎながらダレスはアルディアに先駆けて酒場の裏口へと向かう。このまま表から出れば客達の好奇の目に晒されるのは明白である。余計な面倒を避けるための手段だった。
途中で会った給仕係にこれまでの代金と共に口止め料としてやや多めの銀貨を握らせながら、倉庫代わりにされている狭い廊下を通り二人は裏道へと出る。
近くのゴミ箱には限界以上に様々なゴミが詰め込まれており、辺りは臭気に包まれていた。
「う・・・あのダレスさん実は・・・」
「仲間がいるのだろう。大丈夫だ、俺達の気配を感じてこっちに来ているようだ・・・」
嫌な匂いにえづきながらアルディアはダレスに報告する。これまで教団施設で暮らしていた彼女にとってこのような場所は縁がなかったに違いない。
そんなアルディアにダレスは自分達に近づいて来る者の存在を告げる。足音を消しているわりには警戒する様子が全く見られないことから彼女の仲間だと判断したのだ。
「・・・アルディア様、よくぞご無事で! 何か不都合はありませんでしたか?」
月明かりと酒場から僅かに漏れる光しか存在しない裏道から小柄な人影が現れると、静かにアルディアへ問い掛ける。
「ええ、私は問題ありません。ミシャ、この方が、私達が探し求めていたダレスさ・・・んです。今回の件に協力してくれることを約束して頂きました!」
「そうですか、なるほど・・・」
ミシャと呼ばれた人物はアルディアに寄り添うように近づきながら、その全容を露わにする。
やや細身の若い女性、いや少女で茶色の髪を顎のラインで切り揃えた短髪を持ち、その身を黒く染めた革鎧で包んでいる。腰には小剣と何本かの短剣を下げており、足音を消す技を持つことから盗賊か忍びの者と思われた。
また、相手を値踏みしていたのはダレスだけはなかったようで、ミシャはやや釣り上がった目を訝(いぶか)しげに彼へと送っていた。
「しかし・・・アルディア様、本当にこの男が唯一の希望なのですか?」
自己紹介もまだだったが、ミシャはその言葉が自分なりのダレスへの評価であるように再びアルディアに問い掛ける。
「ミシャ! 挨拶もなしにそのような無礼な態度はおよしなさい。ダレスさん、申し訳ありません。ミシャは心根が良い子なのですが、口が悪いのが欠点なのです。お許し下さい。ミシャ、無礼を詫びなさい!」
「・・・失礼しました。あたしはミシャです。以後、お見知りおきを・・・」
その態度と言動からするとミシャはユラント教団の者ではなく、アルディア個人に仕える従者か部下の立場のようだ。
お世辞にも友好的とは言えない態度だが、ダレスとしてもミシャの気持ちはわからないわけでもなかった。おそらく彼女は、アルディアからユラント神に選ばれた勇者を探すとでも言われていたのだろう。それが草臥れた鎖帷子を身に纏った自分が現われたのだから面を食らうも無理はない。
「・・・ダレスだ」
とはいえ、初対面からそんな態度を取る相手に気を使うほどダレスも聖人君主ではない。ミシャは猫を思わせるしなやかな肢体と顔付きを持つ、アルディアとは別の方向で魅力的な少女ではあったが、最低限の挨拶で済ませる。
「ダレスさん、ミシャは私の従者であり、妹のような子です。今回の件で・・・私は彼女を連れて行くつもりはなかったのですが・・・ほんにんにどうしてもと懇願されて連れて来ました。口は悪いですが、その想いは私と同じくハミルとこの国の人々を救いたいという気持ちで溢れています。どうか、許してあげて下さい・・・」
そのやりとりを見ていたアルディアがミシャの事情とフォローを入れる。
「なるほど、覚悟は出来ているわけだな。それなりの腕前があるようだし、俺としては拒む気はないさ」
神官の従者が忍びの技を持っている〝理由(わけ)〟を敢えて問わずにダレスはアルディアを安心させるために頷く。彼女達の事情がどうであれ、忍びの技を持つ者が仲間に加わるのは悪いことではない。
「ありがとうございます! ところでダレスさんは馬をお持ちですか?」
一段落着いたところでアルディアは早速とばかりに本題に移る。
ハミルの街はランゼル王国の首都カレードから徒歩で七日程の距離がある。事態は一刻を争う状況にあり、悠長に歩いて現場に向うわけにはいかないのだ。
「悪いが持っていないな、カレードには傭兵になるつもりで来たからな、そんな余裕はなかった」
「いえ、ご安心を! ミシャ、馬の準備は出来ていて?」
ダレスの答えを予想していたようにアルディアはすかさず、ミシャに問い掛ける。
「はい、アルディア様の指示に従い。先程、脚の早い馬を確保しました」
「では、それでハミルに向いましょう!」
アルディア達の手筈の良さは感心すべきなのだろうが、ダレスは複雑な気分となる。
彼がアルディアの依頼を引き受けたのは、彼女のユラント神への信仰だけでなく、国と苦境に立たされているハミルの人々へのひたむきな願いに応えた故なのだが、それすらもユラント神の思惑の内だったのではないかという疑問だ。
いや、もしかしたらこの時期にランゼル王国にやって来たのも、やはり神の影響を無意識に受けていたのかもしれない。
『ユラントめ・・・』
ダレスは心の中で信仰したことのない神の名を呟く。
いずれにしても魔族の復活は由々しき問題だ。それに〝対処〟出来る者はこの地上では数える程しか存在しないだろう。そして、その中の一人が彼だった。
「・・・ああ、了解だ」
最終的にダレスは自身の心に折り合いを付ける。神々の都合に翻弄されるのには我慢がならないが、力を持ちながらそれを使わずに罪のない人々が犠牲になるのを見過ごすのは、目覚めが悪い。
そして何よりランゼル王国が滅びてしまえば、この国の麦酒を堪能することも不可能となる。
「行こう!」
最後にダレスは腰の〝長剣〟の重みを確認すると、先導するアルディアとミシャの後に続いて困難が予想される戦いに赴いた。
唯一の財産である背負い袋を担ぎながらダレスはアルディアに先駆けて酒場の裏口へと向かう。このまま表から出れば客達の好奇の目に晒されるのは明白である。余計な面倒を避けるための手段だった。
途中で会った給仕係にこれまでの代金と共に口止め料としてやや多めの銀貨を握らせながら、倉庫代わりにされている狭い廊下を通り二人は裏道へと出る。
近くのゴミ箱には限界以上に様々なゴミが詰め込まれており、辺りは臭気に包まれていた。
「う・・・あのダレスさん実は・・・」
「仲間がいるのだろう。大丈夫だ、俺達の気配を感じてこっちに来ているようだ・・・」
嫌な匂いにえづきながらアルディアはダレスに報告する。これまで教団施設で暮らしていた彼女にとってこのような場所は縁がなかったに違いない。
そんなアルディアにダレスは自分達に近づいて来る者の存在を告げる。足音を消しているわりには警戒する様子が全く見られないことから彼女の仲間だと判断したのだ。
「・・・アルディア様、よくぞご無事で! 何か不都合はありませんでしたか?」
月明かりと酒場から僅かに漏れる光しか存在しない裏道から小柄な人影が現れると、静かにアルディアへ問い掛ける。
「ええ、私は問題ありません。ミシャ、この方が、私達が探し求めていたダレスさ・・・んです。今回の件に協力してくれることを約束して頂きました!」
「そうですか、なるほど・・・」
ミシャと呼ばれた人物はアルディアに寄り添うように近づきながら、その全容を露わにする。
やや細身の若い女性、いや少女で茶色の髪を顎のラインで切り揃えた短髪を持ち、その身を黒く染めた革鎧で包んでいる。腰には小剣と何本かの短剣を下げており、足音を消す技を持つことから盗賊か忍びの者と思われた。
また、相手を値踏みしていたのはダレスだけはなかったようで、ミシャはやや釣り上がった目を訝(いぶか)しげに彼へと送っていた。
「しかし・・・アルディア様、本当にこの男が唯一の希望なのですか?」
自己紹介もまだだったが、ミシャはその言葉が自分なりのダレスへの評価であるように再びアルディアに問い掛ける。
「ミシャ! 挨拶もなしにそのような無礼な態度はおよしなさい。ダレスさん、申し訳ありません。ミシャは心根が良い子なのですが、口が悪いのが欠点なのです。お許し下さい。ミシャ、無礼を詫びなさい!」
「・・・失礼しました。あたしはミシャです。以後、お見知りおきを・・・」
その態度と言動からするとミシャはユラント教団の者ではなく、アルディア個人に仕える従者か部下の立場のようだ。
お世辞にも友好的とは言えない態度だが、ダレスとしてもミシャの気持ちはわからないわけでもなかった。おそらく彼女は、アルディアからユラント神に選ばれた勇者を探すとでも言われていたのだろう。それが草臥れた鎖帷子を身に纏った自分が現われたのだから面を食らうも無理はない。
「・・・ダレスだ」
とはいえ、初対面からそんな態度を取る相手に気を使うほどダレスも聖人君主ではない。ミシャは猫を思わせるしなやかな肢体と顔付きを持つ、アルディアとは別の方向で魅力的な少女ではあったが、最低限の挨拶で済ませる。
「ダレスさん、ミシャは私の従者であり、妹のような子です。今回の件で・・・私は彼女を連れて行くつもりはなかったのですが・・・ほんにんにどうしてもと懇願されて連れて来ました。口は悪いですが、その想いは私と同じくハミルとこの国の人々を救いたいという気持ちで溢れています。どうか、許してあげて下さい・・・」
そのやりとりを見ていたアルディアがミシャの事情とフォローを入れる。
「なるほど、覚悟は出来ているわけだな。それなりの腕前があるようだし、俺としては拒む気はないさ」
神官の従者が忍びの技を持っている〝理由(わけ)〟を敢えて問わずにダレスはアルディアを安心させるために頷く。彼女達の事情がどうであれ、忍びの技を持つ者が仲間に加わるのは悪いことではない。
「ありがとうございます! ところでダレスさんは馬をお持ちですか?」
一段落着いたところでアルディアは早速とばかりに本題に移る。
ハミルの街はランゼル王国の首都カレードから徒歩で七日程の距離がある。事態は一刻を争う状況にあり、悠長に歩いて現場に向うわけにはいかないのだ。
「悪いが持っていないな、カレードには傭兵になるつもりで来たからな、そんな余裕はなかった」
「いえ、ご安心を! ミシャ、馬の準備は出来ていて?」
ダレスの答えを予想していたようにアルディアはすかさず、ミシャに問い掛ける。
「はい、アルディア様の指示に従い。先程、脚の早い馬を確保しました」
「では、それでハミルに向いましょう!」
アルディア達の手筈の良さは感心すべきなのだろうが、ダレスは複雑な気分となる。
彼がアルディアの依頼を引き受けたのは、彼女のユラント神への信仰だけでなく、国と苦境に立たされているハミルの人々へのひたむきな願いに応えた故なのだが、それすらもユラント神の思惑の内だったのではないかという疑問だ。
いや、もしかしたらこの時期にランゼル王国にやって来たのも、やはり神の影響を無意識に受けていたのかもしれない。
『ユラントめ・・・』
ダレスは心の中で信仰したことのない神の名を呟く。
いずれにしても魔族の復活は由々しき問題だ。それに〝対処〟出来る者はこの地上では数える程しか存在しないだろう。そして、その中の一人が彼だった。
「・・・ああ、了解だ」
最終的にダレスは自身の心に折り合いを付ける。神々の都合に翻弄されるのには我慢がならないが、力を持ちながらそれを使わずに罪のない人々が犠牲になるのを見過ごすのは、目覚めが悪い。
そして何よりランゼル王国が滅びてしまえば、この国の麦酒を堪能することも不可能となる。
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