その聖女、脳筋につき取扱注意!!

月暈シボ

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閉ざされた街

16 白百合亭

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「カレードからの助けって、本当にたったこれだけ?! 軍隊は?!」
 二階の窓から〝白百合亭〟に乗り込んだダレスを驚きの声が出迎える。張りのある艶(つや)やかな女性の声だが、その調子には強い失望が含まれていた。
「・・・そうだ、すまんな。西に軍を張り付けている今のランゼル王国にはこれが精一杯ってことだ」
 顔を上げながらダレスは真実を告げる。声の主は妙齢の美女だった。
 転がるように侵入した部屋は豪奢な寝台が目立つ寝室で、中には先に上がったアルディア達の他には、クロットと二人の女性がおり、その内の一人がダレス達に自身の感情をぶつけたのである。
 彼女は軽くウェーブの入った黒髪を腰のあたりまで伸ばして身体をガウンで覆っているが、その下にある曲線美は極めて官能的だ。
 目がやや釣り気味できつい印象を与えるが、逆にそれが特徴となって女性の美しさを際立たせている。やはり〝白百合亭〟は外装だけでなく肝心の中身も上質だったようだ。

「・・・わ、私達が必死に稼いだ金の半分は、国に税金として納めているはずだよ! それなのに助けに来たのは小娘二人と傭兵くずれが一人だなんて!」
「え、エイラ! およし! この人達にそれを言っても仕方ないだろう!」
「・・・でも、女将さん!」
 ダレスの忌憚(きたん)のない返答に黒髪の美女はミステリー気味に反応し、それを隣にいた中年ほどの女性が諌める。
 貴族の婦人が着るような上質の衣服を纏っていることと、エイラと呼ばれた美女とのやり取りからすると、彼女がこの〝白百合亭〟の女将のようだ。
「あんたらの気持ちもわかるが、今は責任を追及している場合ではない。・・・ここにいる生存者の数や容態を含めてこの街、ハミルに何が起きたか詳しく教えて欲しい。それと出来たらノード、彼に何か消化の良い物を食べさせてやってくれないか?」
「ええ、そのつもりだよ! エイラ、この子を下に連れて行って粥でも食べさせておあげ!」
 時間を無駄にしたくない思いは女将も一緒だったのだろう。ダレスの要求に彼女は即答し、未だに不信感を隠さずにいるエイラにノードの世話を命じる。
「・・・わ、わかった。 付いて来て!」
「・・・」
「大丈夫だ。美女の誘いだ、ありがたく受けろ」
 不安から無言で問い掛けるノードに頷くと、ダレスは彼の世話をエイラに委ねた。
「それじゃ、まずは窓を閉めて、箪笥で塞ぎましょう! 夜はあいつらが活発に動き出すからね!」
 エイラとノードが部屋から出て行った後、女将はそう告げるとハミルの街と自身が取り仕切る〝白百合亭〟に何が起きたかをダレス達に詳しく語り始めた。

 〝白百合亭〟の女将カテリナの説明は簡潔でありながらも論理的だった。
 当初はノードからハミルの事情を聞くつもりでいたダレス達からすれば、成熟した大人の眼を通した情報を手に入れられたことは僥倖(ぎょうこう)と言えるだろう。
 特にカテリナは店を取り仕切る立場にいただけに、時系列もしっかりとしており、その言葉は信用に足りた。
 彼女の証言からすると、災厄は前触れもなく突然やって来たらしい。

 六日前の夕暮れ、彼女と〝白百合亭〟は客足が本格的に増える時刻を迎えて、その準備に追われていた。店で働く娼婦達がその美貌を競う様に着飾り、客間に店の名前でもある百合から作った香水を撒いていた頃である。そんな今夜の掻きいれ時前に、使いに出していた小間使いの少女が血相を変えて帰って来たのだ。
 その少女はたまたま足りなくなった香辛料を買いに出掛けていたのだが、通りに現れた異形の怪物達が街の人々を襲うのを目撃し、即座に逃げ帰ったのである。
 本来なら、簡単には信じられぬ言葉だったが、女将は少女の只ならぬ様子から即座に対処を開始する。
 屋敷中に号令を掛けると下働きの者はもちろん、商品とも言える娼婦、そして早目にやって来た少数の客達にも協力を仰ぎ、屋敷の守りを固める。出入口である表玄関に裏口、そして窓、侵入口となるそれらに豪奢だが頑丈な家具でバリケードを築き、最悪の事態に備えたのである。
 そして夜の帳が完全に降りる頃になると、少女の警告どおり、外は月灯りに照らされた白い異形の存在が歓楽街にまで跋扈し始め〝白百合亭〟もその標的となったのである。
 だが、元より堅牢な建物であり、女将の判断が早かったために〝白百合亭〟は即席の要塞となって怪物達の攻勢を防ぎきることに成功する。
 それ以後、彼女達は屋敷に籠り、たまに現れる生存者をダレス達のように二階に引き上げて救出していたのだが、それも三日後からは全く見かけることがなくなり、残された食料の残量に不安を感じながらも王国の軍隊が助けに来るのを待ち望んでいたという状況だった。

「・・・ここに避難しているのは全部で何人だ?」
「女が私を含めて全部で十六人に、男が四人だね。その中の一人はうちの用心棒だから、ある程度戦えると思うけど、残りの三人は常連の隠居した爺さんとあんたが連れてきた子より幼い男の子だから戦力にはならないね。女達もほとんどが娼婦だから・・・気が強いのはいるけど、そっちはからきしだね・・・」
 一通りの話を終えた女将にダレスは更に問い掛け、意図を察した彼女は屋敷の戦力状況を説明する。
「なるほど・・・水と食料はどれほど持ちそうだ?」
 気が強いとは、先程の娼婦エイラだろう。彼女のことを思い出しながらもダレスは質問を続ける。
「水は厨房に井戸があるから、いくらでもあるけど・・・食料は切り詰めてもあと四か五日持てば良いだろうね。あんたらの分も考えると三日かな・・・」
「俺達は自前で食料を持って来ているから気にしないでくれ。・・・何より可能な限り早く、この状況を終わらせるつもりだしな」
「あ、あんた達たった三人で?!」
 ダレスの言葉に女将は、気は確かかとばかりに驚きの声を上げる。彼女もハミルの街を救うには軍隊規模の戦力が必要だと思っていたのだろう。
「ああ、そのために来た。それにこれはあまり広めてほしくはないのだが・・・ハミルを襲った災害の正体はこの地に封印されていた魔族の復活が原因だ。魔族相手に軍隊は相性が悪い。悪戯に被害が増すだけだし。最悪、敵側に取り込まれる可能性がある。少数の精鋭でことに当たるしかないんだ」
「・・・この街に魔族が封印されていただって! そ、そんなこと・・・でも、あんたは・・・いや、そこまで事情を知っていて敢えてやって来たのなら、勝算はあるんだろうね! 私達に出来る事なら何でも協力するよ!」
 ダレスから真実を告げられた女将は最初に戦慄し、やがて草臥れた鎖帷子を纏った彼の外見とその内容のギャップから疑いと当惑の表情を浮かべるが、最後には納得した顔を見せて協力を約束する。
 王国の軍は動かず、食料の備蓄も持って五日、追い詰められた状況で他に当てがない以上、ダレス達に期待するしかないと悟ったのだろう。

「・・・ありがたい。では、今夜はここを拠点にさせてもらう。まずは・・・俺とアルディアは他の生存者達からも証言を集める。ミシャは女将と一緒に屋敷内に築いたバリケードを再確認してくれ! 女将、彼女を案内してくれないか?!」
 協力を申し出た女将に礼を告げると、ダレスは行動を開始する。更なる情報収集とともに、夜になると活発化するとされている異形の怪物への対処を同時進行させる。
 これまで怪物の襲撃に耐えてきた〝白百合亭〟ではあるが、今夜も無事でいられる保証はないのである。忍びの技を持つミシャならより強固にしてくれるはすだった。
「ええ、もちろん! それと、下の食堂にエイラ達がいるはずだから、彼女に案内を頼むといい」
「そうさせてもらおう」
「ああ、待って下さい! 私はどうしましょう!」
 ダレスの要求を女将が承諾し、それぞれが役割を果たそうと動き出したところで、クロットが皆を引き止める。自分だけ明確な指示を与えられなかったので戸惑っているのだ。

「そうだな・・・」
 クロットの存在を忘れていたダレスは、苦笑いを浮かべながら彼の処遇を考える。正直に言えば、戦力としては当てにならない彼に強いて頼みたいことはない。
「出来れば、ダレスさんと一緒に聞き込みに参加してハミルに残していた妻のことを聞きたいのですが!」
「・・・いや、申し訳ないがそれは後にして、ミシャ達を手伝ってバリケードの再チェックに協力して欲しい!」
 志願するクロットの頼みをダレスは退ける。彼には気の毒だが〝白百合亭〟の生存者の中にクロットの妻の安否を知る者がいるとは思えない。もしかしたら、似たような境遇の場所に逃げ込んでいる可能性はあるが、それを確認するためには街の安全が確保されてから、つまり根本的な解決が必要だ。
 そして、クロットを連れて行けば情報収集が遅れ、結果的に魔族との対決と街の解放も遅れることになるのだ。
「わ、わかりました・・・」
 渋々ながらクロットはダレスの指示を受け入れる。何しろバリケードが破られれば、自身だけでなく逃げ込んだ全ての人間の命が危機に晒されるのだから、この指示を断ることは自分が〝役立たず〟と証明するのと同意語だった。
「では、手分けをしてことに当ろう!」
 ダレスは仕切り直しとばかりに号令を掛けると、彼らはその役割を果たそうと動き出す。だが、屋敷の外では夜の帳が降り、暗闇が街を支配しようとしているのだった。
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