その聖女、脳筋につき取扱注意!!

月暈シボ

文字の大きさ
45 / 47
閉ざされた街

45 その正体

しおりを挟む
 それから二日間ダレス達は生存者の探索と怪物の残党狩り、そして死体の回収のために街を回り〝白百合亭〟のような即席の避難所を何カ所も発見した。
 静養が必要な者は〝白百合亭〟につれて戻り、戦える者にはそのまま自警団への参加を要請する。
 この中には街の衛兵やランゼル王国の騎士の生き残りも多くおり、ダレスは自警団の運営を彼らに任せることにする。ハミルは彼らの街である。本業に任せたのだ。
 街に山賊達に対抗する力が備わったところで、ダレスはいよいよ街を外界から閉ざす結界の解除を開始する。
 あまり伸ばしてしまっては、今度は内部の人間同士で残り少ない食料の取り合いが始まるだろう。限度があるのだ。
 もっとも、その前にダレス達には一仕事が残っていた。

「クロット、そろそろお前の願いを聞く余裕が出て来た。これからお前の家があった地区を探索する。付いて来るか?」
「ええ!! もちろんです!! お願いします!!」
 昼食のために〝白百合亭〟に戻っていたダレスは午後の探索に向うに当たってクロットに声を掛けた。この数日間、彼は生存者の探索に向うダレス達にしつこい程同行を求めていたのである。
 もちろん、魔族を倒したとはとはいえ街の治安は回復していないし、救助者を運び込んでいる〝白百合亭〟には仕事が山ほどある。今日まで彼には我慢してもらい雑用係りとして働いてもらっていたのだ。
 そんなクロットだったのでやっと自分の番が来たとばかりに、喜んでダレス達の探索に加わった。

「魔族の脅威はダレスさん達の活躍で去ったわけですが、この街の封鎖はいつ頃解けるのでしょう?」
「自警団に加わった衛兵の生き残りはどれくらいの数なのですか?」
 〝白百合亭〟を出たクロットはさっそくとばかりダレス達を質問攻めにする。
「まだしばらくかかりそうだ。魔族が残した眷属がまだ街のどこかに隠れているからな・・・」
「残念だが、そんなに多くない。一人でも多く見つけ出して戦力になってもらわないとだ・・・」
 既にアルディアとミシャには言い含めてあるのでダレスが主な話し相手としてクロットに事実とは異なる情報を教える。
「そういえば、クロット。お前の妻はどんな女性なんだ? 馴れ初めは?」
 やがて目標としていた地点、新たな自警団の拠点となった堅牢な貴族の屋敷が目に入ると今度は逆にダレスがクロットに問い掛ける。
「・・・私の妻アエロはやや小柄で栗色の髪をしています。特別な美人ではありませんが、私にとっては可愛らしい女性です。アエロとはまだ若い時、行商人として独立する前に取引先から紹介されたんです。彼女も私を気に入ってくれたらしく、その後は順調に交際を重ねて半年ほどで結婚しましたね」
「なるほど・・・ではクロット、あんたはこのハミルの出身なのか?」
「ええ、そうです。まさか、自分が生まれ育ったこの街に永らく魔族が封印されていたとは思いませんでした・・・」
「ん? それはおかしいな!」
 話を魔族の話題に移そうとするクロットにダレスは待ったを掛ける。
「な、何がです?!」
「だって、あんたの喋り方には西方風・・・いや、はっきり言おう。あんたの発音にはトラーダ帝国風の鈍りがある。ハミルで育った人間がそんな鈍りを持っているなんて不自然だろ?!」
「な、何を突然!! 私にトラーダ鈍りがあるなんて! そんなわけない! ちゃんとこの国の言葉は勉強したんだ!! 鈍りなんて・・・クソ!!」
 いきなりダレスに糾弾されたことで動揺したのだろう。クロットは余計なことまで弁明しようとしてしまう。途中で失敗に気付くが、自分を取り囲むように立つダレス達の態度で罠に嵌ったこと知る。
 ダレスは最初からクロットの正体を看破していたのである。今のやり取りは決定的な証拠を掴むための確認でしかないのだ。
「やはりクロット、お前はトラーダ帝国に雇われた間者だったな!」
 ダレスはクロットも正体を言い当てた。

「いつ気付いたのです?」
 もはや言い訳が通用しないとわかると、クロットは悪びれる様子もなくダレスに問い掛ける。
 もう、うだつ上がらない商人はどこにもいない。覚悟を決めた忍びの者がそこにいた。
「違和感は最初からあった。気付いたのは〝白百合亭〟に辿り着いた頃だ。妻を心配するにしてもお前は必至過ぎたからな!」
 ダレスは多少の嘘で脚色した答えで返す。クロットが怪しいと感じたのは事実だが、まだそこ頃には彼の正体がトラーダ帝国の間者とは気付いていなかった。彼の正体を察したのは魔族と対決しスレイオンの記憶に触れた時である。
 王子は自らが放った間者としてクロットの姿を思い浮かべていた。
 スレイオンが魔族の誘惑に落ちたのは王家のアルディア暗殺を知ったからだが、利害関係のないダレスからすれば、例え現王妃に野心があったとしても、果たしてこれまで存在自体が秘密にされ僧籍に入ったアルディアを暗殺の対象にするかという疑問があった。
 そんなことをすれば、受け入れ先となったユラント教団との関係は悪化するし、魔族の件がなくてもスレイオン王子とは血で血を争う戦いになるだろう。
 アルディア暗殺は現王妃にとってもリスクのわりに成功させたとことでうま味に乏しい計画なのだ。
 だが、視点を変えるとクロットがスレイオンに齎したこの暗殺計画によって多大な利益を得る存在がいた。
 それはランゼル王国に領土的野心を持つトラーダ帝国である。クロットの正体がこの国の間者だと仮定すると、全ての謎が解ける。
 そのためにダレスはクロットを連れ出し一芝居打って彼の正体を突き止めたのである。

「ああ、確かにあれはちょっとやり過ぎでしたね・・・でも街の様子とあなた達のことを知るには着いて行くしかなかったのですよ! 何しろ噂のアルディア王女が目の前に現れたとあってはね!」
「・・・私は王女などではありません。ですがそんなことよりも、あなたには問いたいことがあります。・・・あなたがスレイオン王子を魔族の誘惑に誘い込んだのですか?」
 正体を認めたクロットに自分の名を出されたアルディアが問い詰める。この問いが事実なら本当の黒幕はこの小柄な男ということになる。
「ふ、まさか! この街が何かを隠していることには勘付いていましたが、まさか魔族が封印されているとは、あなた方に出会うまで私も知りませんでしたよ!! だからこそ王都に向う途中に聞いた噂を確かめるためにハミルに戻ったのです。まあ、アルディア王女・・・いえアルディア嬢、あなた本人に出会うとは夢にも思っていませんでしたが・・・私に与えられた使命はハミルで起ったことを正確に帝国に報告することと、第一王子に近づき、現王妃と間に不和を起こすこと。それだけです。・・・そして魔族は人類の敵です。例え知っていたとしても利用しようとは思わなかったでしょう。ランゼル王国が滅ぼされれば、次は我が帝国が標的されるのは目に見えていますからね・・・」
「そうですか・・・」
 嘘か本当か定かではないが、クロットは魔族に関しては関与を否定しアルディアは一先ずの納得を示した。

「今ここで首を刎ねたいところだが・・・最後に聞きたいことがある。現王妃がアルディアの暗殺を企てたのは事実だったのか?」
「・・・いいえ、あれは私のでっち上げです。王妃が自分の息子である第二王子に王位を与えようとしてスレイオン王子を失脚させたのは事実ですが、そんな計画はありません。・・・それでどうします私を、ここで殺しますか? ちなみに妻もいませんよ、嘘です。調べればすぐに分かりますからね。白状しときます」
 最後とされた質問にクロットは堂々とした態度で答えるだけでなく、ダレス達に自分の処遇を問い掛けた。様々な思惑が重なった結果ではあるが、やはりこの男が直接的な黒幕だったのだ。
「・・・今更、お前を殺したところで何かが変わるわけではない。それにどこまでが本当なのかわからんからな。処遇はこの街に、自警団に任せるつもりだ。彼らなら口の割り方も知っているだろう」
 クロットの問いに答えるダレスだが、最後は二人の仲間に確認するように告げる。
「ええ・・・それで構いません・・・」
 まだ完全に納得したわけではないだろうがアルディアはダレスの考えに賛成を示した。
 クロットがスレイオンを騙したのは事実だが、彼を殺したところで何かを得るわけではない。それにランゼル王国の人間としてならばクロットは死罪でも問題の無い極悪人だが、ユラント神の神官としてなら彼を罰することは出来ない。
 トラーダ帝国とランゼル王国と国家間で争っているのである。策略も戦いの一つの形態なのだ。人間同士の争いは神が関与する問題ではなかった。

「じゃあ、ふん縛るかな!!」
 そしてアルディアが許したことでミシャはクロットを縛りに掛かる。ここで下手に抵抗すればダレスの長剣かアルディアのメイスの餌食になるのは目に見えている。当の本人も抵抗することなく大人しく従う。
 これで結界を解除する全ての条件が揃ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

処理中です...