その聖女、脳筋につき取扱注意!!

月暈シボ

文字の大きさ
46 / 47
閉ざされた街

46 街の解放

しおりを挟む
『峻厳なる正義の守護者、父なるユラント神よ!
 かつて、あなたと盟約を交わした我が祖先に代わってお願いしたします!
 あなたを敬う人の子らが造りし魔封じの結界を解き放ちたまえ!』

 ユラント神殿にアルディアの泉のように清らかで明朗な祈りの声が響く。この時のために本殿は戦いの名残を全て取り除かれ、周囲は綺麗に拭き清められている。
 ユラント神の敬虔な使徒であり、魔族を倒したランゼル王国の始祖に連なる血を持つアルディアによって、街を覆おう結界、魔族を閉じ込めるための最後の防壁が今、解除されたのだった。
 大仕事を成し遂げたアルディアだが、そのままユラント神を象った立像の前で瞑想を続ける。
 それを見守っていたダレスもトーガを纏い右手に〝審判の剣〟を持って彼方を見つめる〝父〟の像に軽く頭を下げる。魔族退治はともかく、ミシャの件については感謝すべきと判断したのだ。
 そしてアルディアと彼女に侍るミシャよりも一足先に外に出て、その効果を確認する。
 当然ながら街を覆っていた淡い光を放つ結界はもう存在しない。ハミルの街は完全に解放されたのだった。

 ダレスが心配していた山賊達の襲撃はほとんどなかった。
 街の外でもハミルに親族を持つ者達が集まって自警団と救援隊を組織しており、山賊を牽制しながら結界が解かれるのを辛抱強く待っていたのである。
 それ故に結界が解かれると同時にハミルの街は親族を心配する者、ただ善意のみで救援に駆け付けた無名の英雄達によって救援物資の搬入が行なわれる。
 これからハミルは彼らと街の生存者達が力を合わせて復興されるに違いなかった。

 一番鶏さえもまだ夢心地であるに違いない深夜、ダレスは寝台から起きると身支度を開始する。
 拠点としている〝白百合亭〟の羽根布団の寝心地は素晴らしく、更なる睡眠への要求に晒されるが彼はそれに耐える。ある意味、魔族よりも強敵と言えた。
 ハミルの復興に目処がついた今、ダレスがこの街にいつ続ける理由はない。エイラやノード、自警団、外からの救援者、彼らは街の復興に意識が向いているが、落ち着いてくれば魔族を倒した者の正体に気付き始めるだろう。
 一介の傭兵に戻る時が来たのである。それ故に彼は誰にも別れを告げずに〝白百合亭〟とハミルの街を後にするつもりでいた。
 正直に言えばアルディアとミシャとの別れは辛かった。だが、魔族討伐の目的を果たした彼女達はいずれ王都のユラント神殿に戻る。二人との別れを惜しんで同行すれば、面倒なことになるのは目に見えている。
 アルディアとの出会いで父との関係に〝折り合い〟を付けたダレスだが〝神の御子〟として人々から遇されるのは本意ではないのだ。
 それにアルディアはユラント神の神官である。彼女とは恋仲の関係になるはずがなかった。これ以上アルディアと一緒に時を過ごせば、別れがより辛くなる。ダレスは引き際を弁えていた。
 腰に〝審判の剣〟を帯び、背負い袋を担いで準備を整えたダレスは、窓を静かに開けると例の即席の縄梯子を伝って外に出る。
 無用の長物となっていたこれはダレスがこの日のために隠し持っていた。水袋も昨晩から中身を満タンにしており、万全の構えである。
 路地に降り立ったダレスは最後に後ろを振り返って〝白百合亭〟を見つめる。アルディアとミシャ、それにエイラとの約束はもったいなかったし、ノードにも別れの挨拶をしたかったが、彼らなら許してくれるだろう。
 ダレスはそう思うと未練を断ち切って踵(きびす)を返した。

「あたし達を置いて、こんな時間からどこに行くのかな?!」
「うお!!」
 最初の辻を曲がった瞬間に声を掛けられたダレスは悲鳴を漏らす。そこには同じく旅支度を整えたミシャが建物に寄り掛かりながら待ち構えていたからである。
「そうです!! 出掛けるなら、そう言って下さらないと!!」
 その奥にはこちらも完全武装を整えたアルディアがおり、ダレスに不満をぶつける。薄暗いので細かい表情までは見えないが、怒っているのは間違いない。
「そうそう、さよならの一言もないなんてね!」
「そうだよ!」
 更にはエイラとノードも姿を現してダレスを非難する。
「・・・ばれていたのか、どうして?!」
 自分の計画を見抜かれたダレスは、ばつの悪い苦笑を浮かべると先頭のミシャに問い掛ける。
「そりゃ、縄梯子を隠していて前日の夜に水袋に水を詰めていれば、察しがつくさ!!」
「そうか・・・上手くやったつもりだったんだが、甘かったようだ。とは言え・・・俺はハミルを出て当てのない旅に出るつもりだ。王都に戻るつもりはないから、皆とはここでお別れだ・・・」
 おそらくはダレスの意図に気付いたミシャがアルディア達に報せて待ち構えていたのだろう。その計らいは嬉しいが、別れがつらくなるだけである。彼は敢えてそっけなく答える。
「なるほど・・・実は私とミシャもこのまま王都には戻らず、武者修行の旅に出ることにしたのです。何しろ、王家の血を引く私が戻ると色々な厄介事に巻き込まれそうですしね!!」
 アルディアは自身の身の上を皮肉るように王都に戻らない理由をダレスに告げる。
 彼女の暗殺計画はクロットが企てた偽情報とされているが真偽は不明であるし、現王妃にとってアルディアが好ましい存在ではないのは確かである。
「そうそう、それに一人で屋敷から抜け出せない二流の傭兵には腕利きの盗賊が必要なんじゃないかな!」
 更にミシャが含み笑いを漏らしながらダレスに告げた。
「そ、そういうことなら、俺の旅に連れていってやってもいいぞ!」
 内心の喜びを隠しながらダレスは二人に同行を許す。彼女達が自分の意志でダレスの旅に着き合おうとするのなら拒む理由はない。特にアルディアの場合、政情が不安定な王都から身を離すのは賢い選択と言えた。
「ええ、ダレスさん!! これからもお願いします!!」
「いや、逆だろう。そっちがアルディア様に同行を頼むべきだ!」
「もう、ミシャったら!!」
 ダレスの許可を得たアルディアとミシャは笑みを浮かべながらも、それぞれの個性に沿った言葉で答える。
「話が纏まったようだね! あたし達としてはもっとあんた達にこの街に居て欲しいし、約束も果たしたいけど・・・あれは反古にするね!! 
 それまで控えていたエイラが口を開き、ダレスとアルディアの顔を交互に見つめると約束を無かったことにする。
「「皆を・・・ハミルの街を救ってくれてありがとう!!」」
 そして街を代表するようにノードと声を合わせてダレス達に改めて礼を告げるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

処理中です...