スレイヤー・ギルドの非承認戦闘員

月暈シボ

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その2

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 やがて男は強烈な血の匂いに迎えられながら、地面にだらしなく転がるワーグの巨体を目にする。その獣が既に絶命しているのは明らかだった。何しろ短剣ほどの犬歯を携えた凶悪な頭部は胴体から見事に分断されていたのである。強靭な生命力を誇るワーグであろうと、首を落とされれば死を迎えるしかない。
 敵の死を確認した男だったが、それで警戒を解くことはなかった。何しろワーグの死骸の傍らには長柄の武器を持つ人影が立っていたからである。状況からしてこの者がワーグの首を刎ねたに違いなかった。

「おお!!」
 男は突如、気合の声と共に距離を詰めるとワーグを屠った謎の人物へと斬り掛かる。相手は人間ではあるが自分の獲物を断わりもなしに横取りしたのである。彼の理からすれば許すことのできない所業だった。
「ええっ?!」
 相手も男の存在には気付いていたが、まさかいきなり襲ってくるとは思わなかったのだろう。驚きの声を上げつつ慌てて武器を構える。男の攻撃は雷鳴のような俊敏さを秘めていたが、その斬撃は素早く対応した相手によって弾かれる。金属が激しくぶつかる悲鳴と火花が暗い森の中に煌めいた。
 初太刀を防がれた男だったが、面白いとばかりに微笑を浮かべると追撃を繰り出す。今度は真上から剣を垂直に振り下ろして相手の頭を真二つにするつもりだった。
 だが、その攻撃も地面を蹴って後ろに後退した相手に躱される。男の攻撃は相手には届かなかったが、両者とも人間離れした早業だった。

「ま、待って! 君は・・・」
 転げながら距離を取った相手は警戒しながら誰何すいかの声を上げる。その声質は予想に反して高く、良質のフルートを思わせた。
「なかなかやるな・・・だが、横取りとは感心しないな!」
 渾身の一撃を躱した相手に褒めながらも、男は嫌味を込めて糾弾する。声色から相手が若い女であることが窺い知れたが、それで手加減する男ではなかったのである。
「それは・・・悪かった。謝るよ! グレイバックの討伐依頼を受けたのは私だけだと思っていたんだ。それに君が苦戦していると思ってね・・・」
「あれは、まずは逃げ足を奪うための作戦だ! ところでグレイバックとやらは、こいつの名前か?」
 簡単とはいえ、女が謝罪を口にしたことで男は溜飲を下げると距離を詰める。場合によっては代償を払わせるつもりでいたが、自分の非を認めたので一先ずは水に流すことにしたのである。そして弱らしていたとはいえ、ワーグを簡単に屠った女の存在に興味が沸いたのだった。状況からしてグレイバックとはこの規格外のワーグに付けたあだ名と思われた。

「もちろんそうだが・・・」
 男の態度が軟化し、長剣を鞘に納めたことで女も警戒を解いて質問を肯定する。予想どおり彼女は若かった。歳の頃は男よりも僅かに上の二十歳程だろう。一般的な旅装であるフード付きのマントを羽織っており、その下には要所を鉄片で補強した革鎧で身を固めている。フードから零れる髪は金色で顔付きも整っており美しい。いや、青い瞳と通った鼻筋、艶のある唇と、場違いと思えるほどの絶世の美女だった。
 もっとも、体格は女性としては長身で、並の男ほどの高さと横幅を持っていた。そして、その手にしているのは巨大な戦斧である。柄だけで使い手程の長さがあり、先には厚く幅広な刃が備わっている。また刃の反対側は突き出たピックとなっており、状況によっては斬るだけではなく、突き刺す、引っ掛けるといった攻撃が可能と思われた。この武器ならばワーグの首も苦労することなく断ち斬れたはずである。いずれにしても彫像のように整った顔と巨大な斧の対比が目立つ、奇妙な女戦士だった。

「ほら、背中側の毛皮が灰色掛かっているだろう。それでこのワーグに付けられた悪名だよ。・・・もしかしたらと思っていたが、君は・・・ただの傭兵か何か?」
「ん? それは何かの暗号か?!」
 戸惑った表情を見せながら女戦士は傍らのワーグの死骸に視線を送りつつ、右手を使って何かしらのハンドサインを示す。だが、それに男も困惑を隠さずに答えた。暗号や合図の類であるのは察せられたが、全く見覚えがなかったのである。
「驚いた! 私達以外で・・・しかも単身で〝混沌の僕〟と積極的に戦う者がいたなんて!」
「〝混沌の僕〟・・・なるほど、つまり・・・お前・・・あるいはお前達もこいつのような規格外の怪物を狙って狩っているのだな?!」
 お互いの状況が僅かなりにも判明したことで二人は納得を示す。
「そうだけど・・・なぜ、君はこんな化物と戦う? 近隣の村から退治を依頼されたのか?」
「いや、依頼されたわけじゃない。だいたい、この近くの村にそんな余裕はないだろうしな。単に俺のきまぐれだ」
「きまぐれ! 本当にそれだけの理由で命を掛けて戦っているのかい?!」
 男の返答に女戦士は信じられないとばかりに再度質問を繰り返す。
「ああ、俺が敗けることはないからな。それに怪物相手ならどれだけ暴れても文句を言われることもない。・・・ああ、なんか止めを横取りされた怒りが、また湧き上がってきたぞ!」
「そ、それは既に謝っただろう。許してくれ!!」
 物騒なことを言い出した男に女戦士は再び謝罪を口にする。男の気配からして質の悪い冗談ではないと判断したのだ。何より目の前の男に良し悪しに関わらずユーモアのセンスがあるとは思えなかった。
「ああ、俺としても素直に詫びられたから以上、許したいんだが・・・女、先程の身体捌きからして、お前はなかなか歯ごたえがありそうだ・・・その戦斧でどう戦うのか試してみたいぞ!」
「おいおい! 世の中には数多の〝混沌の僕〟が潜んでいるのに・・・人間同士で戦うなんて馬鹿げている! そんなに戦いたいのなら他の怪物を紹介してやるよ!」
「ん?!・・・お前、この手の怪物の居場所を他にも知っているのか?! なら、話は別だ。教えろ!」
「ああ、もちろんだ! だが、それを教えるには一つ条件がある!」
 戦いを避けるために提示した案に男が食いついたことで、女は間を置かずに条件を伝える。長剣の戦士は傲慢で危険な人物ではあるが、少なくても取引は出来るようだった。
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