スレイヤー・ギルドの非承認戦闘員

月暈シボ

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その37

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「ぐ!」
 思いがけない方向から衝撃を受けてサージは短い悲鳴を上げた。絵画の中に押し込まれた時点で平衡感覚が麻痺していたのだが、どうやらかなりの高さから落下したらしい。いずれにしても痛みを感じた先が下側であることを知ると、彼は頭を振りながら素早く立ち上がった。
 そこは先程の部屋よりも遙かに広く、床は赤を基調にした絨毯、遠い壁側は同じく赤色のカーテンで飾られた広間だった。目ぼしい家具はなく、幾つかの椅子だけが壁際に置かれている様子からするとダンスホールなのかもしれない。

「私達の世界にようこそ剣士さん! あなた、大変な果報者よ! 私達二人が同時に相手にして上げるのだからね・・・こんなサービス、今まで伯爵様以外にしたことないのよ!」
 サージが立ち上がるのを待っていたのだろう。黒髪の女が愉悦に満ちた表情で告げる。既に先程までの可憐な乙女の面影は存在せず、口元にはバンパイアの特徴である伸びた犬歯を生やし、見事な身体を惜しげもなく晒して扇情的なポーズを取っていた。
「そう・・・楽しみましょう。ふふふ」
 黒髪の女の隣に立つ、もう一人の女が同調するように微笑む。こちらはウェーブの掛かった銀髪をしていて、黒髪よりも背が高い。その豊満でありながら適度に筋肉質なプロポーションはサージにも見覚えがある。あの絵に描かれていた踊り子である。異様に白い肌と微かに見え隠れする牙からして、この女もジェダの眷属に違いなかった。
「ここは・・・絵の中というわけか・・・まさか、本命はこっちだったとはな・・・なかなかやるな・・・」
 幻覚を見せられている可能性もあったが、サージはこれまでの現象が事実であるとして自分の不覚を認める。黒髪の女に対しては当初から警戒を怠っていなかったが、背後の絵画に関しては只の調度品としか見ていなかった。
 あろうことか、絵の中に別世界を創り出して潜んでいるなど、彼が知る由もない盲点だった。だが、世界の根幹に干渉出来る秘術、魔法を駆使すれば不可能なことではない。自身も〝錬体術〟を始めとする魔法を操るサージとしては知らなかったでは済まされないのだ。
 純粋な事実として、バンパイアの眷属であることを隠し通した黒髪女の演技力と絶好のタイミングで仕掛けた銀髪女の判断力がサージの警戒心と発想を上回ったことを意味していた。

「あら・・・死ぬほど悔しがると思っていたのに・・・以外と素直なのね・・・」
 冷静に事実を認めて自分達を褒めるサージの姿に黒髪女は困惑の色を見せる。彼女としては悔しさから怒り狂う彼を更に追い込むつもりだったのである。期待外れも甚だしい。
「事実は事実だからな。それにどんな魔法かは知らないが、術者が死ねば魔法は解除される。お前達を倒せばここから出られるのだろう?」
「ふふふ、そうよ! そう! そうでなくちゃ! もっと減らず口を聞かせてちょうだい! 剣を失くした剣士に何が出来るのかしらね!」
 一度は嗜虐心を萎えさせた黒髪女だったが、この期に及んで自身の勝利を微塵も疑わないサージに対して歓喜の表情を浮かべながら挑発する。
「剣がないから戦えないとは限らんのだが・・・」
 扇動に乗ったわけではないが、サージの本命はあくまでジェダだ。女バンパイア達に付き合うのは潮時と判断し、彼は〝錬体術〟で身体能力を活性化させる。
「・・・なっ?!」
 いや、させようとするが、彼の魔力はその呼び掛けに一切答えない。身体に満ちている魔力は確かに存在するが、まるで意識から切り離されているようだった。
「きゃははは! 言ったでしょ! ここは私達のだって! 部外者は魔法を使えないわ!! そのように創っているのよ!!」
 不発を起こした〝錬体術〟に戸惑うサージに、黒髪の女はいつの間にか手にしていた鞭をしならせて彼に向って叩きつける。咄嗟に背後に退いてその攻撃を躱そうとするが、音速を超えて突発音を響かせる鞭の先端がサージの右頬を掠めた。
「ぬう!」
「生身でその動き?! 凄いわ・・・歯ごたえがありそう!! きゃははは!!」
 裂かれた頬から零れる血とサージの悲鳴によって、興奮を呼んだのか。黒髪女は哄笑を上げながら再度、鞭をしならせた。

 数ある武器の中で鞭は最速を誇っていた。一般的に鞭は獣革を幾重にも織り込んで作成されており、軽さとしなやかさ、更には適度な強度を実現させている。そして、そのしなやかさによる反動を利用して瞬間的とはいえ、音速を超える攻撃を繰り出すのである。
 本来は家畜を使役するために開発されたが、使用者の技量によっては打ち据えるだけでなく、音による脅し、相手を絡め取って拘束したり、転倒させたりする等、多彩な攻撃が可能だ。
 鞭は高い技量を要求される代わりに、応用力と幅広い戦術を与えてくれる玄人好みの武器だった。

 黒髪女はそんな鞭の利点を最大限に生かして、サージの左足首を狙って鞭を振るう。彼を引き倒して床に這いつくばせるつもりなのだ。自信に満ちた男が上げる悲鳴と無防備に転げる様はさぞかし愉快であろうと。
 だが、敵の視線と腕の動きから次の攻撃箇所を見切ったサージは、逆に自分から間合いを詰める。剣を失くしようが、魔法を封じられようが、敵を前にして臍を噛むつもりは彼になかった。身体が満足に動くのならば、それを使って戦うまでである。
「なまいきな!!」
 サージが間合いを詰めたことで黒髪の女も攻撃の軌道を変えるが、鞭はその特性上、高い攻撃力を持つのは先端部分だけである。鞭の中腹で攻撃を凌いだ彼は、狙い通り敵の懐に飛び込んだ。
 一瞬の隙を突いてサージは手刀を繰り出すが、その指先が黒髪女の白い首筋に届こうとする瞬間、彼は右半身に受けた激しい衝撃によって動きを止めてしまう。絶好の機会を潰されたサージだが、無理はせずに素早く距離を取る。欲張って追撃を狙うのは遙かに高リスクだからだ。

「エリンダ! 油断しないで、彼はヘリオを倒しているのよ!」
 もう一人の女バンパイア、銀髪の方が仲間である黒髪女を窘めた。彼女の手には先端をルビーらしき宝石で冠した短い儀式棒ワンドが握れている。大地の力を凝縮した宝石には魔力を高める効果を宿しており、魔法の補助具として利用されている。この事実からして、サージが受けた先程の衝撃はこの女の魔法攻撃だと思われた。
 もちろん、サージも彼女のことを失念していたわけではない。ただ、踊り子のような姿から接近戦タイプだと想定していただけだ。そのために鞭使いである黒髪女を先に潰そうと動いたのだが、完全に裏目に出てしまっていた。
「ありがとう、イリス。助かったわ! こいつ・・・本当に厄介ね・・・あの変態を倒したのも、まぐれじゃなさそう・・・でも、私とあなたで掛かれば敵ではないわ! ここは私達の世界なのだから!」
「ええ! だけど・・・慢心は禁物、確実に片付けて伯爵様に報告しましょう」
「そうね・・・その通りだわ!」
 あの変態とはヘリオのことだろう。敵側が一枚岩ではないことを証明する台詞だったが、それよりもサージは静かに二人を分析し評価する。
 どうやら、リーダー格と思われた好戦的な黒髪女のエリンダを、銀髪のイリスが上手くコントロールしているらしい。特に警戒すべきは冷静な判断力を持ち、魔法を得意とする彼女の方だったのだ。
 前衛の黒髪女エリンダと後衛の銀髪女イリス、性質は真逆のように異なっている二人だが、会話からするとお互いを深く信頼し合っているのが知れる。良いコンビだと認める他なかった。
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