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その36
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「お前こそ誰だ? 敵なら面倒だ。さっさと始めて良いぞ。受けて立ってやる!」
部屋の中へ足を進めながらサージは、不安と恐怖の色を全身に浮かべる女に単刀直入に問う。その正体や事情は確定していないが、助けを願う美女に対しては極めて粗雑な態度と言えた。
「ああ・・どうか、お助け下さい!・・・私にも、ここがどこかも分かりません。夜中に寝ていたところを攫われて・・・気付けば、こんな姿にされていたのです!」
黒髪の女は自身のへの疑いを否定しようと必死に懇願を続けるが、それでいて男であるサージの視線を避けるため長い髪と腕を使って露出した身体を覆い隠そうと努力する。全てを隠しきれないことを分かっていながら、そうせざるを得ない姿は庇護を誘う甘美な魅力があった。一般的な男なら相手の素性がどうであれ、本能的に愛おしいと感じただろう。
「なるほど・・・それは難儀だったな・・」
だが、サージは淡々と頷きながら美女が身を置く寝台に向って無防備に近付く。もちろん、彼女に欲情したわけでも、説明を完全に信じたわけでもない。これまでの対応が全て自分に対する罠や策略なら、さっさとそれに乗って正体を出させようとしただけである
「・・・」
何かしらの行動を取ると思われた女だが、サージが接近したことで表情と身体をより強張らせる。助けを期待する気持ちと乱暴を恐れる怯えが半々といった具合だ。これが演技なら迫真の出来である。
「ふむ・・・動くなよ!」
女の正体を見極めるため、サージは次の行動として警告と共に長剣を上段に構えた。
「な、なにを・・・きゃあ!!」
突然の凶行に顔を伏せながら悲鳴を上げる美女に向ってサージはそのまま剣を振り降ろし・・・正確無比な太刀筋で彼女を縛る枷を断ち斬った。
「ああ!! こ、これは?!・・・あ、ありがとうございます!」
「・・・礼には及ばない。この部屋の灯かりがあるだろう。後は、それを持って・・・俺が壊した箇所を辿って上を目指すのだな。じゃあな!」
殺されると身構えていた女は、それまで固く閉じていた瞼を開けると、自身が枷と鎖から解放されたことを知る。しかし、助けた当の本人はこれで終わりとばかりに新たな指示と別れを告げた。
サージが彼女に充分な説明をせずに長剣を振るったのは、危害を与えると見せかけるためでもあった。しかし、ここまでして尻尾を出さないとなると、この女は本当に近隣の村等から攫われた被害者なのかもしれない。
もっとも、それが事実であったとしても、悲鳴の主がミリアやジェダやその配下が仕組んだ罠でないのなら、サージにとって彼女は無用の長物だった。
「そ、そんな! ここから一人だなんて・・・無理です! お願いですから、外まで・・・どこか安全な場所まで一緒に居させて下さい!」
いきなり別れを告げられた黒髪の女は自由になった足で寝台から降りると、これまで必死に隠していた身体を晒しながらサージに懇願する。
「そう言われてもな・・・俺はこれからジェダを倒すつもりだから、逆に俺に付いて来る方が危険だぞ」
必死に懇願する美女に対してサージは客観的な事実を告げる。彼女には悪いが、地上に引き返して安全圏まで送り届ける時間的余裕はなかった。
そんなことをすれば、その間に黒幕のジェダに逃げられる可能性があるし、夜が明けてしまう。朝になれば町の住民も活動を始めるだろう。バンパイアとはいえ、表向きには伯爵の称号を持つジェダである。出来る事なら貴族殺しが発覚する前にこの町から脱出したかった。ローザ達もそのために別行動を取っている。
「ジ、ジェダとは伯爵様のことですか?! そ、そんなこと・・・いえ、それでも一人でいるよりは・・・・お、お願いします。どうかご一緒に・・・」
「だから、それは・・・」
「女が泣いて頼んでいるのに拒否するなんて・・・ひどい人ね!」
改めて懇願する黒髪の女に無理だと口にしようとしたところで、サージは突如、背後から糾弾される。咄嗟に後ろを振り向こうとするが、そのまま両肩を鷲掴みにされて壁側に向って引き寄せられてしまう。
「くそ!!」
自分を掴む敵とその気配を察知できなかった自分に対して悪態を吐きながら、サージは右の脇下から沿わすように背後に向って長剣を突き立てる。壁際に引き寄せたがる相手の意図は不明だが、そんなに壁が好きなら串刺しするまでである。
だが、彼の剣は密着しているはずの敵に届かず、まるで虚空を相手にしているように全く手応えを感じさせなかった。
「な、なんだと!」
辛うじて首を後ろに曲げたサージの瞳にその理由が映る。彼を背後から掴み上げていたのは、壁に飾られている絵画の中から上半身だけを出現させた人物像だったのである。彼の長剣の切っ先はその絵画の中に波紋を作りながら溶け込むように消えている。これでは手応えも気配も感じられないわけだった。
「ぬおぉぉ!!」
敵の目的が自分を絵画の中に引き込むつもりだと察したサージは、長剣を捨てて自分を掴む裸婦像の手を振りほどこうともがく。まずいことに敵は既にその身体の多くを絵画の中に戻している。今が正念場だった。
「ダメよ! 逃げないで! 一緒に居てって言ったでしょ!」
〝錬体術〟の出力を上げて暴れようとするサージだが、それまで憐れな犠牲者を演じていた黒髪の女が、捨て台詞と共に身体ごとぶつかって彼を一緒に絵画の中へと誘う。油絵具で彩られたはずの麻布の表面は何の抵抗もなく、縺れるサージと女を受け入れた。
二人を飲み込んだ絵画は最後に大きな波紋を浮かべるが、直ぐに平静を取り戻す。そして無人となった部屋の中で、サージと思われる人物像が絵の中に浮かび上がるのだった。
部屋の中へ足を進めながらサージは、不安と恐怖の色を全身に浮かべる女に単刀直入に問う。その正体や事情は確定していないが、助けを願う美女に対しては極めて粗雑な態度と言えた。
「ああ・・どうか、お助け下さい!・・・私にも、ここがどこかも分かりません。夜中に寝ていたところを攫われて・・・気付けば、こんな姿にされていたのです!」
黒髪の女は自身のへの疑いを否定しようと必死に懇願を続けるが、それでいて男であるサージの視線を避けるため長い髪と腕を使って露出した身体を覆い隠そうと努力する。全てを隠しきれないことを分かっていながら、そうせざるを得ない姿は庇護を誘う甘美な魅力があった。一般的な男なら相手の素性がどうであれ、本能的に愛おしいと感じただろう。
「なるほど・・・それは難儀だったな・・」
だが、サージは淡々と頷きながら美女が身を置く寝台に向って無防備に近付く。もちろん、彼女に欲情したわけでも、説明を完全に信じたわけでもない。これまでの対応が全て自分に対する罠や策略なら、さっさとそれに乗って正体を出させようとしただけである
「・・・」
何かしらの行動を取ると思われた女だが、サージが接近したことで表情と身体をより強張らせる。助けを期待する気持ちと乱暴を恐れる怯えが半々といった具合だ。これが演技なら迫真の出来である。
「ふむ・・・動くなよ!」
女の正体を見極めるため、サージは次の行動として警告と共に長剣を上段に構えた。
「な、なにを・・・きゃあ!!」
突然の凶行に顔を伏せながら悲鳴を上げる美女に向ってサージはそのまま剣を振り降ろし・・・正確無比な太刀筋で彼女を縛る枷を断ち斬った。
「ああ!! こ、これは?!・・・あ、ありがとうございます!」
「・・・礼には及ばない。この部屋の灯かりがあるだろう。後は、それを持って・・・俺が壊した箇所を辿って上を目指すのだな。じゃあな!」
殺されると身構えていた女は、それまで固く閉じていた瞼を開けると、自身が枷と鎖から解放されたことを知る。しかし、助けた当の本人はこれで終わりとばかりに新たな指示と別れを告げた。
サージが彼女に充分な説明をせずに長剣を振るったのは、危害を与えると見せかけるためでもあった。しかし、ここまでして尻尾を出さないとなると、この女は本当に近隣の村等から攫われた被害者なのかもしれない。
もっとも、それが事実であったとしても、悲鳴の主がミリアやジェダやその配下が仕組んだ罠でないのなら、サージにとって彼女は無用の長物だった。
「そ、そんな! ここから一人だなんて・・・無理です! お願いですから、外まで・・・どこか安全な場所まで一緒に居させて下さい!」
いきなり別れを告げられた黒髪の女は自由になった足で寝台から降りると、これまで必死に隠していた身体を晒しながらサージに懇願する。
「そう言われてもな・・・俺はこれからジェダを倒すつもりだから、逆に俺に付いて来る方が危険だぞ」
必死に懇願する美女に対してサージは客観的な事実を告げる。彼女には悪いが、地上に引き返して安全圏まで送り届ける時間的余裕はなかった。
そんなことをすれば、その間に黒幕のジェダに逃げられる可能性があるし、夜が明けてしまう。朝になれば町の住民も活動を始めるだろう。バンパイアとはいえ、表向きには伯爵の称号を持つジェダである。出来る事なら貴族殺しが発覚する前にこの町から脱出したかった。ローザ達もそのために別行動を取っている。
「ジ、ジェダとは伯爵様のことですか?! そ、そんなこと・・・いえ、それでも一人でいるよりは・・・・お、お願いします。どうかご一緒に・・・」
「だから、それは・・・」
「女が泣いて頼んでいるのに拒否するなんて・・・ひどい人ね!」
改めて懇願する黒髪の女に無理だと口にしようとしたところで、サージは突如、背後から糾弾される。咄嗟に後ろを振り向こうとするが、そのまま両肩を鷲掴みにされて壁側に向って引き寄せられてしまう。
「くそ!!」
自分を掴む敵とその気配を察知できなかった自分に対して悪態を吐きながら、サージは右の脇下から沿わすように背後に向って長剣を突き立てる。壁際に引き寄せたがる相手の意図は不明だが、そんなに壁が好きなら串刺しするまでである。
だが、彼の剣は密着しているはずの敵に届かず、まるで虚空を相手にしているように全く手応えを感じさせなかった。
「な、なんだと!」
辛うじて首を後ろに曲げたサージの瞳にその理由が映る。彼を背後から掴み上げていたのは、壁に飾られている絵画の中から上半身だけを出現させた人物像だったのである。彼の長剣の切っ先はその絵画の中に波紋を作りながら溶け込むように消えている。これでは手応えも気配も感じられないわけだった。
「ぬおぉぉ!!」
敵の目的が自分を絵画の中に引き込むつもりだと察したサージは、長剣を捨てて自分を掴む裸婦像の手を振りほどこうともがく。まずいことに敵は既にその身体の多くを絵画の中に戻している。今が正念場だった。
「ダメよ! 逃げないで! 一緒に居てって言ったでしょ!」
〝錬体術〟の出力を上げて暴れようとするサージだが、それまで憐れな犠牲者を演じていた黒髪の女が、捨て台詞と共に身体ごとぶつかって彼を一緒に絵画の中へと誘う。油絵具で彩られたはずの麻布の表面は何の抵抗もなく、縺れるサージと女を受け入れた。
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