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その50
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ローザ姉妹に子供達を託したミリアは愛用の得物を手に、目的地である城の中庭へと足を踏み入れた。かつては季節ごとに各種の花々が咲き誇っていた美しい庭園の姿はもはやそこにはない。
今あるのは無骨なドーム状の祠である。中庭を埋め尽くすように建てられた、この石造りの祠こそが、ジェダの〝墓所〟に違いなかった。
在りし日の母を想う時、真っ先の思い出す庭園がこのような無骨な姿に成り果てたことにミリアは憤りを覚える。だが、弟が自身の〝墓所〟の在り処を母との思い出の場所に定めたことに対しては、彼女も憐憫の情を思い出さずにはいられなかった。ジェダは母を深く愛するが故に〝混沌〟に魅入られてしまったのだから。
元々、中庭は伯爵夫人である母の私的な空間だったため、城に仕える家臣はもちろんのこと、貴族の客人さえも足を踏み入れさせたことはなかった。その手入れも母とその子である自分とジェダ、あとは信頼していた少数の侍女達だけで行っていたほどだ。
そのような場所だったので、ミリアもローザ達が調べていた現在の城の状況に関して、中庭の情報が抜けていたことに何の疑問も抱いていなかった。更に〝墓所〟は地下深くに隠されているという先入観もあり、この地にジェダの〝墓所〟が置かれていたのは完全な盲点だったと言えるだろう。
もっとも、ジェダも自身の力の根源を簡単に晒すほど愚かではない。その証拠が中庭を埋め尽くすように建てられた祠である。半ドーム状に造られたその建造物は強固な結界で守られており、唯一の出入口と思われる青銅の扉には邪神レゼルスを表わす紋様が印されている。物理的にも霊的にも高度な防御体制が敷かれていた。
並の人間では小さな傷を付けるどころか、近づいただけで邪神の邪気に中られて精神に支障が出るほどだ。
それでもミリアは打倒ジェダを胸に、ありったけの魔力を〝錬体術〟で身体の隅々にまで注ぎ込む。
弟のやろうとしていることは、結局のところ悲劇の再生産でしかない。自分の運命に起きた理不尽への憂さ晴らしをするために、自分自身が新たな不条理となって世界に撒き散らしているだけだ。
仮に〝混沌〟から授かった力で王国に復讐を果たしたとしたら、さぞかし痛快だろう。しかし、それを成し遂げたところで殺された母が戻ることは絶対にない。代わりに得るのは自分達姉弟と同じように、愛する人を理不尽な力と存在に奪われた哀れな犠牲者達だけだ。
おそらくは、それこそが〝邪神〟の狙いなのだろう。今ある世界の有様に絶望した者達が力ある存在、すなわち〝邪神〟である彼らに縋るよう仕組んでいるのだ。
サージは〝邪神〟の復活を〝世迷言〟と呼んでいたが、ジェダのような〝混沌〟の信者を止めなければ、いつか〝その日〟が実現するだろう。神々にとって時間はそれほど意味を成さない。彼らは何十、何百、いや何千年でも〝その日〟を待ち続ける。人の心の闇を猟犬のように嗅ぎ取って、その触手を伸ばすのである。自らの下僕とするために。
「うおおおお!!」
指先から零れ落ちるほど肉体を魔力で満たしたミリアは、雄叫びと共に自身渾身の力を振り絞って〝スマッシャー〟をレゼルス神の印が刻まれた青銅の扉に叩きつける。この扉、相当な呪力が込められているが、なんとしてもこじ開けなければならない。ジェダが未来に齎そうとしている因果を、負の連鎖と呼ぶべき〝邪神〟の壮大な計画を断ち斬るために。
古代に創作された戦斧は彼女が〝錬体術〟で強化した力を余すことなく扉に伝え、激しい轟音と火花を撒き散らす。それは単に金属同士がその硬度と質量を競いあっているのではなく、込められた〝力〟のぶつかり合いだった。
故にミリアと〝スマッシャー〟の魔力と〝邪神〟の呪力がそれぞれエネルギーの力場を形成し激しくお互いを削り合う。その光景はあたかも、海で衝突する二つの氷山を思い起こさせた。ぶつかりあう当事者だけでなく、その周囲にも激しい余波を与えるからだ。これによってミリアのいる中庭だけではなく、城全体が激しく揺さぶられた。
斧の柄を通して伝わる反動にミリアの肉体と精神は全力で抵抗する。既に限界を超えた魔力を吐きだしている。この一撃を防がれたら二発目はない。更にもし、今ぶつけている〝力〟を防がれてしまったら憑代になっている自分の肉体と精神は只では済まないだろう。敗者は反発し合っている双方の衝撃を全て受けることになるからだ。
拮抗する力の障壁が僅かにミリア側に傾く。それは押し返される前触れと思われた。
「んあぁぁ!!!」
体中の関節が上げる激痛を無視して、ミリアは声にならない雄叫びを鼻息として漏らす。既に口を開く余裕はない。ずっと歯が砕ける勢いで噛みしめている。彼女は己に宿る魔力の最後の一滴まで絞るように〝錬体術〟を通して斧の一点に注ぎ込む。
次の瞬間、〝邪神〟の呪力に押し潰される寸前と思われたミリアの身体が白く輝くと、打ちこまれた楔のように結界を形成する障壁を一気に穿つ。そして満を持して振り下ろされた戦斧が青銅の扉を真っ二つに打ち砕いた。
ミリアは見事〝墓所〟を護る〝混沌〟の呪力に勝ったのだった。
今あるのは無骨なドーム状の祠である。中庭を埋め尽くすように建てられた、この石造りの祠こそが、ジェダの〝墓所〟に違いなかった。
在りし日の母を想う時、真っ先の思い出す庭園がこのような無骨な姿に成り果てたことにミリアは憤りを覚える。だが、弟が自身の〝墓所〟の在り処を母との思い出の場所に定めたことに対しては、彼女も憐憫の情を思い出さずにはいられなかった。ジェダは母を深く愛するが故に〝混沌〟に魅入られてしまったのだから。
元々、中庭は伯爵夫人である母の私的な空間だったため、城に仕える家臣はもちろんのこと、貴族の客人さえも足を踏み入れさせたことはなかった。その手入れも母とその子である自分とジェダ、あとは信頼していた少数の侍女達だけで行っていたほどだ。
そのような場所だったので、ミリアもローザ達が調べていた現在の城の状況に関して、中庭の情報が抜けていたことに何の疑問も抱いていなかった。更に〝墓所〟は地下深くに隠されているという先入観もあり、この地にジェダの〝墓所〟が置かれていたのは完全な盲点だったと言えるだろう。
もっとも、ジェダも自身の力の根源を簡単に晒すほど愚かではない。その証拠が中庭を埋め尽くすように建てられた祠である。半ドーム状に造られたその建造物は強固な結界で守られており、唯一の出入口と思われる青銅の扉には邪神レゼルスを表わす紋様が印されている。物理的にも霊的にも高度な防御体制が敷かれていた。
並の人間では小さな傷を付けるどころか、近づいただけで邪神の邪気に中られて精神に支障が出るほどだ。
それでもミリアは打倒ジェダを胸に、ありったけの魔力を〝錬体術〟で身体の隅々にまで注ぎ込む。
弟のやろうとしていることは、結局のところ悲劇の再生産でしかない。自分の運命に起きた理不尽への憂さ晴らしをするために、自分自身が新たな不条理となって世界に撒き散らしているだけだ。
仮に〝混沌〟から授かった力で王国に復讐を果たしたとしたら、さぞかし痛快だろう。しかし、それを成し遂げたところで殺された母が戻ることは絶対にない。代わりに得るのは自分達姉弟と同じように、愛する人を理不尽な力と存在に奪われた哀れな犠牲者達だけだ。
おそらくは、それこそが〝邪神〟の狙いなのだろう。今ある世界の有様に絶望した者達が力ある存在、すなわち〝邪神〟である彼らに縋るよう仕組んでいるのだ。
サージは〝邪神〟の復活を〝世迷言〟と呼んでいたが、ジェダのような〝混沌〟の信者を止めなければ、いつか〝その日〟が実現するだろう。神々にとって時間はそれほど意味を成さない。彼らは何十、何百、いや何千年でも〝その日〟を待ち続ける。人の心の闇を猟犬のように嗅ぎ取って、その触手を伸ばすのである。自らの下僕とするために。
「うおおおお!!」
指先から零れ落ちるほど肉体を魔力で満たしたミリアは、雄叫びと共に自身渾身の力を振り絞って〝スマッシャー〟をレゼルス神の印が刻まれた青銅の扉に叩きつける。この扉、相当な呪力が込められているが、なんとしてもこじ開けなければならない。ジェダが未来に齎そうとしている因果を、負の連鎖と呼ぶべき〝邪神〟の壮大な計画を断ち斬るために。
古代に創作された戦斧は彼女が〝錬体術〟で強化した力を余すことなく扉に伝え、激しい轟音と火花を撒き散らす。それは単に金属同士がその硬度と質量を競いあっているのではなく、込められた〝力〟のぶつかり合いだった。
故にミリアと〝スマッシャー〟の魔力と〝邪神〟の呪力がそれぞれエネルギーの力場を形成し激しくお互いを削り合う。その光景はあたかも、海で衝突する二つの氷山を思い起こさせた。ぶつかりあう当事者だけでなく、その周囲にも激しい余波を与えるからだ。これによってミリアのいる中庭だけではなく、城全体が激しく揺さぶられた。
斧の柄を通して伝わる反動にミリアの肉体と精神は全力で抵抗する。既に限界を超えた魔力を吐きだしている。この一撃を防がれたら二発目はない。更にもし、今ぶつけている〝力〟を防がれてしまったら憑代になっている自分の肉体と精神は只では済まないだろう。敗者は反発し合っている双方の衝撃を全て受けることになるからだ。
拮抗する力の障壁が僅かにミリア側に傾く。それは押し返される前触れと思われた。
「んあぁぁ!!!」
体中の関節が上げる激痛を無視して、ミリアは声にならない雄叫びを鼻息として漏らす。既に口を開く余裕はない。ずっと歯が砕ける勢いで噛みしめている。彼女は己に宿る魔力の最後の一滴まで絞るように〝錬体術〟を通して斧の一点に注ぎ込む。
次の瞬間、〝邪神〟の呪力に押し潰される寸前と思われたミリアの身体が白く輝くと、打ちこまれた楔のように結界を形成する障壁を一気に穿つ。そして満を持して振り下ろされた戦斧が青銅の扉を真っ二つに打ち砕いた。
ミリアは見事〝墓所〟を護る〝混沌〟の呪力に勝ったのだった。
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