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第二十話

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「どうやらこの先が音の発生源のようだ・・・中に入るが覚悟はいいか?」
「うん」
 第六層に降りた彼らは順調に音源と思われる部屋を突きとめると改めて確認し合う。助けを求められてはいるが、状況は不明だ。最悪の事態の備える必要がある。ヒロキはイサリアに頷くと扉のない部屋への突入を開始した。
「ああ、誰か・・・助けて!」
 警戒して部屋に侵入したヒロキは擦れた女性の声に迎えられる。彼が照らし出す魔法の灯かりに反応したのだ。
「クロリス!クロリスではないか?!」
 ヒロキが部屋の片隅でうつ伏せになって倒れる人影を見つける前にイサリアが声を上げた。
「ああ!イサリア!お願い助けて!エリザが!エリザが!」
「待て!落ち着け!まずはクロリス自身の治療からだ!ヒロキ!回りを警戒してくれ!」
「・・・わかった!」
 弱々しく顔上げた人物がクロリスで、その顔に赤黒い液体が付着していることにヒロキは二重の衝撃を覚えるが、イサリアの指摘を受けると部屋の内部とそこに繋がる通路に視線を向ける。
 クロリスに何が起ったのかは不明だが、今の状況でモンスターに襲われれば面倒なことになるのは間違いない。それに備える必要があった。

「二人で探索していたが、突然何者かに襲われて気絶。しばらくして意識を取り戻したが、その時にはエリザはいなくなっており、頭部の怪我で満足に動けず、短剣で床を叩いて助けを呼んでいたのだな?」
 クロリスに治癒魔法を授けたイサリアは彼女の説明を簡潔にまとめ上げると確認を行う。幸いにしてクロリスの怪我は出血の割の浅く、傷は直ぐに修復された。
 もっとも、頭部へのダメージなので手当てが遅れていたら取り返しがつかないことになっていたかもしれない。
「そう・・・どれだけ意識を失っていたかはわからないけど、襲われるまではエリザと一緒だったから、彼女だけ連れ去れたのだと思う・・・」
「なるほど。クロリスは襲った敵を見たのか?」
「いいえ・・・。完全に不意を突かれたから見ていないの・・・でも気配からして人間だったと思う・・・それも只者ではないかと・・・でなければ私達が不意打ちを受けるわけないわ・・・」
「・・・それが事実ならこの地下迷宮に悪意を持った第三者が紛れていることになるな・・・。信じられないことだが、連れ去れたのがエリザとなるとあり得ないことでないか・・・」
「まさか・・・以前にもクロリスさんが心配していた例の件?」
 周囲の警戒を続けながらもヒロキはイサリアへ問い掛ける。クロリス達に起った状況は判明しつつあったが、なぜエリザが攫われたのかは理解出来なかったからだ。
「うむ、そうだ。あれから私も気になって実家にそれとなく手紙で聞き出したのだが、やはりバルゲン家は今、世継ぎ争いで揉めているらしい。この国では女子にも家長になる権利がある。彼女に何かあればバルゲン家内の序列は大きく変わることになる。皇帝位が公家の持ち回りであることはヒロキにも説明したろう。これにはある程度のパターンがあって、リゼート家の後は反動とも言える現象でバルゲン家が襲う可能性がかなり高いのだ。それ故に次代のバルゲン家の当主となる者は将来の有力な皇帝候補となる」
「え!・・・エリザさんって将来の皇帝候補だったの?」
「ああ、そうだ。我がリゼート家は今の代で皇帝を出してしまったからな。私よりも遙かに可能性が高いぞ」
「まじか!エリザさんってそんなにすごい人だったのか!・・・それにイサリアも低いとは言え可能性があるのか・・・いや、今は・・・それじゃ彼女はお家騒動に巻き込まれたってこと?!」

 イサリアから明かされた事実に驚くヒロキだったが、優先順位を思い出して話を戻す。
「・・・私はその可能性が高いのではと思う。だが、他の家の妨害である可能性も否定できない・・・。バルゲン家が弱体化すれば、他の家の力が相対的に上がるからな。ただ、このように他家の人間に直接危害を与える方法は先の内乱もあってこれまで忌避にされてきた。歯止めが効かなくなるからな・・・」
「なら、直ぐに導師達に報せた方が良いんじゃないの?!」
「うむ、だがそれには水晶を割るしかない・・・。第三者の存在はあくまでも私達の想像だ。エリザに悪意を持つ試験参加中のエーレの仕業かもしれないし、エリザがパニックを起こしたか、なんらかの理由で自分からこの場を離れた可能性を否定できない以上、その選択はまだ早いと思う・・・」
「いざとなったら私が水晶を割るわ!だから、手掛かりを掴むまでエリザを探すのを手伝って!お願い!」
「・・・もちろん、手を貸そう!」
 クロリスに懇願されたイサリアは当然とばかりに頷く。普段は喧嘩ばかりする彼女とエリザだったが、やはり二人は奇妙な信頼関係で結ばれていたようだ。第三者の関与が疑われる以上、試験を続行して上に戻るようなことはしなかった。
「済まんな、ヒロキにも付き合ってもらうぞ!」
「大丈夫。・・・俺も付き合うよ!」
 ヒロキも異存はなく同意する。さすがにこの状況で反対を唱えるほど彼も臆病ではない。特にエリザのような美人を助けるためなら尚更だ。もっとも、それは胸の奥に潜める。イサリアが本気で怒る予感がしたからだ。
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