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第二十五話
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「エ・・・ケス・・・ミアゼ・・・」
詠唱を唱えながら体勢を立て直したイサリアの視界に〝魔弾〟を身体に受けるヒロキの姿が映った。その光景に彼女は胸が張り裂けんばかりの衝撃を受ける。
それでも、イサリアは悲鳴を上げそうになるのを必死の思いで抑え込んだ。今、嘆きの声を上げてしまえば魔法を発動させるための詠唱が無駄になってしまうだけでなく、自分を信じて反撃の機会を作ろうとしたヒロキを裏切ることでもあるからだ。
だが、詠唱を続ける間にも〝魔弾〟を受けたヒロキは力なく倒れようとしていた。その姿はイサリアに五年前に亡くした兄の面影を思い出させる。たった一人の兄もその命を失くす寸前まで彼女を守る為に己を犠牲にしたのだった。
兄の死は彼女の運命と価値観を変えた。『自分が生まれ持った才能に胡坐を掻かずに、もっと真剣に魔法の習得に打ち込んでいたら兄を助けられていたのではないか?もっと強ければ兄は犠牲にならなくても良かったのではないか?』という想いが彼女を苦しめ、力への渇望を促したのだ。
崩れゆくヒロキの姿にこの五年間の研鑚が無駄であり、自分が無力であることを再び知らしめようとする現実に対してイサリアが無念の声を上げようとしたその時、彼女はヒロキの身体が動くのを目にする。
彼は腕を動かしてクロリスを何かで殴りつけたのだ。その光景によって折れかけていたイサリアの精神は持ち直す。ヒロキはまだ戦っているのだと。
「・・・ロドレ!」
イサリアは詠唱を完成させると、クロリスを標的に魔法を発動させる。それは二重の念を込めた〝麻痺〟の魔法だ。〝眠り〟とは違い一度効果が発動すれば途中で切れることはない強力な対人用の攻撃魔法である。
本来はミーレの身分では扱えるはずのない魔法だが、彼女は独学で習得していた。いつか使う時が来るかもしれないと、魔法の高見を目指した成果だった。
「・・・!」
ヒロキからの妨害を受けて体勢を崩したクロリスにイサリアに対処する余裕はなく。彼女は麻痺の効果で受身も取れずに床に崩れ落ちる。
「ヒロキ!」
今回の元凶で、埋伏していた仇敵を倒したイサリアだったが、勝利の余韻を味わうことなく悲鳴を上げて地面に倒れるヒロキに駆け寄る。彼女は残り少ない魔力と流れ出す涙に構わず治癒魔法の詠唱を開始した。
胸に心地良い暖かさを感じるとともにヒロキは自分の声を呼ぶ声を知覚した。何度目かの近視感を思い起こさせる感覚に、彼は懐かしさと恋慕を湧き上がらせる。
輝く黄金の鈴を思わせるその声が自分の名前を読んでくれている事実が堪らなく嬉しかった。そして声の主に会いたいという願望に従いヒロキは目を開いた。
「おお!ヒロキ!良かった!」
目前に逆さまに映るイサリアの顔があった。淡い光の中で彼女の顔から何かの液体が垂れてヒロキの頬に落ちる。それが涙であることを知った彼は、これまでの経緯を思い出す。自分はクロリスとの戦いで瀕死の傷を負ったはずだった。そしてイサリアは自分のために泣いてくれたのだと。
「・・・クロリスは?いや、胸の傷は?」
「クロリスは既に無力化させた、もう心配いらない!・・・ああ、ヒロキ、まだ動かない方が良い!私の〝癒し〟では傷は塞げても失った血液までは回復させることは出来ないからな。しばらくは貧血の症状が残るはずだ」
「・・・そうか・・・あ、ちょ!」
状況を理解し起き上がろうとしたヒロキをイサリアは優しく押さえ付ける。彼は自分がイサリアの膝を枕にしていることに一瞬だけ躊躇うが、それ以上の抵抗はしなかった。
「・・・そうか、やはりイサリアがきっちり解決してくれたんだな・・・」
「ああ、だがヒロキが身体を張ってくれたからだ」
「いや・・・イサリアならやってくれると信じていたよ」
「・・・ふふふ、」
上から覗き込むイサリアの顔を見つめながらヒロキを会心の笑顔を浮かべると、彼女もそれに答えて微笑む。既にイサリアの涙は銀色の筋となって乾いていた。やがて二人は何かを期待するようにお互いの顔を少しずつ近付ける。
「んん!この場には私もいることを改めて申し上げます・・・」
そろそろ目を瞑るべきかとヒロキが緊張を必死に抑えようとする中で、不自然な咳払いと警告を告げる声が投げ掛けられた。
「・・・そうか、そういえばエリザもいたのだったな!いたのを忘れていた・・・」
顔を上げながらイサリアがヒロキの代弁を兼ねるように不服を漏らす。
「ええ、助けられたことに関しては感謝いたします。ですが、そういったプライベートなことは人目のない所でするべきでしょう?・・・別に目の前で見せつけられて悔しいとか・・・先を越されたのを妬んでいるわけではありませんわよ!」
「・・・そういうことにしておこう。確かに人前でする行為ではないしな・・・」
イサリアの言葉にヒロキも胸の中で同意する。せっかくの機会ではあったがエリザの前で続きを願うほど彼も大胆ではない。
「まあ、それはそれとして・・・ヒロキさん。あなたには私からもお礼を申し上げますわ!あなたの活躍がなければ私達の身柄だけでなく、このベリゼート帝国の脅威に発展していたかもしれません。私とバルゲン家はあなたの名前を決して忘れはしませんよ!」
「いや、その・・・」
エリザは床に片膝を付いてヒロキの手を取ると両手で包み込みながら感謝の言葉を口にする。彼女の冷たくとも滑らかな手の感覚にヒロキは火照っていた顔を更に朱に染める。先程の妨害はこれで帳消しにしても良いと思えた。
「ええい、ヒロキから手を離せ!ヒロキも嬉しそうな顔をするんじゃない!」
顔に出た変化を見逃さずにいたのだろう。イサリアがヒロキの腕を叩くようにしてエリザの手から奪い取る。
「あら・・・別にヒロキさんはあなたのモノとは決まってないのでしょう!」
「いや、既に決まっているのだ!何しろ・・・」
「二人とも待ってくれ!とりあえず、この事件を完全に解決させよう!」
口喧嘩を始めるイサリアとエリザにヒロキは差し迫った問題を思い出させる。美少女二人が自分を争う様は彼の自尊心を擽るが、クロリスを倒したとはいえ、彼らが居るのは地下迷宮を更に外れた洞窟だ。
安全圏とは言い難い場所だった。つまらない喧嘩をしている場合ではないのだ。それにヒロキもエリザが恩人以上の想いを自分に寄せているとは考えていなかった。おそらくはいつものイサリアへの当てつけなのだ。
「そうですわね・・・。とりあえず、私が取り返した水晶を使って上に報告に戻りましょう。妨害があった以上何かしらの処置が取られると思いますが、全員が水晶を使う必要はありませんからね。それに麻痺で動けないとはいえ・・・クロリス・・・の見張りが必要です」
「うむ、エリザが導師達を連れて来るまで私達はここで見張りを兼ねて待機しよう。ヒロキには今しばらくの安静が必要だしな。頼むぞ!」
「ええ、では。報告に戻りますわ!」
イサリアと相談を終えたエリザは水晶を床に叩きつけて割る。仲が悪いように見える二人だが、こういった面では下手に張り合うようなことはしなかった。
そして、耳障りな破壊音とともにエリザの姿はこの場から一瞬で消え去る。〝離脱〟の効果は予め教えられていたが、実際の発動を目にしてヒロキは改めてこの世界の魔法文明に感慨を抱いた。
「ヒロキ、今しばらくの辛抱だ」
「・・・イサリアこそ体調は大丈夫か?最初にクロリスから何かしらの不意打ちを受けたみたいだったけど?」
「ああ、あれは問題ない。前にも説明したが、魔法は術者と対象者の魔法力によって効果が変化する。魔法力が低い者の魔法は高い者に対して効き難いのだ。それに加え私はクロリスをどこか怪しいと感じ始めていたから、常に魔法に抵抗するために気合を入れていた。エリザを攫っておいて、目撃者をそのままにするなんて杜撰過ぎるからな。まさか主犯とは思わなかったが・・・脅迫で犯人に協力させられているのではないかと疑っていた。なので〝眠り〟を使うのを詠唱から知れたので、油断を誘うために掛かったフリをしたのだ。その後はヒロキも知っているとおりだ。もっとも、流石の私も魔法を使い過ぎて限界に近いかな・・・」
「そうだったのか・・・じゃあ、いつでも膝枕をされるわけにはいかないな。イサリアも安静になった方が良いだろう」
「私は大丈夫だ!むしろ・・・このままで良い!ヒロキはそれだけのことをしてくれた・・・」
エリザの姿が見えなくなると、ヒロキはイサリアを気遣うが、イサリアはそれを拒否するかのように優しい口調でヒロキの頭を撫でた。クロリスは部屋の片隅で手足を縛られて転がされているので、意識の有無はともかく何も出来ないのもいないのも同然だ。二人は再びお互いの存在を強く意識する。
「そうか・・でも、これでイサリアはミゴールに昇格出来るな・・・」
「ああ、これもヒロキのおかげだ。私も約束を・・・」
ヒロキの問い掛けに笑顔を浮かべて答えるイサリアだが、顔色を変えて途中で言葉を切る。事前の取り決めでは、次の新月の晩にヒロキを元の世界に戻す約束だ。それは異なる世界で生まれた二人の別れを意味した。
「・・・約束を守ってヒロキを必ず元の世界に戻してみせる・・・ぞ!」
イサリアは再び笑顔を浮かべるが、ヒロキには無理をしているように見える。それはほんの僅かな変化に違いなかったが、彼には見抜くことが出来た。イサリアとはそれだけの時間を一緒に過ごしていた。
「・・・うん」
喉まで出かかった言葉を飲み込んでヒロキも頷く。彼もイサリアとの別れを思うと胸が苦しくなるが、元の世界に戻りたいという願いも捨てきれずにいたからだ。
奇妙なことだが、イサリアのために自分の命を投げ捨てる覚悟は出来ても、こうしてお互いの安否が保証されると元の世界での生活や両親と妹が恋しく感じられる。イサリアと家族達は単純に比べられる存在ではなかったが、本来あるべき世界に戻るのが正しい選択だと思われた。
「・・・もっとも、次の新月までにはまだ一週間ある・・・思い出の一つや二つは作れる時間だ」
「・・・今、作ってもいいんじゃないかな・・・」
「もう!そんなに焦るな、ヒロキ!催促されると調子が狂う。いや・・・そう言えば、ヒロキは先程のやりとりで私が泣き叫ぶところが見たい等と言っていたな・・・。演技にしてはやけに実感がこもっていた。まさか・・・普段から私に劣情を抱いていたのではあるまいな?」
「あ、あれはクロリスに取り入って油断をさせようとした演技だよ!」
「・・・ははは、冗談だ!やっぱり、ヒロキの反応は面白いな!」
必死に言い繕うとするヒロキに対してイサリアは破顔して笑い声を上げる。それは飾ることころのない本物の彼女の笑顔だった。
「くそ!騙したな!いくら美人だからって男の心をそんなに弄んで!」
「ああ、駄目だ、ヒロキもうしばらくそうしていろ!君は貧血の症状なのだからな!それにこんなこと言うのは、ヒロキだからだぞ・・・」
一杯食わされたヒロキは起き上がろうとするが、イサリアに再び抑えられる。そして自分の顔に再び近づく金色の瞳に気付くと、その時を持つために目を閉じた
詠唱を唱えながら体勢を立て直したイサリアの視界に〝魔弾〟を身体に受けるヒロキの姿が映った。その光景に彼女は胸が張り裂けんばかりの衝撃を受ける。
それでも、イサリアは悲鳴を上げそうになるのを必死の思いで抑え込んだ。今、嘆きの声を上げてしまえば魔法を発動させるための詠唱が無駄になってしまうだけでなく、自分を信じて反撃の機会を作ろうとしたヒロキを裏切ることでもあるからだ。
だが、詠唱を続ける間にも〝魔弾〟を受けたヒロキは力なく倒れようとしていた。その姿はイサリアに五年前に亡くした兄の面影を思い出させる。たった一人の兄もその命を失くす寸前まで彼女を守る為に己を犠牲にしたのだった。
兄の死は彼女の運命と価値観を変えた。『自分が生まれ持った才能に胡坐を掻かずに、もっと真剣に魔法の習得に打ち込んでいたら兄を助けられていたのではないか?もっと強ければ兄は犠牲にならなくても良かったのではないか?』という想いが彼女を苦しめ、力への渇望を促したのだ。
崩れゆくヒロキの姿にこの五年間の研鑚が無駄であり、自分が無力であることを再び知らしめようとする現実に対してイサリアが無念の声を上げようとしたその時、彼女はヒロキの身体が動くのを目にする。
彼は腕を動かしてクロリスを何かで殴りつけたのだ。その光景によって折れかけていたイサリアの精神は持ち直す。ヒロキはまだ戦っているのだと。
「・・・ロドレ!」
イサリアは詠唱を完成させると、クロリスを標的に魔法を発動させる。それは二重の念を込めた〝麻痺〟の魔法だ。〝眠り〟とは違い一度効果が発動すれば途中で切れることはない強力な対人用の攻撃魔法である。
本来はミーレの身分では扱えるはずのない魔法だが、彼女は独学で習得していた。いつか使う時が来るかもしれないと、魔法の高見を目指した成果だった。
「・・・!」
ヒロキからの妨害を受けて体勢を崩したクロリスにイサリアに対処する余裕はなく。彼女は麻痺の効果で受身も取れずに床に崩れ落ちる。
「ヒロキ!」
今回の元凶で、埋伏していた仇敵を倒したイサリアだったが、勝利の余韻を味わうことなく悲鳴を上げて地面に倒れるヒロキに駆け寄る。彼女は残り少ない魔力と流れ出す涙に構わず治癒魔法の詠唱を開始した。
胸に心地良い暖かさを感じるとともにヒロキは自分の声を呼ぶ声を知覚した。何度目かの近視感を思い起こさせる感覚に、彼は懐かしさと恋慕を湧き上がらせる。
輝く黄金の鈴を思わせるその声が自分の名前を読んでくれている事実が堪らなく嬉しかった。そして声の主に会いたいという願望に従いヒロキは目を開いた。
「おお!ヒロキ!良かった!」
目前に逆さまに映るイサリアの顔があった。淡い光の中で彼女の顔から何かの液体が垂れてヒロキの頬に落ちる。それが涙であることを知った彼は、これまでの経緯を思い出す。自分はクロリスとの戦いで瀕死の傷を負ったはずだった。そしてイサリアは自分のために泣いてくれたのだと。
「・・・クロリスは?いや、胸の傷は?」
「クロリスは既に無力化させた、もう心配いらない!・・・ああ、ヒロキ、まだ動かない方が良い!私の〝癒し〟では傷は塞げても失った血液までは回復させることは出来ないからな。しばらくは貧血の症状が残るはずだ」
「・・・そうか・・・あ、ちょ!」
状況を理解し起き上がろうとしたヒロキをイサリアは優しく押さえ付ける。彼は自分がイサリアの膝を枕にしていることに一瞬だけ躊躇うが、それ以上の抵抗はしなかった。
「・・・そうか、やはりイサリアがきっちり解決してくれたんだな・・・」
「ああ、だがヒロキが身体を張ってくれたからだ」
「いや・・・イサリアならやってくれると信じていたよ」
「・・・ふふふ、」
上から覗き込むイサリアの顔を見つめながらヒロキを会心の笑顔を浮かべると、彼女もそれに答えて微笑む。既にイサリアの涙は銀色の筋となって乾いていた。やがて二人は何かを期待するようにお互いの顔を少しずつ近付ける。
「んん!この場には私もいることを改めて申し上げます・・・」
そろそろ目を瞑るべきかとヒロキが緊張を必死に抑えようとする中で、不自然な咳払いと警告を告げる声が投げ掛けられた。
「・・・そうか、そういえばエリザもいたのだったな!いたのを忘れていた・・・」
顔を上げながらイサリアがヒロキの代弁を兼ねるように不服を漏らす。
「ええ、助けられたことに関しては感謝いたします。ですが、そういったプライベートなことは人目のない所でするべきでしょう?・・・別に目の前で見せつけられて悔しいとか・・・先を越されたのを妬んでいるわけではありませんわよ!」
「・・・そういうことにしておこう。確かに人前でする行為ではないしな・・・」
イサリアの言葉にヒロキも胸の中で同意する。せっかくの機会ではあったがエリザの前で続きを願うほど彼も大胆ではない。
「まあ、それはそれとして・・・ヒロキさん。あなたには私からもお礼を申し上げますわ!あなたの活躍がなければ私達の身柄だけでなく、このベリゼート帝国の脅威に発展していたかもしれません。私とバルゲン家はあなたの名前を決して忘れはしませんよ!」
「いや、その・・・」
エリザは床に片膝を付いてヒロキの手を取ると両手で包み込みながら感謝の言葉を口にする。彼女の冷たくとも滑らかな手の感覚にヒロキは火照っていた顔を更に朱に染める。先程の妨害はこれで帳消しにしても良いと思えた。
「ええい、ヒロキから手を離せ!ヒロキも嬉しそうな顔をするんじゃない!」
顔に出た変化を見逃さずにいたのだろう。イサリアがヒロキの腕を叩くようにしてエリザの手から奪い取る。
「あら・・・別にヒロキさんはあなたのモノとは決まってないのでしょう!」
「いや、既に決まっているのだ!何しろ・・・」
「二人とも待ってくれ!とりあえず、この事件を完全に解決させよう!」
口喧嘩を始めるイサリアとエリザにヒロキは差し迫った問題を思い出させる。美少女二人が自分を争う様は彼の自尊心を擽るが、クロリスを倒したとはいえ、彼らが居るのは地下迷宮を更に外れた洞窟だ。
安全圏とは言い難い場所だった。つまらない喧嘩をしている場合ではないのだ。それにヒロキもエリザが恩人以上の想いを自分に寄せているとは考えていなかった。おそらくはいつものイサリアへの当てつけなのだ。
「そうですわね・・・。とりあえず、私が取り返した水晶を使って上に報告に戻りましょう。妨害があった以上何かしらの処置が取られると思いますが、全員が水晶を使う必要はありませんからね。それに麻痺で動けないとはいえ・・・クロリス・・・の見張りが必要です」
「うむ、エリザが導師達を連れて来るまで私達はここで見張りを兼ねて待機しよう。ヒロキには今しばらくの安静が必要だしな。頼むぞ!」
「ええ、では。報告に戻りますわ!」
イサリアと相談を終えたエリザは水晶を床に叩きつけて割る。仲が悪いように見える二人だが、こういった面では下手に張り合うようなことはしなかった。
そして、耳障りな破壊音とともにエリザの姿はこの場から一瞬で消え去る。〝離脱〟の効果は予め教えられていたが、実際の発動を目にしてヒロキは改めてこの世界の魔法文明に感慨を抱いた。
「ヒロキ、今しばらくの辛抱だ」
「・・・イサリアこそ体調は大丈夫か?最初にクロリスから何かしらの不意打ちを受けたみたいだったけど?」
「ああ、あれは問題ない。前にも説明したが、魔法は術者と対象者の魔法力によって効果が変化する。魔法力が低い者の魔法は高い者に対して効き難いのだ。それに加え私はクロリスをどこか怪しいと感じ始めていたから、常に魔法に抵抗するために気合を入れていた。エリザを攫っておいて、目撃者をそのままにするなんて杜撰過ぎるからな。まさか主犯とは思わなかったが・・・脅迫で犯人に協力させられているのではないかと疑っていた。なので〝眠り〟を使うのを詠唱から知れたので、油断を誘うために掛かったフリをしたのだ。その後はヒロキも知っているとおりだ。もっとも、流石の私も魔法を使い過ぎて限界に近いかな・・・」
「そうだったのか・・・じゃあ、いつでも膝枕をされるわけにはいかないな。イサリアも安静になった方が良いだろう」
「私は大丈夫だ!むしろ・・・このままで良い!ヒロキはそれだけのことをしてくれた・・・」
エリザの姿が見えなくなると、ヒロキはイサリアを気遣うが、イサリアはそれを拒否するかのように優しい口調でヒロキの頭を撫でた。クロリスは部屋の片隅で手足を縛られて転がされているので、意識の有無はともかく何も出来ないのもいないのも同然だ。二人は再びお互いの存在を強く意識する。
「そうか・・でも、これでイサリアはミゴールに昇格出来るな・・・」
「ああ、これもヒロキのおかげだ。私も約束を・・・」
ヒロキの問い掛けに笑顔を浮かべて答えるイサリアだが、顔色を変えて途中で言葉を切る。事前の取り決めでは、次の新月の晩にヒロキを元の世界に戻す約束だ。それは異なる世界で生まれた二人の別れを意味した。
「・・・約束を守ってヒロキを必ず元の世界に戻してみせる・・・ぞ!」
イサリアは再び笑顔を浮かべるが、ヒロキには無理をしているように見える。それはほんの僅かな変化に違いなかったが、彼には見抜くことが出来た。イサリアとはそれだけの時間を一緒に過ごしていた。
「・・・うん」
喉まで出かかった言葉を飲み込んでヒロキも頷く。彼もイサリアとの別れを思うと胸が苦しくなるが、元の世界に戻りたいという願いも捨てきれずにいたからだ。
奇妙なことだが、イサリアのために自分の命を投げ捨てる覚悟は出来ても、こうしてお互いの安否が保証されると元の世界での生活や両親と妹が恋しく感じられる。イサリアと家族達は単純に比べられる存在ではなかったが、本来あるべき世界に戻るのが正しい選択だと思われた。
「・・・もっとも、次の新月までにはまだ一週間ある・・・思い出の一つや二つは作れる時間だ」
「・・・今、作ってもいいんじゃないかな・・・」
「もう!そんなに焦るな、ヒロキ!催促されると調子が狂う。いや・・・そう言えば、ヒロキは先程のやりとりで私が泣き叫ぶところが見たい等と言っていたな・・・。演技にしてはやけに実感がこもっていた。まさか・・・普段から私に劣情を抱いていたのではあるまいな?」
「あ、あれはクロリスに取り入って油断をさせようとした演技だよ!」
「・・・ははは、冗談だ!やっぱり、ヒロキの反応は面白いな!」
必死に言い繕うとするヒロキに対してイサリアは破顔して笑い声を上げる。それは飾ることころのない本物の彼女の笑顔だった。
「くそ!騙したな!いくら美人だからって男の心をそんなに弄んで!」
「ああ、駄目だ、ヒロキもうしばらくそうしていろ!君は貧血の症状なのだからな!それにこんなこと言うのは、ヒロキだからだぞ・・・」
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