噂の男

水叉 直

文字の大きさ
1 / 1

噂の男

しおりを挟む
 時は戦国、豊臣による天下統一が目前に迫った頃。ある小さな大名家の城下町では、ひとつの噂が流れていた。
「近頃この辺りの村に一人の男が出没し、気に入った娘を攫って行くらしい」
 どこからともなく伝わったその話によると、その男は腰に刀を携えた侍で、体つきは大きくて気性が荒く、機嫌が悪いときにはところかまわず当たり散らし、関わったもので無事だったものはいないそうで、近くに住むものはその男に怯える日々が続いていた。

 そんな噂が流れる村の、少し外れにあった小さな茶屋。そこでは、多くの客に交じって、噂とは正反対の様相をした線の細い優男が茶と団子を嗜んでいる。
「お侍さん、うちの団子はお口に合いましたか?」
 茶屋の娘はその優男の整った顔立ちに見とれながら、その眼福を少しでも味わうかのように話しかける。
「ええ、とっても美味しかったですよ。私は美味しい団子に目がありませんもんで」
 そう優しく微笑む男は、自らの容姿の良さを自覚しているようだった。
「ところで、ひとつお尋ねしても良いでしょうか?」
 思わぬ話の広がりに、娘は喜んで返答する。
「どうされましたか?」
「最近、この辺りである男の噂を耳にしたのですが......」
「よお、何の話をしてるんだ?」
 二人の会話に割り込んできた男は、良い体格をした、腰に刀を据えた男だった。野蛮そうな性格まで噂の通りである。
「あなた、なんなんですか」
 気の強い茶屋の娘は、その大柄な男に対しても一歩も引かない。
「大したことはねえさ、こんな辺鄙なところにも器量のいい女がいるとは思わなくてなあ」
 その男は娘に対して体を近づけたかと思うと、まるで品定めをするかのようにその全身を観察した。
「なあ、ちょっとついて来いよ」
「なんですか、やめてください」
 男が娘の腕を引っ張る。娘も抵抗するものの、体格に差がある二人の間ではその抵抗も虚しいだけだった。
 周りにいた者たちは、騒ぎに関わることを恐れるようにその場を立ち去っていく、茶屋には男と娘、それと湯のみに残った茶をすすっている優男だけが残った。
「お侍さん、助けてください!」
 娘はもうほとんど男に担がれている形になっている。絞り出すように声を発した口は、男の手によって塞がれてしまった。
「へへっ、あんな細い腕で何ができるって言うんだ。お前も早く逃げた方が身のためだぞ」
 そう言い放つ男の言葉に対して、優男は逃げるどころか立ち上がると、つかつかと男の元まで歩んでいった。
「もし良かったら、この娘さんを離してあげてはくれませんか?」
 団子を注文するのと変わらない軽やかさで男を見上げてそう尋ねる。そのことが男の癇に障ったようだった。
「どきやがれ!」
 男は娘を抱えていたのとは反対の腕を大きく振り上げると、勢いをつけてそのまま下に振り下ろした。
 振り下ろした腕は空を切る。
 優男はひらりと身をかわしたかと思うと、そのまま男の背後に回りその喉元に刀を突きたてた。
「お願いです、どうか離してあげてください。あなたの為にも」
 為す術のなくなった男はその言葉に従うと、「覚えてやがれ」の常套句を口にしてその場を去って行った。

「お怪我はありませんか?」
 抜いた刀を鞘に納めると、何事も無かったかのように一貫して変わらない表情で娘に尋ねる。
「はい、お助けいただきありがとうございます」
 元よりその男の容姿を好んでいた娘、自分を助けた男のことを好きにならない道理が無かった。
「無事でよかった、では私はそろそろ行くとします。お勘定はここに置いておきますね」
 立ち去ろうとした優男を、娘が呼び止める。
「あの......、もしよろしければ、私を連れて行ってはくれませんでしょうか。どこへだってお供致します」
 突然の娘の申し出に対して、動揺しながらも優男は一言だけ言葉を返す。
「とてもありがたい申し出ですが、私には心に決めた人がおります故......」
「構いません、ただ私がついていきたいのです」
 それを聞いた優男は、好物の団子を食べる前のように娘に向かって微笑む。
「わかりました、お好きにしなさい」
 思いもよらない返事に娘は喜んで支度を整え、優男について歩き出した。
 
「また一人娘が攫われた。噂通りの大男を見たやつが何人もいる」
 娘の住んでいた村ではそんな噂が囁かれた。あの茶屋にいたものが流したものなのだろうが、噂と言うのは往々にして正しくないものである。
 それからも優男は、様々な場所に現れてはそこに居合わせた娘を魅了していく。ついていく娘は間違いなく増えているはずなのに優男は決まって一人で現れた。
 娘たちがどうなったのかは誰も知らない。今日も巷では大男への注意喚起を込めた噂が流布し続ける。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

【時代小説】 黄昏夫婦

蔵屋
歴史・時代
 江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。  そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。  秋田藩での仕事は勘定方である。  仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。 ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。   そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。  娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。  さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。    「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。  今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。  この風習は広く日本で行われている。  「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。  「たそかれ」という言葉は『万葉集』に 誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」 — 『万葉集』第10巻2240番 と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。  「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に 「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」 — 『源氏物語』「夕顔」光源氏 と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。  なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。  またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。 漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。  「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。  この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。  それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。  読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。  作家 蔵屋日唱    

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...