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噂の男
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時は戦国、豊臣による天下統一が目前に迫った頃。ある小さな大名家の城下町では、ひとつの噂が流れていた。
「近頃この辺りの村に一人の男が出没し、気に入った娘を攫って行くらしい」
どこからともなく伝わったその話によると、その男は腰に刀を携えた侍で、体つきは大きくて気性が荒く、機嫌が悪いときにはところかまわず当たり散らし、関わったもので無事だったものはいないそうで、近くに住むものはその男に怯える日々が続いていた。
そんな噂が流れる村の、少し外れにあった小さな茶屋。そこでは、多くの客に交じって、噂とは正反対の様相をした線の細い優男が茶と団子を嗜んでいる。
「お侍さん、うちの団子はお口に合いましたか?」
茶屋の娘はその優男の整った顔立ちに見とれながら、その眼福を少しでも味わうかのように話しかける。
「ええ、とっても美味しかったですよ。私は美味しい団子に目がありませんもんで」
そう優しく微笑む男は、自らの容姿の良さを自覚しているようだった。
「ところで、ひとつお尋ねしても良いでしょうか?」
思わぬ話の広がりに、娘は喜んで返答する。
「どうされましたか?」
「最近、この辺りである男の噂を耳にしたのですが......」
「よお、何の話をしてるんだ?」
二人の会話に割り込んできた男は、良い体格をした、腰に刀を据えた男だった。野蛮そうな性格まで噂の通りである。
「あなた、なんなんですか」
気の強い茶屋の娘は、その大柄な男に対しても一歩も引かない。
「大したことはねえさ、こんな辺鄙なところにも器量のいい女がいるとは思わなくてなあ」
その男は娘に対して体を近づけたかと思うと、まるで品定めをするかのようにその全身を観察した。
「なあ、ちょっとついて来いよ」
「なんですか、やめてください」
男が娘の腕を引っ張る。娘も抵抗するものの、体格に差がある二人の間ではその抵抗も虚しいだけだった。
周りにいた者たちは、騒ぎに関わることを恐れるようにその場を立ち去っていく、茶屋には男と娘、それと湯のみに残った茶をすすっている優男だけが残った。
「お侍さん、助けてください!」
娘はもうほとんど男に担がれている形になっている。絞り出すように声を発した口は、男の手によって塞がれてしまった。
「へへっ、あんな細い腕で何ができるって言うんだ。お前も早く逃げた方が身のためだぞ」
そう言い放つ男の言葉に対して、優男は逃げるどころか立ち上がると、つかつかと男の元まで歩んでいった。
「もし良かったら、この娘さんを離してあげてはくれませんか?」
団子を注文するのと変わらない軽やかさで男を見上げてそう尋ねる。そのことが男の癇に障ったようだった。
「どきやがれ!」
男は娘を抱えていたのとは反対の腕を大きく振り上げると、勢いをつけてそのまま下に振り下ろした。
振り下ろした腕は空を切る。
優男はひらりと身をかわしたかと思うと、そのまま男の背後に回りその喉元に刀を突きたてた。
「お願いです、どうか離してあげてください。あなたの為にも」
為す術のなくなった男はその言葉に従うと、「覚えてやがれ」の常套句を口にしてその場を去って行った。
「お怪我はありませんか?」
抜いた刀を鞘に納めると、何事も無かったかのように一貫して変わらない表情で娘に尋ねる。
「はい、お助けいただきありがとうございます」
元よりその男の容姿を好んでいた娘、自分を助けた男のことを好きにならない道理が無かった。
「無事でよかった、では私はそろそろ行くとします。お勘定はここに置いておきますね」
立ち去ろうとした優男を、娘が呼び止める。
「あの......、もしよろしければ、私を連れて行ってはくれませんでしょうか。どこへだってお供致します」
突然の娘の申し出に対して、動揺しながらも優男は一言だけ言葉を返す。
「とてもありがたい申し出ですが、私には心に決めた人がおります故......」
「構いません、ただ私がついていきたいのです」
それを聞いた優男は、好物の団子を食べる前のように娘に向かって微笑む。
「わかりました、お好きにしなさい」
思いもよらない返事に娘は喜んで支度を整え、優男について歩き出した。
「また一人娘が攫われた。噂通りの大男を見たやつが何人もいる」
娘の住んでいた村ではそんな噂が囁かれた。あの茶屋にいたものが流したものなのだろうが、噂と言うのは往々にして正しくないものである。
それからも優男は、様々な場所に現れてはそこに居合わせた娘を魅了していく。ついていく娘は間違いなく増えているはずなのに優男は決まって一人で現れた。
娘たちがどうなったのかは誰も知らない。今日も巷では大男への注意喚起を込めた噂が流布し続ける。
「近頃この辺りの村に一人の男が出没し、気に入った娘を攫って行くらしい」
どこからともなく伝わったその話によると、その男は腰に刀を携えた侍で、体つきは大きくて気性が荒く、機嫌が悪いときにはところかまわず当たり散らし、関わったもので無事だったものはいないそうで、近くに住むものはその男に怯える日々が続いていた。
そんな噂が流れる村の、少し外れにあった小さな茶屋。そこでは、多くの客に交じって、噂とは正反対の様相をした線の細い優男が茶と団子を嗜んでいる。
「お侍さん、うちの団子はお口に合いましたか?」
茶屋の娘はその優男の整った顔立ちに見とれながら、その眼福を少しでも味わうかのように話しかける。
「ええ、とっても美味しかったですよ。私は美味しい団子に目がありませんもんで」
そう優しく微笑む男は、自らの容姿の良さを自覚しているようだった。
「ところで、ひとつお尋ねしても良いでしょうか?」
思わぬ話の広がりに、娘は喜んで返答する。
「どうされましたか?」
「最近、この辺りである男の噂を耳にしたのですが......」
「よお、何の話をしてるんだ?」
二人の会話に割り込んできた男は、良い体格をした、腰に刀を据えた男だった。野蛮そうな性格まで噂の通りである。
「あなた、なんなんですか」
気の強い茶屋の娘は、その大柄な男に対しても一歩も引かない。
「大したことはねえさ、こんな辺鄙なところにも器量のいい女がいるとは思わなくてなあ」
その男は娘に対して体を近づけたかと思うと、まるで品定めをするかのようにその全身を観察した。
「なあ、ちょっとついて来いよ」
「なんですか、やめてください」
男が娘の腕を引っ張る。娘も抵抗するものの、体格に差がある二人の間ではその抵抗も虚しいだけだった。
周りにいた者たちは、騒ぎに関わることを恐れるようにその場を立ち去っていく、茶屋には男と娘、それと湯のみに残った茶をすすっている優男だけが残った。
「お侍さん、助けてください!」
娘はもうほとんど男に担がれている形になっている。絞り出すように声を発した口は、男の手によって塞がれてしまった。
「へへっ、あんな細い腕で何ができるって言うんだ。お前も早く逃げた方が身のためだぞ」
そう言い放つ男の言葉に対して、優男は逃げるどころか立ち上がると、つかつかと男の元まで歩んでいった。
「もし良かったら、この娘さんを離してあげてはくれませんか?」
団子を注文するのと変わらない軽やかさで男を見上げてそう尋ねる。そのことが男の癇に障ったようだった。
「どきやがれ!」
男は娘を抱えていたのとは反対の腕を大きく振り上げると、勢いをつけてそのまま下に振り下ろした。
振り下ろした腕は空を切る。
優男はひらりと身をかわしたかと思うと、そのまま男の背後に回りその喉元に刀を突きたてた。
「お願いです、どうか離してあげてください。あなたの為にも」
為す術のなくなった男はその言葉に従うと、「覚えてやがれ」の常套句を口にしてその場を去って行った。
「お怪我はありませんか?」
抜いた刀を鞘に納めると、何事も無かったかのように一貫して変わらない表情で娘に尋ねる。
「はい、お助けいただきありがとうございます」
元よりその男の容姿を好んでいた娘、自分を助けた男のことを好きにならない道理が無かった。
「無事でよかった、では私はそろそろ行くとします。お勘定はここに置いておきますね」
立ち去ろうとした優男を、娘が呼び止める。
「あの......、もしよろしければ、私を連れて行ってはくれませんでしょうか。どこへだってお供致します」
突然の娘の申し出に対して、動揺しながらも優男は一言だけ言葉を返す。
「とてもありがたい申し出ですが、私には心に決めた人がおります故......」
「構いません、ただ私がついていきたいのです」
それを聞いた優男は、好物の団子を食べる前のように娘に向かって微笑む。
「わかりました、お好きにしなさい」
思いもよらない返事に娘は喜んで支度を整え、優男について歩き出した。
「また一人娘が攫われた。噂通りの大男を見たやつが何人もいる」
娘の住んでいた村ではそんな噂が囁かれた。あの茶屋にいたものが流したものなのだろうが、噂と言うのは往々にして正しくないものである。
それからも優男は、様々な場所に現れてはそこに居合わせた娘を魅了していく。ついていく娘は間違いなく増えているはずなのに優男は決まって一人で現れた。
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