白の星環 -ZODIAC LEGION-

桂圭人

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第一章 盟約の亀裂

風走国・辺境の村「緑風の里」
草原を渡る風は、いつもなら自由だった。
射馬疾風(いば しかぜ)が足ローラーを停止させた瞬間、その“自由”が、はっきりと断ち切られているのを感じた。
村の上空、雲ひとつない青空に、異様な光の輪が浮かんでいる。
円だ。が、あまりにも正確すぎる円。
それは星の軌道をそのまま写し取ったかのような幾何学模様で、一切の揺らぎも、歪みもない。
風に流されることもなく、固定された“理”として、村を覆っていた。

「……気持ち悪いな」

疾風は、そう吐き捨てた。
彼は自由を愛する。だが、無秩序を礼賛する人間ではない。
自然とは、揺らぎを含むものだ。風は強さを変え、雲は形を変え、草は踏まれれば倒れ、やがて起き上がる。
だが、この光の輪には、それがない。

「これは……星術か?」

白い瞳が、細くなる。
否。
星術にしては、あまりにも“完璧”すぎる。
これは、星を解釈したものではない。
星を押し付けている。
疾風は村へと足を踏み入れた。
畑では、村人たちが作業をしていた。
鍬を振るう角度、休む間隔、顔を上げるタイミング。
すべてが、同一。
まるで、ひとつの星図に従って配置された部品のように、人々は無言で、無表情で動いている。

「……おい」

疾風は、最も年老いて見える男に声をかけた。

「爺さん。最近、何か変わったことはなかったか?」

老人は、ゆっくりと振り返った。その目に、疾風は息を呑む。
茶眼ではない。
だが、瞳の奥に、淡い星光が宿っている。
まるで、夜空が閉じ込められているかのように。

「すべて……星の通りに……」

老人は、噛みしめるように言葉を紡ぐ。

「迷いは消え……苦しみも……なくなった……これが……幸せ……」

その声には、喜びも悲しみもなかった。
ただ、結果を報告するような平坦さだけがある。
疾風の背筋を、冷たいものが走った。

「……冗談じゃねえ」

幸せとは、選ぶものだ。
少なくとも、奪われるものではない。

その夜。
疾風は村を離れ、星門を通じて緊急通信を発した。
相手は、十二宮総帥全員。

「風走国辺境にて異常確認。住民が星術的干渉を受け、行動と意思を統制されている」

彼は、短く、だがはっきりと告げた。

「これは災厄の前触れだ。僕の勘が、そう言ってる」

双影国・星図書館「影のアーカイブ」
双河知音と智影は、古代文献の海にいた。
星図書館《影のアーカイブ》――
ここには、星暦以前の記録すら眠っている。
二人の前には、空中に展開された無数の文字列。
白金の光を帯びたそれらは、星の記憶と直接接続されていた。

「……見つけた」

知音が、静かに言う。

「星暦247年。大賢者ケプラー、星の盟約を“補完”する理論を提唱」

智影が続けて読み上げる。

「『永遠の天球儀』――人間の生を星図として固定し、最も秩序的な未来へと導く装置」

「導く、ね」

知音は薄く笑った。

「実態は、選択肢の抹消だ」

智影が、別の文書を指し示す。

「ここに続きがある」

二人の視線が、同時に一点へ集まる。

「『ケプラーの思想は、星盟律典・純白戒律を極限まで推し進めたもの。ゆえに、戒律が揺らぐ時、彼の概念は再び目覚めん』」

沈黙。

「……戒律が揺らぐ、か」

二人の脳裏に、同じ光景が浮かんだ。
先月、白塔の会議。
巨蟹波守(きょかい はとり)が、家族の病について言及した瞬間、感情が、ほんの一瞬、声に滲んだ。
あの時、彼の金血が、微かに、不安定な輝きを放った。

「揺らぎは、始まっている」

智影が言う。

「内部から、だ」

知音は、ゆっくりと頷いた。

「そして、外部はそれを待っていた」

暗影国・地下聖堂、地下深く。
星光すら届かぬ場所に、純白戒律の聖堂はある。
石造りの空間に、灯るのは白い燐光のみ。
そこに刻まれた文字は、千年を経ても摩耗しない。
蠍冥牙(かつ めいが)は、ひとり跪いていた。
彼の前に据えられた石板。
そこに刻まれた戒律が、淡く光る。

『第一戒:情愛の拒絶』

冥牙は、その文字を、何度も読み返してきた。
読むたびに、自分を削るために。
右目は、覆われている。
そこにある傷を、誰にも見せたことはない。
かつて、彼は「守りたい」と思った。
その感情が、判断を鈍らせ、結果として、守るべきものを失った。
金血は、暴走しかけた。
だから、彼は自ら罰を下した。
――感情が原因なら、感情を断てばいい。

「……弱き情など、不要」

冥牙は、低く呟く。

「捨て去れば、理は曇らぬ」

立ち上がる。その動作は、正確で、無駄がない。
だが、胸の奥で、微かな違和感が蠢いた。
もし、感情を完全に排除した先に、“守る意味”そのものが消えてしまうのだとしたら。
理だけが残った世界で、刃を振るう理由は、何になるのか。
冥牙は、答えを出さない。
ただ、再び覆面を下ろし、闇へと溶けた。
その沈黙は、やがて――
星環全土を揺るがす問いへと変わっていく。


おまけ
子供用玩具に向かって媚びを売るケプラー

その後ろで2本の金属針バットを持った巨蟹
天井からスナイパーライフルを向ける射馬
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