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近所のサンタさん
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12月24日。駅前の公園では、にぎやかなクリスマスイベントがすでに始まっていた。
木々に飾られたイルミネーションはアーチのように道を照らし、その下にはずらっと屋台が並んでいた。
それらが取り巻く公園の中央には、ステージを中心に活気に包まれていた。
歌ったり、踊ったり、プレゼントを渡したりと様々な催し物が行われていた。
そんな賑やかな駅周辺の空気がかすかに響いてくるオフィスで隆也は仕事をしていた。
今日はなかなか仕事に身が入らない。
昨日の疲れがあまりとれていなかったのか、午後からは特にミスが多くなっていた。
定時の時間になったけどさすがにイベントには行けないなと思って、紙切れは篠川に任せることにした。
篠川は意外と喜んでくれて、「先輩の分まで頑張ってきます!」と張り切って退社していった。
いったい何を頑張るんだろうか。
まあいいかと、目の前に残っている仕事に取り掛かった。
終わったのは午後7時半頃。思ったより早く終わったけど、イベントはすでに終わっている時間だ。
隆也は、社内の残っている先輩に挨拶をして退社した。
駅までの道のりを歩いていると、それなりの人で賑わっていた。
時間帯的には大人が多くなる時間だろうか。
公園前につくと、イベントはすっかり終わっていていろんな人が撤収の作業に取り掛かっていた。
すっかりクリスマスが終わった気分になってしまい、自然と肩から力が抜けていった。
まだクリスマスらしいことしてないじゃないか。
せめて少しでもと思って、家の近くにあるケーキ屋さんに行くことにした。
そのケーキ屋にはときどき行くものの、こういう日に行こうとするのはこれが初めてだった。
午後7時38分、閉店の8時にはギリギリ間に合いそうだ。
少し速足で駅の改札を抜けて電車に乗る。
電車内ではドア付近で手すりをもって、少しそわそわしながらも落ち着きを保った。
駅のホームを出ていつもとは逆方向に小走りで向かう。
時計を見ると7時54分。
足音が早くなるたびに、白い息がリズムよく空に溶けていった。
ケーキ屋さんを目前にして、一人の男性が鈴の音とともにドアから出てきた。
左手に閉店の看板を持って。
「すみません、まだ大丈夫ですか。」
その男性と目が合った瞬間、男性は少し驚いた顔をしながらも、優しく微笑んで答えてくれた。
「ええ、大丈夫ですよ。夜遅くまでお疲れさまでした。」
すると男性は白い帽子をとってみせた。その顔にはとても見覚えがあった。
「あ、あなたは電車でお会いしたー。」
「ええ、実はここの店主でもあるんですよ。」
「そうだったんですか。すみませんでした、イベントに行けずに。」
「いえいえ、お仕事お疲れ様です。」とにっこりしてドアを開けて店内に入れさせてくれた。
「寒かったでしょう。」
そそくさと足元に電気ヒーターを向けてくれた。
「ありがとうございます。すみません閉店間際に。」
「いえいえ。」とカウンターの奥から何かを持ってきた。
「実はイベントの時に写真を撮ったんですけど、見ます?」
「ああ、じゃあ見てみようかな。」
店主はにっこり微笑んで年季の入ったカメラを渡してくれた。
そこには賑やかそうな様子が感じられる写真がたくさんあった。
中には篠原がカメラ目線でプレゼントを受け取っている写真もあった。
思った以上に楽しんでくれていたみたいでよかった。
いろんな写真を見ていくうちにふと気づいたことがある。
ほとんど子供たちの写真だ。
プレゼントを開けている子供の写真や一緒にゲームを楽しんでいる子供の写真がたくさんあった。
「どうです?ほほえましいでしょう。」
「ええ、ほんとに。」
「あ、そういえばケーキを買いに来てくれたんですよね。どれにします?」
「あっそうでしたね。どれにしようかなー。」
カメラをカウンターに置いてケーキ棚を見渡す。
チョコレートケーキはー、、、ない。
チョコレートケーキどころか、ケーキ一つ残っていなかった。
まーこの時間帯だし、クリスマスだし当然か。
隅っこにシュークリームが2,3個あったのでそれを指さした。
「じゃあ、これください。」
「はい、シュークリームですね。260円になります。」
店主はシュークリームを紙袋に入れ店の奥に入っていった。
僕は財布から260円を取り、握りしめた。
少し長いなあと思った矢先、店主が四角い形の白い乳白色の袋を持ってきた。
「はい、260円ちょうどですね。」
「ありがとうございます。」
丁寧に結ばれたビニール袋の持ち手を握った。
「じゃあ、またきてくださいね。」
「はい、また来ますね。」
ありがとうございましたと会釈をしてケーキ屋を出た。
ケーキ屋を出るとあたりで輝くイルミネーションが見送ってくれた。
家に着くと疲れた足取りでリビングに向かう。
中央にあるローテーブルの上にシュークリームの入った袋を置き、机の前でどさっと座り込んだ。
そのとき、そういえばシュークリームだけにしては重いなあと思った。
結んである持ち手をするりとほどき横に広げ、中を覗く。
一番上に丁寧に包まれた小さな紙袋が一つ。
中身はシュークリームだ。
さらにその下にシュークリームよりも二回りほど大きな白い箱があった。
久しく忘れていたあの胸が高鳴っていく感覚を感じる。
クリスマス仕様の小さな箱。
つるつるとした冷たい箱の側面にあるふたを開け、はみ出しているアルミのプレートをつかみ横にスライドさせた。
すると、ほのかなカカオの香りとともに小さなかわいらしいホールケーキが顔を出した。
どこか温かみを感じさせるその色合いと輝きが、静かに心を満たしていく。
思わず笑みがこぼれた。
ケーキのそばにはメッセージプレートが添えられてある。
「忙しい毎日も、誰かの笑顔を作っています。メリークリスマス!」
それは今の僕にとって、何よりも嬉しいサプライズプレゼントだった。
おわり
木々に飾られたイルミネーションはアーチのように道を照らし、その下にはずらっと屋台が並んでいた。
それらが取り巻く公園の中央には、ステージを中心に活気に包まれていた。
歌ったり、踊ったり、プレゼントを渡したりと様々な催し物が行われていた。
そんな賑やかな駅周辺の空気がかすかに響いてくるオフィスで隆也は仕事をしていた。
今日はなかなか仕事に身が入らない。
昨日の疲れがあまりとれていなかったのか、午後からは特にミスが多くなっていた。
定時の時間になったけどさすがにイベントには行けないなと思って、紙切れは篠川に任せることにした。
篠川は意外と喜んでくれて、「先輩の分まで頑張ってきます!」と張り切って退社していった。
いったい何を頑張るんだろうか。
まあいいかと、目の前に残っている仕事に取り掛かった。
終わったのは午後7時半頃。思ったより早く終わったけど、イベントはすでに終わっている時間だ。
隆也は、社内の残っている先輩に挨拶をして退社した。
駅までの道のりを歩いていると、それなりの人で賑わっていた。
時間帯的には大人が多くなる時間だろうか。
公園前につくと、イベントはすっかり終わっていていろんな人が撤収の作業に取り掛かっていた。
すっかりクリスマスが終わった気分になってしまい、自然と肩から力が抜けていった。
まだクリスマスらしいことしてないじゃないか。
せめて少しでもと思って、家の近くにあるケーキ屋さんに行くことにした。
そのケーキ屋にはときどき行くものの、こういう日に行こうとするのはこれが初めてだった。
午後7時38分、閉店の8時にはギリギリ間に合いそうだ。
少し速足で駅の改札を抜けて電車に乗る。
電車内ではドア付近で手すりをもって、少しそわそわしながらも落ち着きを保った。
駅のホームを出ていつもとは逆方向に小走りで向かう。
時計を見ると7時54分。
足音が早くなるたびに、白い息がリズムよく空に溶けていった。
ケーキ屋さんを目前にして、一人の男性が鈴の音とともにドアから出てきた。
左手に閉店の看板を持って。
「すみません、まだ大丈夫ですか。」
その男性と目が合った瞬間、男性は少し驚いた顔をしながらも、優しく微笑んで答えてくれた。
「ええ、大丈夫ですよ。夜遅くまでお疲れさまでした。」
すると男性は白い帽子をとってみせた。その顔にはとても見覚えがあった。
「あ、あなたは電車でお会いしたー。」
「ええ、実はここの店主でもあるんですよ。」
「そうだったんですか。すみませんでした、イベントに行けずに。」
「いえいえ、お仕事お疲れ様です。」とにっこりしてドアを開けて店内に入れさせてくれた。
「寒かったでしょう。」
そそくさと足元に電気ヒーターを向けてくれた。
「ありがとうございます。すみません閉店間際に。」
「いえいえ。」とカウンターの奥から何かを持ってきた。
「実はイベントの時に写真を撮ったんですけど、見ます?」
「ああ、じゃあ見てみようかな。」
店主はにっこり微笑んで年季の入ったカメラを渡してくれた。
そこには賑やかそうな様子が感じられる写真がたくさんあった。
中には篠原がカメラ目線でプレゼントを受け取っている写真もあった。
思った以上に楽しんでくれていたみたいでよかった。
いろんな写真を見ていくうちにふと気づいたことがある。
ほとんど子供たちの写真だ。
プレゼントを開けている子供の写真や一緒にゲームを楽しんでいる子供の写真がたくさんあった。
「どうです?ほほえましいでしょう。」
「ええ、ほんとに。」
「あ、そういえばケーキを買いに来てくれたんですよね。どれにします?」
「あっそうでしたね。どれにしようかなー。」
カメラをカウンターに置いてケーキ棚を見渡す。
チョコレートケーキはー、、、ない。
チョコレートケーキどころか、ケーキ一つ残っていなかった。
まーこの時間帯だし、クリスマスだし当然か。
隅っこにシュークリームが2,3個あったのでそれを指さした。
「じゃあ、これください。」
「はい、シュークリームですね。260円になります。」
店主はシュークリームを紙袋に入れ店の奥に入っていった。
僕は財布から260円を取り、握りしめた。
少し長いなあと思った矢先、店主が四角い形の白い乳白色の袋を持ってきた。
「はい、260円ちょうどですね。」
「ありがとうございます。」
丁寧に結ばれたビニール袋の持ち手を握った。
「じゃあ、またきてくださいね。」
「はい、また来ますね。」
ありがとうございましたと会釈をしてケーキ屋を出た。
ケーキ屋を出るとあたりで輝くイルミネーションが見送ってくれた。
家に着くと疲れた足取りでリビングに向かう。
中央にあるローテーブルの上にシュークリームの入った袋を置き、机の前でどさっと座り込んだ。
そのとき、そういえばシュークリームだけにしては重いなあと思った。
結んである持ち手をするりとほどき横に広げ、中を覗く。
一番上に丁寧に包まれた小さな紙袋が一つ。
中身はシュークリームだ。
さらにその下にシュークリームよりも二回りほど大きな白い箱があった。
久しく忘れていたあの胸が高鳴っていく感覚を感じる。
クリスマス仕様の小さな箱。
つるつるとした冷たい箱の側面にあるふたを開け、はみ出しているアルミのプレートをつかみ横にスライドさせた。
すると、ほのかなカカオの香りとともに小さなかわいらしいホールケーキが顔を出した。
どこか温かみを感じさせるその色合いと輝きが、静かに心を満たしていく。
思わず笑みがこぼれた。
ケーキのそばにはメッセージプレートが添えられてある。
「忙しい毎日も、誰かの笑顔を作っています。メリークリスマス!」
それは今の僕にとって、何よりも嬉しいサプライズプレゼントだった。
おわり
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