聖女はクソです

ぷりん

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 (・・・?)

 神殿から出て馬車に戻る途中、ざわめきが少し遠くの方であった。何があったのかは知らないけど観衆が一部集まっている様子だった。すれ違う人からは「聖女様」という言葉が聞こえてくる。
 
 (聖女様・・・?来てるのかな)

 神殿の副長官が亡くなったから、来ないほうがおかしいかもしれない。人がたくさん居たから遅れて登場したのは正解だった気がする。

 「リクール様」

 そして、遠くの方で聞こえていたざわめきが、何故か近くまできた時、リクールの名前を呼ぶ女性の声がはっきりと聞こえて、彼の足が止まったのが分かった。

 (・・・女性の声)
 
 上の方から雨が降り出しそうな音も聞こえてくると、ざわめきが一瞬静寂に変わった。

 「聖女様」
 「お久しぶりです。お元気でしたか?」
 「はい」

 リクールが足を止めた相手はどうやら聖女様だったらしい。一瞬もしかしてと思ったけど、やっぱりそうだった。本来ならば私も挨拶をしなければいけないけど、この状態ではできないし、バレてはダメだからしちゃいけない。
 2人の会話を盗み聞きしたくなくて、私はリクールのそばから離れようとして、力を緩めて腕に絡ませていた自分の腕を抜こうとした。

 「少し見ない間に、またかっこよくなられましたね。いつ見ても美しい魔眼ですこと」
 「・・・・」
 
 案外簡単に外れたその腕を自分の体に寄せたあと下を見ると、リクールと聖女様の足元が見える。聖女様の耳に纏わりつくような恍惚とした声がして、かなり近いその距離に親密感を感じた私は一歩下がろうとした。

 「何か御用でしょう」
 「あら、つれないですわね。久しぶりにあったのですからお顔を見て少しお話をしたかったのです。婚約者だったのですからそれくらいは許されるでしょう」

 (・・・え?)

 聖女様の少し笑いながら言い放った声にピクッと反応した私はびっくりして思わず顔を上げそうになった。

 婚約者?聖女様が?
そうだったんだ。そうなんだ。リクールの年齢なら結婚相手を探すのも分かるし、それに相手が聖女様ならきっと家系的には申し分ない。政治的な関係上婚姻関係を結んだのかもしれないけど、きっと美しい方だから、リクールも一目惚れとか、そういうのもあるのかな。

 それでも…。
 (婚約者?)
 婚約破棄をしたということだろうか。
 
 「今の聖女様の婚約者は王太子です。変に勘違いされるような行動は控えていただきたいのですが」
 「ごめんなさい・・・でもあんな事があって私達は婚約破棄せざるをえなくなりましたから、とても心を痛めていました。貴方のことを私はずっとお慕いしていたのです」
 「・・・・」

 一歩下がったけど、2人の会話はじゅうぶんに聞こえていた。何故か嫌な気分になった私は、先に馬車へ戻ろうと、この場所から足を遠ざけようとした。
 
 「それに、パーシー副長官にも邪魔をされましたから」

 (・・・・え?)

 「あの方は私のことを嫌っていました。交流があった貴方を取られるのが嫌で私達の結婚にいちゃもんをつけたのでしょう。悲しかったですわ。このお国のために自分を犠牲にして、命を削りながら尽くしていたのに・・・せめて好きな方と結婚して・・その方の子どもを身ごもりたかった」
 
 でも突然出てきた副長官の名前に、私は動けなくなった。なんでここでパーシー副長官の名前が?というか、交流があるだけで聖女様の結婚に口出しできるほど、神殿の副長官の地位は高くない。

 「彼は愛想が良くありませんでした。話す時は、いつも怖かったですし。まぁだからずっと一人だったのでしょうね。外向けにはいい顔をされるから今日の葬儀にはこんなに人が来られてますけど、中向けには・・・特に私には一段と冷たかったですから」

 (もう・・・亡くなってる人に対してそんな)

 確かに冷たいという表現は理解できる。
 だけど、仕事を一緒にしてる人達にとっては少なくとも彼の態度も彼がだということも周知の事実だった。元々引き取られた私に対しては少し他の人と違う対応だったかもしれないけど、みんなパーシー副長官には敵意なんて持ち合わせていなかったのは事実だ。
 二度と人の声が聞こえない場所に逝ってしまった人の悪口とも思えるような言葉をツラツラと言う聖女様に少し違和感を覚えて、私は少し胸がざわついた。
 そして、下唇を噛むかわりに、何故か拳を握ってしまった。

 「言いたいことはそれだけでしょうか」

 ずっと黙って聞いていたリクールは、聖女様の言葉になんら反応を示さず、返したのは一言だけ。

 「・・・貴方は私の名前を1回も呼んではくれませんでしたね。いくら女性に対して消極的だからといっても、少し傷付きましたわ。身体にも触れてくれませんでしたし」
 「これ以上用がないのであれば、ここで――」
 「あぁ、そうだわ。そういえば」
 
 聖女様にはいつも護衛がついている。だから複数の人の気配がずっとしている。居心地が悪くていたたまれない私は、副長官の名前が聞こえてから馬車に戻るタイミングを逃してしまい、言いようのないざわつく胸をずっと押さえるのに必死だった。だからこの時私は、声が出なくて良かったと心底思ってしまった。

 「パーシー副長官がずっと構っていたあの孤児は、神殿から追い出されたそうですね」

 (・・・・)

 「本当目障りでしたわ。どこの生まれかも分からないのに、神殿で働いて…。それに男性をたぶらかしていたのでしょう、あんな見た目ですから騙される男性はたくさんいそうですわね」

 彼女が言い出した孤児とは。
 誰に補足されなくても、すぐに私のことだと分かった。
 
 「見た目で人をたぶらかして、男性に襲われるなんて・・・さぞかしいい気味ですわ。ショックで声も出なくなったとか。そういう方はこの神殿に相応しくないですから、彼女を追い出したことについてはパーシー副長官を褒めてあげたいと思っておりますの」

 (・・・・なんでこの人)

 「そのことについてお話がしたかったのに、急に亡くなられるなんて。残念で仕方がありません」
 「・・・・」

 握った拳が震えてきたのは多分、行き場のない感情を逃そうとしてるからだと思う。
 私の出生のことなんて、リクールに聞かれたくないことまでもペラペラと。それに私は聖女様と会ったことがないから彼女に私の容姿なんて知られてないはずだ。というか…。

 (なんで、私の声が出なくなったこと、この人が知ってるの)

 思わず、顔を上げて、彼女のほうをじっと睨んでしまった私は、聖女様と目が合いそうになった。

 (っ・・・・)

 そんな時、握っていた拳を急に後ろから掴まれた私は上げていた顔を後に向けた。

 「申し訳ありません。もう少しだけ我慢をお願いします」

 (・・・この子)

 掴んだ腕の主を確認すると、もう一人一緒についてきた男の子だった。私だけに聞こえる小さな声でそう言った彼もまたフードを被っている。

 幼く聞こえるその声と、掴まれた拳に少し時間が止まった私は無意識に小さく頷いた。もしこれで声が出ていたら聖女様に罵声を浴びせていたかもしれない。掴んだ私の拳を何故かそのまま握っている彼は、目線が私と同じで、フードの隙間から見えるその目は、エメラルドグリーンのような色をしていた。

 「ルキア」
 「はい」
 「手を離せ。そこまで頼んでない」
 「失礼しました」

 目があってほんの数秒、リクールが聞いたことのない名前を口にした途端、目の前の男の子が反応した。確かに聖女様のほうを向いていたはずなのに、後にも目が付いているかのごとく言い放ったリクールは、そのまま聖女様に一礼した。

 「申し訳ありません。このあと予定が入っていますので」
 「後の方達は従事者の方ですか?」
 「・・・・」

 それでも話をきり上げたくないのか聖女様はしつこく話題を別に振ってくる。
 
 「元気があってよろしいですわね。でもリクール様ほどの力があれば従事者などいらないのでは?ただの足手まといでしょう」

 (早く帰りたい・・・)

 喋り続ける彼女の声は、まるできつい匂いの香水を絶え間なくふりかけられているかのようにむさ苦しい気分になる。
 
 「あ、そうだわ。もしよろしければ今度一緒にお茶でも」
 「聖女様」
 「・・・何かしら」

 上の方から聞こえてきていた嫌な音は、今になってようやく雨として地に降りてきたみたいだ。リクールが聖女様の話を遮った時、ポツポツと、地面を少しずつ濡らし始めた。

 「貴方と婚約を結んだのは、貴方が言い出したことでした。私にはあなたに対して微塵も気持ちはありませんでしたし、これからもそうです。王太子殿下が向けてくれる気持ちに真摯に向き合われたほうがいいのでは」
 「・・・それは」
 
 そして一気に強くなった雨脚のせいで、リクールが話している内容が途中から聞こえづらくなってしまった。水分を含んだフードが余計に耳を塞いでいる。

 「私には幼いころからお慕いしている方がいます。自分の力も、その方を傷付けないようにと、昔釘を刺されて身に付けたものです」
 「・・・・」
 「これ以上不快感を覚える発言をされるのでしたら、こちらも実力行使させていただきます」

 途切れ途切れに聞こえたリクールの声は、気温のせいも相まってか酷く冷たく聞こた。何を言ってるのか具体的に分からなかった私は、リクールがこちらに振り返ってきて初めて、会話が終わったのだと認識した。

 「変に足止めを食らってしまいました。すいません」
 
 雨が、履いている靴も濡らしていく。
 
 「風邪を引きますから何処か宿で一旦休憩したほうがよさそうです。そこで服も着替えて、雨が落ち着いたら屋敷に戻りましょう。この雨だと雷もありそうなので、転移魔法は危険ですから」
 
 目の前に出来た影の主を見上げよと、私はフードを少し上げた。

 「行きましょう」

 雨から庇うようにして私の肩を抱いたリクールの手には少し力が入っていた。
 
 
 

 
 
 
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