眠れる勇者99九回目で

ネム・サブロウ

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一部

二部第3話神隠し

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マルセル「神隠しの噂なんだがよ。
カエリオンから魔王城へ向かった冒険者たちが、誰一人帰ってこなくなってるらしい」

低く抑えた声だった。
軽口を叩く時のマルゼンとは違い、冗談の入り込む余地がない。
その声音には、兵として幾度も戦場を見てきた男の重みがあった。

三郎の喉が、ごくりと鳴った。
その音がやけに大きく響いた気がして、思わず視線を伏せる。

三郎「こえぇ……!」

思わず本音が漏れる。
背中に、じわりと冷たいものが走った。
嫌な汗が、首筋を伝う。
指先がわずかに震えているのを、自分でもはっきり自覚した。

ただの戦死とは違う。
“帰ってこない”という響きが、妙に重い。
死体すら残らないという事実が、現実感を奪っていく。
まるで存在そのものを消されるような、不気味さ。

シュン「そんなことが……魔王軍の攻撃かもしれませんね」

マルセル「あぁ。それも含めてだ。だがな……妙なんだ」

三郎「妙?」

マルセル「戦った痕跡が、ほとんど残ってねぇ。
血も、装備も、遺体も。まるで最初から“いなかった”みてぇに消えてる」

言葉の最後が、わずかに低く沈む。

空気が、さらに重くなる。
広い室内のはずなのに、息苦しい。
音が遠のいたような錯覚さえ覚える。

三郎は無意識に拳を握った。
爪が食い込む。
友達の顔が脳裏に浮かぶ。
笑っていた顔。
怒っていた顔。
最後に見た、あの表情。
胸の奥が、鈍く痛んだ。

マルセル「とりあえず俺について来い」
マルゼン「セラノス国王様に会わせる」

その言葉で、話は打ち切られた。
拒否する余地はない。
三郎は小さく息を吸い、無言で頷いた。



三人はマリオスを出て、城の奥へと進む。
白く磨かれた床には自分の姿が淡く映り、
天井には息を呑むほど精緻な彫刻が連なる。
壁一面を飾る歴代の王の肖像画が、静かに見下ろしていた。

どれもが、今まで見てきた建物とは格が違う。
圧倒的な歴史の重み。
ここは戦いの最前線であり、同時に国の心臓だ。
無数の決断と犠牲の上に、この静寂が成り立っているのだと感じさせる。

三郎「うわぁ……すげぇ……豪華すぎだろ」

声が自然と小さくなる。
無意識に背筋が伸びる。
場違いな存在のような感覚が、胸をよぎった。

シュン「城ですから。当たり前ですよ」

淡々とした返答。
だが、シュン自身も絵画の一枚に一瞬だけ目を止めていた。
そこに描かれたのは、剣を掲げる“初代勇者”の姿だった。
その目は、どこか苛烈で、どこか迷いを含んでいるようにも見える。
三郎は無意識に、その視線から目を逸らした。

マルセル「ここは舞踏会場だ」

三郎「え、舞踏会場?」

マルセル「うちの国王様、踊りが大の趣味でな……」

そう言いながら、マルゼンは急に縮こまり、指先同士をツンツンと合わせ始めた。

三郎「……なにそれ」

場違いな仕草に一瞬だけ空気が緩む。
だが、それは次の瞬間に吹き飛んだ。

女性「マルちゃーん! こっち来なよ!」

甲高く、よく通る声。
天井に反響するほど、明るい。
その明るさが、逆に場の緊張を際立たせる。

マルセル「国王様! そう呼ばないでください!」

三郎とシュンは、同時に言葉を失った。

そこに立っていたのは、
威厳あふれる王ではなく、
凛とした美しさを纏う一人の女性だった。

だが――

近づいた瞬間、三郎は息が浅くなるのを感じた。

空気が、重い。
肌を押し潰すような圧。
それでいて、何も感じ取れない。
理解できないという事実そのものが、恐怖を生む。

三郎「……女の人だ」

思考が追いつかない。
理解が遅れる。
それでも視線を逸らせなかった。

それでも視線を逸らせなかった。
逸らした瞬間、自分が“勇者である資格”を失う気がした。

シュンは、即座に表情を引き締め、セラノスを睨みつける。

三郎「シュン、なんで睨んでんだよ」

シュン「三郎さん……彼女、いや、セラノス国王は只者ではありません」

声が低い。
警戒が露骨に滲んでいる。

三郎「なんでわかるんだよ」

シュン「オーラです。目にオーラを纏うと、見えるようになります」

言われるまま、三郎は目に力を集中させる。
額に力が入り、視界がわずかに歪む。

三郎「……何も見えないけど」

シュン「それが異常なんです」

シュンの額に、わずかに汗が滲む。

シュン「強者ほど、抑えきれない揺らぎが出る。
だがあの人は……完全に“無”だ」

無。

それは空虚ではない。
底が見えないという意味の無。
存在感がないのではない。
存在が深すぎて、計れない。

二人が話していると、セラノスがいつの間にか目の前まで来ていた。

足音は、聞こえなかった。
気配もなかった。

セラノス「マルちゃん、この子たちがスミロが言ってた人?」

腰に手を当て、二人を覗き込む。

視線が、逃げ場なく突き刺さる。
三郎の鼓動が、早まる。
胸の内側から叩かれているようだ。

セラノス「それとさ、なんで私が“国王”って呼ばれてるか、知りたい?」

三郎「は、はい」

喉が鳴る。
視線を逸らせない。

セラノス「秘密でーす」

一転して軽い口調。
だがその軽さは、薄氷の上の笑みだ。

セラノス「で……ところで、勇者って誰?」

声の温度が、確実に下がる。

舞踏会場の空気が、凍りついたように静まった。
遠くの物音すら消える。

三郎は、一歩前に出た。
足がわずかに震える。

三郎「……僕です」

セラノスの瞳が、わずかに細まる。

セラノス「お前か。
はっきり言うぞ。弱すぎる」

言葉が、刃のように胸へ突き刺さる。
容赦がない。
情けもない。

三郎「……知ってます。でも!」

言い返そうとした瞬間――

シュン「あなた、いきなり失礼ですよ」

空気が軋む。
圧と圧がぶつかる。

セラノスは一瞬だけ、愉快そうに笑った。

セラノス「おぉ……すごい圧だね。失敬失敬」

だが目は笑っていない。
測っている。
値踏みしている。



王室へ向かう途中。

三郎「マルセルさん、なんで国王様に“マルちゃん”って呼ばれてるんですか?」

マルセル「……幼馴染なんだ」

その一言は、あまりにも軽い。
だが背負っている時間は、軽くない。

空気が止まる。

シュンは思わず咳き込んだ。

マルセル「おい! 何咳き込んでんだ!」

そして扉の前で足を止める。

視線の先には、亀裂の入った巨大な扉。

三郎は、無意識にその裂け目へ目を奪われた。
まるで怒りの軌跡のように、深く、鋭い。
木材を貫き、石壁にまで届きかねないほどの一閃。

シュン「この亀裂は……?」

マルセルは少しだけ沈黙した。
その沈黙は、過去をなぞる時間だった。

マルセル「……初代勇者だ」

三郎「え?」

マルセル「旅の途中、当時の国王と意見が割れた。
勇者は魔王城へ直行すべきだと言い、国王は民の避難を優先しろと命じた」

低い声。

マルセル「勇者は苛立った。
そして、この扉を斬った」

その光景を想像した瞬間、
三郎の胸がざわつく。

マルセル「その後、勇者は謝罪し、再び共に戦った。
だがこの傷だけは、残されたままだ」

戒めか。
証か。
それとも、勇者もまた人だったという痕跡か。

三郎は、静かに拳を握る。

“勇者でも、迷う”

その事実が、胸に重く落ちた。



王室。

セラノス「魔王討伐に来たんだろ?」

三郎「はい」

セラノスの視線が、鋭くなる。

セラノス「その力で、何ができる?
犬死にするだけだ」

沈黙。
広い王室に、三郎の鼓動だけが響く気がした。

三郎は、俯いた。
歯を食いしばる。

だが――

三郎「……弱いのは事実です」

顔を上げる。

三郎「でも、逃げません」
三郎「友達が、苦しんでる」
三郎「僕が弱いままでも、足掻き続けます」
三郎「初代勇者が迷ったとしても、最後まで戦ったなら」
三郎「僕も、迷ってもいい。でも止まりません」

声は震えている。
だが、逸れていない。

部屋の空気が、張り詰める。

セラノスは、しばらく三郎を見つめていた。
値踏みではない。
見極めだ。

やがて、静かに息を吐く。

セラノス「……そういう事情か」

間。

セラノス「マルセルに、三郎くんの稽古をつけさせよう」

三郎の鼓動が高鳴る。
逃げ場はない。
だが、道は示された。

セラノス「せっかくだ」

視線が、まっすぐ射抜く。

セラノス「明日からウェポンタウンへ行け」

最後に、わずかに口角が上がる。

セラノス「死ぬなよ。勇者」
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