攻略対象の婚約者でなくても悪役令息であるというのは有効ですか

中屋沙鳥

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40.運命の番という設定はない

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 アルフレッドの執務室で、クリスティアンはヒューム伯爵令嬢の供述調書を確認していた。
 彼女の行動は王族に対する不敬罪、王子の婚約者である侯爵令息に対する侮辱罪にあたる。通常、王立学院校内で起きたことであれば、穏便に済ませることもできなくはない。しかし、祭りの日であったために保護者など外部の人間にヒューム伯爵令嬢の言動が晒されてしまったことと、以前にアラステアに絡んで厳重注意を受けていたこととが勘案された結果、正式な処分が下されると決定した。

 裁判所による決定では、修道院で一定期間の教育を受けるのが妥当とされることだろう。その一定期間というのはどれほどになるのかは、ヒューム伯爵令嬢の態度によるのであるが。

「ヒューム伯爵令嬢は、わたしと愛し合う運命の元に生まれたと本気で信じているようだと調書に書かれていますね」

 クリスティアンはアルフレッドにそう言うと、深いため息を吐いた。

「ふむ。前世の記憶というようなことを尋問で聞くことはないからな。
 それで? 日記や書付のようなものは手に入れることができたのか?」
「ええ、日記を。それに書かれているのは、前世の記憶ともただの妄想ともとれるような内容なのですが」

 ヒューム伯爵令嬢の日記には、ちょうどダンスの合同授業の発表があった日に、自分がこの世界の主人公だと気づいたと書かれていた。

 主人公である自分、リリイ・ヒュームは、ダンスの合同授業で王子と踊り、お互いが運命の番だとわかる。王子には婚約者候補がいたが、運命の番を引き離すわけにはいかないと大人しく身を引く。その後、王子を狙っている他のオメガの邪魔が入ったり、国家的謀略に巻き込まれて誘拐されたリリイの美しさに恋をした隣国のアルファに求婚されたりといった紆余曲折の後、二人は愛を貫いて結ばれる。

 ヒューム伯爵令嬢の日記に書かれていた物語は、そのような内容だ。
 そして最近の日記には、クリスティアンと踊れなかったことで運命の出会いを果たせなかったという恨み言と、婚約者候補のアラステアは運命の番の尊さに感動して身を引くはずだということが殴り書きのような文字で書かれていた。
 更に日記を読み解いていくと、物語の中のクリスティアンの婚約者は女性オメガのようである。また、他の登場人物の名前もこれといって出てこない。どうしてここが、自分が主人公の物語の世界だと確信したのかの記述がないのだ。
 日記に書かれていることだけでは、前世の記憶なのか、ただの妄想なのか判断がつかないというのが本当のところだ。


「運命の番か。あれはすでに科学的な証明がなされているであろう」
「そうですね。この時代に運命の番などという言葉を聞くとは思いませんでした」

 かつてはアルファとオメガの間には『運命の番』というものがいるといわれていた。『運命の番』は、何をおいても惹かれ合い、他に番がいても、『運命の番』を見つけてしまえば相手を捨てても結ばれようとする。過去には、それによる恋愛劇や悲劇が現実問題として起きていた。

 しかし、現在では、それは伝説のような取り扱いとなっている。

 『運命の番』を見つけたと思い込むような、強く相手を求める現象は、フェロモンの相性が良い二人が、思春期のホルモンバランスが安定しないときに出会うことで起きる。そのような条件下にある二人が、お互いの欲求が我慢できないレベルになるということで、『運命の番』を見つけたと思い込んでしまったのだろうといわれている。
 また、もともとフェロモンの相性が良いことから、その後の違和感も少なく、親密な関係を継続しやすいといえる。そのため、そうやって出会った二人は、離れられない『運命の番』だと、本人たちも周囲も認識していたというのが現在の学説では主流だ。
 そして、ストレスを受けていてフェロモンが安定しないときにもそのような現象が起きるということも証明されている。
 現在では抑制剤が発達しているため、そのようなことが起こる確率は極めて低い。

 もちろん、そうやって結ばれて幸せになるのであれば、良いのだろうけれども。


「それで、クリスティアンは、ヒューム伯爵令嬢に運命を感じたのか?」
「そんなはずないでしょう。揶揄わないでください」
「ははっ。これは悪かった。クリスティアンの『運命』はアラステアだとわかっておるのにな。
 しかし、其方の夢の話には、運命の番という設定はあったのか?」
「いえ、そのようなものは記憶にありません」

 そもそも『コイレボ』は、攻略対象が数名いる。そのため『運命の番』というようなたった一人と結ばれるという設定にはならなかったのだろう。出会った時点で運命が決まってしまえば、物語の成立が難しくなるからだ。
 そう考えれば、ヒューム伯爵令嬢の頭の中にある物語は『コイレボ』のようにいくつもの分岐点のあるものではなく、ただ自分と王子が結ばれるだけの小説のようなものであったのだろう。
 クリスティアンは、アルフレッドにそう話した。

「このまま修道院に入ってしまえば、たとえ主人公であったとしてももう表舞台に立つことはできぬのではないか?」
「ええ、気にすることはないのかもしれませんが」

 調査の結果としては、ヒューム伯爵令嬢とノエル・レイトンとは、ダンスの合同授業の前に王子と踊るための話をしたという部分でしか接点はない。王立学院に復学した後のヒューム伯爵令嬢は、特に親しい人もなく毎日を過ごしていたようだ。
 いわゆるオメガお茶会にも参加できなくなっていたようである。

 思いこみの激しい貴族令嬢の暴走。

 そう片付けてしまうのが一番簡単であろう。

 しかし自分たちの邪魔になる要素は、すべて排除する必要があるのではないか?


 今後の対応について考え込むクリスティアンの顔を、アルフレッドは苦笑いをしながら眺めていた。


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