【本編完結】オメガの貴公子は黄金の夜明けに微笑む

中屋沙鳥

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46.身体の不調



 件のカフェでは不快な思いをしたが、アントワーヌが従業員の態度について意見……苦情を伝えたとフロレルはジョゼフから聞かされた。あのパネという者は高位貴族相手の店にいるには不適切な人物ではあったので、出資者として、アントワーヌの対応は当然であろうとフロレルは思った。
 アントワーヌは、帰りの馬車以降はカフェの話をフロレルにはしてこない。それゆえに、店への対応をジョゼフから聞くことになったのだろう。

 フロレルとて、不快な気持ちにいつまでも囚われているのは、愚かなことだということはわかっている。
 そう思ってはいても、フロレルはなんとなくすっきりしない気持ちであった。

「やれやれ、フロレルがそのような嫉妬心にいつまでも囚われているとは珍しいね。そのマネージャーとやらは。そんなに魅力的な女性だったのかい?」
「え……、嫉妬心ですか? わたくしが?」

 ジョゼフの言葉にフロレルは虚を突かれたような顔をした。
 フロレルはこれまでの人生で嫉妬心という感情を持たずに生きてきたように、ジョゼフからは見えていた。
 アントワーヌからカフェでの出来事を聞いて、フロレルの理由を考えた。もちろん、パネの態度は公爵令息に対して甚だ無礼であったので、それでフロレルが不快感を持ったというのも一つの原因だろう。それにしては、アントワーヌに対する態度が冷たすぎるようにジョゼフには思われた。

 ジョゼフは、パネが恋情を持ってアントワーヌに接触したことで、フロレルが嫉妬したのだろうと予想したのだ。

「嫉妬心ではないとフロレルは思うのかい? わたしには、アントワーヌを独り占めできないことにフロレルがいら立ったように思えるのだけれど」
「はい……、いえ、よくわかりません」

 ジョゼフの問いにフロレルは困惑するばかりだ。
 ジョゼフには、フロレルがアントワーヌに対して恋情或いは独占欲を持っているように見えるというのだろうか。

「ふふ、この機会にアントワーヌに対する気持ちを考えてみればいいよ」

 ジョゼフは楽しそうに笑うと、それきり領地のことに話題を変える。フロレルも、それ以上ジョゼフに何かを尋ねるということはしなかった。

 パネは、経営者からはただ配置換えをされただけだ。
 ジョゼフはアントワーヌの対応に不満がないわけではなかったが、カフェの経営者との関係を考えて甘い処理を許したのだろう。
 しかし、ジョゼフはそれを許す気はない。
 ジョゼフは、パネが二度とフロレルの目にその姿を映すことのないように、処置するつもりだった。それはもちろん、パネがカフェと関係ない立場になってからのことだ。

「わたしの可愛いフロレルに無礼を働くなどということを、許すわけがないのに……」

 ジョゼフはフロレルが出て行った部屋の中で、独りそう呟いた。


 自分の部屋に戻ってから、フロレルはソファに腰かけて考え込んだ。
 フロレルは、自分がアントワーヌのことをどう思っているのだろうかということを掘り下げて考えたことはなかった。
 フロレルにとってのアントワーヌは、可愛い従兄弟であり、将来を誓った婚約者であり、ショコラ公爵家の後継者となる大切な人だ。

「わたくしが嫉妬心を抱くような……、そのような感情をアントワーヌに持っているというのだろうか」

 フロレルはジョゼフの言うとおりに、自分の気持ちについて考えてみたが、やはりよくわからない。
 とりあえず、アントワーヌは屋敷にいる間はずっとフロレルの側にいる。そのアントワーヌを観察しながら自分の気持ちを考えてみようとフロレルは決心して、その日は就寝することにした。
 
 そんなふうに自分の気持ちの問題を先送りした後で起こることの予想ができる者は、この世にはいないだろう。


◇◇◇◇◇



「気怠いな……」

 その朝、自分の寝台の天蓋を見ながらフロレルはそう呟いた。体が熱っぽくて、頭がぼんやりとする。前の夜にはフロレルは、空を見ていて夜更かしをした。睡眠が足りないのかと思ったものの、それ以上にフロレルは身体の不調を感じていた。
 フロレルは、重い身体を寝台から起こそうとしたが、眩暈がしてふらつく。

 風邪をひいて発熱したのかもしれないと思ったフロレルは、侍従を呼んで医者の手配をさせることにした。

「体が熱い……」

 フロレルは寝台に沈み込むように横になり、目を閉じた。



 フロレルは、自分の処方薬が最近変えられたことを失念していたのだ。


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