【本編完結】オメガの貴公子は黄金の夜明けに微笑む

中屋沙鳥

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1.恋に落ちる瞬間を見る

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◇◇◇◇◇


 フロレルは、ジョゼフ・ド・ショコラ公爵の一人息子だ。フロレルを産んだ後、母シャルロットが子を宿すのが困難になってしまったため、物心ついた頃には公爵家の継嗣としての教育を受けていたし、フロレル自身もそう考えて行動していた。フロレルは聡明であり、将来公爵家を盛り立てていくことだろうと期待されて育ったのである。

 フロレルの人生が変わったのは、十二歳のときにオメガと診断されてからだ。
 シュクレ王国に於いて、第一性や第二性が何であっても爵位継ぐ時点では問題とはならない。しかし、フロレルがオメガだと確定診断を受けてすぐに、アルファであるシャルル第一王子の婚約者となるように王家から申し入れがあったのだ。

 ジョゼフは王家からの婚約の申し入れを受ける気はなかった。フロレルは自分のたった一人の息子であり、ショコラ公爵家の継嗣なのだ。ところが、シャルルを産んだ隣国ラッテ王国出身の王妃が、希少な高位貴族のオメガであるフロレルを強硬に求めたのだ。ラッテ王国は、最近外交力を落としているため、兄である国王がシュクレ王国の王位争いに口出しするのは難しい。そう考えた王妃はひどく焦っていた。シュクレ国内で力を持つ侯爵家出身の側妃が産んだ優秀なアルチュール第二王子を王位争いから蹴落とすために、王妃はショコラ公爵家の後ろ盾が必要であると考えたのだ。
 国王は、王妃のことは然程大事にしてはいなかったが、自分に似たシャルルのことは可愛がっていた。性格も小賢しいアルチュールよりもシャルルの方が可愛げがあるのだ。王妃の懇願もあって強引な王命を出したのだ。そう、フロレルとシャルルを婚約させるべしと。

 婚約前にも第一王子のシャルルと公爵令息のフロレルは、王宮の茶会などで何度か顔を合わせたことがある。そのときのフロレルとシャルルの関係は、決して悪いものではなかった。しかし、王命によって結ばれた婚約によって二人の間には歪みができた。王妃は、公爵家が自家のオメガを強引に押し付けてきたという虚偽の情報をシャルルに伝えたため、フロレルには良い感情を抱けなくなってしまった。そしてフロレルは、不本意でも婚約者となったからにはその義務を果たさなければならないと最初は考えていた。しかし、シャルルから敵意を向けられたため、これもまた親しみや情を持つことはできなくなった。
 フロレルとシャルルは、王妃によってその関係を歪められた被害者であるといえるだろう。
 そうはいっても、輝かんばかりの美貌を持つアルファの王子と儚げな美しさを持つ優秀なオメガの公爵令息は、どちらもこの婚約が政略であることは認識していた。また、王族として、高位貴族として教育された彼らは、人前では自分の感情を隠していたため、公務などで一緒にいる時はまるで絵画のように美しい二人だと言われるようになる。おおらかな性格のシャルルと、几帳面な性格のフロレルはバランスも良い。

 似合いの一対であると。

 少なくとも、周囲からはそう見えていたのだ。

 しかし、フロレルとシャルルの関係は、二人が王立学園の第三学年になってから大きく変わっていくことになる。


「きゃあっ……」
「っ! 大丈夫かっ!」

 皆が馬車止めへ向かう廊下。何もない平らな場所で転ぶピンクブロンドのオメガ。それを助け起こす金髪のアルファ。マゼンダの瞳と青色の瞳。お互いの視線が交差し、思わず見つめ合う二人はそのまま暫し硬直した。

 まるで二人だけの時間が底に流れているかのように。

やがてぱたぱたと瞬きをすると、オメガは薄っすら頬を染め、アルファはその口角を上げて微笑んだ。
 それが、シャルルとルネの出会いだ。
まるで、舞台で行われる恋愛劇の一場面のようだった。出会いを見かけた生徒たちは、後にそう語った。それだけ美しい光景だったのか、ありふれた光景だったのかはわからないが。
 そして、シャルルの隣に佇んでいたフロレルは思った。

人が恋に落ちる瞬間を見てしまったと。

 その場にはシャルルの側近であるアントワーヌもいたのであるが、彼がどう思ったのかはフロレルが知るところではない。

「転んでしまうなんて、恥ずかしいです」
「見かけない顔だな。転入生か?」
「はいっ。三年生に転入してきました、ルネ・ド・ボンボンといいます!」

 そう言って頬を染めながら微笑むルネは大層可愛らしく、シャルルの目は彼にくぎ付けだ。

「俺は、シャルル・ド・シュクレという」
「シュクレ……! えっおっ王子様! 申し訳ありませんっ」

 シャルルが王子だと知って、戸惑いながら上目遣いで彼を見るルネ。その可愛らしい様子に、シャルルは笑みを深めた。

「気にせずとも良い。学園では平等だからな。さあ、手につかまると良い」
「あの……、ありがとうございます。あっ、足が……、足が痛い」
「捻挫をしたのかもしれぬな。医務室に連れて行ってやろう」
「あっ、えっ……?」

 シャルルはルネが立ち上がる手助けをしただけでなく、足の痛みを訴えたルネを抱き上げると、フロレルに一言もなく医務室へ向かった。二人が出会ってから立ち去るまでの間、フロレルは何かを言う暇も与えられなかったのだ。

「義兄上、馬車の中でお待ちくださいませ」
「は……? どういうことだ?」

 アントワーヌはそう言うと、問い返すフロレルに応えることなくルネを抱えたシャルルの後を追った。
 フロレルは、その場に置き去られた。婚約者であるシャルルからは、声もかけられなかったのだ。
 何とも言えない居心地の悪さを感じながらも、フロレルはアントワーヌの言葉通りに公爵家の馬車へ向かった。

 それが始まりだった。
 

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