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2.近づく距離と離れる距離
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ルネ・ド・ボンボンは、ボンボン子爵の妹の子どもだ。ボンボン子爵の妹は平民の商人と婚姻していてルネをもうけたが、一年前に馬車の事故で二人とも命を落としてしまった。両親が亡くなって一人になってしまったルネを、子爵は正式に養子として引き取ったのだ。子爵はルネを一年間貴族として教育した後、王立学園の第三学年に編入させた。
可愛らしい容姿であり、何より希少なオメガであるのだ。ルネによって、有力なアルファとのつながりができればと子爵は考えたのだろう。
とにかくその出会いの日から、シャルルとルネは急速にお互いの距離を縮めていったのだ。婚約者であるフロレルを置き去りにして。
もともと心情的には仲が良かったわけでもないフロレルとシャルルであった。しかし、ルネとシャルルの距離が近づくにつれて、それと反比例するようにフロレルとシャルルの距離は離れていく。そして、周囲からも明らかに二人には距離があると思わせるほどになっていくのだった
「地政学のレポートを提出しないとだめだって言われちゃったんです」
「ああ、マダン教授は厳しいからな」
カフェテリアにルネの声が響き、シャルルがその言葉に応える。同じテーブルについているのは、シャルルの側近であるアントワーヌとジャック、カミュだ。
「俺が手伝ってやろう」
「わあ、シャル様、本当ですか? ぼく、うれしいです! ありがとうございます!」
「では、俺が図書室の特別室を放課後に貸し切れるよう予約しておきます」
「うむ。ジャック、頼んだぞ」
シャルルや側近の申し出に喜んで礼を言うルネの肩を、シャルルは抱き寄せた。王子であるアルファが、人前で婚約者ではないオメガの肩を抱くという非常識な行為をしているわけだが、側近たちは注意をするでもない。いや、ジャックがすかさず部屋の予約を申し出るぐらいであるから、二人の関係を好意的に見ていると思われる。
学園の皆は、シャルルとルネ、そしてそこに侍る側近たちの様子に興味津々だ。そして、彼らの婚約者たちの動向についても注目している。
「フロレル様、あれは目に余ります。ちゃんとご注意なさった方がよろしいのではありませんか」
カミュの婚約者であるクロディーヌ・ド・オムレット伯爵令嬢が眉を顰めてフロレルにそう囁いた。黒髪を綺麗にまとめた灰緑色の瞳のクロディーヌの隣では、ジャックの婚約者であるふんわりとした金髪で緑色の瞳のルイーズ・ド・バナーヌ侯爵令嬢が頷いている。クロディーヌはベータの女性でルイーズはオメガの女性だ。オメガはアルファより少ないため、第二性より第一性での婚約をする者の方が多い。クロディーヌはベータであるため、オメガ男性と仲良くしている自分の婚約者を見てフロレル以上に思うところがあるのかもしれない。
「何もしていないわけではないのだけれどね……」
フロレルは金色の瞳を揺らしながら困ったように二人にそう告げると、皿の上にカトラリーを静かに置く。フロレルは何もしていないわけではない。しかし、世間からはそうは見えないのだ。それはわかっているものの、非難と憐憫の入り混じった周囲の視線を浴びているフロレルはため息を吐いた。
「ねえアントワーヌ、放課後はみんなでぼくのレポートを作るのにどうして帰っちゃうの?」
「すまないね。今日は義父上から早く帰るように言われているのだよ」
その日の放課後のことだ。図書室と馬車止めとを結ぶ廊下で、ルネがその細い指先でアントワーヌの制服の袖を掴んで呼び止めた。アントワーヌは困ったような風情ではあるが、ルネを拒んでいる様子はない。
「成績の良いアントワーヌが参加せぬのは痛手だが、ショコラ公爵の言いつけであれば仕方なかろう。さ、ルネ、俺たちは図書室へ行くぞ」
「シャル様がそう言うんなら仕方ないなあ。アントワーヌ、明日は一緒に勉強しようね!」
シャルルが、アントワーヌから引きはがすようにルネの肩を抱き寄せる。ルネは素直にシャルルの腕の中に納まると、アントワーヌに手を振った。
「さ、荷物をもってやろう」
「地政学は僕の得意分野だから、アントワーヌがいなくても大丈夫だよ」
「ジャック、ありがとう! カミュ、頼りにするね!」
シャルルに肩を抱かれ、ジャックに荷物を持たせ、カミュを従えて歩くルネはまるで女王のようだ。
「また、第一王子殿下はボンボン子爵令息と一緒よ」「側近方もね」「殿下を愛称でお呼びするなどとは」「フロマージュ侯爵令息もガレット伯爵令息も、誰のお側付きなんだかわからない態度だね」「婚約者のみなさんはどう思っているんだろうな」「おいっ、聞かれているぞ……」
馬車止めに向かっていたフロレルは、その光景を黙って見ていた。そしてシャルルたちが立ち去るのを確認してから廊下を歩いて行くと、ひそひそと話していた学生たちが一斉に静かになった。
事情を知らない者たちが何を言っていても気にすることはない。フロレルは好奇の視線にさらされながらその間を優雅な足取りで通り過ぎた。
「義兄上、お待ちしておりましたよ。さあ」
「アントワーヌ……」
ショコラ公爵家の馬車の前に立っていたアントワーヌは、フロレルの姿を見て笑顔を浮かべると、エスコートのための手を差し出す。しかしフロレルは、その手を無視して馬車に乗り込んだ。差し出した手の行き所のなくなったアントワーヌは苦笑いをしながら肩を竦め、フロレルに続いて馬車に乗った。
「アントワーヌ、殿下方の勉強会とやらに参加しなくてもよかったのか?」
「いえ、今日は義父上との約束がありますから。……義兄上にお気遣いいただかなくても大丈夫ですよ」
「……気遣いはしていない」
アントワーヌの答えを聞いたフロレルは、その顔を見てこれ以上会話を続ける気にはならなかった。何を考えているのかわからない笑みを浮かべているアントワーヌから目を反らし、フロレルは馬車の窓から街並みを眺めた。
アントワーヌは変わってしまった。
フロレルの心は、寂しいという思いの中に沈んでいく。
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