4 / 53
3.可愛かった従兄弟
アントワーヌはクレーム伯爵家の二人目の男子として生まれた。ロラン・ド・クレーム伯爵はジョゼフの弟だ。アントワーヌには兄がいたが年が離れていることもあり、同じ年齢の従兄弟同士であるフロレルとアントワーヌが、二人で過ごすことが多かった。
「アンヌ、この間話していた星座に関する本はこれだよ」
「わあ、楽しみにしていたんだ! フロルの言っていた通りだ。きれいな絵だね。この星座、見覚えがあるかも」
「そうなの……? これは、王都の辺りでは空が明るすぎて見えないのに……」
「じゃあ、フロルが今度クレーム伯爵領へ来た時に一緒に見ようよ。ちょっと夜更かししないとみられないけど頑張ってさ」
ショコラ公爵家の図書室は広く、蔵書は多い。二人は図書室で本を開いて夜を明かした。或いは、シュクレ王国の東部にあるクレーム伯爵邸の天窓のある屋根裏で、星座見つけ、星を数えた。
お互いをフロル、アンヌと愛称で呼び合う二人の姿は可愛らしく、両家から微笑ましく見られていたのだ。
そう、フロレルとアントワーヌは、自分たちが一緒にいるのが当たり前であると思っていた。
幼い頃は。
「帰っちゃいやだ。フロルとずっと一緒にいたい……」
「アンヌ、我儘をいうものではないよ。また王都に遊びにおいで」
「フロル……」
フロレルもアントワーヌもお互いの家があるので、いつも一緒にいることができるわけではない。アントワーヌは、自分の家に帰る時もフロレルがショコラ公爵家に帰る時にも離れがたいと言っては美しい従兄弟に抱き着き、涙を零していた。
二人の関係性が変わったのは、フロレルがオメガであると、そしてアントワーヌがアルファであると診断された十二歳の時だろう。
フロレルがシャルルの婚約者になったことで継嗣がいなくなったショコラ公爵家は、アントワーヌを跡継ぎとして迎えることとなった。
婚約や継嗣変更など様々な手続きがあったため、フロレルは一年近くアントワーヌに会うことができないでいた。フロレルは、アントワーヌがショコラ公爵家の継嗣となり、王都で一緒に暮らすことになることを楽しみにしていた。
ショコラ公爵邸でフロレルが再会した従兄弟は背が高くなり、その端正な顔にはアルファらしい知性と自信が溢れていた。フロレルがアントワーヌと目を合わせるためには、見上げなければならない。
「義兄上、これからよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、ショコラ公爵家を盛り立ててくれることを期待しているよ」
「義兄上に言われずとも、誰からも文句のつけようのない跡継ぎになってみせますよ」
フロレルに微笑を向けるアントワーヌからは、かつての可愛らしい面影はなくなっていた。そう、全身から溢れ出るような強かな上位アルファの威圧感がある男性に変わっていたのだ。
アントワーヌが継嗣となる一年前に、フロレルは彼とともに王都の天文台へ見学に行った。天文台では、二人ではしゃぎながら星を眺めたり大きな星図を見たりした。アントワーヌと星のことを語り合ったのは、フロレルにとって楽しい思い出だ。
だから、それはフロレルにとっては自然な申し出だったのだ。
「アンヌ、今夜は流星群があるから一緒に星を見ないか?」
アントワーヌが公爵家の継嗣として迎えられてからすぐのことだ。いかにアントワーヌが上位アルファになったからとて、仲の良い従兄弟だったという意識が残ったままのフロレルは、そんなふうに無邪気に声をかけたのだ。
「義兄上……、妙齢のオメガが義弟相手とはいえアルファに夜を過ごそうなどと声をかけるものではありません」
フロレルに返って来たのは、アントワーヌの冷たい言葉だった。
「そんな……、夜を過ごそうなどというような意味ではない」
「わかっております。しかし、世間はオメガとアルファだというだけで、そういう目線を向けるのですよ。いつまでも子どもではいられないのだとご自覚ください。義兄上は、第一王子殿下の婚約者でもあられるのですよ」
「……わかった。悪かった」
フロレルの戸惑った様子にアントワーヌは少し眉を顰めてから、窘めるように返答した。フロレルも、アントワーヌの正論には頷いて俯くしかなかった。
アントワーヌとともに星を見て笑いあったたくさんの夜。あんなに楽しい時間を持つことはもうできないのだと、フロレルは思った。この先、十二歳の誕生日にジョゼフが贈ってくれた天体望遠鏡をアントワーヌともに覗くこともないのだろうと。
そして、アンヌという愛称を口にすることも、フロルと愛称で呼ばれることもないのだろうという諦めの気持ちを持ったのだ。
昔のことを思い出して、フロレルの寂しさには拍車がかかったようだ。現実に帰ってふと前を向くと、アントワーヌの濃い青色の瞳と目が合った。その瞳の色は、かつては夕闇の空のような美しい青だと思っていた。陽が沈んで星が瞬き始める美しい空の青。
しかし今では、その色が仄暗い闇色であるかのように感じる。自分を観察しているかのような冷たい視線。
馬車の中で窓の外を眺めるフロレルを見つめていたアントワーヌは、何を思っていたのか。
泣きながらフロレルと離れるのを嫌がった、可愛いアンヌはもういないのだ。
フロレルが抱く寂寥感は、ずっと彼の中に宿ったままだ。
シャルルがルネを連れ歩くようになってしばらくしてから、フロレルとアントワーヌは別の馬車で学園に通うようになった。表面上は、従者が同乗しているとはいえ、いつまでもアルファとオメガが同じ馬車で移動するのは外聞が良くないというアントワーヌによる配慮によるものであった。
しかし、もっと別の意味があるのだろうとフロレルは考えずにいられなかったのだ。
「アンヌ、この間話していた星座に関する本はこれだよ」
「わあ、楽しみにしていたんだ! フロルの言っていた通りだ。きれいな絵だね。この星座、見覚えがあるかも」
「そうなの……? これは、王都の辺りでは空が明るすぎて見えないのに……」
「じゃあ、フロルが今度クレーム伯爵領へ来た時に一緒に見ようよ。ちょっと夜更かししないとみられないけど頑張ってさ」
ショコラ公爵家の図書室は広く、蔵書は多い。二人は図書室で本を開いて夜を明かした。或いは、シュクレ王国の東部にあるクレーム伯爵邸の天窓のある屋根裏で、星座見つけ、星を数えた。
お互いをフロル、アンヌと愛称で呼び合う二人の姿は可愛らしく、両家から微笑ましく見られていたのだ。
そう、フロレルとアントワーヌは、自分たちが一緒にいるのが当たり前であると思っていた。
幼い頃は。
「帰っちゃいやだ。フロルとずっと一緒にいたい……」
「アンヌ、我儘をいうものではないよ。また王都に遊びにおいで」
「フロル……」
フロレルもアントワーヌもお互いの家があるので、いつも一緒にいることができるわけではない。アントワーヌは、自分の家に帰る時もフロレルがショコラ公爵家に帰る時にも離れがたいと言っては美しい従兄弟に抱き着き、涙を零していた。
二人の関係性が変わったのは、フロレルがオメガであると、そしてアントワーヌがアルファであると診断された十二歳の時だろう。
フロレルがシャルルの婚約者になったことで継嗣がいなくなったショコラ公爵家は、アントワーヌを跡継ぎとして迎えることとなった。
婚約や継嗣変更など様々な手続きがあったため、フロレルは一年近くアントワーヌに会うことができないでいた。フロレルは、アントワーヌがショコラ公爵家の継嗣となり、王都で一緒に暮らすことになることを楽しみにしていた。
ショコラ公爵邸でフロレルが再会した従兄弟は背が高くなり、その端正な顔にはアルファらしい知性と自信が溢れていた。フロレルがアントワーヌと目を合わせるためには、見上げなければならない。
「義兄上、これからよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、ショコラ公爵家を盛り立ててくれることを期待しているよ」
「義兄上に言われずとも、誰からも文句のつけようのない跡継ぎになってみせますよ」
フロレルに微笑を向けるアントワーヌからは、かつての可愛らしい面影はなくなっていた。そう、全身から溢れ出るような強かな上位アルファの威圧感がある男性に変わっていたのだ。
アントワーヌが継嗣となる一年前に、フロレルは彼とともに王都の天文台へ見学に行った。天文台では、二人ではしゃぎながら星を眺めたり大きな星図を見たりした。アントワーヌと星のことを語り合ったのは、フロレルにとって楽しい思い出だ。
だから、それはフロレルにとっては自然な申し出だったのだ。
「アンヌ、今夜は流星群があるから一緒に星を見ないか?」
アントワーヌが公爵家の継嗣として迎えられてからすぐのことだ。いかにアントワーヌが上位アルファになったからとて、仲の良い従兄弟だったという意識が残ったままのフロレルは、そんなふうに無邪気に声をかけたのだ。
「義兄上……、妙齢のオメガが義弟相手とはいえアルファに夜を過ごそうなどと声をかけるものではありません」
フロレルに返って来たのは、アントワーヌの冷たい言葉だった。
「そんな……、夜を過ごそうなどというような意味ではない」
「わかっております。しかし、世間はオメガとアルファだというだけで、そういう目線を向けるのですよ。いつまでも子どもではいられないのだとご自覚ください。義兄上は、第一王子殿下の婚約者でもあられるのですよ」
「……わかった。悪かった」
フロレルの戸惑った様子にアントワーヌは少し眉を顰めてから、窘めるように返答した。フロレルも、アントワーヌの正論には頷いて俯くしかなかった。
アントワーヌとともに星を見て笑いあったたくさんの夜。あんなに楽しい時間を持つことはもうできないのだと、フロレルは思った。この先、十二歳の誕生日にジョゼフが贈ってくれた天体望遠鏡をアントワーヌともに覗くこともないのだろうと。
そして、アンヌという愛称を口にすることも、フロルと愛称で呼ばれることもないのだろうという諦めの気持ちを持ったのだ。
昔のことを思い出して、フロレルの寂しさには拍車がかかったようだ。現実に帰ってふと前を向くと、アントワーヌの濃い青色の瞳と目が合った。その瞳の色は、かつては夕闇の空のような美しい青だと思っていた。陽が沈んで星が瞬き始める美しい空の青。
しかし今では、その色が仄暗い闇色であるかのように感じる。自分を観察しているかのような冷たい視線。
馬車の中で窓の外を眺めるフロレルを見つめていたアントワーヌは、何を思っていたのか。
泣きながらフロレルと離れるのを嫌がった、可愛いアンヌはもういないのだ。
フロレルが抱く寂寥感は、ずっと彼の中に宿ったままだ。
シャルルがルネを連れ歩くようになってしばらくしてから、フロレルとアントワーヌは別の馬車で学園に通うようになった。表面上は、従者が同乗しているとはいえ、いつまでもアルファとオメガが同じ馬車で移動するのは外聞が良くないというアントワーヌによる配慮によるものであった。
しかし、もっと別の意味があるのだろうとフロレルは考えずにいられなかったのだ。
あなたにおすすめの小説
もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか
まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。
そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。
テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。
そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。
大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン
ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。
テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。
※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟第10回BL小説大賞(2022年)奨励賞。2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞での応援ありがとうございました!
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます
まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。
するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。
初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。
しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。
でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。
執着系α×天然Ω
年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。
Rシーンは※付けます
※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。
※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。
Xアカウント(@wawawa_o_o_)
大好きな婚約者を僕から自由にしてあげようと思った
こたま
BL
オメガの岡山智晴(ちはる)には婚約者がいる。祖父が友人同士であるアルファの香川大輝(だいき)だ。格好良くて優しい大輝には祖父同士が勝手に決めた相手より、自らで選んだ人と幸せになって欲しい。自分との婚約から解放して自由にしてあげようと思ったのだが…。ハッピーエンドオメガバースBLです。最後におじいさまの番外編を追加しました。
貧乏子爵のオメガ令息は、王子妃候補になりたくない
こたま
BL
山あいの田舎で、子爵とは名ばかりの殆ど農家な仲良し一家で育ったラリー。男オメガで貧乏子爵。このまま実家で生きていくつもりであったが。王から未婚の貴族オメガにはすべからく王子妃候補の選定のため王宮に集うようお達しが出た。行きたくないしお金も無い。辞退するよう手紙を書いたのに、近くに遠征している騎士団が帰る時、迎えに行って一緒に連れていくと連絡があった。断れないの?高貴なお嬢様にイジメられない?不安だらけのラリーを迎えに来たのは美丈夫な騎士のニールだった。
追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜
あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。
行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。
異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?
[離婚宣告]平凡オメガは結婚式当日にアルファから離婚されたのに反撃できません
月歌(ツキウタ)
BL
結婚式の当日に平凡オメガはアルファから離婚を切り出された。お色直しの衣装係がアルファの運命の番だったから、離婚してくれって酷くない?
☆表紙絵
AIピカソとAIイラストメーカーで作成しました。
繋ぎの婚約を契約通り解消しようとしたら、王宮に溺愛軟禁されました
こたま
BL
エレンは子爵家のオメガ令息として産まれた。年上のアルファの王子殿下と年齢が釣り合うオメガ令息が少なく、他国との縁組も纏まらないため家格は低いが繋ぎとして一応婚約をしている。王子のことは兄のように慕っており、初恋の人ではあるけれど、契約終了時期か王子に想い人が現れた時には解消されるものと考えていた。ところが婚約解消時期の直前に王子宮に軟禁された。結婚を承諾するまでここから出さないと王子から溢れるほどの愛を与えられる。ハッピーエンドオメガバースBLです。