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3.可愛かった従兄弟
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アントワーヌはクレーム伯爵家の二人目の男子として生まれた。ロラン・ド・クレーム伯爵はジョゼフの弟だ。アントワーヌには兄がいたが年が離れていることもあり、同じ年齢の従兄弟同士であるフロレルとアントワーヌが、二人で過ごすことが多かった。
「アンヌ、この間話していた星座に関する本はこれだよ」
「わあ、楽しみにしていたんだ! フロルの言っていた通りだ。きれいな絵だね。この星座、見覚えがあるかも」
「そうなの……? これは、王都の辺りでは空が明るすぎて見えないのに……」
「じゃあ、フロルが今度クレーム伯爵領へ来た時に一緒に見ようよ。ちょっと夜更かししないとみられないけど頑張ってさ」
ショコラ公爵家の図書室は広く、蔵書は多い。二人は図書室で本を開いて夜を明かした。或いは、シュクレ王国の東部にあるクレーム伯爵邸の天窓のある屋根裏で、星座見つけ、星を数えた。
お互いをフロル、アンヌと愛称で呼び合う二人の姿は可愛らしく、両家から微笑ましく見られていたのだ。
そう、フロレルとアントワーヌは、自分たちが一緒にいるのが当たり前であると思っていた。
幼い頃は。
「帰っちゃいやだ。フロルとずっと一緒にいたい……」
「アンヌ、我儘をいうものではないよ。また王都に遊びにおいで」
「フロル……」
フロレルもアントワーヌもお互いの家があるので、いつも一緒にいることができるわけではない。アントワーヌは、自分の家に帰る時もフロレルがショコラ公爵家に帰る時にも離れがたいと言っては美しい従兄弟に抱き着き、涙を零していた。
二人の関係性が変わったのは、フロレルがオメガであると、そしてアントワーヌがアルファであると診断された十二歳の時だろう。
フロレルがシャルルの婚約者になったことで継嗣がいなくなったショコラ公爵家は、アントワーヌを跡継ぎとして迎えることとなった。
婚約や継嗣変更など様々な手続きがあったため、フロレルは一年近くアントワーヌに会うことができないでいた。フロレルは、アントワーヌがショコラ公爵家の継嗣となり、王都で一緒に暮らすことになることを楽しみにしていた。
ショコラ公爵邸でフロレルが再会した従兄弟は背が高くなり、その端正な顔にはアルファらしい知性と自信が溢れていた。フロレルがアントワーヌと目を合わせるためには、見上げなければならない。
「義兄上、これからよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、ショコラ公爵家を盛り立ててくれることを期待しているよ」
「義兄上に言われずとも、誰からも文句のつけようのない跡継ぎになってみせますよ」
フロレルに微笑を向けるアントワーヌからは、かつての可愛らしい面影はなくなっていた。そう、全身から溢れ出るような強かな上位アルファの威圧感がある男性に変わっていたのだ。
アントワーヌが継嗣となる一年前に、フロレルは彼とともに王都の天文台へ見学に行った。天文台では、二人ではしゃぎながら星を眺めたり大きな星図を見たりした。アントワーヌと星のことを語り合ったのは、フロレルにとって楽しい思い出だ。
だから、それはフロレルにとっては自然な申し出だったのだ。
「アンヌ、今夜は流星群があるから一緒に星を見ないか?」
アントワーヌが公爵家の継嗣として迎えられてからすぐのことだ。いかにアントワーヌが上位アルファになったからとて、仲の良い従兄弟だったという意識が残ったままのフロレルは、そんなふうに無邪気に声をかけたのだ。
「義兄上……、妙齢のオメガが義弟相手とはいえアルファに夜を過ごそうなどと声をかけるものではありません」
フロレルに返って来たのは、アントワーヌの冷たい言葉だった。
「そんな……、夜を過ごそうなどというような意味ではない」
「わかっております。しかし、世間はオメガとアルファだというだけで、そういう目線を向けるのですよ。いつまでも子どもではいられないのだとご自覚ください。義兄上は、第一王子殿下の婚約者でもあられるのですよ」
「……わかった。悪かった」
フロレルの戸惑った様子にアントワーヌは少し眉を顰めてから、窘めるように返答した。フロレルも、アントワーヌの正論には頷いて俯くしかなかった。
アントワーヌとともに星を見て笑いあったたくさんの夜。あんなに楽しい時間を持つことはもうできないのだと、フロレルは思った。この先、十二歳の誕生日にジョゼフが贈ってくれた天体望遠鏡をアントワーヌともに覗くこともないのだろうと。
そして、アンヌという愛称を口にすることも、フロルと愛称で呼ばれることもないのだろうという諦めの気持ちを持ったのだ。
昔のことを思い出して、フロレルの寂しさには拍車がかかったようだ。現実に帰ってふと前を向くと、アントワーヌの濃い青色の瞳と目が合った。その瞳の色は、かつては夕闇の空のような美しい青だと思っていた。陽が沈んで星が瞬き始める美しい空の青。
しかし今では、その色が仄暗い闇色であるかのように感じる。自分を観察しているかのような冷たい視線。
馬車の中で窓の外を眺めるフロレルを見つめていたアントワーヌは、何を思っていたのか。
泣きながらフロレルと離れるのを嫌がった、可愛いアンヌはもういないのだ。
フロレルが抱く寂寥感は、ずっと彼の中に宿ったままだ。
シャルルがルネを連れ歩くようになってしばらくしてから、フロレルとアントワーヌは別の馬車で学園に通うようになった。表面上は、従者が同乗しているとはいえ、いつまでもアルファとオメガが同じ馬車で移動するのは外聞が良くないというアントワーヌによる配慮によるものであった。
しかし、もっと別の意味があるのだろうとフロレルは考えずにいられなかったのだ。
「アンヌ、この間話していた星座に関する本はこれだよ」
「わあ、楽しみにしていたんだ! フロルの言っていた通りだ。きれいな絵だね。この星座、見覚えがあるかも」
「そうなの……? これは、王都の辺りでは空が明るすぎて見えないのに……」
「じゃあ、フロルが今度クレーム伯爵領へ来た時に一緒に見ようよ。ちょっと夜更かししないとみられないけど頑張ってさ」
ショコラ公爵家の図書室は広く、蔵書は多い。二人は図書室で本を開いて夜を明かした。或いは、シュクレ王国の東部にあるクレーム伯爵邸の天窓のある屋根裏で、星座見つけ、星を数えた。
お互いをフロル、アンヌと愛称で呼び合う二人の姿は可愛らしく、両家から微笑ましく見られていたのだ。
そう、フロレルとアントワーヌは、自分たちが一緒にいるのが当たり前であると思っていた。
幼い頃は。
「帰っちゃいやだ。フロルとずっと一緒にいたい……」
「アンヌ、我儘をいうものではないよ。また王都に遊びにおいで」
「フロル……」
フロレルもアントワーヌもお互いの家があるので、いつも一緒にいることができるわけではない。アントワーヌは、自分の家に帰る時もフロレルがショコラ公爵家に帰る時にも離れがたいと言っては美しい従兄弟に抱き着き、涙を零していた。
二人の関係性が変わったのは、フロレルがオメガであると、そしてアントワーヌがアルファであると診断された十二歳の時だろう。
フロレルがシャルルの婚約者になったことで継嗣がいなくなったショコラ公爵家は、アントワーヌを跡継ぎとして迎えることとなった。
婚約や継嗣変更など様々な手続きがあったため、フロレルは一年近くアントワーヌに会うことができないでいた。フロレルは、アントワーヌがショコラ公爵家の継嗣となり、王都で一緒に暮らすことになることを楽しみにしていた。
ショコラ公爵邸でフロレルが再会した従兄弟は背が高くなり、その端正な顔にはアルファらしい知性と自信が溢れていた。フロレルがアントワーヌと目を合わせるためには、見上げなければならない。
「義兄上、これからよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、ショコラ公爵家を盛り立ててくれることを期待しているよ」
「義兄上に言われずとも、誰からも文句のつけようのない跡継ぎになってみせますよ」
フロレルに微笑を向けるアントワーヌからは、かつての可愛らしい面影はなくなっていた。そう、全身から溢れ出るような強かな上位アルファの威圧感がある男性に変わっていたのだ。
アントワーヌが継嗣となる一年前に、フロレルは彼とともに王都の天文台へ見学に行った。天文台では、二人ではしゃぎながら星を眺めたり大きな星図を見たりした。アントワーヌと星のことを語り合ったのは、フロレルにとって楽しい思い出だ。
だから、それはフロレルにとっては自然な申し出だったのだ。
「アンヌ、今夜は流星群があるから一緒に星を見ないか?」
アントワーヌが公爵家の継嗣として迎えられてからすぐのことだ。いかにアントワーヌが上位アルファになったからとて、仲の良い従兄弟だったという意識が残ったままのフロレルは、そんなふうに無邪気に声をかけたのだ。
「義兄上……、妙齢のオメガが義弟相手とはいえアルファに夜を過ごそうなどと声をかけるものではありません」
フロレルに返って来たのは、アントワーヌの冷たい言葉だった。
「そんな……、夜を過ごそうなどというような意味ではない」
「わかっております。しかし、世間はオメガとアルファだというだけで、そういう目線を向けるのですよ。いつまでも子どもではいられないのだとご自覚ください。義兄上は、第一王子殿下の婚約者でもあられるのですよ」
「……わかった。悪かった」
フロレルの戸惑った様子にアントワーヌは少し眉を顰めてから、窘めるように返答した。フロレルも、アントワーヌの正論には頷いて俯くしかなかった。
アントワーヌとともに星を見て笑いあったたくさんの夜。あんなに楽しい時間を持つことはもうできないのだと、フロレルは思った。この先、十二歳の誕生日にジョゼフが贈ってくれた天体望遠鏡をアントワーヌともに覗くこともないのだろうと。
そして、アンヌという愛称を口にすることも、フロルと愛称で呼ばれることもないのだろうという諦めの気持ちを持ったのだ。
昔のことを思い出して、フロレルの寂しさには拍車がかかったようだ。現実に帰ってふと前を向くと、アントワーヌの濃い青色の瞳と目が合った。その瞳の色は、かつては夕闇の空のような美しい青だと思っていた。陽が沈んで星が瞬き始める美しい空の青。
しかし今では、その色が仄暗い闇色であるかのように感じる。自分を観察しているかのような冷たい視線。
馬車の中で窓の外を眺めるフロレルを見つめていたアントワーヌは、何を思っていたのか。
泣きながらフロレルと離れるのを嫌がった、可愛いアンヌはもういないのだ。
フロレルが抱く寂寥感は、ずっと彼の中に宿ったままだ。
シャルルがルネを連れ歩くようになってしばらくしてから、フロレルとアントワーヌは別の馬車で学園に通うようになった。表面上は、従者が同乗しているとはいえ、いつまでもアルファとオメガが同じ馬車で移動するのは外聞が良くないというアントワーヌによる配慮によるものであった。
しかし、もっと別の意味があるのだろうとフロレルは考えずにいられなかったのだ。
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