【本編完結】オメガの貴公子は黄金の夜明けに微笑む

中屋沙鳥

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4.寵愛宣言

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◇◇◇◇◇


 王宮の四阿で、フロレルはシャルルを待っていた。もう少しで夏だ。屋外でのお茶会はできなくなるだろう。
 今日は王子の伴侶教育の後の定例のお茶会である。開始予定時刻からかれこれ一時間は経っているのだが、シャルルは未だ姿を現さない。欠席の連絡もなしにである。
 相手が王子であるとはいえ、そろそろ引き上げても良いだろうとフロレルは判断して席を立った。

「殿下は御用がおありなのだろう。どうやらお越しにならないご様子であるから帰らせていただくよ。殿下と……、王妃殿下にも伝言を頼みたい」
「は、はい。かしこまりました」

 側に控えていた侍従に声をかけると、彼は可哀想なぐらい恐縮していた。たとえ王子であろうとも、連絡もなくお茶会を欠席するというのは有り得ないことだ。
 もともと、フロレルにとってシャルルとのお茶会は楽しみのためのものではなかった。お茶会での話題は、お互いの王族としての教育の進捗状況のすり合わせや、シャルルの第一王子としての政務やそれに伴う調査についての確認などである。シャルルは業務でしかないお茶会を疎んでいた。更に、オメガであるフロレルの意見など不要だと考えていたため、直前になってお茶会がキャンセルになることはしばしばあったのだ。そのうえ、ここ三か月ほどは、シャルルはお茶会に姿を現していない。とはいえ、これまではたとえ直前であったとしてもお茶会を欠席するという連絡はあったのだ。今回は連絡がなかったのだから、フロレルとシャルルとの関係は悪い方へ進んでいるのだろう。
 フロレルは、これまで王宮で起きたことは全てジョゼフに報告している。
 お茶会の直前連絡の欠席が続いていたことも考えられないようなことであるのに、今回シャルルは連絡なく欠席したのだ。シャルルが王子で、公爵令息のフロレルよりも上位であったとしても、あまりにも礼を失している。公爵家を侮っている行動であると、ジョゼフから抗議をすることになるだろう。その際には、お茶会が取りやめになる方向で話をしてもらおうとフロレルは考えていた。
 学園でのシャルルの行動についてもジョゼフの耳に入れている。アントワーヌもジョゼフに報告をしているだろうが、その内容をフロレルは知らない。
 
「とにかく今後は、伴侶教育の後にお茶会の予定を入れないようにしてもらおう」

 フロレルは帰りの馬車の中で独り言ちた。

 時間は有限だ。婚約者が、自分を尊重しないということを確かめるために過ごすような時間など、無駄である。フロレルは学園での勉学の他に王家に入るための様々な教育を受け、その課題もこなさなければならないのだから。シャルルが学習に熱心ではないためその分の負担もフロレルにかけられている。それも王妃の指示によるものだ。フロレルはシャルルに尽くすべきだというのが王妃の考えであるから。
 優秀なはずのアルファが、か弱いはずのオメガに負担をかけるのはどういうことなのだろうか?オメガであるフロレルは、抑制剤で体調をコントロールしながら教育のカリキュラムをこなしているのに。
 そうは思うものの、これまでのフロレルは王妃の指示に従うしかなかった。ジョゼフが国王に多少は申し入れをしているものの、効果あまりないようだった。
 しかし今回のことは、王妃に考えを改めてもらうきっかけにしなければならない。

「解放されたい……」

 自分を大切にしない存在……、最近は取り繕うことすらしなくなった婚約者であっても、王家と公爵家の契約がある以上逃れることはできない。もともと自ら望んだ婚約ではない。そう、公爵家の嫡子としての立場を奪われたフロレルにとっては不本意でしかない婚約だ。
 ゆっくりと夜空を眺めて星座を見つけたい。天体望遠鏡で惑星の観察をしたい。フロレルにはそういう時間のゆとりはあまり与えられていない。

 フロレルは、虚しい気持ちを抱えながら公爵邸に帰った。


◇◇◇◇◇


 シュクレ王立学園では、夏季、冬季、春季の三回試験がある。試験の結果については各家に送られ
るが、同時に教員室前の掲示板に成績上位五十名の名前が貼り出される。夏季休暇直前のその日、夏季の試験の結果が張り出されたと聞いた学生たちは、それを見るために集まっていた。

「まあ、今回も一位はアントワーヌ様ですのね。フロレル様は二位ですわ。三位がカミュ様」
「また、義弟にしてやられてしまったね。残念だよ。クロディーヌが八位でルイーズが十三位。順当なところかな」
「殿下は……十二位。上位陣には大きな変動はありませんね。ジャック様は相変わらず名前が見当たりませんわ……。もう少し頑張っていただきたいです」

 クロディーヌとフロレル、ルイーズが順位表を見ながら話していると、ざわりと空気が揺れて順位表の正面にあたる人垣が割れた。現れたのはシャルルとルネ、アントワーヌ、カミュ、ジャックの五人である。

「ルネ! すごいではないか。二十位以内に入っているぞ」
「三年生からの転入なのに、よく頑張ったね」
「ルネは勉強熱心だからね。僕たちも教えがいがあったよ。ジャックと違って」
「うれしいです。みな様が勉強を教えてくださったおかげです」
「おいカミュ、ジャックと違ってとはどういう意味だ!」

 ルネの成績を見ながら喜ぶシャルル。アントワーヌやカミュに褒められてルネはうれしそうに笑っている。ジャックだけは順位も振るわず、満面の笑みとはいかないようだが。
 その姿を微笑まし気に見ている学生もいるが、苦々しく思っている学生もいる。

 子爵令息風情が、王族やその側近である高位貴族の令息と仲良くするなどとは生意気であると。

「まあ、あんなに殿下のお側によって」「側近方に勉強の世話をさせるなど生意気な」「でも成績が上がりすぎではありません……?」「もしかして……」「怪しいな」
 ひそひそとルネを謗る声がする。その後、周囲からくすくすと笑いが聞こえる。「不正なのでは?」という複数の囁きとともに。

 密やかな声ではあったが、それはフロレルの耳にも届いた。どうしたものかと思ったフロレルは、周囲にいた教員の元に足を運ぶ。ここでフロレルが咎めるよりも、教員がしかるべき指導をするのに任せるべきだと判断したからだ。面と向かって高位貴族が咎めた方が処分は軽く済むだろうが、子爵令息が公爵令息に庇われたとなっては、ルネへの悪感情が陰湿なものに変わる可能性があるとフロレルは考えたからだ。
 誰の発言かを確認していた教員が、後に呼び出して指導するということを確認し、フロレルはほっとした。

 しかし、この場での上位者の行動によってフロレルの配慮は無駄になった。

「ルネが不正をしたと言ったのは誰だ!」

 シャルルの声に、その場にいる者は凍り付いた。そもそも、ルネだけがいる場であるならともかく、シャルルとその側近がいる場で悪意ある言葉を吐いたのはどう考えても浅慮な行動である。

「俺が大切に思う学友を貶める者は許さん! 次はないものと思え!」

 シャルルはそう言い放つと、ルネの肩を抱く。

「不安に思わずとも良い。俺が守ってやるからな」

 戸惑うように目を泳がせるルネにそう甘く囁いてから、シャルルは踵を返す。カミュは貴族らしい笑みを浮かべ、ジャックは眉を顰めてその後へ続く。そしてアントワーヌは、フロレルと目を合わせて口角を少し上げると、シャルルの後を追うようにその場を立ち去った。
 シャルルがルネを守ると言ったその言葉。それは、「学友」という言葉を利用した寵愛宣言だと学園の者は受け取ったであろう。

 そう、その日を境に王子が子爵令息を寵愛しているというのは、憶測ではなく事実として学園の学生に認識されたのだった。


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