【本編完結】オメガの貴公子は黄金の夜明けに微笑む

中屋沙鳥

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5.婚約者と相対する


 夏の長い休暇が明けた学園内では、学生の間で陰湿ないじめがあるという噂が流れている。

 それは、王子が側に置いているお気に入りの子爵令息の机が荒らされたり、文具が隠されたりしているというものだ。

「このように卑劣なことをしたのは誰だ!」

 多くの学生が集まっているランチタイムのカフェテリアで、空気がざわりと揺れた。学園で一番身分の高いシャルルが、カフェテリアに入って来るなり大きな声を上げ、切り裂かれた教科書を掲げたのだ。ジャックを従えて現れた彼は、怒りを露わにしている。
 学園内では王族相手であっても礼を取る必要はないが、歴然とした身分差というものはあり、学生たちは食事の手を止めて背筋を伸ばした。
 シャルルの後ろから、アントワーヌとカミュに庇われるようにして姿を現したルネは、今にも泣きそうにそのマゼンダの瞳を潤ませていた。その可愛らしくも儚げな様子は庇護欲をそそる。

「誰がやったのかと聞いている! 実行犯でなくとも犯人を見たという証言でも良いから申し出よ!」

 シャルルから再び怒気を帯びた声が発せられると、カフェテリアはざわめきを失い、水を打ったように静まり返った。
 ランチを食べ終わっていたクロディーヌとルイーズは、貴族らしい微笑を浮かべて自分の婚約者を見る。その瞳に婚約者に対する憐憫の情がこもっていることは、フロレルを含めた三人にしかわからないであろうが。そして、フロレルは自らの婚約者の判断力のなさに呆れていた。もちろん、クロディーヌやルイーズ同様、それを表情に出してはいなかったが。
 それでなくても、夏休み前の試験の掲示板前で聞こえてきた「ちょっとした悪口」に過敏に反応したという実績がシャルルにはあるのだ。
 ランチタイムのカフェテリアでいきなり大声を上げるようなことをしても、犯人は出て来ることはないだろう。ましてや、ほとんどの学生は嫌がらせには関係ないのだ。ランチタイムでくつろいでいるところを邪魔されることを不快に感じる者も多いはずである。その感情は、シャルルにではなく、下位貴族であるルネに向かうであろうことは想像に難くない。

 ルネに対する嫌がらせは、夏季休暇が明けてから始まり、一か月ほどでエスカレートしていた。最初は、ルネの私物が隠されてもすぐに見つかるような場所に置いてあるというようなものであった。しかし最近では、私物が焼却炉へ捨てられていたり破損されていたりするのだ。

 嫌がらせを受けているのは、シャルルが寵愛するルネだ。そのことから、嫌がらせや悪口を陰で指示しているのは、フロレルではないかという噂もあったのだ。
 フロレルは早々に学園の教員に相談し、ルネに嫌がらせをしている犯人を見つけるように手配している。もちろん、ショコラ公爵家の密偵も使っている。

 そもそもフロレルは、自分が犯人に指示しているのではないかと疑われることすら馬鹿馬鹿しいと思っていた。

 ショコラ公爵家の意向に沿わないのであれば、ルネは今頃学園から消えている。

 フロレル自身は、学園内で低俗な嫌がらせが蔓延するのは良くないとは思っているので、対策を講じたのではあるけれど。
 とりあえず今は、シャルルをどうにかしなければならないとフロレルは彼と目を合わせてから立ち上がった。

「シャルル殿下、発言してよろしいでしょうか」
「何だ、フロレル。噂通りお前が犯人だったのか?」
「まさか、そのようなこと」
「ふむ、そうだろうな。まあ良い。言いたいことがあるなら言ってみろ」

 シャルルは、フロレルが犯人だとは思ってはいなかったようだ。ショコラ公爵家が、気に入らない者をどう扱うのかは、王族であれば想像はつくはずだ。
 王子に毅然とした態度で相対し、微笑むフロレルの美しさにカフェテリアの学生は感心し、見惚れている。それだけでも、この場を本当に支配しているのは誰であるかということがわかる。

「信用していただけで光栄です。さて、申し上げたいことですが、殿下のお怒りの様子を見てしまっては、犯人が怖気づいてしまい、罪を申し出ることができないのではないでしょうか」
「怖気づいてしまうだと?」
「はい、そこでご提案なのですが、犯人には今日中に学園長に申し出るようにとここで言い渡すということにされてはいかがでしょうか。畏れ多くも殿下に猶予を与えられて、逆らう者などおらぬでしょう。学園の秩序に対する殿下の憂いも、それで晴らすことができるのではと愚考いたしますが」
「ああ、義兄上、それはよろしいですね。学園側で何らかの処分をされれば、友人が悪意に晒されたことでの私怨で行動したなどという誤解も受けずにすみます」

 フロレルの言葉を聞いてシャルルが口を開く前に、アントワーヌが義兄の提案を後押しするように発言した。後ろから聞こえたアントワーヌの声に振り向いたシャルルの目に映ったのは、マゼンダの瞳を見開いて頷くルネだ。

「殿下は、学園の秩序を保つために動かれたのですから、フロレル・ド・ショコラ公爵令息のご提案は良い方法かと思われます」
「なるほど。それなら、殿下のご意向に沿う形で決着しそうです」

 カミュもジャックも、フロレルの提案を後押しした。シャルルは側近の言葉を耳に入れながらも、頷いている可愛らしいルネしか見つめていない。

「ふむ。フロレルの言うことに一理あるな……」

 シャルルは、フロレルの提案を受け入れた。寵愛するルネと自分を支える側近とが良いというのであれば採用せざるを得ない。フロレルは聡明であり、シャルルの為人を良く理解している。それゆえ、愛してもいない婚約者の出した案であっても、結局は自分自身の自尊心を満たすものであったのである。
 シャルルは、フロレルの言うように犯人は今日中に学園長の元に出頭するようにと言って、カフェテリアを去った。


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