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 放課後、俺と和樹は駅に向かって歩いていた。和樹が何もしゃべらないので俺も何もしゃべることができなくて黙って2人並んで歩いた。歩いているうちに俺の気持ちは落ち着いてきて和樹の決断を笑顔で受け入れてやろうという気持ちになっていた。寂しいけどな。
 駅の近くにある公園に入ると和樹が自動販売機で温かいコーヒーを買って俺に手渡してくれた。いつも俺はブラックで和樹はカフェオレ。見た目は逆に見えるとよく言われるけど嗜好と言うのはそんなもんだ。

 人気のない公園のベンチに並んで座った。日暮れが早くなっていて寒いけど手元の温かいコーヒーが俺を助けてくれる。

 カフェオレをぷしっと開けて、一口飲んでからようやく和樹が口を開いた。
「俺、昨日の夜から亮に言おうかどうしようか迷ってる話があって。それで、話すことにはしたんだけど」
「何だよ」
 昨日の夜からってことは帰りに司には言ったんだろうな。
「もしかしたら亮をものすごく傷つけてしまうかもしれないと思って悩んでたんだ」
「少々のことで傷ついたりしねえよ。言いたいことはちゃんと言え」
 志望校変更ぐらいで傷つかねえよ。どんとこい。
「わかった。ちゃんと話す」

 和樹はカフェオレをごくごくと飲み干して缶をベンチの横に置くと俺の両肩をがっしり掴んできた。
「俺、昨日の夜お前ん家から帰る途中で見ちゃったんだ。
…この公園で、遠山がお前じゃない男と…キス…してるところを…」
「え?」
 兄貴のやつこんな目立つところでちゅうしてやがったのか。何してんだよ。もっと目立たないところでやれよ。
「ショックだよな。俺も見たときはびっくりしちゃって。亮は遠山に弁当も作ってやって、一緒に帰って、あんなに楽しそうにしてたのにっ…!」
「いや」
 ショックじゃねえから。肩を揺さぶるのはやめてくんねえか。
 こんなに興奮してる和樹を見るのは初めてだ。
「俺からこんなことを教えるのはどうかと思って悩んだんだけど、遠野に他に付き合ってるやつがいて、亮が騙されてるかもしれないと思ったら我慢できなかったんだ」
「和樹」
 俺は騙されてねえし理香は俺のカノジョじゃないって。
「亮、ごめんな。こんなこと教えて。俺。俺さ」
 和樹は俺をそのままぎゅうっと抱きしめてきた。ちょっと何が起きてるのかわかんねえ。
「俺、遠山がうらやましかったんだ。亮に弁当作ってもらって、楽しそうに一緒に帰って。俺が遠野の場所にいたいって。何で亮にカノジョがいるんだろうって。俺が亮の側にずっといたかったのにって。でも、亮が幸せならと思ってあきらめようとしてたのに。あんな…あんな…」

 ええとこれってあれか?俺、告られてんのか?

 和樹の声が切羽詰まったものになっているのを聞いて俺は逆に冷静になってきた。俺は俺をがっちり抱き込んでいる和樹の腕をバシバシ叩いた。
「和樹、とりあえず落ち着け。そんで俺にもしゃべらせろ」
「亮…」

 和樹は腕の力をゆるめてはくれなかったけど俺はかまわず話すことにした。
「まずな、何回も言ってるけど理香は俺のカノジョじゃねえ。内緒にしとけって言われてたから今まで黙ってたんだけどな。本当は理香は兄貴のカノジョなんだ」
 和樹がぴくりとしたけど体勢を変えることはなかったので俺はそのまま続けた。

「兄貴と理香は卒業したら結婚するんだ。そんでいろいろあって俺が理香に料理を教えてた。弁当を渡してたのも一緒に帰ってたのもそれでだ。
 昨日の夜この公園でちゅうしてたのも俺の兄貴とだ。兄貴が浮かれてたから間違いねえ」
 俺は和樹の腕を軽くポンポンと叩いた。

「理香は俺を騙してねえ。俺たちが、俺と兄貴と理香がお前たちを騙してたようなもんだ。俺が黙ってたせいで和樹を悩ませちまって悪かった。ごめんな」
 和樹の腕にぎゅうっと力が入った。痛てえよ。

「和樹、俺の心配してくれて、俺の幸せ考えてくれてありがとな」
 和樹は黙っていた。俺も黙って落ち着かせるように和樹の腕をなでた。

 2人とも沈黙したままちょっとばかり時間がたった。そろそろ抱きしめる腕をゆるめてくれないといたたまれない。

「和樹、そろそろ離れようぜ」
「亮、俺、恥ずかしくて亮の顔見られない…」
「なあ、俺は今の状態が恥ずかしい。とりあえず腕を離してくれよ」
 和樹が腕をそろそろとゆるめてやっと俺は解放された。俺と和樹の間に冷たい空気が入ってきて寒くなった。
 俺が和樹の顔を見ると和樹の目が少し泳いでから一度瞼を閉じた。そして目を開けると俺の両手をぐっと握る。

「亮、もうわかっちゃったと思うけど、俺、亮のことが好きなんだ。ずっと、好きだったんだけど、俺の気持ちを伝える気はなくてさ、亮の側にいられればそれでいいなんて思ってたんだけど…
 わかっちゃったら、俺みたいのが側にいるの…亮は嫌だよな…」

 和樹の好きなやつって俺だったんだな。
 それにはびっくりしたけど俺のことが好きだっていう和樹が側にいるのは…うん、別に嫌じゃねえ。
 俺は和樹がずっと側にいてくれるって、それが当たり前だって思ってる自分に気づいたばっかじゃねえか。

 俺は大きく息を吸い込んでから午後の授業中に考えていたことをしゃべってしまうことにした。
「和樹から話があるって言われたときに志望校の変更かと思っちまってさ。今みたいに和樹と会えなくなるかもしれないってことがすごく嫌だったんだ。俺、和樹が側にいてくれるのが当たり前だと思ってんだな。俺は…」

 一気にしゃべって息切れした俺はちょっと呼吸を整えて和樹に気持ちを伝える。

「俺はお前が側にいるの嫌じゃない。むしろ俺の側に和樹がいないと寂しいよ。お前の気持ちに答えられるかどうかわかんねえけどさ。俺の側にいてくんねえかな」
「亮…」
「俺、ずるいかな…」
 和樹はぱしぱしと瞬きをしてから再び俺をぎゅうっと抱きしめた。
「ちょっ…和樹!」
「亮!俺うれしい」
「え」

 和樹は俺の肩にぐりぐりと額をこすりつけた。犬みてえだ。
「俺、亮の側にいていいんだな。それで、亮が俺の気持ちに答えられるかどうかわからないって言ってくれるってことは、これから答えられるかどうか考えてみてくれるってことだよな。俺、亮に好きになってもらえるように頑張るよ!」
「ええ?」
 えっとそうなるのか?言葉通りの意味だとそうか。
 そうだな。俺、そう思ってたのか。

 和樹が体を離して俺を見つめてくる。
 キラキラしたクッソイケメンの笑顔がまぶしいぜ。ちくしょう。
「亮、一緒に志望校に合格して、ずっと側にいられるようにしような!俺頑張るからよろしくな!」
「あっああ、俺も合格できるように頑張るよ」
 また和樹が俺をぎゅうぎゅう抱きしめてくるから引きはがすのが大変だった。


 流されたような気がしないでもないがそれからの和樹は清々しいほど俺への好意を隠さなくなっていって色々あったのはまた別の話だ。



 そして春に俺と和樹と司は無事に志望の大学に合格した。また3人で遊べると喜んだのは言うまでもない。
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