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1-1.誰が駒鳥を捕まえたの?
しおりを挟むヒンカラカラカラ……ヒンカラカラカラ
「鳴き声はうまく入ったな。あとは音声認識の登録だけだ」
黄金の鳥籠の中には頭から胸に鮮やかな橙色が施された灰褐色の鳥。駒鳥を模したその鳥の目には青い宝石を填め込んだ。気に入ってくれたらいいのだけれど。
「サルビア殿下、またそのように散らかされて……もう間もなくアイリス殿下がお見えになりますよ」
「ああ、アイリスのものを作っていたのだ。もう片付けるよ……。
手を出すなよ。部品をなくしたら大損だからな」
「承知しておりますよ。はあ、もう少し王子殿下らしい発言をしてくださいまし。魔道具を作るときにしか才能を発揮されないのは困ったことでございますよ」
工具を広げておもちゃを組み立てる俺に、侍従のジーンから飛ばされるいつものお説教。それを躱しながら、さっさとその場を片付けた。
「サルビア兄さま。ご機嫌麗しゅうございます」
程なくして弟のアイリスが宮に訪れた。
アイリスは金色の髪に灰青色の目の可愛い腹違いの弟だ。一か月後に成人するのを待って、国の英雄カーディス・リットン将軍に降嫁することが決まっている。
俺たちの国、ヴァレイ王国ではそれなりの功績があった者に「褒賞」として王子を降嫁させる習わしがある。
王妃や身分の高い家から来た側妃の子は、降嫁する対象にはならない。身分の低い母親から生まれた王子だけだ。素の皇子には、王位継承権は与えられていない。王子を降嫁させるのは王家の血を引く子どもを作らせないためで王女は血を分けるための家に嫁いでいく。俺が功労者だったら、王子よりも領地やいっそ金銭などの報酬をもらう方が清々しいと思うのだが、どうなのだろうか。
降嫁させる王子には、花の名前がつけられる。そしてそのまま褒賞となる俺たちは、『花の名の王子』と呼ばれている。俺は、平民の母親から生まれた第三王子のサルビア。褒賞要員に相応しい美しい花の名前だ。
アイリスは第四王子で、母親は下級貴族の娘で側妃の侍女だったそうだ。
「あ、素敵な小鳥。もしかしたらこれは……」
アイリスは俺の部屋の卓に乗っている鳥籠を見て目を輝かせた。
「ああ、アイリスの成人のお祝いだ。あとはアイリスの声に反応してさえずるようにすれば仕上がるよ」
鳥籠の中にある細工物の駒鳥は魔鉱石によってさえずるように作ってある。鳥の内部に組み込む魔鉱石にアイリスの魔力を流しながら音声を登録すれば彼が呼んだ時だけさえずるようになる細工だ。
「どんな音声を入れる?この鳥に名前をつけてやってもいいけどね」
「わかりました。ロビン…と」
「ロビン…?」
「はい。お願いした時からそのつもりでした。ロビンは僕の心の支えです。ずっとそうでいてくれるでしょう」
アイリスは嬉しそうに、魔鉱石にロビンと音声認識と自分の魔力を登録した。魔力登録には、血液を使った。その場で魔鉱石を内部に填め込んで、回路とつないで仕上げをする。
ロビンとは、あまりにも『そのまま』の名前だ。ロビンと言う名にしそうだという予測はあったものの、本当につけるとは。
アイリスが「ロビン」と呼ぶと、駒鳥は美しい声でさえずる。アイリスは何度かその名を呼びかけて、駒鳥さえずらせ、満足げに微笑んだ。
上質な魔鉱石を使ったので、しばらくはこの鳥のさえずりを楽しむことができるはずである。不具合が起きたら修理に持ってきてくれれば良いのだが、これからの俺たちの身の振り方によっては、それもままならないだろう。
「チェスター殿下も、サルビア兄さまに鳥を作ってもらいたいとおっしゃっていましたよ」
チェスターは王弟で、俺たち『花の名の王子』の管理をしている。俺たちの父親である国王とは、腹違いだ。殿下の母親はどこかの国の公爵の娘で、両国の和平のために側妃になったと聞いている。王位継承権の関係で現国王から子どもを作ることを望まれていないため、現在も独り身だ。
「はあ、鳥の姿をした何を欲しがっていらっしゃるのだろう。チェスター殿下は、変わったものを作るように言ってくるからね。あの方が、魔道具の材料を購入する許可を出してくださるのだから、できるだけ要望には応えたいのだけれど……」
「サルビア兄さまの作ってくださる魔道具は、美しいですからね。いただいたものは、全て持って行くつもりです」
自分の作ったものを気に入って貰えたのが嬉しくて、俺は笑顔になる。
ジーンが頃合いを見計らって、花茶とお菓子を用意してくれる。茶色の髪に薄茶色の瞳の一見儚げな侍従は俺の専属になる前はチェスターのところで侍従見習いをしていた。俺より四歳年上のこの侍従はしっかり鍛えられているから、お説教が無ければ気が利いていて優秀なのだ。
「ジーンが、王宮の厨房からお菓子をもらってきてくれた。美味しいはずだよ」
俺の宮にはお金がないので、城下の高級店の菓子は買えない。それを知っている王宮の料理長が俺たちのおやつを作ってくれる。料理長は、良い人なのだ。
「ああ…お菓子も花茶も美味しいです。ジーンの淹れてくれる美味しい花茶を、これまでのように味わえなくなるのは、寂しいな」
花模様の茶器に入った花茶を、アイリスが美しい所作で飲む姿に、俺は見惚れてしまう。アイリスの優雅で王子らしい立ち居振る舞いは、俺の王子教育の時にも指標になった美しさだ。俺は、未だにアイリスの域には届いていないけれど。
「わたしもアイリス殿下にお会いできなくなるのは寂しゅうございますが、おめでたいことでございますから」
「ああ、何日かジーンを貸すから、思う存分花茶を淹れさせればいいよ」
「あは。それは素敵ですね」
「サルビア殿下、何をおっしゃるのです。わたしはいつもサルビア殿下とともに」
「いや、たまには息抜きしてもいいのだぞ」
ジーンが無駄な忠誠心を示すのを、アイリスは微笑まし気に見ていた。
二人でお茶の時間を楽しんだ後、大事そうに鳥籠を抱えて帰るアイリスの様子を見て、俺は作った甲斐があったと満足感を得た。
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