あの人は私を名前で呼ばない

某千尋

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合コンと出会い1

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「みずきおそーい!もうみんな中で待ってるって!」

 お店の前で私を待っていたななちゃんが言葉を交わす間もなく私の背中を押す。はいはいと言いながらその流れに任せる。

 いつでも美しい彼女だが、今日は気合が入って一段と華やかだ。柔らかく巻かれた栗色のロングヘア、ぱっちりと大きな目には意志の強い瞳が浮かんでいる。くるんと上がった長いまつげに形の良い唇。

 自分と比較するのが恐れ多いと思うほど、ななちゃんの顔は整っている。今日は完全に引き立て役になりそうだな、と思いながら店内に入る。

「あ、きたきた」

 先に店に入っていたゆうきが私たちを見つけて手で合図する。
 席にはゆうきの他に男性が二人座っていた。私とななちゃんが席に着いたところで各々飲み物を注文する。挨拶と当たり障りのない会話を少し交わしたところで飲み物が提供され乾杯する。

「じゃあ、まずは自己紹介から」

 ゆうきが言うと、待ってましたとばかりにななちゃんの前に座っていた男性が口を開く。

「小森の同期の宮田圭介です。圭介って呼んでください!  趣味はフットサルで、それ以外にもアウトドア系は何でも好きです!」

 短髪の似合う爽やかな好青年、という印象の宮田さんは、印象通り爽やかな笑顔で自己紹介をした。
 その目線はななちゃんに真っ直ぐ向いており、彼がゆうきにななちゃんとの合コンのセッティングを頼んだその人なのだとすぐにわかった。きっとななちゃんも気付いているだろう。

「あんまり長く自己紹介するのもアレなので、あとはお酒飲みながら色々話しましょう!」

 爽やかに締めくくり彼の隣、つまり私の目の前に座る男性に目配せをする。

「勅使河原譲です。同じく小森と同期で、今日は宮田に誘われて来ました。趣味は料理です」

 いかにも体育会系の宮田さんとは対照的に、勅使河原さんは一見インテリ系でとっつきにくい雰囲気をもっている。
 しかし、口を開くと予想外に柔らかく心地の良い声で、優しく微笑む様から穏やかな性格が見て取れ、あっさりと見た目の印象を塗り替えられた。

「料理!何が得意なんですかー?」

 素早くななちゃんが反応する。そういえば、ななちゃんは料理が苦手なので、料理の上手な男性が好きだと言っていた気がする。目線でラブコールを送っていた宮田さんの目が泳いでいる。
「小難しいものを作るというより、自炊するのが好きなんです」

「えっ、じゃあ毎日自炊してるんですか?仕事もあるのにすごーい」

「習慣になれば苦にならないですよ」

 ななちゃんは勅使河原さんに興味を持ったらしい。哀れ宮田さん、ななちゃんは華やかな見た目で誤解されがちだが、堅実な人間なので生活力アピールの方が効くのだ。

「勅使河原さんのことはなんて呼べばいい?」

「譲でいいですよ」

「ふふっ、珍しい名字ですよね。みずき、羨ましいでしょ」

 撃沈する宮田さんに同情している最中に突然話を振られて驚く。羨ましい?言われたことを頭の中で反芻しながら口を開く。

「えっ、あ、そうですね。私は「田中」でありふれた名字なので、珍しい名字には何となく憧れがあるんですよ」

「田中さんっていうんだ!じゃあこのまま田中さんの自己紹介に移っちゃおう!」

 ななちゃんと勅使河原さんの会話がこれ以上弾まないようにしようと思ったのか、宮田さんがやや強引に勅使河原さんの自己紹介を終了させた。必死だなあと思いつつ、その正直さに嫌な気分にはならない。

「あ、はい。田中みずきといいます。ゆうきとは高校からの友人です。趣味は特にないです。」

「みずき」

 あまりに素っ気ない自己紹介だったからか、ななちゃんから目で責められる。

「あー、今は趣味がないんですが、最近時間ができたので、これから何か始めたいなと思っています。何かおすすめのことあったら教えてください」

 これでいいでしょ、とななちゃんを見る。ななちゃんは、少し不満げな表情ではあったもののうんうんと頷いたので、及第点ではあったのだろう。

「最近時間ができたというのは、仕事の内容が変わったりしたのですか」

 このままあっさりななちゃんの自己紹介に移ると思っていたところで勅使河原さんに質問される。時間ができたのは離婚をしたからなのだけれど、さっき会ったばかりの人間にいきなり離婚なんて重い話をすることはできない。

「まぁ……そんな感じです」

 うまく誤魔化す嘘も思いつかず、苦笑いする。

「じゃあ次私ね」

 私の様子から察してくれたのか、ななちゃんが話をそらす。ななちゃんはたまにデリカシーがないところがあるけれど、よく周囲を見ていて勘もよく、さりげなく気遣ってくれる優しさがある。私はほっと小さく息をついた。

「うん、じゃあ最後になな」

  ゆうきも空気を読んでななちゃんに乗っかる。

「え?  小森は自己紹介しないの?」

  ゆうきの言葉に宮田さんが反応する。

「いや、みんな知り合いだし自己紹介いらないでしょ」

 そういえばそうだ。私とななちゃんはもちろんのこと、宮田さんと勅使河原さんもゆうきと同じ会社の人間で顔見知りなのだ。すると、ゆうきは知り合い同士を単に紹介しているだけになる。

「たしかに。ゆうきには悪いことしたわね」

「なな、そういうのは気にしなくていいから。そういうことで、ほら、なな自己紹介!」

 ゆうきが少し焦ったようにななちゃんを促す。その様子に少し違和感を覚える。しかしどうかしたのか聞く前にななちゃんが自己紹介を始める。

「はいはい。白鳥奈々恵です。ゆうきとみずきとは高校からの友人です。趣味は居酒屋巡りです」

「居酒屋巡りって……もしかして一人で行くの?」

 先程からななちゃんと話したくて仕方がなかった様子の宮田さんが食いつく。まだ諦めていないようだ。

「一人でも行くし、友達とも行くかな。ゆうきとはよく行ってるよー」

 どきりとする。私はゆうきと二人で飲みに行ったことなどない。家庭があった私に気遣ってのことかもしれないが、それにしてもここ二年間は予定が全く合わず、私はゆうきに会うことさえなかったのだ。私とは会っていなかったのに、ななちゃんとは頻繁に二人で会っていたのか。
 人知れず落ち込んでいると、前から声をかけられた。

「田中さん、サラダとりましょうか」

 トングを右手に持った勅使河原さんがこちらを見ている。私が考え込んでいる間にななちゃんの自己紹介は終わったらしい。

「あ、いえ自分で……」

  トングを受け取りお皿にサラダをよそう。

「田中さんのことは、なんとお呼びすればいいですか」

 そういえば、宮田さんと勅使河原さんはそんな話をしていたけれど、私は何も言わなかったな、と自分のやる気のなさを改めて自覚する。

「みずきでいいですよ。自分の名字あんまり好きじゃないんです」

「ああ。さっきおっしゃってましたね。読み方を間違えられることがなくて羨ましいと思いますが、お互い無い物ねだりですかね」

 勅使河原さんの丁寧すぎる喋り方になんだかむず痒くなる。

「そうかもしれないですね。ところで、同い年ですよね?  いきなりタメ口もアレですが、そこまで丁寧に話されると少し緊張しちゃいます」

「ああ。すみません。初対面だとどうも……気をつけます」

 困ったように笑う勅使河原さんを見て、きっとこの人はいい人なんだろうなと思う。私がゆうきと出会っていなければ、こういう人を好きになったのではないだろうか。否、そもそも夫と別れることがなかったのか。
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