あの人は私を名前で呼ばない

某千尋

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【番外編】いつの日か

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 土曜日の午後。
 ゆっくり映画でも観ようと誘われてゆうきの家へ赴く。笑顔で迎えてくれたゆうきと玄関先でハグをしてから他愛無い話をしながら部屋に入る。
 私をリビングに通したゆうきは座って待っていて、と言ってソファに私を座らせてからキッチンへ消えていった。
 ダークブラウンを基調とした家具。その中に馴染む深い緑のソファ。そこだけを見ると男性的な色合いだけれど、黄緑の優しい色のカーテンが全体を柔らかい印象に仕上げている。
 私はゆうきの部屋のこの優しく包み込むような雰囲気が好きだった。

 しばらくしてマグカップを二つ持ったゆうきが戻ってきた。私がこの部屋へ来るようになってから買ったお揃いのマグカップである。
 ありがとう、と言ってマグカップを一つ受け取った私は、コーヒーの香りに包まれほう……と息をつく。

 もうここへ来るのもすっかり慣れたな。

 ゆうきと付き合うようになって半年。私たちの交際は順調だ。緩む口元を隠すようにマグカップを持つ。
 ゆうきは私の隣に座る。肩と肩が触れ合うほどの近い距離。この距離が当たり前になるなんて、妄想ばかりしていた頃の私に教えてあげたい。

 今日は何の映画を見るのかな、とゆうきの方をちらりと見ると、ゆうきの表情が少し硬いように見えた。どうしたのだろうと私が口を開こうとする前に、ゆうきが口を開く。
 
「ねえ……ニュース見た?」

「ニュース?」

「うん。同性婚に関する違憲判決が出たってニュース」

 言われて思い出す。そういえば、そんなニュースを見た気がする。

「確か……同性同士の婚姻届を受理しなかったことが違憲だって判断された判決だっけ」

「そう、それ」

 ゆうきはコーヒーを飲み、一つ息をついた。

「ねえ、みずき」

「うん?」

「もし、いつの日か、同性同士でも結婚できるようになったらさ」

 そこまで言ってゆうきの言葉が止まる。私は持っていたマグカップをテーブルに置いてゆうきに向き直る。ゆうきもマグカップを置いて、私を見る。その瞳には不安の色が浮かんでいた。私はその不安を否定するように微笑んで続きを促す。
 すると、ゆうきは、ほっとしたような顔をして、口を開く。

「その時は、私と結婚してくれる?」
 
 ゆうきの言葉が耳に届いた瞬間、ぽろりと私の目から溢れるものがあった。

「えっみずき?どうしたの?」

 いくつもいくつも私の頬を涙が伝い、慌てたゆうきがたくさんのティッシュを涙にあてる。

「……うれ……しくて……」

 ゆうきに告白された時、あの瞬間が私にとって人生で一番幸せな瞬間だと思っていた。
 でも、ゆうきと日々を過ごす中で、幸せな瞬間はどんどん増えていった。もう今は、どの瞬間が一番かなどわからない。
 こんなに、こんなに幸せなのに、更にゆうきは私を幸せにしてくれる。

「もちろん、もちろんだよ。私はどんな形でも、ゆうきとずっと一緒にいたい。でも、もし結婚できるなら、私はゆうきと結婚したい」

 私がそう言うと、ゆうきが優しく抱きしめてくれた。
 上の方から、嗚咽が聞こえる。

「ありがとう……みずき。ありがとう……」

 私とゆうきは、そのまま二人で大泣きした。




「……ゆうき」

 泣き止んだ後、私は深呼吸してからゆうきの手を握る。今度は私がゆうきに伝えようと思った。

「なに?」

「結婚したらさ、私、「小森」になりたいな」

 ゆうきは目を丸くした後、再び瞳を潤ませた。 

「……珍しい名字じゃないけど、いい?」

「いい。私にとって、最高の名字だから」

 正直名字なんてどうだっていいのだ。夫婦別姓を謳う風潮だってある。
 でも、ゆうきが私の名字にこだわっていたことを知っているし、今も少し気にしていることに気づいている。私は、ゆうきの心の中に残っているその小さなトゲを抜いてしまいたかった。

「みずき。ありがとう。私、こんなに幸せでいいのかな」

「私も幸せだよ。私はゆうきと一緒にいるだけで幸せなの」

 再び泣き始めたゆうきの肩を抱きながら、いつの日か私とゆうきが家族になる日を思い描く。

 ゆうきは自分がレズビアンであることにコンプレックスを持っていて、私とななちゃん以外の人にカミングアウトしていない。
 でも、私と一緒に過ごす中で、不安も、恐怖も、全部払拭してくれたらと思う。

 何があっても、私がそばにいるから。病めるときも、健やかなるときも、必ず支えるから。

 いつの日か。
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