2 / 20
夫の愛情は不要な妻
しおりを挟む
アルバートが彼女を初めて見たのは父にハルスタッド一族の女たちが住む離宮に連れてこられた時。その頃のアルバートはまだ10歳くらい。珍しく、父親に声をかけられ、「お前もそろそろ覚悟しておいたほうがいい」と連れてこられたのだ。
入り口のある面にしか窓がない為に外からは中を窺い知ることのできない離宮。それがハルスタッド一族の女たちが住む場所だった。
彼女らが王宮に上がった時はベールを頭からかぶっていて、誰もその素顔を見たことがない。そんな女たちが住む離宮。そこに出入りできる男は、彼女らの夫たちだけ。
彼女らの素顔を見たことがない者は離宮の窓から見える女をハルスタッド一族の女だと思っていた。
父に連れられて、その離宮の中に入ることのできたアルバートはそこで間違いを知った。
アルバートが父に連れられて入った離宮の中庭で、煙るような眼差しの黒い巻き毛の女たちが集まってお茶会を開いていた。その景色は壮観だった。まるで夢でも見ているようにただそれに見惚れてしまった。
当時まだ飲んだことのない酒精の強い酒にでも酔ったかのように、アルバートの頭は鈍くなって動かなかった。
甘い匂いは中庭に咲いている花の匂いだろうか?
ぼんやりとしているアルバートに父親が声をかける。
「アルバート。何を呆けておる」
「あ、はい」
慌てて返事をするアルバートを叔父たちが笑う。
父親に声をかけられたおかげで、そのお茶会には黒い巻き毛の女たちだけでなく、叔父たちや大叔父が参加していたのをアルバートはようやく気付いた。
「アルバートもまだ子どもだ。この楽園が現実だと認識できないのは仕方がないだろう、兄上」
「いや、子どもだと言い切れぬから、見惚れてしまうのだろう」
言いたい放題に言われてアルバートは悔しかったが、父親はそんな弟たちに手を振って答える。
「それも仕方がない。アルバートにはそろそろ心構えが必要な歳だからな」
声をかけられた時と同様に父親はアルバートに何かさせたいようだったが、アルバートの目はまた女たちに引き付けられ、頭はものを考えられない状態になっていた。
「アルバート。あれが私の一人目のリーンアン」
父親に手で指示されて微笑んだのは大叔父の隣にいる女。
「二人目がリーンセーラ」
今度は叔父の隣にいる女だった。
リーンセーラと紹介された少女を見たアルバートはそれ以降の記憶をおぼえていない。父親と同じように大叔父や叔父たちもそれぞれの妻たちを紹介したのだろうが、まったくおぼえていなかった。
アルバートは父親から二人目と紹介された女に意識を奪われていた。
他のハルスタッド一族の女たちと同じ色の髪。血縁者であることを色濃く表す似た顔立ち。同じように物憂げに伏せられた目。その眼の色だけが他の女たちとは違う。
どこまでも澄んだ空の色をした青がアルバートの網膜の裏に焼き付いた。
次にリーンセーラを見たのはアルバート自身の妻となるリーンリアナが離宮に移り住み、顔合わせをする時だった。
この時も、父や叔父たちなどハルスタッド一族の女たちの夫と一緒だった。
アルバートは離宮に入ってから、リーンセーラの姿だけを探し、リーンリアナを紹介されれば興味のない貴族との歓談をこなすように会話を楽しんでいる振りをしてみせた。
遅々として苦痛な時間は続き、リーンリアナが慕っている姉に目で助けを求めたり、話を振ってくれた時だけがアルバートにとって幸せな時間だった。
父の妻であるリーンセーラに婚約者であるリーンリアナの目の前で話しかけることはそれ相応の理由がいるからだ。
リーンリアナとの結婚はアルバートがこの国の結婚可能年齢である14歳になった時とされ、それまでアルバートはリーンリアナと親しくするのを目的に何度もハルスタッド一族の女たちが住む離宮でのお茶会に招かれた。何度も何度も苦痛の時間を耐えることになった。
そんなある日、そのお茶会はリーンリアナとその姉であるリーンセーラだけのものに変わった。他の王族の姿も、他のハルスタッド一族の女たちの姿もない。
お茶会の場所もリーンリアナやリーンセーラの居間を使われるようになった。
アルバートはリーンセーラに与えられた部屋の居間に入ることができて、より一層、リーンセーラに気持ちが傾倒していった。
愛する女性の私的な空間に出入りすることを許されたその時のアルバートの気持ちを考えればそれも仕方ない。
ただ、アルバートはそれがリーンリアナによって仕組まれたものだとは気付いていなかった。
初めて会った時からアルバートに心惹かれていたリーンリアナは、アルバートの気持ちが自分に向けられていなかったことを敏感に察していた。複雑な家に生まれたリーンリアナは同世代の異性に免疫がなく、初めて言葉を交わす同世代の異性に簡単に心奪われてしまっていたのだ。アルバートの言葉だけでなく、視線の先までも見ていたリーンリアナにはアルバートの関心が自分に一切向けられていないこともすぐに気付いてしまった。
では、誰に向けられているのか?
熱の籠もった視線の先を手繰り、姉を見つけたリーンリアナは、少しでもアルバートに見てもらいたくて、お茶会を姉との三人でのものにした。
愛するアルバートが少しでも姉と一緒にいられるように。
そしてほんの少しでもいいから、私を見てくれますように。
あなたがお姉様を望むなら私が会える機会を作るから、少しだけでいいから私のことも見て。
その願いが叶えられることもなく、リーンセーラを愛するアルバートと彼を愛することで絶望を知ったリーンリアナは結婚を意味するものが何一つないままで夫婦となった。
その日から、リーンリアナは夫の愛情を求めるのをやめた。
入り口のある面にしか窓がない為に外からは中を窺い知ることのできない離宮。それがハルスタッド一族の女たちが住む場所だった。
彼女らが王宮に上がった時はベールを頭からかぶっていて、誰もその素顔を見たことがない。そんな女たちが住む離宮。そこに出入りできる男は、彼女らの夫たちだけ。
彼女らの素顔を見たことがない者は離宮の窓から見える女をハルスタッド一族の女だと思っていた。
父に連れられて、その離宮の中に入ることのできたアルバートはそこで間違いを知った。
アルバートが父に連れられて入った離宮の中庭で、煙るような眼差しの黒い巻き毛の女たちが集まってお茶会を開いていた。その景色は壮観だった。まるで夢でも見ているようにただそれに見惚れてしまった。
当時まだ飲んだことのない酒精の強い酒にでも酔ったかのように、アルバートの頭は鈍くなって動かなかった。
甘い匂いは中庭に咲いている花の匂いだろうか?
ぼんやりとしているアルバートに父親が声をかける。
「アルバート。何を呆けておる」
「あ、はい」
慌てて返事をするアルバートを叔父たちが笑う。
父親に声をかけられたおかげで、そのお茶会には黒い巻き毛の女たちだけでなく、叔父たちや大叔父が参加していたのをアルバートはようやく気付いた。
「アルバートもまだ子どもだ。この楽園が現実だと認識できないのは仕方がないだろう、兄上」
「いや、子どもだと言い切れぬから、見惚れてしまうのだろう」
言いたい放題に言われてアルバートは悔しかったが、父親はそんな弟たちに手を振って答える。
「それも仕方がない。アルバートにはそろそろ心構えが必要な歳だからな」
声をかけられた時と同様に父親はアルバートに何かさせたいようだったが、アルバートの目はまた女たちに引き付けられ、頭はものを考えられない状態になっていた。
「アルバート。あれが私の一人目のリーンアン」
父親に手で指示されて微笑んだのは大叔父の隣にいる女。
「二人目がリーンセーラ」
今度は叔父の隣にいる女だった。
リーンセーラと紹介された少女を見たアルバートはそれ以降の記憶をおぼえていない。父親と同じように大叔父や叔父たちもそれぞれの妻たちを紹介したのだろうが、まったくおぼえていなかった。
アルバートは父親から二人目と紹介された女に意識を奪われていた。
他のハルスタッド一族の女たちと同じ色の髪。血縁者であることを色濃く表す似た顔立ち。同じように物憂げに伏せられた目。その眼の色だけが他の女たちとは違う。
どこまでも澄んだ空の色をした青がアルバートの網膜の裏に焼き付いた。
次にリーンセーラを見たのはアルバート自身の妻となるリーンリアナが離宮に移り住み、顔合わせをする時だった。
この時も、父や叔父たちなどハルスタッド一族の女たちの夫と一緒だった。
アルバートは離宮に入ってから、リーンセーラの姿だけを探し、リーンリアナを紹介されれば興味のない貴族との歓談をこなすように会話を楽しんでいる振りをしてみせた。
遅々として苦痛な時間は続き、リーンリアナが慕っている姉に目で助けを求めたり、話を振ってくれた時だけがアルバートにとって幸せな時間だった。
父の妻であるリーンセーラに婚約者であるリーンリアナの目の前で話しかけることはそれ相応の理由がいるからだ。
リーンリアナとの結婚はアルバートがこの国の結婚可能年齢である14歳になった時とされ、それまでアルバートはリーンリアナと親しくするのを目的に何度もハルスタッド一族の女たちが住む離宮でのお茶会に招かれた。何度も何度も苦痛の時間を耐えることになった。
そんなある日、そのお茶会はリーンリアナとその姉であるリーンセーラだけのものに変わった。他の王族の姿も、他のハルスタッド一族の女たちの姿もない。
お茶会の場所もリーンリアナやリーンセーラの居間を使われるようになった。
アルバートはリーンセーラに与えられた部屋の居間に入ることができて、より一層、リーンセーラに気持ちが傾倒していった。
愛する女性の私的な空間に出入りすることを許されたその時のアルバートの気持ちを考えればそれも仕方ない。
ただ、アルバートはそれがリーンリアナによって仕組まれたものだとは気付いていなかった。
初めて会った時からアルバートに心惹かれていたリーンリアナは、アルバートの気持ちが自分に向けられていなかったことを敏感に察していた。複雑な家に生まれたリーンリアナは同世代の異性に免疫がなく、初めて言葉を交わす同世代の異性に簡単に心奪われてしまっていたのだ。アルバートの言葉だけでなく、視線の先までも見ていたリーンリアナにはアルバートの関心が自分に一切向けられていないこともすぐに気付いてしまった。
では、誰に向けられているのか?
熱の籠もった視線の先を手繰り、姉を見つけたリーンリアナは、少しでもアルバートに見てもらいたくて、お茶会を姉との三人でのものにした。
愛するアルバートが少しでも姉と一緒にいられるように。
そしてほんの少しでもいいから、私を見てくれますように。
あなたがお姉様を望むなら私が会える機会を作るから、少しだけでいいから私のことも見て。
その願いが叶えられることもなく、リーンセーラを愛するアルバートと彼を愛することで絶望を知ったリーンリアナは結婚を意味するものが何一つないままで夫婦となった。
その日から、リーンリアナは夫の愛情を求めるのをやめた。
403
あなたにおすすめの小説
親切なミザリー
みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。
ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。
ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。
こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。
‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。
※不定期更新です。
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
王子は婚約破棄を泣いて詫びる
tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。
目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。
「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」
存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。
王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。
婚約者を友人に奪われて~婚約破棄後の公爵令嬢~
tartan321
恋愛
成績優秀な公爵令嬢ソフィアは、婚約相手である王子のカリエスの面倒を見ていた。
ある日、級友であるリリーがソフィアの元を訪れて……。
もう我慢したくないので自由に生きます~一夫多妻の救済策~
岡暁舟
恋愛
第一王子ヘンデルの妻の一人である、かつての侯爵令嬢マリアは、自分がもはや好かれていないことを悟った。
「これからは自由に生きます」
そう言い張るマリアに対して、ヘンデルは、
「勝手にしろ」
と突き放した。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる