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ウォルト
幼馴染のウォルトに兄らしく説教されました
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現実逃避したい私は板張りの天井の染みや変な形の木目を探して時間を潰した。
思ったように染みや変な形の木目がない。
「・・・」
気まずい。
ウォルトは早く出て行ってくれないかな?
眠らないと出て行かないなら眠るしかない。
羊を数えれば眠れるそうだけど・・・にやけた顔でこっちを見ている羊が思い浮かんで、キモイ。
この羊を数えるなんて駄目だ。
すぐ寝ちゃった時はどうだったっけ?
夜はいつもすぐに寝ちゃうからわからない。
安眠タイプだから役に立たなかった。
じゃあ、前世は・・・ゲームしていて寝落ちしたことしか思い出せない。
前世の記憶も役に立たなかった!
アイリーンやマリーンと一緒に中庭に横になるとすぐ寝ちゃったっけ。丈の低い香草が絨毯のように地面を覆っていて、身体の下敷きになったそれから良い香がしたんだよね。
本当に良い香だったなあ。
思い出したら眠くなってきた。
いいよ。
いい流れだ。
このまま眠ってしまえば、ウォルトも部屋を出て行ってくれるに違いない。
家族以外の男性の前に寝顔を晒すことなんかこの際、記憶のかなたにポイだ。男性と言っても、所詮ウォルトだし。
ウォルトは幼馴染ではなく、兄。それでいい。
婚約者なんかにならなければ、私がひどい目に遭わされることもないしね。
一生、そのカテゴリーのままでいい。
「なあ、リーンネット」
「何、ウォルト?」
うとうとしかけた私にウォルトの声が降ってくる。
寝ろと言ったくせに、どうして話しかける?
「お前さあ。ワガママもたいがいにしとけよ」
「何よ、ワガママって?」
言われても、ワガママなんか身に覚えはない。
「さっきのことだ。お前がワガママ言って、無茶をして、おじ上やおば上、オスカーが心配しないとでも思っているのか? みんなこの数日間、心配していたんだぞ?」
ミス・アーネットの授業のことか。あれは自分でも体力のこととかわかってなかった。
でもね、自分が破滅させられるとわかったら足掻かない?
必死に足掻くもんじゃない?
時間があれば回避しようとすぐに動き出すもんでしょ?
・・・。
ただ、そうしようとして、身体が付いていかなかっただけだけど。
自分が悪役に仕立て上げられるから、それが嫌だって言えばウォルトも協力してくれるかもしれないけど、どうしてそれがわかったかと訊かれたら答えられない。
前世の記憶(笑)だよ?
学校に通うことはなくなっても、いつの時点で婚約することになるかわからないウォルトと14になったら即結婚させられかねない。
無理!
ウォルトは無理!
ウォルト相手に結婚なんて考えられない!
今はウォルトとの結婚ことじゃなかった。
両親と兄のことだった。
私が学校を去ったとしても、受け入れてくれる両親。
だけど、私が寝込んでいても、両親も兄も心配しているところなんか欠片も見えないんだけど。みんないつものように忙しそうにしているとしか思えない。
それをどうしてウォルトは心配してるって言うの?
私には両親も兄も心配していないように見えてイライラとする。
「ウォルトがどうしてそんなこと言えるのよ」
苛立ったせいか、ふてくされたような声になってしまう。
「伊達に毎日この家に来ているわけじゃないから、それくらいのことはわかる」
眠気はすっかり吹き飛んだ。
おかしいでしょ! 毎日この家に来ているってとこ、おかしいでしょ! このどこがおかしくないのかわからないところはツッコミどころしかない!
私は勢いよく起き上がって、ツッコミを入れた。
「毎日って、そこは胸張って言うとこじゃないでしょ!」
「なんでだ? 俺がオスカーと仲良くしているのがどこがおかしい? 父上とおじ上が盟友であるように、俺とオスカーも盟友なんだぞ。お互いの家に行き来していて何がおかしいんだ?」
盟友だからって、来過ぎだよ。
だからウォルトはこの家に馴染み過ぎてるんだ。案内がなくても、この家の中を迷わないのも頷ける。
「行き来っていうのは、お互いの家に行くもんでしょ? オスカーはウォルトの家に行かないじゃない。ウォルトが毎日、この家に来ているんじゃない」
ハトが豆鉄砲を食らったような顔をしたけど、ウォルトはすぐに納得してくれた。
「言われてみれば、そうだな。オスカーは俺の家に来ないな」
「でしょう?」
言われなければ気が付かなかったらしい。
ウォルトの素直だけどちょっとお馬鹿なところがプレイヤーには人気だったんだろうか?
この、デリカシーがなくても攻略対象め!
ヒロインがムカついて攻略対象の魅力に酔いしれられなかったのが悔しい。
「だからと言って、俺とオスカーの関係は変わらない。――だから、オスカーに心配をかけるような真似はしないでくれ」
「オスカーは私のことなんか興味ないから、心配しているわけないじゃない」
私の兄はウォルトだ。
どう考えても、ウォルトだ。
誰がどう見ても、ウォルトだ。
幼馴染のほうが兄らしい時点で、オスカーは兄じゃない。
もしかして、ウォルトが私を既に囲い込んでいて、外堀を埋めまくって私の家族にまで牽制している――なわけないか。ウォルトは腹黒じゃないし。
攻略対象としてもお兄さん系だもんね。
腹黒枠は別の人。
「それは違う! オスカーはお前のことを気にかけているんだ。本当だ。それは忘れないでいてくれ。リーンネット、お前が寝込んでいる間、オスカーはずっと気もそぞろで、凡ミスばかりしていたんだからな」
「そんなの信じられないわ。だって、あの無表情なオスカーが、なのよ」
私は無表情な兄しか知らない。
誰が何と言おうが、私を避けて、無表情な兄が私のことを気にかけているとは思えない。
さっきだって倒れそうになったのを見ていたのに、「大丈夫そうで安心した」とか言って立ち去ったんだよ?
「リーンネット!」
「・・・私だって、オスカーと仲良くしたいのよ・・・。でも、オスカーがそうさせてくれないの」
ウォルトは叱るけど、私と兄との絆はないに等しい。
接点すらほとんどないし、兄はあの調子だ。
関係改善したいし、ここはウォルトに打ち明けておいたほうがいいかもしれない。
ウォルトならきっと力になってくれる。だって、
ウォルトはお兄さんだから。
「オスカーは私を見かけるとすぐに立ち去るの。食事はまだ子ども部屋で食べないといけないし、話せるのはごくまれよ。それなのに、どうやったらオスカーと仲良くしろって言うの?」
「リーンネット・・・」
実情を打ち明けたら、ウォルトは正義感が強いウォルトらしく気にやんでくれた。
「じゃあ、オスカーにプレゼントでも用意するか?」
「プレゼント? なんで?」
プレゼント攻撃でもしろっていうの?
ゲームでヒロインが攻略対象にプレゼント攻撃していたけど、それをモブな兄(オスカー)にしろと?
「何だ? 知らないのか?」
わけがわからない私を見て、ウォルトは首を傾げた。
「知らないのか?」って言われても、プレゼントするのに何かいい口実でもあるの?
思い出そうとしたけど、思いつくものはない。
「知らないのかって、何を?」
「もうすぐオスカーの誕生日だってことさ」
兄の誕生日?!
そんなものあったの?!
ないとおかしいけど、今まで誕生日のお祝いなんかしたことないよ。
誕生日の朝、起きたら両親からプレゼントが届いていて、添えられていたメッセージカードがあるくらいだったよ。
だから、両親の誕生日も兄の誕生日も知らなかった・・・。
「オスカーの誕生日に近いの?」
「そうだけど・・・。もしかして、本当に知らなかったのか?」
愕然とした様子のウォルト。
「もしかしなくても、知らなかったわ」
私の答えを聞いて、さらに驚いた表情をするウォルト。
「じゃあ、プレゼントも?」
「上げたことはないわ。私ももらったことはないし」
両親からのプレゼントだけだったし。
「何だって?! ――じ、じゃあ、商人を呼んでプレゼントを選ぼう。リーンネットは何がいいと思う?」
「商人を呼んで」っていうのはわからないけど、ハルスタッド一族の女性たちはプレゼントを自分で作るから、私もオスカーに何を上げようかと考える。
イニシャルと紋章を刺繍したハンカチ?
クラバットに刺繍する?
それとも小物じゃなくて、服とか?
ベストなら今から作っても間に合いそう。
服ならみんなに作ってもらわないと、私だけじゃ間に合わないかもしれない。
どうしよう?
「オスカーに上げるものよね? 何にしよう? 思いつかないなあ・・・」
「俺がオスカーの好きそうなものをみつくろって持って来てもらうか?」
「持って来てもらう」?
ハルスタッド一族の男性たちみたいに、誰かに持って来てもらうんだろうか?
でも、持って来てもらう物はウォルトが選ぶんだよね?
「それじゃ駄目だよ。私がしないと選んだことにならないじゃない」
「そうか・・・。いい案だと思ったんだが」
「お店に行くことはできないの?」
この館から出たことのない私だけど、ハルスタッド一族の男性たちが一族の住む棟に運び込む品がお店で売っていることぐらいは知っている。
このハルスタッドの館は独特だ。ロの字型をしていて、前面の棟は本家とその家族が住むもので、側面やそれ以外は一族の者が住んでいる。この二つの棟は内部の分厚い壁によって物理的に分かれている。
一族の住む棟へは本家の住む棟からハルスタッド一族の男性たちが持つ鍵で中庭を通ってしか行き来できない。
私ですら、あらかじめ約束しているか、本家の住む棟から中庭に出る鍵を持っている一族の男に声をかけて連れて来てもらわないと一族の棟に行くことはできない。
そんな風に面倒だから、一族の棟で使う物は一族の男性たちが運ぶしかない。
本家の住む棟の中庭への扉の鍵を開けておけば、この棟の使用人(一族の住む棟には使用人がいない)が運び込めるのに。
「わかった。明日の昼間に買いに行こう!」
「やったぁ!」
私は人生初の外出に喜んでいて、この館の異常さに気付いていなかった。
まるで、外界から切り離すように本家一家の棟から鍵のかかった扉を抜け、一族以外が出入りできない中庭と一族の住む棟があることを。
ハルスタッドの館が門から見える前面は窓が門の外側に向けて付けられ、門から見えない側面から後ろの窓は館に囲まれた中庭に向けて窓が付けられていることを。
それが当たり前だと思っていた私は、ゲームの中の校舎の作りで気付かなければいけなかった。前世の記憶は限られていても、この館が異常な作りをしていることを。
でも、私の前世の記憶にはゲームを中心としたものしかなくて、私はまだ10歳だ。
だから、今まで知っていたこの館での生活が普通だと思っていた。
それが違うということを、知らされることが起きるなど誰が予想できただろう。
思ったように染みや変な形の木目がない。
「・・・」
気まずい。
ウォルトは早く出て行ってくれないかな?
眠らないと出て行かないなら眠るしかない。
羊を数えれば眠れるそうだけど・・・にやけた顔でこっちを見ている羊が思い浮かんで、キモイ。
この羊を数えるなんて駄目だ。
すぐ寝ちゃった時はどうだったっけ?
夜はいつもすぐに寝ちゃうからわからない。
安眠タイプだから役に立たなかった。
じゃあ、前世は・・・ゲームしていて寝落ちしたことしか思い出せない。
前世の記憶も役に立たなかった!
アイリーンやマリーンと一緒に中庭に横になるとすぐ寝ちゃったっけ。丈の低い香草が絨毯のように地面を覆っていて、身体の下敷きになったそれから良い香がしたんだよね。
本当に良い香だったなあ。
思い出したら眠くなってきた。
いいよ。
いい流れだ。
このまま眠ってしまえば、ウォルトも部屋を出て行ってくれるに違いない。
家族以外の男性の前に寝顔を晒すことなんかこの際、記憶のかなたにポイだ。男性と言っても、所詮ウォルトだし。
ウォルトは幼馴染ではなく、兄。それでいい。
婚約者なんかにならなければ、私がひどい目に遭わされることもないしね。
一生、そのカテゴリーのままでいい。
「なあ、リーンネット」
「何、ウォルト?」
うとうとしかけた私にウォルトの声が降ってくる。
寝ろと言ったくせに、どうして話しかける?
「お前さあ。ワガママもたいがいにしとけよ」
「何よ、ワガママって?」
言われても、ワガママなんか身に覚えはない。
「さっきのことだ。お前がワガママ言って、無茶をして、おじ上やおば上、オスカーが心配しないとでも思っているのか? みんなこの数日間、心配していたんだぞ?」
ミス・アーネットの授業のことか。あれは自分でも体力のこととかわかってなかった。
でもね、自分が破滅させられるとわかったら足掻かない?
必死に足掻くもんじゃない?
時間があれば回避しようとすぐに動き出すもんでしょ?
・・・。
ただ、そうしようとして、身体が付いていかなかっただけだけど。
自分が悪役に仕立て上げられるから、それが嫌だって言えばウォルトも協力してくれるかもしれないけど、どうしてそれがわかったかと訊かれたら答えられない。
前世の記憶(笑)だよ?
学校に通うことはなくなっても、いつの時点で婚約することになるかわからないウォルトと14になったら即結婚させられかねない。
無理!
ウォルトは無理!
ウォルト相手に結婚なんて考えられない!
今はウォルトとの結婚ことじゃなかった。
両親と兄のことだった。
私が学校を去ったとしても、受け入れてくれる両親。
だけど、私が寝込んでいても、両親も兄も心配しているところなんか欠片も見えないんだけど。みんないつものように忙しそうにしているとしか思えない。
それをどうしてウォルトは心配してるって言うの?
私には両親も兄も心配していないように見えてイライラとする。
「ウォルトがどうしてそんなこと言えるのよ」
苛立ったせいか、ふてくされたような声になってしまう。
「伊達に毎日この家に来ているわけじゃないから、それくらいのことはわかる」
眠気はすっかり吹き飛んだ。
おかしいでしょ! 毎日この家に来ているってとこ、おかしいでしょ! このどこがおかしくないのかわからないところはツッコミどころしかない!
私は勢いよく起き上がって、ツッコミを入れた。
「毎日って、そこは胸張って言うとこじゃないでしょ!」
「なんでだ? 俺がオスカーと仲良くしているのがどこがおかしい? 父上とおじ上が盟友であるように、俺とオスカーも盟友なんだぞ。お互いの家に行き来していて何がおかしいんだ?」
盟友だからって、来過ぎだよ。
だからウォルトはこの家に馴染み過ぎてるんだ。案内がなくても、この家の中を迷わないのも頷ける。
「行き来っていうのは、お互いの家に行くもんでしょ? オスカーはウォルトの家に行かないじゃない。ウォルトが毎日、この家に来ているんじゃない」
ハトが豆鉄砲を食らったような顔をしたけど、ウォルトはすぐに納得してくれた。
「言われてみれば、そうだな。オスカーは俺の家に来ないな」
「でしょう?」
言われなければ気が付かなかったらしい。
ウォルトの素直だけどちょっとお馬鹿なところがプレイヤーには人気だったんだろうか?
この、デリカシーがなくても攻略対象め!
ヒロインがムカついて攻略対象の魅力に酔いしれられなかったのが悔しい。
「だからと言って、俺とオスカーの関係は変わらない。――だから、オスカーに心配をかけるような真似はしないでくれ」
「オスカーは私のことなんか興味ないから、心配しているわけないじゃない」
私の兄はウォルトだ。
どう考えても、ウォルトだ。
誰がどう見ても、ウォルトだ。
幼馴染のほうが兄らしい時点で、オスカーは兄じゃない。
もしかして、ウォルトが私を既に囲い込んでいて、外堀を埋めまくって私の家族にまで牽制している――なわけないか。ウォルトは腹黒じゃないし。
攻略対象としてもお兄さん系だもんね。
腹黒枠は別の人。
「それは違う! オスカーはお前のことを気にかけているんだ。本当だ。それは忘れないでいてくれ。リーンネット、お前が寝込んでいる間、オスカーはずっと気もそぞろで、凡ミスばかりしていたんだからな」
「そんなの信じられないわ。だって、あの無表情なオスカーが、なのよ」
私は無表情な兄しか知らない。
誰が何と言おうが、私を避けて、無表情な兄が私のことを気にかけているとは思えない。
さっきだって倒れそうになったのを見ていたのに、「大丈夫そうで安心した」とか言って立ち去ったんだよ?
「リーンネット!」
「・・・私だって、オスカーと仲良くしたいのよ・・・。でも、オスカーがそうさせてくれないの」
ウォルトは叱るけど、私と兄との絆はないに等しい。
接点すらほとんどないし、兄はあの調子だ。
関係改善したいし、ここはウォルトに打ち明けておいたほうがいいかもしれない。
ウォルトならきっと力になってくれる。だって、
ウォルトはお兄さんだから。
「オスカーは私を見かけるとすぐに立ち去るの。食事はまだ子ども部屋で食べないといけないし、話せるのはごくまれよ。それなのに、どうやったらオスカーと仲良くしろって言うの?」
「リーンネット・・・」
実情を打ち明けたら、ウォルトは正義感が強いウォルトらしく気にやんでくれた。
「じゃあ、オスカーにプレゼントでも用意するか?」
「プレゼント? なんで?」
プレゼント攻撃でもしろっていうの?
ゲームでヒロインが攻略対象にプレゼント攻撃していたけど、それをモブな兄(オスカー)にしろと?
「何だ? 知らないのか?」
わけがわからない私を見て、ウォルトは首を傾げた。
「知らないのか?」って言われても、プレゼントするのに何かいい口実でもあるの?
思い出そうとしたけど、思いつくものはない。
「知らないのかって、何を?」
「もうすぐオスカーの誕生日だってことさ」
兄の誕生日?!
そんなものあったの?!
ないとおかしいけど、今まで誕生日のお祝いなんかしたことないよ。
誕生日の朝、起きたら両親からプレゼントが届いていて、添えられていたメッセージカードがあるくらいだったよ。
だから、両親の誕生日も兄の誕生日も知らなかった・・・。
「オスカーの誕生日に近いの?」
「そうだけど・・・。もしかして、本当に知らなかったのか?」
愕然とした様子のウォルト。
「もしかしなくても、知らなかったわ」
私の答えを聞いて、さらに驚いた表情をするウォルト。
「じゃあ、プレゼントも?」
「上げたことはないわ。私ももらったことはないし」
両親からのプレゼントだけだったし。
「何だって?! ――じ、じゃあ、商人を呼んでプレゼントを選ぼう。リーンネットは何がいいと思う?」
「商人を呼んで」っていうのはわからないけど、ハルスタッド一族の女性たちはプレゼントを自分で作るから、私もオスカーに何を上げようかと考える。
イニシャルと紋章を刺繍したハンカチ?
クラバットに刺繍する?
それとも小物じゃなくて、服とか?
ベストなら今から作っても間に合いそう。
服ならみんなに作ってもらわないと、私だけじゃ間に合わないかもしれない。
どうしよう?
「オスカーに上げるものよね? 何にしよう? 思いつかないなあ・・・」
「俺がオスカーの好きそうなものをみつくろって持って来てもらうか?」
「持って来てもらう」?
ハルスタッド一族の男性たちみたいに、誰かに持って来てもらうんだろうか?
でも、持って来てもらう物はウォルトが選ぶんだよね?
「それじゃ駄目だよ。私がしないと選んだことにならないじゃない」
「そうか・・・。いい案だと思ったんだが」
「お店に行くことはできないの?」
この館から出たことのない私だけど、ハルスタッド一族の男性たちが一族の住む棟に運び込む品がお店で売っていることぐらいは知っている。
このハルスタッドの館は独特だ。ロの字型をしていて、前面の棟は本家とその家族が住むもので、側面やそれ以外は一族の者が住んでいる。この二つの棟は内部の分厚い壁によって物理的に分かれている。
一族の住む棟へは本家の住む棟からハルスタッド一族の男性たちが持つ鍵で中庭を通ってしか行き来できない。
私ですら、あらかじめ約束しているか、本家の住む棟から中庭に出る鍵を持っている一族の男に声をかけて連れて来てもらわないと一族の棟に行くことはできない。
そんな風に面倒だから、一族の棟で使う物は一族の男性たちが運ぶしかない。
本家の住む棟の中庭への扉の鍵を開けておけば、この棟の使用人(一族の住む棟には使用人がいない)が運び込めるのに。
「わかった。明日の昼間に買いに行こう!」
「やったぁ!」
私は人生初の外出に喜んでいて、この館の異常さに気付いていなかった。
まるで、外界から切り離すように本家一家の棟から鍵のかかった扉を抜け、一族以外が出入りできない中庭と一族の住む棟があることを。
ハルスタッドの館が門から見える前面は窓が門の外側に向けて付けられ、門から見えない側面から後ろの窓は館に囲まれた中庭に向けて窓が付けられていることを。
それが当たり前だと思っていた私は、ゲームの中の校舎の作りで気付かなければいけなかった。前世の記憶は限られていても、この館が異常な作りをしていることを。
でも、私の前世の記憶にはゲームを中心としたものしかなくて、私はまだ10歳だ。
だから、今まで知っていたこの館での生活が普通だと思っていた。
それが違うということを、知らされることが起きるなど誰が予想できただろう。
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