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ウォルト

おはよう、オスカー!

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 館に着いて、ジェニングスは私の身柄を預かってくれたので、安心してすぐに意識を失った。
 ロリコンの腕の中で意識を失うなんて、そんな怖い真似はできない。

 ありがとう、ジェニングス。
 早く出てきてくれて。

 ありがとう、ジェニングス。
 ロリコンの魔の手からさっさと私を奪還してくれて。
 ジェニングスへの感謝で、しばらく大人しくしておこうと思うくらいだよ。

 それに引き換え、ウォルト。
 なんで、ロリコンに従うの?!
 ロリコンに名乗るの?!
 無礼な相手には名乗らなくてもいいって、ミス・アーネットだって言っているのに!
 紹介もされていないんだから、ロリコンに名乗らなくてもよかったんだからね!
 ウォルトだって、それくらい知っているでしょ?
 知っていなかったら、学校に入るまでに身に付けないといけないものだし。
 ゲームの舞台である学校は他の貴族の子弟とも正式に付き合わなければいけない場所だ。親同士の中が良いオスカーやフレイなどとの付き合い方とは異なる。

 でもって、偽シルヴィアはその社交マナーを利用して攻略対象に近付いたり、邪魔な女生徒たちを罠にかけていったりする。
 悪役に仕立て上げられる女生徒たちにしても、学校で罠にかけられるとは思いもよらなかっただろうし、攻略対象もまだ学校だから、社交マナーに不慣れな男爵令嬢――伯爵以上の高位貴族と子爵以下の下位貴族は雲泥の差だ。高位貴族から見れば、シルヴィアの家のような男爵家は庶民と大差ないと思われている――だからと多少のマナー違反も大目に見ていた。
 そこを偽シルヴィアは利用したのだ。

 今度――多分、今日か明日――会ったら、ウォルトにマナーをしっかりと身に付けさせなければ。
 ウォルトはほぼ毎日、我が家にいるから、今が夕方以降になっていない限り、今日中に会える。

 と、夢うつつで考えていたんだけど、なんか・・・居心地悪い。
 ふと目を開けると、見てはいけないものが見えた。
 いや、見てはいけないものじゃなくて、見るとは思ってもみなかったものだ。

 え?
 私、ジェニングスに引き取られて気を失ったはずだよね?
 どうして、気を失ったはずの私の傍にこの人がいるわけ?

 思いがけない人物が私の目の前にいる。

 ロリコンは直毛の銀髪なので、絶対に違う。
 婚約者ならともかく、家族でもないロリコンが眠っている私の傍にいるはずもない。まだ、婚約していないし、婚約する相手はウォルトだしね。
 ロリコンと婚約するはずもないしね。

 ロリコンでないのはいいことだ。
 ロリコンがここにいたら私はさっきのジェニングスへの感謝の気持ちが怒りに変わる。
 でも、そこは我が家の優秀な執事。
 危険人物(ロリコン)なんかを無防備な私に近寄らせることを許したりはしない。

 ロリコンといい、この人物といい、どうして今日は思いがけないことばかり起きるんだろう?
 ゲームでも一日にあるイベントは一回だけ起きるもんだよね?
 そのイベントが起きるのが複数いる場合、一人だけ選択したよね?

 あ、序盤の恋愛に発展していない状態の時は複数起きていた。一定の期間、同時に攻略対象固有のイベントが起きていて、偶然が重なっていって友達になるってやつが。
 ウォルトの場合は人助け。ロリコンはウォルトとは逆に手伝いを必要としているほうで、フレイは剣の自主訓練。第三王子(オルコット)は息抜き。

 出会うことはなさそうな腹黒枠(ギリアム)はチェスの一人遊び。友達少なそうだし、寂しい奴だ。ついでに、この人物はウォルトの婚約者だからといって知り合うことはない。同じ第三王子の側近でも、腹黒枠はウォルトと仲が良くないからだ。
 ウォルトからすると腹黒枠は人当たりが良くても信用できないと感じるらしい。

 すごいよ、ウォルト!
 ウォルトの野生の勘はすごい!

 で、残りの攻略対象はそれぞれ、攻略対象の演奏を聞くのと図書室で本を探す、だ。

 これがゲーム序盤に何度も発生してくれるイベントで、これを何回もこなしていって友達になる。
 そこから恋人になる為に複数の攻略対象から誰かを選ぶイベントがあって、ルート確定である恋人状態になる。

 ゲームの私の場合、ウォルトと婚約破棄するのはウォルトが偽シルヴィアと恋人状態のこのルート確定後とゲーム終盤のオスカー襲撃兼失踪事件が起きた後のどちらかなのだ。

 と、ゲームのことを考えて現実逃避してしまったのも仕方がない。気を失った私は今、自分の部屋のベッドに寝かされている。
 つまり、寝室にいるわけだ。

 目の前には黒い巻き毛の人物。
 黒い巻き毛ってことは、ハルスタッド一族だね。

 でも、ここは私の寝室。

 家族だからここにいてもおかしくはないけど、なんでこの人がいるのかわからない人物がベッド脇の椅子に座っている。

 目を閉じて、もう一度開けてみても、やっぱり変わらない。

 私が寝込んだりしても、忙しい父も無関心な兄は顔を見せなかった。
 これはきっと学校に通っている別のハルスタッド一族なんだと思い込もうとした。

「おはよう、リーンネット」

 物憂げな緑眼の美青年はそう言った。
 私もつられて挨拶を返してしまう。

「おはよう、オスカー・・・」

 無関心なはずのオスカーがなんで、ベッド脇の椅子から私の様子を見ているの?
 これは一体、どういうこと?

 私にはこの状況がさっぱり理解できない・・・。
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