獣人の世界で狐族専用の娼婦になりました

プラネットプラント

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第一章

赤毛の男2

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「物好きだな、あんたも。顔なんて獣成分に比べたらなんも役に立たないだろ? そんなもんが大切なのかよ?」

 遠い目をしている美穂に赤毛の男は呆れた顔をした。

「そんなもんって、なんでそんなこと言うのよ!」

 からかってこなければ、この男の人間に近い容姿は目の保養になる。
 美穂が価値観の違う異世界で娼婦をすることになって良かったと思えるたった一つのことが、常連客が全員イケメンだということだ。
 その種族が世界で一番嫌われていても、イケメンはイケメンである。
 ただし、嫌われる理由がよくわかるこの男には二度と来て欲しくないが。
 赤毛の男が無駄に整った顔立ちをしていることに腹が立って、イケメンな顔が見えないように美穂はそっぽを向いた。
 そんな美穂の気を赤毛の男が知らないように、美穂も赤毛の男の気に障ることを言ってしまったらしい。
 赤毛の男は険しい目をして、いつもの飄々としたこの男らしくない様子で噛みついてきた。

「子どもにもそれが遺伝するから獣成分は重要なこと?! ――・・・まあ、獣無しのあんたには関係ないだろうけど」

 途中で我に返ったのか、言葉を途切らせていつもの口調に戻る。そこで何を思ったのか、ベッドから立ち上がり、戸口に立つ美穂の顔の横に手をついた。
 目の前に現れた腕に驚いて美穂が赤毛の男の顔を見たら、その顔にはニヤリと形容するにふさわしい微笑みが浮かんでいた。

「でも、俺の顔、そんなに好きなのか?」

 息が顔にかかる距離で聞かれ、美穂はしどろもどろになった。癪に障る性格をしているが、顔だけは良いのだ。間近で見せられると頭が真っ白になってしまい、目をそらすこともできない。

「好みじゃないけど、・・・嫌いじゃない」

 美穂の答えを聞いて、笑みが深まる。悪辣にしか見えない微笑みは、狐族が世界一嫌われていることが頷けるほどあくどかった。

「尻尾だけの狐でも?」

 赤毛の男はあくまでも獣成分に拘った。
 美穂が獣人の世界の常識を知っていても理解しているとは言い難いので、赤毛の男が拘る理由がわからない。価値観の違う世界で生まれ育っただけでなく、獣無しの物珍しさで売れっ子だった時期が悪夢でしかなかった為、不細工だと売れない今のほうが嬉しく感じているので、赤毛の男の気持ちをまったく推測することができないのだ。
 代わりに、意味のわからないその質問は何も考えられなかった頭に、疑問や不審を芽生えさせ、冷水を浴びせられたような効果を美穂に与えた。
 そのおかげで、目をそらすどころか、閉じ込められていると錯覚しそうな腕を視界に入れないように顔を俯けることができた。

「顔と獣成分は関係ない。と言うか、顔は良くても、あんたは嫌い」

 至近距離で顔さえ見なければ、言いたいことも言える。

「はあ? 顔も俺だろうが?」
「顔だけ。性格は無理」

 意外な答えに赤毛の男の笑みが消える。

「なんで、そうなるんだよ?! 顔が好きなら、好きになれるだろ?!」
「性格が無理だから、顔も好きになれない」
「顔が好きって言ったろ?! なんで好きになれないとか言ってんだよ?!」
「それはあんたが勝手に言ったことでしょ! 私は好きなんて言ってない!」

 言い合っているうちに感情のボルテージが上がったからか、顔を上げても美穂は辛辣な言葉を返せるようになった。間近にあるのが赤毛の男が笑顔でなくて、美穂は幸運だった。これであの笑顔を見ていれば、また言いたいことを忘れてしまって言えなかっただろう。

「数少ない常連にそんなこと言うのか?!」
「常連になってくれって、頼んだ覚えはない」
「あんた、自分の立場わかってんのかよ?! あまりにも客が付かなくて食事抜きにされてんだぞ?!」
「それがどうしたのよ」
「そんな状態で奇特な常連にそんな口きけるなんて、頭、どっかおかしいだろ?」

 お腹は空いても、客が付かないほうが良かったので、そんなことを言われても美穂は何も怖くはない。

「頭がおかしいのはあんたのほうよ。こんな風に毎回言われて、なんで来るのよ? マゾなの?」
「ばっ! マゾじゃねーよ!」
「違うの? マゾじゃなかったら、・・・マゾ?」
「マゾ以外のもんになってねーだろ!!」
「だって、マゾなんだもん」

 美穂はとことん、辛辣だった。
 確かに、ここまで嫌われていて買いに来るこの男の精神は獣人の世界でも理解しがたいだろう。

「マゾじゃねーって、言ってんだろ?! 獣無しのくせにあんた、本当に容赦ねーな」
「どうして、獣無しが関係あるのよ?」

 赤毛の男がことあるごとに獣成分や獣無しを口にする理由が、やはり美穂には理解できない。

「獣成分が少ないもの同士仲良くなろうって気はねーのかよ?!」
「それはない。あんただけはない」

 即答だった。獣成分が少ないからといって、美穂はこの男と馴れ合いたくない。今の状況で性格が違いすぎるこの男と馴れ合える精神的余裕がないからだ。

「獣無しだって自覚ねーのか?! どーしたら、そんな偉そうになれんだよ?!」
「人徳があるから?」

 どうして、この男だけため口どころか、軽口を叩けるのかわからない美穂は適当なことを言った。
 人形のように自分の意思を放棄した、あの悪夢の時期に、美穂は男というものについて学んだ。彼らが望む、従順で彼らを持ち上げて良い気分にした時だけ、彼らは扱いを良くしてくれる。それ以外では鬼畜だ。
 他の常連客にはできない口のきき方も、赤毛の男には平気でできる。
 赤毛の男と他の常連客との違いまで、異世界での不安定な生活に慣れようとしている今の美穂には考えられなかった。

「うわっ。信じらんねー!! マジ信じらんねー!! 獣無しが人間性なんか認められるわけねーだろ?! 獣成分が少ないってだけで、白い目で見られるつーのに、なんで、認められてんだよ!!」

 そう言われて、今までこの男が『尻尾だけ』やら美穂のことを『獣無し』と言い続けていた理由が美穂にもやっとわかった。『尻尾だけ』の獣成分を持たないこの男は、それだけで白い目で見られてきたのだろう。
 やたら『獣無し』を強調されたのも、獣成分が少ないことを揶揄された経験が多かったからかもしれない。
 赤毛の男の境遇に同情したものの、それで何かが変わったわけではない。こんな人をからかうのが好きな性格なのだから、そんなものだろう。

 それよりも、同じ獣成分が少ないこの男がされてきたことを美穂にしているのだとしたら、今、美穂が置かれている状況は美穂自身が思っているよりもひどい状況だ。美穂の身体は気付かない間に震えていた。
 他の娼館から移ってきた娼婦たちが言うには、ここは天国なのだそうだ。ここよりも高級な娼館も、過激な行為で身体を壊す娼婦が出ても気にしないらしく、逆に安い娼館では娼婦たちの人格を無視され、蛸部屋に入ったと思ったら話しもせずにただ突っ込まれるらしい。

 娼婦に対するスパンキングさえ許さないここの店主ですら、嫌がる美穂を押さえつけたり、怒鳴りつけて突っ込んでくる客たちを取らせていたのだ。他の娼館から移ってきた娼婦たちに天国と言われているここですら、獣成分の少ない者に対する扱いはこうだ。
 気付いた事実に美穂は口の中が苦くなった。

 人気があればここより低級の娼館からも移ってくることもできる。そんな娼婦たちもいた。
 だが、美穂のような獣無しで常連客がいなくなれば、店主が客から守ってくれない低級の娼館に移されるかもしれない。移ってきた娼婦たちに「酒場で身を売っていたほうがマシ」とまで言われていたところに。

「・・・それこそ、人徳」

 絞り出すように美穂は憎まれ口を叩く。癇に障るこの男にショックを受けた弱々しい姿など見せたくなかった。
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