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敵さんとの一日目

敵さんがお仕置きする理由

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「憧れていた場所に連れて来てやったのに、何故、落胆している?」

 敵さんは不思議そうに言った。

 こういう時こそ心を読んで欲しい。
 嫌だって思っている私の心が読めるくせに、敵さんはオナペットにしようと追いかけまわして、逃がしてくれなくて、気を遣ってくれない。
 どうして選ばれたのが私なのかもわからないし、逃がしてペットにしたいことを忘れて欲しい。

「ああ。心を読んでいるのが正しい」

 せっかく、ペットを飼っている人間が欲しがる能力を持っているのに、敵さんはコミュニケーション能力がない。

「だからといって、逃がす気はない。それともここではなくて自宅が良かったか? 俺はどっちでもかまわないぞ」

 逃がしてくれないのは変わらないのか。

 敵さんの言葉の中に気になることがあった。

 ?
 ここか自宅?

 どっちでもかまわないと言われても、記憶を読まれるだけじゃなくて、心まで読まれているショックで頭がうまく回らない。
 敵さんは私をお姫様抱っこしたままコテージに入っていく。

 私の目は室内に目を奪われた。落ち着いた茶系に赤や緑のアクセントカラーでまとめられた室内はゆったり寛げるようにインテリアが置かれていて空間を贅沢に使っている。まさにエキゾチックな非日常の空間。物で溢れる1Kの我が家とは大違いだ。
 敵さんがラグジュアリーを気に留めずにズカズカと歩いて行くので我に返った。

「ちょ、ちょっと。このまま入っちゃ駄目だって。借りているわけでもないし、敵さんのものでもないでしょ」

 トロールが人間に紛れて生活しているなら敵さんが予約していたり、持っていてもおかしくないけど、今までの意識のギャップからしてそんなことはありえない。
 泊まっている人がいるかどうかわからない自分のものでもないコテージに無断で入ることなんて、普通の神経をしていたら無理だ。

 それにここが本当に南太平洋かどうかもわからない。
 いきなり景色が変わったから、まだ首都圏に作られた別空間にいるのにここにいると暗示をかけたか、ホログラフィーの可能性もある。この別空間という現実そっくりの空間を作り出す仕組みはわからない。ただ、何キロ移動しようがこの範囲は途切れないし、敵を倒すか変身を解くまでその空間は維持されている。
 逃げようと思えば、変身を解けば変身前にいた場所に戻されるから逃げられる。敵さんが私の記憶を見て個人情報を手にした今、そうやって逃げても簡単に追いかけることができるので無意味だと判明したけど。

「大丈夫だ。あいつらの技術を少し弄っただけでいつもの別空間と何ら変わりはない。今回は俺が解くまで別空間から出られないようになっているから安心したらいい」

 安心? どこが?
 別空間から出られるのが敵さんの意志次第ってことはどう考えても安心できない。
 そして、この場所も安心できない。敵さんが足を停めたおかげで目に入ったクイーンサイズのベッド。それが置かれている部屋はどう見ても、寝室。一泊で一ヵ月の家賃が軽く飛びそうな非日常的な寝室。
 私に子どもを産ませたがっている敵さんと寝室。この二つの組み合わせがどれほど危険かってことは彼氏いない歴=年齢でもわかる。
 北欧系の家具量販店で購入したソファベッドがでんと鎮座している1Kの我が家より、部屋数の多い水上コテージのほうがマシ、とはいっても寝室にいる今は危険度は変わらない。

「だから、飼い主に可愛がられるのを何故、危険だと思うんだ? 俺は嗜虐趣味はないから何の危険もないぞ」

 嗜虐趣味がないと言われても、飼い主だと自称している時点で危険だ。
 私をペットだと思っている相手に好意は持てないし、そんな人物が危険じゃないと言っても信用できない。
 できるはずがない。敵さんが危険だと思っていないことでも、私には充分危険だ。
 なんて言ったって、敵さんは私の意志を無視している。意思を尊重してくれない相手の言うことなんかあてになるはずがない。

「俺たちの邪魔をするということは返り討ちに遭ってもいいという覚悟をした上でやったことだろう? お前を見つけることができたことには感謝するが、悪いことをやったからにはお仕置きが必要だ」

 ベッドの上にポイと放り出された。柔らかいベッドのおかげで衝撃が吸収されたおかげで痛くない。流石、一泊一ヵ月(家賃か給料かは部屋のランク次第)相当の水上コテージ。

 街中に現れて暴れている敵さんたちに邪魔をしていることが悪いと言われてカチンと頭に来た。
 トロールである敵さんにとって、人間はペット。対等ではないペットだから何をしてもいいという考えから、自分の行動を邪魔する魔法少女(私)は悪なのだろう。
 でも、敵さんのせいで迷惑しているのは私たち人間なのだ。
 先祖がペットだったからといって、先祖がペットだったことを知らない今の私たちにまでそれを押しつけられては困る。

 私は振り返って、敵さんに言ってやった。

「悪いことって、それをしているのはあなたたちでしょ! 私たちに迷惑かけておいて、何言っているの?!」

 あの役立たずなマスコットが別空間を用意してくれなかったら、戦っている時に巻き添えを食らって怪我をする人や家を壊される人だっていたかもしれない。
 それがないだけでもマスコットは充分仕事をしたといえる。必殺技が効かない敵と出会った時にも配慮してくれていたらよかったけど。記憶や心を読める敵の能力を封じ込めてくれているだけでもいい。

 敵さんが私の頭の両側に手を付く。壁ドンならぬ、ベッドドンだ(なんだそれ?)。
 敵さんの高い鼻と私の鼻がくっつきそうなくらい近くにある。間近に見える目は攻撃的で険しい。

「自分の言っていることがわかっているのか。可愛い桃子でも、言っていいことと悪いことがある。愛玩(ペット)種だからと、いつまでも甘い顔はできない」

 ゾッとするような声で言われたけど、それはこっちが言いたい。いくら先祖の飼い主だった種族とはいえ、好き勝手すぎる。街を壊そうとしたり、私を野生化した人間(ペット)だからと押しかけ飼い主しようとしたり、ホント迷惑。
 甘い顔をしたっていつしたの?! そんなのしてないじゃない!

 と言いたいけど、敵さんの目だけじゃなくて、表情も怖すぎて喉から出ない。
 でも、そんな表情をしているのに敵さんは相変わらずイケメンで見惚れてしまう。
 イケメン恐怖症なのに、そうなった原因なのにそれでも私は触れそうなくらい近い距離にある敵さんの目から目をそらせられない。
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