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プロローグ
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プルルルル……──。
デスクに置かれていた古めかしい黒電話が鳴り響く。大胆に顔を伏せて居眠りを決め込んでいた俺は、夢から叩き起こされる。なんということだ、美男子に顎クイをされる素敵なシチュエーションを楽しんでいたというのに。機嫌がジェットコースター並みに急降下してしまったじゃないか。
「ったく、誰だよ休憩時間中に」
俺は背もたれにどっしりと全体重を乗せて、ついでに足も組んで、黒電話を見つめた。
プルルルル……──。
まだ鳴っている。このオフィスには20人分のデスクがあったはずだが。いい加減誰かが電話を取ってもいい頃だろうに。俺はそう思ってキョロキョロとオフィスを見回した。
前を、右を、左を、そして背後も。ついでに部長の席も見てみたが、誰1人として居ない。俺の存在を除いてこの空間は人間の存在し得ない世界になってしまったらしい。
プルルルル……──。
仕方がない。俺は諦めて受話器を持ち上げた。実は耳に当てる必要はない。ただ持ち上げるだけで、本体の前面下部に取り付けられたマイクとスピーカーが電話の役割をしてくれるのだ。受話器は部長が忘年会で酔った勢いで『古き良き』がどうたらと本部に掛け合い、なぜか実現してしまい、実装されてしまっただの飾りである。
「はいGFH公安局保安一課でございますぅ」
俺はマニュアル通りの文言をスピーカーに向かって垂れ流した。次に自分の名前、
「この電話の担当は……、」
「おい公安さんよぉ! 今外がやべえ事になってるんだ! Gが出たんだよ! ありゃあヘリコプターのGだ!」
を、名乗る前に、電話口のお相手様、恐らく40代のおっさんが口調荒く叫び散らかした。なるほど、Gが出現したのね。
「では現在地を教えていただけますでしょうか。すぐに局員の者を向かわせますので」
俺は欠伸を堪えながらテンプレ通りのセリフをマイクに投げる。スピーカー越しの男は慌てた声で怒鳴り散らした。
「23番地、内科の前だ!!」
「なるほどー、23番地ですね」
俺はジョーク品の受話器を耳に当てた。意味は特にない。そしてドカンッ、やらガガガガッ、やら、工事現場よりも騒々しい音楽を奏で始めた窓の外に顔を向ける。
「ご安心ください」
俺は視線はそのまま外に固定して、スピーカーの向こうの男性に言った。ちょうどそのタイミングで、窓の外、ビルとビルの隙間をヘリコプターのような、いやヘリコプターに似た何かが、煙を上げて落ちていった。
「たった今駆除されましたー」
俺は一言そう言葉をかけて受話器をガチャンと置いた。そして椅子から立ち上がり窓を開けて、自身が今いる6階から1階、正面玄関前を覗き込んだ。
ヘリコプターのような、なんか気持ち悪い機械は粉々に砕け散っており、その周囲をスーツに身を包んだ男女複数が取り囲んでいた。昼寝をしてサボって居た俺と違い、真っ当に仕事に取り組んでいた一課の仲間である。
彼らは窓際に立つ俺に気が付いたようで、全員律儀に親指を下に立てやがった。なので俺も同じく親指を下に立て返す。
「このクソ〇〇○野郎! またサボりやがったな!?」
一課の1人が俺に文句を飛ばしてきた。
「サーセン! 夢の中のユキくんが俺と結婚したいって、指輪くれたんすよ」
「はああぁぁぁ!? んなふざけた夢見てたのかよ!? 殴ってでも起こせばよかったわ!」
「夜勤明けだからって気を遣ってあげたのに! ひどいわ!」
皆揃って口々にギャーギャーと騒ぐ。俺はそれを子守唄のように聞き流しながら、向かいのビルのさらに向こう側、16番地をゆるりと眺めた。タコのような、イカのような、訳の分からない生物の触手がウネウネと空に向かって伸びている。ワオ、素敵な景色だ。もちろん素敵なの部分は冗談だが。
俺は右耳にワイヤレスイヤホンが嵌っていることをしっかりと確認してから、ワイシャツの襟につけてあったインカムのスイッチを入れた。
「はーい16番地、イカっぽいGがいます。俺はユキくんとのランデブーの続きを見るのに忙しいので、皆さん頑張ってください」
『こちら5番地で応戦中の部長だ。お前明日から来なくていいぞ』
「あー嘘でーす!! 今から駆除に向かいますぅ!」
神が天罰を下そうとしたので、俺は慌てて自身を供物に捧げて回避する。そして躊躇なく窓から飛び降りた。──6階? 重力? 墜落? 関係ない。俺には優秀なバディが従者よろしく付いていて、いつでも助けてくれるのさ。
あと2メートルで地面にこんにちはをかます直前、俺の身体はふわりと宙に浮かび上がった。計画通りだ。ニヤリと笑いながら左側に首を傾ければ、桜色の頭髪を惜しみなく曝け出した後輩くんが、渋い顔で俺を見ていた。不自然に両手を前に突き出しているが、彼のクソダサいポージングのおかげで俺はミンチにならずに済んでいる。
「せんぺえ、飛び降りは危険なんで勘弁してくださいよぉ」
なぁんてお小言も付与してくる。俺はゆっくりと地に足を下ろしてから、己が最大限にカッコいいと思っている顔の角度で後輩に言った。
「お前を信じてるんだよ……」
しかしながら後輩くんの態度は氷のように冷たい。手を引っ込めると白けた目で俺を見た。
「あ、そのセリフと態度、もう飽きたんで結構です」
「……さいですか」
俺はしょぼんと肩を落とした。が、すぐに気合を入れ直して、16番地の方角でウネウネと揺れる触手に注目した。後輩くんも軽くストレッチをしながら触手を見ている。
「あれタコっすかね」
「イソギンチャクと見た」
そこへ、先程ヘリコプターと格闘していた女性職員が、インカムの内容を拾って声をかけてきた。
「今通報入りました。チンアナゴのGだそうです」
「は? 可愛いじゃん。誰だよタコとか言ったやつ」
「いやいやせんぺえこそイソギンチャクとか言ってましたよね?」
「俺さ、過去のことは振り返らない主義だから……」
「鶏よりひでぇ。アイツらだって三秒前の出来事くらいは覚えてるってのに」
ガシャン! ドスンッ! 建物が破壊される音が伝わってくる。一緒に建物の破片もちらほらと飛んできて、俺と後輩くんはそれらを器用に避けながら、背中を合わせてビッとチンアナゴ(G)に人差し指を突き立てた。
──さてと、茶番は終わりだ。
「「観念しやがれクソ害虫ども!」」
俺と後輩くん、そして一課の仲間たちは、一斉に16番地のチンアナゴ(G)を駆除するべく走り出した。
街の、そして世界の平和のために。公安局保安一課は今日も働きます!
デスクに置かれていた古めかしい黒電話が鳴り響く。大胆に顔を伏せて居眠りを決め込んでいた俺は、夢から叩き起こされる。なんということだ、美男子に顎クイをされる素敵なシチュエーションを楽しんでいたというのに。機嫌がジェットコースター並みに急降下してしまったじゃないか。
「ったく、誰だよ休憩時間中に」
俺は背もたれにどっしりと全体重を乗せて、ついでに足も組んで、黒電話を見つめた。
プルルルル……──。
まだ鳴っている。このオフィスには20人分のデスクがあったはずだが。いい加減誰かが電話を取ってもいい頃だろうに。俺はそう思ってキョロキョロとオフィスを見回した。
前を、右を、左を、そして背後も。ついでに部長の席も見てみたが、誰1人として居ない。俺の存在を除いてこの空間は人間の存在し得ない世界になってしまったらしい。
プルルルル……──。
仕方がない。俺は諦めて受話器を持ち上げた。実は耳に当てる必要はない。ただ持ち上げるだけで、本体の前面下部に取り付けられたマイクとスピーカーが電話の役割をしてくれるのだ。受話器は部長が忘年会で酔った勢いで『古き良き』がどうたらと本部に掛け合い、なぜか実現してしまい、実装されてしまっただの飾りである。
「はいGFH公安局保安一課でございますぅ」
俺はマニュアル通りの文言をスピーカーに向かって垂れ流した。次に自分の名前、
「この電話の担当は……、」
「おい公安さんよぉ! 今外がやべえ事になってるんだ! Gが出たんだよ! ありゃあヘリコプターのGだ!」
を、名乗る前に、電話口のお相手様、恐らく40代のおっさんが口調荒く叫び散らかした。なるほど、Gが出現したのね。
「では現在地を教えていただけますでしょうか。すぐに局員の者を向かわせますので」
俺は欠伸を堪えながらテンプレ通りのセリフをマイクに投げる。スピーカー越しの男は慌てた声で怒鳴り散らした。
「23番地、内科の前だ!!」
「なるほどー、23番地ですね」
俺はジョーク品の受話器を耳に当てた。意味は特にない。そしてドカンッ、やらガガガガッ、やら、工事現場よりも騒々しい音楽を奏で始めた窓の外に顔を向ける。
「ご安心ください」
俺は視線はそのまま外に固定して、スピーカーの向こうの男性に言った。ちょうどそのタイミングで、窓の外、ビルとビルの隙間をヘリコプターのような、いやヘリコプターに似た何かが、煙を上げて落ちていった。
「たった今駆除されましたー」
俺は一言そう言葉をかけて受話器をガチャンと置いた。そして椅子から立ち上がり窓を開けて、自身が今いる6階から1階、正面玄関前を覗き込んだ。
ヘリコプターのような、なんか気持ち悪い機械は粉々に砕け散っており、その周囲をスーツに身を包んだ男女複数が取り囲んでいた。昼寝をしてサボって居た俺と違い、真っ当に仕事に取り組んでいた一課の仲間である。
彼らは窓際に立つ俺に気が付いたようで、全員律儀に親指を下に立てやがった。なので俺も同じく親指を下に立て返す。
「このクソ〇〇○野郎! またサボりやがったな!?」
一課の1人が俺に文句を飛ばしてきた。
「サーセン! 夢の中のユキくんが俺と結婚したいって、指輪くれたんすよ」
「はああぁぁぁ!? んなふざけた夢見てたのかよ!? 殴ってでも起こせばよかったわ!」
「夜勤明けだからって気を遣ってあげたのに! ひどいわ!」
皆揃って口々にギャーギャーと騒ぐ。俺はそれを子守唄のように聞き流しながら、向かいのビルのさらに向こう側、16番地をゆるりと眺めた。タコのような、イカのような、訳の分からない生物の触手がウネウネと空に向かって伸びている。ワオ、素敵な景色だ。もちろん素敵なの部分は冗談だが。
俺は右耳にワイヤレスイヤホンが嵌っていることをしっかりと確認してから、ワイシャツの襟につけてあったインカムのスイッチを入れた。
「はーい16番地、イカっぽいGがいます。俺はユキくんとのランデブーの続きを見るのに忙しいので、皆さん頑張ってください」
『こちら5番地で応戦中の部長だ。お前明日から来なくていいぞ』
「あー嘘でーす!! 今から駆除に向かいますぅ!」
神が天罰を下そうとしたので、俺は慌てて自身を供物に捧げて回避する。そして躊躇なく窓から飛び降りた。──6階? 重力? 墜落? 関係ない。俺には優秀なバディが従者よろしく付いていて、いつでも助けてくれるのさ。
あと2メートルで地面にこんにちはをかます直前、俺の身体はふわりと宙に浮かび上がった。計画通りだ。ニヤリと笑いながら左側に首を傾ければ、桜色の頭髪を惜しみなく曝け出した後輩くんが、渋い顔で俺を見ていた。不自然に両手を前に突き出しているが、彼のクソダサいポージングのおかげで俺はミンチにならずに済んでいる。
「せんぺえ、飛び降りは危険なんで勘弁してくださいよぉ」
なぁんてお小言も付与してくる。俺はゆっくりと地に足を下ろしてから、己が最大限にカッコいいと思っている顔の角度で後輩に言った。
「お前を信じてるんだよ……」
しかしながら後輩くんの態度は氷のように冷たい。手を引っ込めると白けた目で俺を見た。
「あ、そのセリフと態度、もう飽きたんで結構です」
「……さいですか」
俺はしょぼんと肩を落とした。が、すぐに気合を入れ直して、16番地の方角でウネウネと揺れる触手に注目した。後輩くんも軽くストレッチをしながら触手を見ている。
「あれタコっすかね」
「イソギンチャクと見た」
そこへ、先程ヘリコプターと格闘していた女性職員が、インカムの内容を拾って声をかけてきた。
「今通報入りました。チンアナゴのGだそうです」
「は? 可愛いじゃん。誰だよタコとか言ったやつ」
「いやいやせんぺえこそイソギンチャクとか言ってましたよね?」
「俺さ、過去のことは振り返らない主義だから……」
「鶏よりひでぇ。アイツらだって三秒前の出来事くらいは覚えてるってのに」
ガシャン! ドスンッ! 建物が破壊される音が伝わってくる。一緒に建物の破片もちらほらと飛んできて、俺と後輩くんはそれらを器用に避けながら、背中を合わせてビッとチンアナゴ(G)に人差し指を突き立てた。
──さてと、茶番は終わりだ。
「「観念しやがれクソ害虫ども!」」
俺と後輩くん、そして一課の仲間たちは、一斉に16番地のチンアナゴ(G)を駆除するべく走り出した。
街の、そして世界の平和のために。公安局保安一課は今日も働きます!
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