Stand up!

百草ちねり

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第一部

喜劇と悲劇は紙一重!

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 昼間は喧騒に包まれている繁華街も、夜になれば野良犬と野良猫に占拠される。俺は道端の植木に尿をかける犬の姿をぼんやりと見つめて、雲ひとつない満天の星の下で、悠々とタバコを蒸した。
「寝子山ー、サボるんなら減給するぞ」
 しかし俺の休息タイムを邪魔すべく、雅部長がお小言を申してきた。俺は反感の意志を持って、煙を吸って吐いてを繰り返す動作を続行した。雅部長ごときの注意でやめられるわけねぇぜ、この快感……。
「サボってません。脳に栄養供給してるだけでーす。あ、雅部長はタバコ嗜まないからわかんないっすよねぇこの旨さ。あちゃー! すいません! お子ちゃまな雅部長の前でこれ見よがしに吸っちゃってマジすいませーん! 喫煙ルームに移動しなきゃ!」
「寝子山、お前明日から来なくていいぞ」
「あ゛ー!! タバコとか百害あって一利なしだわ! 吸ってるやつマジで頭おかしいんじゃねぇの!? おら鬼頭! テメェも消せや!」
「何で僕まで!?」
 俺はタバコをアスファルトに叩きつけて靴底で火を消すと、隣でスマホのキーボードをタップして情報をまとめていた鬼頭くんの胸ぐらを掴んだ。身長190センチ、体重80キロ、ムキムキボディビルダー体型、金髪、そしてと表現できる場所がなくなるほどピアスホールを開けまくっている鬼頭くんは、目尻に涙を浮かべて俺を見下ろしている。鬼頭くんは見かけによらず気弱なのだ。犬で表現すると、ゴールデンレトリバー。
「うわぁん! 先輩やめてくださいよぉ!」
「可愛いなぁおいケツ掘ってやろうか!?」
「無理です! 僕ノーマルです!」
「安心しな! 俺はアブノーマルだ!」
「お前らまとめて減給な」
「「すみませんでした!」」
 俺たち2人は華麗に腰を90度折り曲げて、雅部長に謝罪をする。雅部長はシングルのトイレットペーパーよりも長いため息を吐いてから許してくれた。公安局に勤める人間はゲテモノばかりなので、キリがないと諦めたようだ。無論、雅部長もゲテモノである。
「足掛かりが掴めねぇな」
 雅部長は無精髭の生えた顎を右手で撫でた。ジョリジョリと汚い音が鳴る。鬼頭くんがスマホの画面を見て唸った。
「昨日から二課総出で聞き込みに当たってますが、いまだ有力情報は無いそうです。目撃者すらいないとか」
「勝山先輩を殺しったっていうG。本当に存在するんすか? 寄生先が何かもわかんねぇのに」
 俺が雅部長に尋ねると、彼は顎を撫でる手を早めた。ジョリジョリが加速する。
「だが勝山が殺されたのは事実だ。お前たちも見ただろう。現場の写真を」
 雅部長の言葉に、俺たちは目線を下げる。革靴が太陽の光を受けて黒光りしていた。
「まあ、そりゃあねぇ……」
「思い出したらちょっと気分が……バラバラ……うお゛ぇっ、」
「鬼頭くんの見かけと中身が矛盾してるとこ、愛しいわー」
 俺は鬼頭くんの、ブリーチのしすぎでキューティクルが死に絶えた髪を乗せた頭を、よしよしと撫でてやった。

 2日前の10月5日、21時49分、警察に勝山先輩の妻から通報が入った。『夫が寝室で死んでいる』。警察は捜査のため勝山家に入り、そこで四肢がバラバラに引き裂かれた勝山先輩を目撃する。鑑識の結果、勝山先輩が死亡したと思われる時刻は、通報が入る5分程度前。また、寝室は荒らされた痕跡が一切なく、勝山先輩が抵抗した痕跡も見当たらなかったことから、人間ではなくGFHの仕業と判断され、事件は公安局保安二課に預けられた。
 しかし二課が必死に捜査するも、まるで霞を追っているかのようにGの姿を捉えることはできず。戦闘部隊の一課と、救助部隊の三課まで駆り出された。依然としてGは見つかっていないが。

 俺は「くっ」と堪えきれなかった涙を流した。
「勝山先輩……! 妻と娘とお孫さんを残して死んじまうなんて!! アンタは罰当たりな男だよ!」
「え、勝山先輩の娘さんまだ9歳ですよね? お孫さんはいないでしょ」
「でもこの前『お孫さんが助けを求めてますよー!』って言ったらすっ飛んでったぞ?」
「勝山先輩……騙されすぎ……」
 俺の話を聞いた鬼頭くんは、天に向けて哀れみの眼差しを向けた。恐らく天国に居る……かもしれない勝山先輩に視線を送っているのだろう。俺も同じように天を仰いだ。
(勝山先輩……だから出世できないんですよ。今のところ公安局で二階級特進出来なかったのアンタだけですよ……?)
 さすがに哀れすぎる。俺は目を閉じて両手を合わせた。ナムナム。
 祈りを捧げる俺の隣で、鬼頭くんが怪訝そうに「疑問なんですけど」と声を上げた。
「雅部長、勝山先輩は僕と同じでテレポートのP《サイキック》ですよね? なぜ力を使って家族さんとGから逃げなかったんでしょう」
 雅部長がの顎髭を撫でる手が、さらに加速する。タンパク質の焦げる匂いがしてきた。
「それについては全く解明されていない。勝山は確かにアホだったが公安局で10年以上勤めているベテランだ。ヤツが戦況を見誤るなんてことはまず無いんだがな」
「まあ最期まで、三課で救助活動してただけですけどねぇー」
「寝子山、減給」
「ああぁー! 勝山先輩の指示は的確で現場の士気も高めてくれて、本当に素晴らしかったのになぁ!! 惜しい人を亡くしてしまったぁ!!」
「先輩、見苦しい……」
 雅部長の鶴の一声に全力で争っていると、鬼頭くんがゴキブリを見るような目を向けてくる。蔑みを含んだ視線がとても痛い!
「くっ! 殺すな!」
「そこは『殺せ!』でしょうに……」
「ユキくんと結婚前に死んでたまるか!」
 クッコロ女騎士のような目で、俺は鬼頭くんを威嚇する。鬼頭くんは全力で俺を憐れんできた。
 ──プルルルル。しょうもない事を繰り広げていると、雅部長のスマホが鳴った。雅部長は電話に出る。俺はその時、スマホから垂れ下がる黒電話の受話器を目撃してしまった。
「はいこちら一課。はい、はい……ええ、」
 頭のおかしいストラップ(受話器)を揺らしながら雅部長は1分ほど電話の向こうの相手と言葉を交わした。俺はずっと受話器を見ていた。鬼頭くんも見ていた。雅部長が電話を切り、スマホをスラックスの尻ポケットになおすその瞬間まで、見続けた。
 そんな俺たちの奇行を完全に無視して、雅部長が言った。

「二課の渡部からだ。『死体が増えた』だとよ」
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