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番外編
一年目のバレンタイン 前日編
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甘いにおいが街中を支配していると思う。
甘いにおいに酔いそう。
だが、俺榊祐也は、どうしてもその甘いにおいの根源に、行かなければならないのだ。
バレンタインの為に。
湯煎して、型に流し込んでってチョコレートを作るのも良いかと思ったが、街中が甘いにおいの上、家まで甘いにおいは勘弁してほしくて、手作りはあきらめた。簡単にあきらめ過ぎかもだけど、俺は基本的に甘い物は好きではないので、においに耐えられません。
秀が甘い物は嫌いではないことは、リサーチ済みなので、遠慮なくチョコレートを贈ろうと思います。
何か形に残る物って考えもあったけど、別にそれは今までだって渡してきたし、これからだって渡せるから、今回はお菓子業者の策略に乗っかるつもりだ。
ま、秀からもらえたら、俺は甘い物だろうと何だろうと食べますけども。
っていうか、秀自身が甘い。おっと、ここで妄想はいけない。
バレンタインに浮かれている女子に混じって、俺みたいな男もちらほら見かける。
逆チョコとか、流行なんだそうだ。
てか、単に女だけじゃなく、男にもチョコを買わせる為だけの策略にしか思えないが。
だがまぁ、そういうのが流行ってくれたおかげで、俺も別に恥ずかしい思いをすることなくチョコ売り場に来れるので、感謝しておこう。
バレンタインの日は、秀には予約済み。ちゃんと開けてくれるって言ってたから、家の事情とかも大丈夫だろう。と思いたい。
いつ何が起こるかわかんないような仕事してるからな、秀。
でも、一応は大学が終わったらそのまま俺の家、という約束はしてある。
なんか滝とかうるさく言ってたから、秀もバレンタインを忘れてはいないだろう。
秀にチョコレートが欲しいとか言ってた滝は、
「は?面倒くさいから嫌です」
と秀にバッサリ切り捨てられていた。ざまあみろ。
それならバレンタインデートしよう、とか滝が言い出していたが、
「何であんたと出かけなきゃならないのか、意味がわからない」
とまたまた秀にバッサリ切られてた。あの人本当にあきらめが悪い。ってか、秀の周りへの警戒心が、少し薄れて来てることも理由になるんだろうけど。相変わらず、俺の隣以外は嫌っぽいところは、変わっていない。そんな秀が可愛いです。って思う俺も、大概変わらない。
ま、不滅の愛だよね。
俺と秀の間には、誰も入れないんだよ。例え先輩でも、割って入ることは許されません。秀の兄弟とか従兄弟でも、駄目なものは駄目です。秀が心を許してる仲間でも、霊安寺の住職でも、そこだけは譲りません。
ううーん。売り場をかるーく一周したけど、ありすぎてよくわからん。
板チョコくらいは食べるけど、チョコの中に何かの味が入ってるって、どうなの?美味しいの?
あー、苦手だから、食べずにいたせいで、何がどうなのかさっぱりだ。
今までチョコをもらったことは有ったけど、全部親にそのままあげちゃってたから、中身がどんな形してたとかさっぱりだし。
いや、売り場のショウウインドウの中には、ちゃんとどんな形のチョコが入ってるのか分かるように展示されてるけど。
秀が甘い物嫌いじゃないってことは、知ってるけど。イチゴとか果物も好きだってのは、知ってるけど。
俺自身が食べたことないから、本当にどんな味なのかわからなくて、そういうのには手が出せない。
だったら絞り込めるだろうと、再度売り場を一周。バレンタインのチョコなめてた。マジでなんなの、これ。
もはや、いつも売ってる普通のアソートのチョコ買おうかと思ったくらいだ。
これ、包装に金かけてるだけで、実は中身そんなにない、とか。それだけならまぁ、そういうものだよね、で済むんだけど。
こっちは形がどうなの?だし。いや、男がハートのチョコ贈っても問題ないだろうけれど。
逆チョコが流行りとはいえ、全体的にピンクピンクで、女子が持ってる方が違和感はない。逆チョコ流行らすなら、男が持っても違和感ない包装とか中身とか……もう、逆チョコ用の売り場作れよ。デパートに文句を言っても始まらないか。
世の中の女子は、この中から本命だの義理チョコだの、自分用だのと選んでいるのか。女子の買い物パワー半端ないな。
関心してても仕方ないか、と顔を巡らせる。
あんまり派手ではない包装紙が目に入ってきた。俺、最初からこれを何故見付けられない。
中身もシンプル。良いな、これ。少し値段はお高めだけど。他のも似たようなものだし。
いつまでもこの甘いにおいの中にいたくないので、それを一つ手に取って、会計してデパートを出た。
※
「秀君、一緒にバレンタインの贈り物、作りませんか?」
日本に帰って来たこの兄は、唐突に何を言い出したのだろう。
否、バレンタインはわかるし、贈り物がチョコなんだろうとは予測は付くのだが。
「え、一人で作れば良いじゃん」
アメリカに留学している兄に、自分に恋人ができたことは言っていない。言ってないハズなんだが。
「秀さん、恋人に作りましょうよ」
立名と一緒に来ていた純が言う。そうか、お前が発信源か、純。
バンド関係のこともあって、純と太一にはバレている。
しかし……、
「純、お前はもらう方じゃないのか?」
太一の方が振り回しているように見え、そういうことでは純のほうが優位に立っていると知っている。
「太一が用意してくれるわけないので、俺が贈るんですよ」
振り回しまくってる割に、そういうところでは奥手らしい太一が、たしかに用意するはずはないだろう。
だが、たしか祐也は甘い物が、あまり好きではなかったはずだ。クリスマスの時も、ケーキはないクリスマスをおくった。
「俺は、別に作るのは良いけど……」
考えるのは、やはり相手の嗜好。好きじゃない物を贈られても、困るだけだろう。
「あぁ、甘い物苦手とかですか?なら大丈夫ですよ。聖さんもそんなに好きではないので、甘さを押さえられるように手作りしよう、という話しです」
立名はニッコリと笑って言う。
たしかに聖も甘い物を好んではいなかった。太一は好きみたいだったけど。
「俺もね。バレンタインライブ有るから、多分もらっちゃうんだろうな、と考えて。俺が渡すのはそんなに甘くないのにしようと思って」
なるほど。
ライブをするならファンの子たちは、何としてでも渡そうとしてくるだろう。それをいちいち断っていたのでは、大変だろう。
「明日ライブするのに、ここでそんな余裕なことしてて良いのか?」
高校生なので、昼のライブだ。打ち合わせは、だいたい前日の夜にやっていた気がするのだが。
「もう、打ち合わせ終わったし、通しリハも終わってるから、大丈夫です」
なんて、純もニッコリ笑っている。
これは、逃げられそうにない。というか、逃がす気がないから、俺の部屋に来ているのだろう。二人とも、確信犯だ。
別に、贈り物がしたくないわけではない。クリスマス、ちゃんとプレゼントは交換したりした。
ただ、そういうのを贈るのに慣れていないから、恥ずかしいだけなのだ。
今回のバレンタインは、祐也と約束はしているし、会うことも一緒にいることも嫌じゃない。だけど、そういった贈り物をする、というのが恥ずかしいのだ。しかもバレンタインにチョコ……。
縁がなかったわけではないが、贈る側になろうとは、思ってもいなかった。
「材料は、ちゃんと用意してありますよ」
兄の笑顔。純の笑顔。
はぁ、と溜め息をついてあきらめた。
「わかったよ。キッチン行こう」
三人で立っても、余裕のあるキッチン。
便利なのかどうなのか。
兄と純に挟まれながら、分量を一緒になって甘くないようにと考えるのも、悪くはないなと俺はいつの間にか笑っていた。
甘いにおいに酔いそう。
だが、俺榊祐也は、どうしてもその甘いにおいの根源に、行かなければならないのだ。
バレンタインの為に。
湯煎して、型に流し込んでってチョコレートを作るのも良いかと思ったが、街中が甘いにおいの上、家まで甘いにおいは勘弁してほしくて、手作りはあきらめた。簡単にあきらめ過ぎかもだけど、俺は基本的に甘い物は好きではないので、においに耐えられません。
秀が甘い物は嫌いではないことは、リサーチ済みなので、遠慮なくチョコレートを贈ろうと思います。
何か形に残る物って考えもあったけど、別にそれは今までだって渡してきたし、これからだって渡せるから、今回はお菓子業者の策略に乗っかるつもりだ。
ま、秀からもらえたら、俺は甘い物だろうと何だろうと食べますけども。
っていうか、秀自身が甘い。おっと、ここで妄想はいけない。
バレンタインに浮かれている女子に混じって、俺みたいな男もちらほら見かける。
逆チョコとか、流行なんだそうだ。
てか、単に女だけじゃなく、男にもチョコを買わせる為だけの策略にしか思えないが。
だがまぁ、そういうのが流行ってくれたおかげで、俺も別に恥ずかしい思いをすることなくチョコ売り場に来れるので、感謝しておこう。
バレンタインの日は、秀には予約済み。ちゃんと開けてくれるって言ってたから、家の事情とかも大丈夫だろう。と思いたい。
いつ何が起こるかわかんないような仕事してるからな、秀。
でも、一応は大学が終わったらそのまま俺の家、という約束はしてある。
なんか滝とかうるさく言ってたから、秀もバレンタインを忘れてはいないだろう。
秀にチョコレートが欲しいとか言ってた滝は、
「は?面倒くさいから嫌です」
と秀にバッサリ切り捨てられていた。ざまあみろ。
それならバレンタインデートしよう、とか滝が言い出していたが、
「何であんたと出かけなきゃならないのか、意味がわからない」
とまたまた秀にバッサリ切られてた。あの人本当にあきらめが悪い。ってか、秀の周りへの警戒心が、少し薄れて来てることも理由になるんだろうけど。相変わらず、俺の隣以外は嫌っぽいところは、変わっていない。そんな秀が可愛いです。って思う俺も、大概変わらない。
ま、不滅の愛だよね。
俺と秀の間には、誰も入れないんだよ。例え先輩でも、割って入ることは許されません。秀の兄弟とか従兄弟でも、駄目なものは駄目です。秀が心を許してる仲間でも、霊安寺の住職でも、そこだけは譲りません。
ううーん。売り場をかるーく一周したけど、ありすぎてよくわからん。
板チョコくらいは食べるけど、チョコの中に何かの味が入ってるって、どうなの?美味しいの?
あー、苦手だから、食べずにいたせいで、何がどうなのかさっぱりだ。
今までチョコをもらったことは有ったけど、全部親にそのままあげちゃってたから、中身がどんな形してたとかさっぱりだし。
いや、売り場のショウウインドウの中には、ちゃんとどんな形のチョコが入ってるのか分かるように展示されてるけど。
秀が甘い物嫌いじゃないってことは、知ってるけど。イチゴとか果物も好きだってのは、知ってるけど。
俺自身が食べたことないから、本当にどんな味なのかわからなくて、そういうのには手が出せない。
だったら絞り込めるだろうと、再度売り場を一周。バレンタインのチョコなめてた。マジでなんなの、これ。
もはや、いつも売ってる普通のアソートのチョコ買おうかと思ったくらいだ。
これ、包装に金かけてるだけで、実は中身そんなにない、とか。それだけならまぁ、そういうものだよね、で済むんだけど。
こっちは形がどうなの?だし。いや、男がハートのチョコ贈っても問題ないだろうけれど。
逆チョコが流行りとはいえ、全体的にピンクピンクで、女子が持ってる方が違和感はない。逆チョコ流行らすなら、男が持っても違和感ない包装とか中身とか……もう、逆チョコ用の売り場作れよ。デパートに文句を言っても始まらないか。
世の中の女子は、この中から本命だの義理チョコだの、自分用だのと選んでいるのか。女子の買い物パワー半端ないな。
関心してても仕方ないか、と顔を巡らせる。
あんまり派手ではない包装紙が目に入ってきた。俺、最初からこれを何故見付けられない。
中身もシンプル。良いな、これ。少し値段はお高めだけど。他のも似たようなものだし。
いつまでもこの甘いにおいの中にいたくないので、それを一つ手に取って、会計してデパートを出た。
※
「秀君、一緒にバレンタインの贈り物、作りませんか?」
日本に帰って来たこの兄は、唐突に何を言い出したのだろう。
否、バレンタインはわかるし、贈り物がチョコなんだろうとは予測は付くのだが。
「え、一人で作れば良いじゃん」
アメリカに留学している兄に、自分に恋人ができたことは言っていない。言ってないハズなんだが。
「秀さん、恋人に作りましょうよ」
立名と一緒に来ていた純が言う。そうか、お前が発信源か、純。
バンド関係のこともあって、純と太一にはバレている。
しかし……、
「純、お前はもらう方じゃないのか?」
太一の方が振り回しているように見え、そういうことでは純のほうが優位に立っていると知っている。
「太一が用意してくれるわけないので、俺が贈るんですよ」
振り回しまくってる割に、そういうところでは奥手らしい太一が、たしかに用意するはずはないだろう。
だが、たしか祐也は甘い物が、あまり好きではなかったはずだ。クリスマスの時も、ケーキはないクリスマスをおくった。
「俺は、別に作るのは良いけど……」
考えるのは、やはり相手の嗜好。好きじゃない物を贈られても、困るだけだろう。
「あぁ、甘い物苦手とかですか?なら大丈夫ですよ。聖さんもそんなに好きではないので、甘さを押さえられるように手作りしよう、という話しです」
立名はニッコリと笑って言う。
たしかに聖も甘い物を好んではいなかった。太一は好きみたいだったけど。
「俺もね。バレンタインライブ有るから、多分もらっちゃうんだろうな、と考えて。俺が渡すのはそんなに甘くないのにしようと思って」
なるほど。
ライブをするならファンの子たちは、何としてでも渡そうとしてくるだろう。それをいちいち断っていたのでは、大変だろう。
「明日ライブするのに、ここでそんな余裕なことしてて良いのか?」
高校生なので、昼のライブだ。打ち合わせは、だいたい前日の夜にやっていた気がするのだが。
「もう、打ち合わせ終わったし、通しリハも終わってるから、大丈夫です」
なんて、純もニッコリ笑っている。
これは、逃げられそうにない。というか、逃がす気がないから、俺の部屋に来ているのだろう。二人とも、確信犯だ。
別に、贈り物がしたくないわけではない。クリスマス、ちゃんとプレゼントは交換したりした。
ただ、そういうのを贈るのに慣れていないから、恥ずかしいだけなのだ。
今回のバレンタインは、祐也と約束はしているし、会うことも一緒にいることも嫌じゃない。だけど、そういった贈り物をする、というのが恥ずかしいのだ。しかもバレンタインにチョコ……。
縁がなかったわけではないが、贈る側になろうとは、思ってもいなかった。
「材料は、ちゃんと用意してありますよ」
兄の笑顔。純の笑顔。
はぁ、と溜め息をついてあきらめた。
「わかったよ。キッチン行こう」
三人で立っても、余裕のあるキッチン。
便利なのかどうなのか。
兄と純に挟まれながら、分量を一緒になって甘くないようにと考えるのも、悪くはないなと俺はいつの間にか笑っていた。
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